メイドインアビス -燎灼たる奈落の残火-   作:ふぉーゆー

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第八章 《虚空の呪縛団》

「白笛を目指す馬鹿と、その馬鹿を止める黒笛と、

見届ける月笛と、それと…君」

 にっと笑うギャレット。

 「ちょっと面白いパーティじゃない?」

 

 コルニはまっすぐカンザーを見る。

 「……何を目指し白笛になる?」

 

 「禁忌卿プロメテウスの悪行を止めるためだ。

 ……そして、アビスに挑む者たちの手本となりたい」

 嘘はない。

 迷いもない。

 

 コルニの目が、わずかに細まる。

 「白笛になるということは……大切な者を失うということ。

 それも……そいつに全ての想いを寄せた者のな」

 重い言葉。

 

 シリリアの指が、ぎゅっと握られるのが見える。

 「……それでも。俺たちはここまで来た。退く理由にはならない。それに……」

 カンザーがギャレットとシリリアを見る。

 「こいつらと冒険したいんだ。奈落の底を見に」

 

 「……もう…ふふ」

 ギャレットは小さく息を吐いて笑う。

 

 「くく……戻れん旅に誘うバカがいるか……?

 面白い奴だ」

 コルニの口元が歪む。

 「これから先…どんな困難が待ち受けているのかは分からない。

 俺の納得のいく誘いをしてみろ。

 それでついて行くか決めてやる」

 

 沈黙。

 

 ギャレットは一歩前に出る。

 コルニを見る。

 「あなたは″鳴る石″を探してる。

 でもさ、石は削るだけじゃ鳴らない」

 

 カンザーのフレイムブレイブに視線を落とす。

 「鳴らす側が、本気で命を賭ける瞬間にしか応えない」

 顔を上げる。

 「カンザーはね、もう賭けてる。

 昨日も今日も、これからも」

 軽く笑う。

 「でも一人じゃ無理。

 白笛は″独り″じゃ辿り着けない」

 

 胸を叩くギャレット。

 「私は黒笛。

 こいつが間違えたら殴って止める。

 無茶したら担いで帰る。

 死にそうなら因果で引き戻す」

 

 シリリアも前に出る。

 「私は……見届けます。最後まで」

 

 ギャレットがコルニに指を向ける。

 「あなたは削る側。

 ならさ、見てみたくない?

 ″本当に鳴るやつ″がそばにいる旅」

 少しだけ真剣な目で。

 「成功する保証はない。

 むしろ失敗の方が濃厚。

 でも――」

 

 にっと笑う。

 「退屈はさせない」

 

 四層の淵で銀髪が揺れる。

 「石工(コルニ)さん。

 あなたの夢、完成させる可能性が一番高い場所は――」

 カンザーの隣を指す。

 「ここだよ」

 

「……可能性が高い、か」

 コルニはゆっくり立ち上がる。

 四層の風が、削り粉をさらっていく。

 

 「面白い。カンザー、お前が白笛になる瞬間を見せてみろ。

 そして……音色を聴かせろ。俺は賭けてやる」

 

 その目はもう、石を見る目じゃない。

 未来を見る目。

 

 「誰が犠牲になるかは知らんが……

 それだけでもついて行く価値はありそうだ。

 俺はお前が白笛に成ると信じる。」

 

 カンザーがまっすぐ返す。

 「信じてくれ。俺は仲間たちと……進み続ける」

 

 シリリアが笑う。

 ギャレットは口角を上げる。

 

 「カンザー隊、隊員加入だ!!」

 

 「……その名前どうにかならねぇか?」

 コルニが頭を掻きながらツッコミを入れる。

 ギャレットは吹き出す。

 「だよねー」

 

 カンザーが少し考え込む。

 そして口を開く。

 「……俺は捨て子で……空っぽだった」

 

 その声は、静かで深い。

 「愛する者、仲間、自分自身の心。

 アビスの深層で、魂が″虚空″のように空っぽになってしまった探窟家たち……」

 ギャレットとシリリアを見る。

 

 「互いの欠落を埋めるのではなく、欠落したまま

 鎖で互いを繋ぎ止める」

 「俺たちは大切なものを失った者たち。

 だけど、この虚空こそが アビスの深淵と等しい。

 互いを呪い 互いを縛り この穴の底まで堕ちていこう」

 

 目を伏せ、宣言。

 「《虚空の呪縛団(ヴォイドヴェクス)》なんてのはどうだ」

 

 沈黙。

 それから――

 「……イイな。俺たちにピッタリの隊名だ」

 コルニがヒゲを弄る。

 シリリアがぱっと笑う。

 「かっこいいじゃん!カンザー!やるぅ!」

 ギャレットは腕を組んで にっと笑う。

 「うん。重くて最高」

 「欠けたまま進む。

 縛られたまま潜る。

 それでも前に行く」

 

 カンザーの肩を軽く叩く。

 「虚空だろうが呪いだろうが――」

 銀髪を揺らして笑う。

 「楽しくしていこうよ」

 

 四層の淵。

 新たな隊が、ここに生まれた。

 虚空の呪縛団(ヴォイドヴェクス)

 

「フフ」

 コルニが背を向ける。

 「奈落の底まで行くんだろ?隊長」

 口角を上げてカンザーを見る。

 

 「うん…行こう」

 

 五層へ。

 徐々に景色が白に染まる。

 湿った緑は消え、凍てつく静寂が支配する。

 「……ここが……五層」

 シリリアの吐息が白くなる。

 

 ザパァン!!

 

 低く、腹に響く音。

 「なんの音だ?」

 

 「支え水の結晶の水が落ちたんだ。

 ドロっとした水が普通の水を支えてるそうだぜ」

 コルニが淡々とと説明する。

 

 ギャレットは足元を見て頷く。

 「渡るなら今だよ。霜の稜線が露出してる」

 

 氷の、道とは言えない 細い道。

 滑れば終わり。

 「間隔開けて。私が先行く」

 

 慎重に飛び降りる。

 靴底に伝わる、嫌な軋み。

 「カンザー、焦らない。

 力場 上向きに強いよここ」

 一歩、一歩。

 冷気が肺を刺す。

 

 やがて――

 渡り切る。

 視線の先。

 回転する巨大構造体。

 中央に立つ 光の柱。

 ギャレットは目を細める。

 「……前線基地(イドフロント)だ」

 「ここから先は探窟じゃない」

 

 フレイムブレイブが唸る。

 コルニの腰の道具袋。

 シリリアの震える指。

 

 「交渉か、潜入か、戦闘か」

 銀髪が白い世界で揺れる。

 「いずれにせよ――」

 前線基地(イドフロント)を見据える。

 「覚悟固めとこっか」

 

 虚空の呪縛団(ヴォイドヴェクス)は雪を踏みしめ、前線基地(イドフロント)に向かう。

 「あの光の柱…なんだろうな」

 カンザーが白い息を吐きながら呟く。

 

 コルニが探窟帽を深く被りながら答える。

 「…あれは六層へ行くための昇降機の光だ。

 …なんで知ってるんだって顔だな。

 黒笛が五層への立ち入りが許可されたのは…黎明卿(れいめいきょう)のおかげだ。

 カンザー…シリリア…お前らは立ち入りを止められるかも

 しれん。

 無理やり追い返される可能性もある」

 

 「…」

 目を見合わせるカンザーとシリリア。

 

 「その昇降機を使わせてくれるのか…

 そもそも昇降機は俺たちに使えるのか」

 コルニが目を伏せる。

 「行ってみないとわからない」

 

 ――前線基地(イドフロント)の入口へ。

 機械音が低く唸る。

 壁一面に走る剥き出しの配線とパイプ。

 冷気と どこか甘い薬品の匂い。

 

 コツ……コツ……

 奥から足音。

 薄暗い照明から現れる、並んだ光の模様。

 

 「黎明卿とその配下たち……祈手(アンブラハンズ)だ」

 目を細めるコルニ。

 

 縦に紫に光る仮面。

 そして、その声。

 「……おやおや。久々の来客ですね。

 黒笛お二人に月笛…そして笛なしの少年。

 どういったご要件でしょう」

 白笛――黎明卿 新しきボンドルド。

 

 その場の空気が変わる。

 ギャレットは一歩前へ出る。

 「…どうも、黎明卿。立派な基地ですね」

 軽い口調。

 だが視線は逸らさない。

 「要件は単純。六層へ行きたい」

 

 横目でカンザーを見る。

 「昇降機を借りたいんです」

 

 祈手(アンブラハンズ)たちの視線が一斉に集まる。

 観察 測定 値踏み。

 

 ボンドルドの仮面がわずかに傾く。

 「六層……ですか。

 それはまた随分と無謀な」

 声は穏やかだが、底が見えない。

 

 ギャレットは肩をすくめる。

 「無謀は承知。

 でも止まらない性分でさ」

 少しだけ笑みを深める。

 「条件があるなら聞くよ。

 実験体にはならないけどね」

 

 一瞬、静寂。

 

 「六層へ向かう行為…絶界行(ラストダイブ)は白笛しか許されていません。

 私はこの前線基地(イドフロント)の管理者として

 それを許すわけにはいきませんが…」

 「そもそも白笛の方がいなければ昇降機を動かすことは

 不可能です。命を響く石…ユアワースの生成でしたら

 ここでは可能ですが」

 

 …それは誰かを犠牲に、誰かを白笛に成らせるということ

 だとカンザーは即座に理解した。

 「質問…いいですか」

 

 「おや?いかが致しましたか」

 

 「禁忌卿の…居場所は分かりますか。

 ここを通って六層へ向かいましたか?」

 静かに質問するカンザー。

 

 「…我々の許可なしに昇降機を使われましたよ。

 恐らく六層…または七層にいらっしゃると思いますが」

 

 「なら…」

 頭を下げる。

 「お願いします。どうか…

 俺たちが六層へ行く方法を教えてくれませんか」

 

 ボンドルドは首元の白笛を見せる。

 「…先ほども申した通り、白笛がなければ昇降機は

 起動できません。

 白笛はある種の遺物の鍵。″作る″ことはできますが…

 あなた方の中の一人が誰かに強い想いを寄せ、犠牲にならねばなりませんよ」

 淡々と。

 まるで食事の献立でも告げるみたいに。

 

 (やっぱり……そこに行き着くんだ……)

 ギャレットが奥歯を噛む。

 

 「…まあ、旅でお疲れのところでしょう。

 お部屋をご用意致します。そこでゆっくり考えを

 巡らされては」

 ボンドルドは手を道の奥へ向け、祈手(アンブラハンズ)たちが道を開ける。

 

 「とりあえず…そうするか。

 世話になる。黎明卿」

 コルニは軽く会釈をする。

 

 祈手(アンブラハンズ)の一人が部屋へ案内する。

 「こちらに…こちらに…」

 無機質な声が反響する。

 金属の匂い。

 回転型の鍵を開け、扉を開ける。

 

 質素な部屋。

 部屋の隅に机とベッド。

 正直この人数では狭い。

 「狭ければ…隣のお部屋に。隣のお部屋に。」

 

 コルニが言う。

 「この部屋は俺とカンザーが使う。

 シリリアとギャレットは隣の部屋を借りろ」

 ギャレットはすぐに頷く。

 「了解」

 

 ――隣の部屋。

 扉を閉めると、機械音が少し遠のく。

 シリリアが小さく息を吐く。

 「……犠牲、って……」

 

 ギャレットはベッドに腰掛ける。

 「白笛は″誰かの想いの結晶″。

 命を響く石(ユアワース)は感情と引き換えに鳴る」

「つまり、誰かが″全てを捧げる″ってこと」

 

 しばらく沈黙。

 それからギャレットは立ち上がる。

 「でもね」

 シリリアを見る。

 「私たちはまだ″選ばれてない″」

 少しだけ笑う。

 

 「カンザーが白笛になるかどうかは、

 ボンドルドが決めることじゃない」

 「……あいつは、選ばれるなら自分で掴むよ」

 小さく息を吐く。

 

 「だから今は考える。

 犠牲以外の道がないか」

 シリリアの肩に手を置く。

 「ねえ、怖い?」

 

 シリリアは小さく頷く。

 ギャレットはにっと笑う。

 「私も」

 「でもさ」

 銀髪を揺らす。

 「虚空の呪縛団(ヴォイドヴェクス)でしょ?」

 

 「縛られても、呪われても、

 勝手に死なせたりはしない」

 

 壁の向こう。

 カンザーとコルニ。

 小さく呟く。

 

 「……隊長。どうする?」

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