メイドインアビス -燎灼たる奈落の残火-   作:ふぉーゆー

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第九章 祈らざる者への福音

――隣の部屋。

 「どうするべきだ…」

 ベッドに腰を掛け、頭を抱えるカンザー。

 

 「誰かが犠牲になるか…あるいは」

 コルニが悪い笑み。

 「黎明卿自身に吹かせるか」

 「もっとも、彼がそれを認めるとは限らんが」

 立ち上がり、机に置いてある行動食四号を齧るコルニ。

 

 ブロック状の固形食品。

 深界四層よりも深く潜る探窟家達のために作られた完全な栄養食である。

 「ん、食っとけ」

 カンザーにそれを差し出す。

 

 受け取り、行動食四号を見つめる。

 「それって…黎明卿に喧嘩売るってことだろ?

 ……白笛相手に勝ち目ないだろ…」

 溜息をつき、その固形食品を口にする。

 「…まっず…」

 振り返るコルニ。

 「でもお前は誰も犠牲にしたくないだろ?

 それ以外に方法はあると思うか?」

 「…」

 カンザーは黙り込み、横になる。

 「とりあえず休もう。明日、全員で話し合う

 旅を諦めるか…戦うか」

 

 「……そうだな。疲れたままじゃ頭は回らん」

 

 ――隣の部屋。

 機会の低い唸りが、壁越しに響いてくる。

 ギャレットはベッドに座ったまま天井を見つめていた。

 

 「向こう、もう寝たかな」

 シリリアが小声で言う。

 

 「たぶんね」

 少しだけ笑う。

 

 「……どうするの?」

 ギャレットはすぐ答えない。

 前線基地(イドフロント)

 黎明卿。

 白笛の生成。

 

 犠牲。

 

 「ボンドルドは嘘は言ってない」

 静かに言う。

 「でも、全部は言ってない」

 立ち上がり、壁に触れるギャレット。

 冷たい金属。

 「白笛は″鍵″。

 でも鍵穴が一つとは限らない」

 

 シリリアが目を上げる。

 「……どういうこと?」

 

 ギャレットは振り向く。

 「昇降機が″白笛でしか動かない″なら、

 白笛と同じ反応を起こせばいい」

 小さく笑う。

 「コルニがいる。

 命を響く石(ユアワース)の構造を、あいつは知ってる」

 

 ベッドに腰を下ろす。

 「問題は……時間と、ボンドルドの目」

 沈黙。

 それから、真面目な声で言う。

 「でもね、私は犠牲案には反対」

 「誰かが死ぬ前提の旅なんて、

 もう十分見てきた」

 

 シリリアがぎゅっと手を握る。

 

 「明日、話そう。全員で」

 目を細める。

 「戦うにしても、騙すにしても、潜るにしても」

 にっと笑う。

 「私たちは″虚空の呪縛団(ヴォイドヴェクス)″なんだからさ」

 横になるギャレット。

 天井の向こう、回転する光。

 「……絶対、誰も勝手に死なせない」

 小さく呟いて 目を閉じた。

 

 ――――

 ――ガコン…

 部屋の扉が開く音。

 眠るカンザーとコルニ。

 

 「…」

 祈手(アンブラハンズ)はカンザーを研究室に連れていく。

 眠ったままのコルニはそれに気づかない。

 隣の部屋の二人も。

 

 ――研究室。

 拘束具に固定されるカンザー。

 「フレイムブレイブ……未知の遺物」

 「知りたい 知りたい」

 無機質な声が響く。

 「どのようにして能力を発揮するのか」

 「まず身体を調べよう。左利き。

 左腕から調べよう」

 

 (ん…暗い…目隠し…?)

 刹那。

 ザクッ!!

 「……!!」

 左腕上腕から切り落とされる。

 「っっっっ!!!!」

 痛みのあまり声が出ない。

 

 その横ではフレイムブレイブが機械に繋がれている。

 その瞬間、炎が噴き出る。

 「感情に反応…痛覚にも反応」

 

 

 ――ギャレット達の部屋。

 ガンッ!ガンッ!

 「おい!ギャレット!シリリア!いるか!!」

 必死に扉を叩くコルニ。

 

 「ん……?」

 ギャレットは跳ね起きた。

横ではシリリアも目を擦っている。

 「……なに?どうしたの?」

 

扉を開けると、コルニの顔は青ざめていた。

 「カンザーが…いねぇんだ!」

 

 「……は?」

 

 「さっきまで寝てたんだ!でも気付いたら…!」

 ギャレットは一気に目が覚める。

 「……待て」

 

 隣の部屋に入り、机を見る。

 鉄板。

 行動食四号の包み。

 それを嗅ぐ。

 「……」

 

 シリリアが眉をひそめる。

 「ギャレット?」

 

 ギャレットは低く言った。

 「……睡眠薬」

 コルニが固まる。

 「な……」

 舌打ち。

 「やられた」

 外の通路を見る。

 静まり返った奈落の夜。

 「連れて行かれた」

 

 シリリアの顔から血の気が引く。

 「……どこに?」

 

 「…分からないけど…恐らく研究室じゃないかな」

 

 「研究室って……祈手(アンブラハンズ)の!?」

 ギャレットは既に装備を掴んでいた。

 「時間がない」

 シリリアも立ち上がる。

 「待って、ギャレット」

 「……まだ生きてる?」

 その質問に一瞬だけ止まった。

 

 前線基地(イドフロント)の奥から、微かに。

 ……鉄の音。

 「急ぐぞ」

 声は低かった。

 「カンザーが壊される前に」

深呼吸して 銀髪をかき上げる。

 「……待ってなよ」

 横でコルニが工具を握り

 シリリアが武器を構える。

 

 ギャレットは黒笛を指で弾く。

 「前線基地(イドフロント)だろうが白笛だろうが関係ない」

 「――仲間を勝手に解体していい理由にはならないよね」

 ニッと笑う。

 「さ!行こうか!」

 

 カンザーの叫び声を辿り、研究室へ向かうギャレット、

 シリリア、コルニ。

 コルニとギャレットが硬い扉をこじ開ける。

 

 「誰」「誰」

 祈手(アンブラハンズ)達の無機質な声。

 「っ!」

 コルニは拘束具からカンザーを解放した。

 ガクン と首が傾くカンザー。

 失われた左腕からの大量出血。

 即座に布の切れ端で縛る。

 

 「何のつもりよ!!」

 叫ぶシリリア。

 

 「フレイムブレイブは…」

 一人の祈手(アンブラハンズ)が語ろうとした刹那。

 

 「おやおや、勝手に研究室に入られては困りますよ」

 扉の方から足音。

 コツン、コツンと。

 黎明卿 新しきボンドルド。

 「遺物録にも載っていない遺物『フレイムブレイブ』…

 その力と彼の何が関係し強大な力を生むのか」

 「…実に……興味深い」

 ボンドルドと祈手(アンブラハンズ)達が戦闘体制を取る。

 

 その時。

 フレイムブレイブがカンザーの元へ舞い、炎が左腕を形作る。

黒い異形な腕へと。

 

 「これは…!実に興味深い!」

 

「…く…俺たちは…冒険を続けるんだ」

 カンザーは顔をゆっくりと上げる。

 「俺の…仲間の目的のためにも…!」

 

 「……あはは」

 「ほんと、無茶するよねカンザー。」

 ギャレットはゆっくり肩を回す。

 

 シリリアは銃の遺物を構え、

 コルニは工具を握りしめる。

 

 そしてギャレットは再生しつつあるその腕を見て、

 目を細める。

 

 黒く、異形。

 炎を纏った腕。

 フレイムブレイブがまるで――

 ″主を選んだ″ように。

 

 その様子を見て

 楽しそうに声を弾ませるボンドルド。

 「素晴らしいですね…」

 祈手(アンブラハンズ)達が一斉に武器を構える。

 「感情と痛覚で反応する遺物……」

 「さらに宿主の肉体を侵食し、再構築するとは」

 

 「彼はまさに――」

 ボンドルドの仮面が こちらを向く。

 「生きた実験体。」

 

 その瞬間、ギャレットは一歩踏み出す。

 「……ねぇ」

 「それ以上言ったら、私本気で怒るよ?」

 

 コルニが横で小さく言う。

 「ギャレット……」

 

 手を軽く振る。

 「大丈夫大丈夫」

 口角を上げ カンザーの背中に立つ。

 「カンザー、立てる?」

 「私たちさ」

 「ここまで来たんだよ?

 三層も四層も越えて」

 「ベニクチナワもタマウガチも倒して

 隊まで作ってさ」

 ニッと笑うギャレット。

 「ここで終わるわけないでしょ」

 

 ボンドルドが拍手をする。

 「素晴らしい友情ですねぇ」

 

 研究室の照明が点滅する。

 ボンドルドがゆっくり手を広げる。

 「――では」

 「実験の続きを始めましょう」

 

 その瞬間。

 ギャレットは二級遺物 因果の結束(リンク・トーション)

 を取り出す。祈手(アンブラハンズ)の一人の足を切り落とす。

 にっこり笑う。

 「残念、それ 私の役目なんだ」

 「コルニ!シリリア!」

 「カンザー守って!」

 

 肩を担がれながら呟くカンザー。

 「コルニ…部屋での作戦…覚えてるな」

 カンザーはフレイムブレイブを握る。

 「こいつを倒して…こいつ自身に白笛を吹かせる!」

 前へ跳ぶ。

 

 ギィン!!

 フレイムブレイブとボンドルドの腕の装甲から火花が散る。

 後退りするボンドルド。

 「『月に触れる(ファーカレス)』」

 原生生物由来の加工物を筒に詰めたもので、発射すると

 極めて強靭で伸縮性の高い触手が放出される。

 

 それがカンザーを捉える。

 「『明星に登る(ギャングウェイ)』」

 ボンドルドの仮面から放射状に出される乱反射した光が

 目標点に集まるような独特の軌道を描き、カンザーに命中。

 

  「ぐああっ!」

 頬を削られ、血が溢れ出す。

 触手に縛られながら必死にフレイムブレイブを振る。

 「『奈落の運命(ディスティニーアビス)』」

 飛ぶ斬撃の軌跡が爆発の連鎖を引き起こし、ボンドルドの

 仮面を掠める。

 

 「実に…興味深い」

 「奴はカートリッジをフル装備だ!」

祈手(アンブラハンズ)を抑えながら叫ぶコルニ。

 

 「カートリッジ?」

 

 「子供を生きたまま解体して詰め込んだ箱のことだ!

 上昇負荷を肩代わりさせる!!つまり今、

 上へ追いやっても奴の方が有利だ!」

 

 「…は?」

 カンザーは気が遠くなる。

 (子供を…生きたまま?)

 「どういうつもりだ…」

 フレイムブレイブから炎が噴き出す。

 「黎明卿!!」

 

 ギィィン!!

 ボンドルドは楽しそうに首を傾げる。

 「ええ、非常に効率的な装置ですよ」

 「愛情と献身を凝縮した――カートリッジ」

 

 「お前…」

 グイッと距離を詰める。

 「奈落の研究者とか…白笛とか…

 そんな肩書きの前に」

 「人間だよな?」

 

 ボンドルドは肩をすくめる。

 「もちろん。だからこそ私は人間の可能性を――」

 

 ドンッ!!!

 床が砕ける。

 ギャレットが踏み込んだ衝撃。

 「黙れ」

 青い刃が空間を裂く。

 因果の結束(リンク・トーション)

 祈手(アンブラハンズ)の一人を拘束。

 さらにもう一人。

 「シリリア!!」

 「祈手(アンブラハンズ)を止めて!!」

 「コルニはカンザーを援護!」

 

 刹那。

 カンザーが炎を噴き上げながら突っ込む。

 黒い左腕。

 燃える斧。

 

 ボンドルドが静かに呟く。

 「……素晴らしい」

 「怒り 絶望 そして仲間の絆」

 「実に――」

 ガンッ!!!!

 カンザーの斧が装甲を叩き割る。

 

 ギャレットは笑う。

 「ほらね、研究とか 可能性とか」

 肩をすくめる。

 「そんなのよりさ」

 カンザーの背中を見る。

 「仲間の怒りの方が強いんだよ」

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