オルクセン王国史異聞   作:chise1950

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・本作品は、「オルクセン王国史」の世界観や設定などをもとにした、二次創作です。
・オルクセン王国史本編から見て、さらにIF物的な展開です。
・「星歴800年」を開始時点としています(本編の60年前)
・原作1巻読了後推奨
(原作以前を舞台にしているため、本編のネタバレはないはずです。
 世界観と人物が把握できていればという程度



オルクセン王国史異聞(1)

私が族長として治めているスコルの村に帰還したのは、星歴800年の春先のことだった。

 

私はその時、数日前にもたらされた、真とも偽ともつかない情報を自ら確かめるため、北部の白エルフ居住地との境を見て回っていた。

しかし数日間の探索を経ても、確信のようなものは得られず、疲労感のみを土産として戻ってくることになった。

その時の私にとっては、その話はどうしても信じがたいものであった。

だからこそ自分自身で谷を超え、山を越えて赴いてみたのだが、その時は確かに北方の気配に不可解な気配はあったが、決定的な判断はできなかった。

情報の真偽を見極めることができるほどの決め手が全く得られなかったのだ。

 

私は結局、内心釈然としないまま、夜遅くにスコルに戻ることになった。

帰り着いた日はすでに深夜で、せめて身体は綺麗にしようと布で拭いた後、疲れ果ててベッドに倒れ込むとそのまま寝入ってしまうぐらい疲労してしまっていた。

今回の調査が結局のところ徒労に終わったということが、疲労の原因だったかもしれない。

明くる朝、と言ってももう太陽の位置もかなり高いころまで、私は寝入ってしまっていた。いつもならば朝の陽ざしと共に目が覚める私であったにもかかわらず、ドアの外で私を呼ぶ声がするまでの間、昏々と眠り続けていたのだ。

 

白エルフ。仮にもかつては共に轡を並べて戦った「同胞」。

確かに、同胞とはいえ、気に食わない存在も多数いるのも残念な事実である一方で、信頼すべき、尊敬できる存在も存在していることは私自身、よくわかっている。

そんな信頼できそうな白エルフは少数派であるというのが、残念ながら正しいところではあるのだが…。

それに何よりも、仮にも白エルフは70年ほど前、共にオークと死闘を繰り広げた「戦友」であるはずの存在だと、私は心の奥底では思っていた。

だからこそ、その時の私は、白エルフのことを「危険な存在」とは思いきれなかったのかもしれない。

 

いや、我々黒エルフにとって、敵と言えばやはりオークだ。

エルフィンド南部に居住している黒エルフは、言わばオークの国、オルクセンとの闘いの際、最前線に位置する場所にいる以上、真っ先に彼らの軍隊と戦う運命にある。

エルフィンドでは、基本的にはオークの侵攻があった場合、大きく分けて2種類の作戦がある。

一つはオークの侵攻があった場合、早急に国境のシルヴァン川に展開し、渡河の際に撃退しつつ徐々に後退し、いずれかの場所で展開するエルフィンド本国軍の待ち構える決戦場へ誘い込むというものである。

もう一つは、急速に後退し、エルフィンド国境の隘路部分を押さえ、時間を稼ぎつつ回り込んだエルフィンド海軍などと連携して戦うというものである。

ただこの2番目の作戦は、必然的に黒エルフの居住領域であるエルフィンドの南部にオークの侵入を許すことになり、我々の生活圏が荒らされる可能性があるほか、老幼を避難させる時間の確保が問題となる。

いずれであっても黒エルフはその機動力を生かした行動をとることになるのは変わりはない。

しかし、どちらの作戦でも結局は捨て石として時間稼ぎをさせられるだけなのではないか、という思いが拭えなかった。

そうは言っても、「汚らわしい、狂暴で凶悪、知性もない存在で、欲望にまみれ本能のみで行動し、他種族を容赦なく食らう。まさに貪欲でおぞましい生き物」であるオークよりも、同族である白エルフの方が「理解」しやすいはず、と私は思っていた。

何と言っても、白エルフと黒エルフは、同じ価値観、白銀樹という魂の故郷、守るべき神聖な存在を尊ぶという「同じ思いを持つ同族」なのであるから。

 

その同族が、まさか。そんなはずはない。

私の部屋の外で木製のドアをどんどん叩き、私を叩き起こした部下のアレシアからその報告を聞いた際、戸惑いを隠せなかったことは、不自然でも不合理でもないことであった。

 

「姉様!」

私を起こしにきたアレシアという黒エルフは、長命な黒エルフの中でもかなり若い存在だ。髪は短めの黒髪で、利発そうな目をしており、細身で引き締まった身体つきをしている。

彼女はまだまだ若いが、明るく物怖じしない性格で、目端もよく利くので、私のそばで氏族のあれこれと言った細かい仕事を色々と手伝ってもらっていた。戦いには向かないが、見どころのある若者だと私は思っている。

そのアレシアがここまで大きな声を出さなければならないほど、私は疲れて寝てしまっていたらしい。

私はベッドから起き出して険しい表情を作ってドアを開けると、目の前にはアレシアが立っていた。

そのアレシアが言うには、ファーレンス商会の者だというオークが来た、ということである。しかしそれはいつもやってくる隊商とは違って、コボルト族の者たちではなく、オークだったらしい。

しかも、そのオークが折り目正しく礼儀を尽くして私に面会を求めているそうだ。

確かに数日前、魔術通信でファーレンス商会の商人がそちらに向かっている、という報告があったと思うが…。まさかそれがオークの集団だとは。

だがしかしオルクセンからの道中にはヴァスリーの村もあったはずだ。一体あいつは何を見ていたんだ。ファーレンス商会ですと言われてああそうですかと通したのだろうか。

ファーレンス商会と言えば、エルフィンドはもとより、キャメロット、グロワールなどの大国だけでなく、オークどもの国にまで商売を拡げている大きな商会だということは私でも知っている。だから通してもいいだろうと思われたので、普通に黒エルフの領域を通ってきたのかもしれない。

しかしアレシアが言うには、今まで来たような小さな隊商などではなく、2頭立て馬車が23台で、御者が1名ずつ。御者を兼ねた代表のオークが1名含まれており、これを屈強なオークが護衛をしていてこれが9名で、合計32名で来ているらしい。

私はその報告を聞くと、つい大きな声で彼女を りつけてしまった。

「何をしている。もしやオークの軍隊ではあるまいな。オークだけ32名だと?なぜファーレンス商会の者がオークだけの隊商を組んでやってくる?」

コボルドがいないだと?それだけで怪しいだろう。

それだけの数の馬車であれば、もし兵員が隠れていれば見えている32名では済まないだろう。そもそも馬車の荷物が武器弾薬であり、それを彼らが装備すれば、この300人程度しか住人がいないスコルぐらいなら、簡単に制圧されてしまう可能性もありうるのだ。

私がそう言って彼女を りつけると、彼女は落ち着いて微笑と共に言った。

「いえ姉様、私はきちんとお役目を果たしております。

まず荷改めを致しました。なぜこの隊商にコボルドがいないのかも確認しましたが、今回運んでいる荷物が重いからだそうです。そこで荷物も改めました。

まず積み荷ですが、彼らは瓶詰というものを持って来たのです。ですから重いのだと。

これは私の方で中身も確認いたしました。

この瓶詰が12台分ほど積荷となっています。ほかは1台分ぐらい武器もありましたが、分解して弾薬も別に梱包されています。これらが売り物であるとのことでした。

そのほかは、調理器具、鍋をはじめとした道具です。そのほかで主なものは、馬車用の糧秣で、これが8台分ほど。これは売り物ではないとのことでした。」

商品は瓶詰と、武器か。瓶詰とは何かを詰めたものか。武器は気になるが、彼女がそこまで言うなら疑うつもりはない。

しかしどう確認したんだと思いながらアレシアの顔を見ると、唇の端が赤くなっている。

お前、もしかしてオークに殴られたのか…と一瞬心配になったが、すぐにそれが間違いであることに私は気づいた。

「アレシア、その口の端は何だ?何を食ったんだ。」

そう私が問いかけると、彼女は珍しく「しまった」とでも言いたげな表情をした。

「申し訳ありません。苺の甘煮です。苺の甘煮を瓶に詰めたものでしたので、それを…。

私もそんなものは初めて見ましたので、不思議に思って見ておりましたら、お一つどうぞと言われてしまい、その場で瓶を開けて食べさせてもらったのです。姉様にも差し上げて欲しいって言われました。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

私は彼女が差し出した瓶を手に取った。

それは両手の中にようやく納まるほどの大きさの、透明な瓶にくすんだ赤色の液体とともに詰められた、まさに彼女が言ったとおりの苺の瓶詰めそのものだった。

「苺の甘煮を瓶に詰めたものか。」

「そうです。流石に新鮮なものには及びませんが、なかなかの美味です。彼らが言うには、去年収穫した苺で作ったそうです。それを運搬してきたとか。」

そんな、オークの持ってきたものを簡単に口に入れていいのか。それに毒が入っていたらどうするんだ。毒でなくとも去年だろう?甘煮にすれば少しはもつだろうが、腐ってるんじゃないのか。

私はそう言いたくなったが、彼女も自分自身で確認したことをもとに報告しているのだろうから、ひとまず黙っておくことにする。

するとアレシアは、続けて私に言った。

「いえ姉様、私も気にはなりましたが、まず見た感じでは悪いものではありませんでした。開封しましたところ匂いも問題ありません。ですからそれを運んできたというのはその通りですし、商品というのもわかります。

となれば疑うのもほどほどにしたうえで、まずは姉様にご報告とご判断を頂こうと思いました。それに付け加えますと、この隊商の代表と名乗るオークは大変礼儀正しく、知的なかたでしたので。」

なんだ、その礼儀正しく知的オークとは。そんな奴がこの地上にいるのか、と私はつい思ってしまう。

だから私はアレシアにこう言った。

「そのファーレンス商会の丁稚が、こんな辺鄙なところに何の用だ。」

すると彼女が真面目な顔をして否定する。

「丁稚ではありません。姉様。これを。」

そう言って彼女が差し出したものは、封蝋で丁寧に封緘されている、白い上質な紙の封筒と、使者の身分を表す添え状だった。

いきなりそんな格式が高そうなものを出され、正直私は意表を突かれた。

オークがこれを?

いぶかりながらまず添え状を見てみることにする。するとそこには、

『ファーレンス商会 会計担当(ブッフハルター) ゲオルク・ファルケ』

という氏名が、達筆と言える書体で記載されている。

オークが商人というのもすでに驚きではあるが、かなり達筆な字で名前だけでなく、役職まで書かれている。

オークが会計。オークが計算をするのか。まさかこの、ファーレンス商会ともあろう組織が、オークに樽の数いち、にい、さんと数えさせるために「会計担当」にしたというわけでもなかろうが…。

続いて私は封筒を手に取った。封蝋の刻印は見慣れたファーレンス商会の紋様である。しっかりと強固に封をされたそれを、まさか野蛮に無造作に破くわけにもいかず、私は執務室の片隅の古い机にある小型ナイフを探す。そして引き出しからナイフを取り出すと、その先で封蝋を丁寧に取り除いた。

その封蝋を指先でつまみ、透かして検分する。

確かにこれは本物のように見える。私もファーレンス商会の本物の封蝋を見たことはないのだが、この封蝋はかなり上質の蝋を使っているようだし、封筒の紙も同じように高級な品質のものである。

私は、封筒の中を見た。

するとそこには、ファーレンス商会会長の名で、と達筆な文字でこう記されていた。

『持参した会計担当のオーク族、ゲオルク・ファルケはファーレンス商会において会計を担当する者であり、黒エルフとの「取引」においてファーレンス商会を代表する者であることを証明する』

またさらにその続きとして、

『取引に係る詳しい内容は、会計担当ゲオルク・ファルケから説明する』

とある。

私は思わずため息をついてしまった。

「オークが、なんでファーレンス商会の会計なんぞをやっているんだ。会計というからにはそれなりの立場の者であろう。」

私がそう言うと、アレシアは彼女の考えをはっきりと述べた。

「理由は私にもわかりかねますが、ファーレンス商会はあちこちの出身者を雇用していると聞いています。オークであろうと有能であれば雇用するのではないでしょうか。

もう少し申し上げますと、今回の隊商の目的は、瓶詰を輸送することにもあるそうです。このため積荷が重量物になるのでコボルトには難しい任務という説明です。先ほども申し上げましたが。

それはさておきですが、私がこの苺の甘煮をおいしいと言いましたら、代表のかたにやっぱり黒エルフなら気に入ってくれると思った、と言って大変嬉しそうな顔をされました。ですから売る、もしくは運搬する、ということは嘘ではないと思います。

これは私の勝手な思いで申し訳ありませんが、あのようににこやかな表情をするオークは、我々が思っているオークとは異なると思います。ただ、そのあたりの判断は難しいと思いますので、姉様にもご検分頂きたいと思います。

ですのでお連れしたいと思いました。扉の外で待たせています。」

彼女の言うことはもっともで筋は通っている。私も色々疑問に思うところはないわけではない。しかし手渡された苺の入った瓶をまじまじと見てみると、少し色はくすんでいるものの、それなりに赤いままで、ジャムの作り立てのような色にも見える。

アレシアはすっかりそれが気に入ったようだった。

「大丈夫かもしれないな」

「私もそう思いましたからこそ、先に味見をいたしました。中々の苺の甘煮でした。

姉様が気にされるのもわかります。私もそう思わなかったわけではありません。

しかし、外観から見て問題もありませんし、匂いも、味も問題ありませんでした。

それに私は苺は好きですし、良く食べています。いいものか悪いものかは、判別はつきます。」

「そうだな。まずは試してみるか。」

「はい。ご説明も結構ですが、体験する方がわかると思います。

それに今は苺はまだ採れる時期ではないですから、昨年作ったと彼らが言うのはおそらく本当でしょう。

それが今になっても食べられる状態で保存されているんです。

これは凄いことだと思いました。それに、もう一つ大事なことをご報告するとですが、腹痛などは起きておりません。」

今は、彼女の方が実際にものを見て彼らに対しているのであって、私が見たわけではない。それに彼女の持っている物事を見抜く力がなかなか見どころがあるのも事実であり、物怖じせず思い込みで判断しないというのも彼女の美点でだと思っている。

だからこそ手元に置いてあれこれと仕事を手伝わせているのだし…。

そうだな。実際に見た彼女の感覚の方が正しいのかもしれない。

そう私は思いなおして、改めてアレシアに問うた。

「荷改めは問題ないな。重ねて確認するが。他にいかがわしいものは持っていないか。大丈夫なのか。」

「はい。ありません、姉様。一応、武器ですが、銃は分解されていてすぐには使用できません。弾丸も火薬も別にしてありました。鍋などの調理器具は、移動先にて大勢で食事するためのものだと言っていますし。」

「まさにオークの集団だな。そんな彼らが売れそうなものなら何でも持ってきたというところか。」

そう私が言うと、アレシアは私の言葉を否定する仕草をして、私にはっきりと言った。

「いえ、実は…。

売るのも大事だが、ぜひ姉様とお話をさせていただきたいと言っています。それも大事な目的であると。」

 

 

私が表に出ると、少し離れた場所で、3名のオークが威勢を正して直立していた。

一番手前に立っているのがこの、手紙で紹介された主、会計担当というゲオルクだろうか。

彼はこんな場所であってもかなり仕立てが良いと思われる衣服を着用し、身だしなみを丁寧に整えている。その立ち居振る舞いは堂々とした落ち着いた様子で、私を見ると軽く頭を下げて礼をする。

それに合わせるように、後ろに立つ2名のオークが、より深く礼をする。

私にはその彼の姿が、いわゆるオークという種族の印象とは異なるもののように感じられた。何か違うものが、このオークの内面に存在しているように感じられたのだ。

貪欲、凶悪、粗野であり知性のかけらもない存在。それが私自身のオークに持っていた印象そのものである。

しかし今、私の前で、オークらしい牙を見せながらも会釈をして深々と礼を尽してくれている。その姿は、まさに知性の塊のように私には見えた。

 

「お初にお目にかかります。族長閣下でいらっしゃいますか。

私はファーレンス商会にて会計を担当させていただいております、ゲオルク・ファルケと申します。本日は御目にかかれまして光栄でございます」

その声は低く通り、聞く者に安心と信頼を与えるような声そのものだ。

私はそれに気おされてはならない、族長としての威厳を保たねばならないと言い聞かせ、彼らを直視して答える。

「いかにも私が当代の黒エルフの族長であるディネルース・アンダリエルである。

オークである貴方が、天下に名だたるファーレンス商会の会計を担当しているとは。私のような田舎者は寡聞にして聞いたこともない。

そもそもファーレンス商会はオークを雇用しているのか」

「ファーレンス商会に会計を司る者は多くおります。私はその中の一人でしかありません。

私は少々計算を修めておりまして、会長様に取り立てていただきました。会長は種族を気にする方ではありません。ただ才だけをご考慮されます。」

彼の顔立ちはオークによくある獰猛そうで恐ろし気な顔とは程遠く感じられる。そう、見るものを安心させるような顔だとも見えなくもない。そんなオークの牡が、はっきりとそう言う。

「いや別に疑っているわけではない。紹介状は本物だと思っている。ただ…。」

私はつい、その先を言うことが憚られるように感じてしまう。そう感じたのは、このオークが備え持っている、威厳のようなものによるのかもしれない。

いや、そもそも、このオーク、普通のオークなどではない。かなり高い魔力を持っている、かなり高位の存在ではないだろうか。

そんな私の気を知ってか知るまいか、少なくともそう思われていることにはまるで気が付かないような様子で、そのオークの牡は続けた。

「オークが会計、とは笑わせるとお思いですか」

そう言うと、それまでにこやかだったゲオルクが真面目な顔になり、まっすぐに私を見つめてくる。

私には、魔力の高さ云々よりも、その彼の眼差しが、どうしても私が思い描いていた「オーク」には程遠いものにしか見えなかった。しかしそれが却って、会計係というこのオークの主張を疑わしく思わせる原因となっていた。

「いや。そうではない。…まあ、ここで立ち話をするのも何だ。中へお入りになられるとよいだろう。後ろのお二方も。」

そう私が言うと、オークの彼は、丁寧にお辞儀をして言った。

「ありがとうございます、ディネルース様」

「いや、様は結構だ。それにとりあえずは族長と呼んで欲しい。私も貴方をゲオルクどの、と呼ぼう。」

そう私が提案すると、彼は手を打って喜んで言う。

「結構です。族長閣下…いやこれは失礼、族長、では呼び捨てしているような気がしますな。『閣下』をお付けしてよろしいですか。」

「それはゲオルクどのの好きに任せる、さあどうぞ、中へ」

私は彼らを招き入れようとした。

するとその時、後ろに立っていた背も高いし横幅も大きい、堂々たる体躯の、山岳のようなオークが、はっきりと通る声で言った。

「失礼ながら族長様に申し上げます。我々2名は、族長様のお話を賜れるほどの身分のものではございません。外でお待ちしていてよろしいでしょうか」

「いや別に構わない。君たちも入れ。君たちにとっては狭い場所かもしれないが」

と、私が言うと、背の低い、丸い体形のオークが言った。

「さすがに3名は多いと思う…思います。私は村の外で仲間たちと待機しております」

「村の外の仲間?ああ、馬車と荷運びの者か。」

私は少し考えて、アレシアに確認する。

「荷改めはしたと言ったな」

「はい、いたしました」

「では結構だ。村の東南の広場、楡の泉の近くにご案内せよ。近くに使っていない小屋もあったはずだ。必要があれば使用して構わない」

「承知しました。しかし村の皆が驚くと思いますので、先に私が周知してまいります」

アリシアの言うとおりだ。村にいる者たちを驚かせないよう、オークであるが商人が来たと事情を話して知らせておかないと、要らぬ誤解のもとになる。

「お前に任せる。ただ小さい子供は近づかないように言え。」

と私が言うと、ゲオルクが礼を私に述べた。

「ありがとうございます。なるべくご迷惑をおかけしないようにいたします。小さなお子さまは、見慣れぬものに近づきがちですが、しばらくはあれこれと作業をいたしますので、事故のないようにご配慮いただければ助かります。

もし、差し支えなければ、その広場の隅あたりで野営のテントを張らせていただいてもよろしいでしょうか。我々は野を行き山に親しむ商人でございます。どこでも眠れるようにしておりますので」

「わかった。許可しよう。ただまだこの辺りは夜はかなり寒いから、気を付けられることだ。設営に際して必要なものがあればアレシアに言うといい。アレシア、お前の判断で任せる。」

「はい、姉様。」

すると、ゲオルクが静かな、低い、どこかそこはかとなく心地よく感じられる、落ち着いた声で言った。

「族長閣下、申し訳ありません。お心遣いありがとうございます。

我々、遠く荷運びをして参りましたが、重いものを運んでおります。

すでにご側近のアレシア様にご説明をしておりますが、荷の半数は瓶詰めといいまして、瓶に苺の甘煮を詰めたものをお持ちしております。

その運搬のため、大勢で参っておりますが、決して黒エルフの皆様に危害を加えるような者ではございません。この私が、命に代えましても、保証させていただきます。

もしお疑いになるのであれば、今ここで私の首を刎ねて頂いても結構でございます。」

そう言って、ゲオルクはゆっくりと頭を垂れて、襟元をはだけさせる。

私は驚いた。

その襟元から漂うのは、野卑なオークの体臭ではなく、ほのかに香る心地よい香水の香りだったからだ。

「貴方は香水をつけていらっしゃるのか」

「はい。しかしこれは洒落のためではございません。

もし族長閣下に疑われ、首を刎ねられたとしましょう。

その時に見苦しい匂いをさせていては、恥ずかしいことだと思いませんか」

恥ずかしい、だと?オークがか。

「いや、ゲオルクどの。ただ驚いただけだ。

…それに、貴方の言葉は、私は信用できると思う。正直言えば、オークであるのに不思議だと思わないでもないが…。いや、これは失礼な物言いだ。オークかどうかはどうでもよい。私は貴方の言葉を信じようと思う。」

「族長閣下。もう一つ申し上げてよろしいでしょうか」

「何だろうか」

「私ども、皆様に苺の甘煮をお勧めしたいと思っております。そのまま食べてもよいものではありますが、黒エルフの方であれば、火酒で割って飲むのもよろしいのでは。

そのような味わい方もできるよう、作られたものでございます。手短に栄養が補給できるようなものとしても作っているものですから。

それを皆様に差し上げたいと思いますが、よろしいでしょうか」

「そうか。それでは酒はともかく、あとで頂くとしよう。もちろん対価は払う。お願いできるか。」

「いえ、ご友好の証に差し上げますよ。何せ今回は輸送するということ自体、試験的なものとして行っているのでございます。ですので実は、途中で割れたものも多数あり、割れていないものも、品質的に疑問があるやもしれません。

先ほどその…アレシア様に味見をして頂いたものは、その中でも丁寧に運んできたものですのでよいのですが、我々も落ち着いて荷を解いてみないとわからぬところがございまして。その作業をさせていただければ、大変ありがたく存じます」

「ふむ。流石商人というところか。単に売るだけでなく色々と考えているということなのだな。その瓶詰めというのは最近考案したものなのか」

すると、それに答えたのは、ゲオルクの背後の、「背の高い、山岳のような」オークだった。

「はい。我が国王、グスタフ様のお考えになられた案をもとに、オルクセン国内において研究と生産を進めているものでございます」

「何、オルクセンでは、国王自らこのようなことまで考えるのか」

と私が驚きながら言うと、ゲオルクが山のようなオークを制して言う。

「いや、ただの物好きなだけの国王でございますよ。失礼いたしました、余計なことまで申し上げまして…。

さて、それでは落ち着いてお話をさせていただきたく存じます。是非、私から族長閣下にご説明させていただきたいことがございます。

…できれば急いで。重要なことにございますので…。」

 

 

小柄な丸いオークが荷解きに行くと言って、アレシアと共にその場を離れると、私は執務室に2名のオークを招き入れた。

「我々の飲み物と言えば茶であるが、それでもよろしいか」

私は彼らに着座を薦めると、下働きの者に茶を持ってくるように言いつける。

「結構でございます、族長閣下。お心遣いいただきありがたく存じます。」

「いや、貴方がたの口に合わないかもしれないと思ってな」

「いえいえ。黒エルフの方の茶は貴重でございます。なかなか頂けるものではありません。」

「そんな大したものでもないさ。外の国へ売れるような代物でもないのだし」

そう言って、執務室へ持ってこさせたティーポットを私自身の手で取って、木製の椀に茶を注いでいく。

椀から立ち上る湯気と芳香。その香りは、我々黒エルフにとってはかぐわしいものであっても、彼らオークにはどうだろうか。

しかし彼、ゲオルクはその椀を両手で大事に押し頂くと、大きくその立ち上る芳香を嗅ぎ入れて、静かに言った。

「ご謙遜を。…よい香りではないですか。返す返すも族長閣下自ら、丁寧なお心遣いを頂きましてありがとうございます。」

とにもかくにもこのゲオルクというオークの所作振舞いは洗練されている、これのどこが野蛮で下品なオークなのか、と私は思わざるを得なかった。

いや、このゲオルクだけではない。ゲオルクの背後に控える山岳のようなオークも、固くしかめっ面のような表情を崩そうともしないが、謹厳実直を絵に描いたようなオークの牡であり、茶の椀に両手を添えて拝受している姿はなかなかの絵になっている。

私としては、ゲオルクとは別の意味で普通のオークらしく思えないオークに見えてならない。と思いながら彼を見ていると、どこかで見たような気がしないでもない。

私にはこのような若いオークに知り合いはいないはずだが…。

 

「失礼、会計担当どの。後ろの彼も紹介してはくれまいか。」

「これは申し訳ありません、緊張のあまり失念しておりました。

こちらは私を護衛してくれている者で、フェルディナントと申す者でございます。今回、遠く危険な道を行くということで、オルクセンにて募集し選びました護衛でございます。

決して黒エルフの皆様に危害を加える存在ではございません」

「いやそれはわかっている。疑わしいなら会計どのの首を頂いてよいのだろう?

だが安心して欲しい。疑ってはおらん。名を尋ねたかっただけだ。

どこかで見たような気がしてな。

しかし貴方が直接話したいという話は何なんだ。ただの瓶詰めの商売話なら、もう済んだも同様であろう。

先ほどの当方の若者、貴方がたを応対した者はアレシアと言うが、あの者が見て問題がないなら構わない。我々も苺は嫌いではないし、しかるべきものであれば対価は払う。

ただそれが本来の話ではないのだろう?何が目的だ?オークの間で流行している笑い話でも聞かせに来たのか?」

私は冗談めかして笑って言った。すると、それを聞いた後ろの若いオーク、フェルディナントが背筋を伸ばす。

その姿をゲオルクが見やった後、彼は真摯な表情で静かに言った。

「もちろんでございます。そもそも、これからお話させていただきたいことが、もし族長閣下に取りまして、信用するに足りぬ、嘘や詭計の類と思われるのであれば、改めてこの首は閣下に差し上げるつもりでございます。

…私は、それだけの覚悟を持って、こちらに参っておるのでございます。」

 

そう言うと、ゲオルクは出された湯気の立つ茶を静かに啜って、言葉を続ける。

「もし私の生命の最後において飲む茶が、このような美味なものとなったならば、それは幸福なものとしか言いようがありません。

私の命の最後に、族長閣下からこのような美味なる茶をいただけましたこと、大変ありがたく思っております。

また、命が最後となることもありうる、そのつもりでお話をさせていただきます。

よろしいでしょうか、ディネルース・アンダリエル族長。

直接お話ができて、大変光栄に存じます」

 

その、低くて心地の良い声で語られたことは、黒エルフである私にとって、極めて衝撃的なものだった。

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