・オルクセン王国史本編から見て、さらにIF物的な展開です。
・「星歴800年」を開始時点としています(本編の60年前)
・原作1巻読了後推奨
(原作以前を舞台にしているため、本編のネタバレはないはずです。
世界観と人物が把握できていればという程度)
ゲオルク、会計担当だと名乗る礼儀正しいオークが去ってから数日が過ぎた。
奇妙な形でスコルの村の広場の片隅にいることとなったオークたちの部隊との間には、騒動などが起こるというようなことは全くなく、平穏な日々が続いていた。
彼が去った直後は、ゲオルクの紳士的な態度に丸め込まれてしまったかと後悔した私だった。冷静になってよく考えてみればいきなりこれまで敵だと想定していたオークの軍隊を駐留させているようなものではないかと不安にもなりもしたが、その思いは無用なものだと悟るのにそれほど時間は必要ではなかった。
彼らはとにかく良く働く。私が持っていた、怠惰な種族というこれまでの印象が何だったのかと言いたくなるぐらい、彼らは四六時中何かを作ったり働いたりしているぐらいだ。
そもそもであるが、どうも何かしていないと落ち着かない、というのが隊長であるフェルディナント中尉の性格のようで、ゲオルクが帰ったその日にもう私のところにやって来て、何かできることはないか、重いものを動かすとか、片付けるとか、できることがあればやりたいと言い始めた。
仕方なく私は、村の廃屋を壊して使える資材は保管して、そうでないものは燃料にして欲しいとか、整理されていない倉庫の件などを伝えると、彼は即座に部下を引き連れ、嫌な顔一つせず作業に取り掛かった。
驚くべき手際で、それはあっという間に片付いてしまう。いくら私の命令に従うようにと訓令されているからと言っても、ほどがあるだろう。
すぐに手持無沙汰な表情に戻った彼にせがまれて、私は次に、南の街道で、倒木で狭くなっている部分があると伝える。
すると彼が言うには、もうすでにこのスコルに来るときに片付けてしまった、などと言ってくる。
先回りして仕事の早い奴だというだけでなく、提案までしてくる始末だ。
「道が通りやすいのは良いことかもしれませんが、非常の場合には問題かと思います。簡単にふさぐこともできるように木を組んでおく方が良いと思いますが、いかがでしょうか。
実は倒木を片付けた際に気になったのですが、森に手を付けるのは黒エルフの皆様の怒りを買うかもしれないと、部下たちと相談して控えることにしたのです」
と言う彼に対して、倒木や枯木は仕方がない、手を付けてもよいと私が言うと、了解した、と言ってくれる。
中尉はまた、別の街道沿いにも同じような仕掛けをいくつか作っておいたほうがよいのではないか、と献策してくれるので、これについては許可し任せることとした。
とにもかくにもフェルディナント中尉は快くあれこれと我々ではやり難い作業を引き受けてくれて、毎日のように部隊の半数を率いて村の外で作業を続けていた。
その一方で、残る半数のオークたちは…ただひたすらに飯を作っていた。
その中心にいるのはやはりヨハン少尉で、朝早くから朝の食事を作っては配り、食べ終わって皿やら調理器具やらを洗うと、またすぐさま昼飯を作り始める。
これしかやることがありませんからね、などという軽口をすぐ叩くが、そんな少尉にアレシアがああだこうだと説明したり、スコルで採れる食材を渡したりあれこれと手伝っているようだ。いつも彼女が近くにいるものだから、周りの黒エルフたちもオークたちをそれほど怖がらず、普通に接するようになってきている。
ある時の午後、また広場がやたらと騒々しくなっていると思ったら、思ったとおりその中心にいたのはヨハン少尉とアレシアの二人だった。
何を又始めたのだと思ってそちらへ行ってみると、スコルの子供たちがヨハン少尉の周りに集まっていて、その手元を興味深そうに見入っている。
少尉は、野外炊事用に設営した大きなかまどに広い鉄板を載せ、その上で何かを作っている。
よく見ると、小麦粉と卵を合わせて溶いた生地を、その鉄板の上で薄く丸く延ばして軽く焼き上げ、側に置いた皿に重ねて載せていた。
それをアレシアが一つずつ取り、大きなボウルに泡立てた真っ白なクリームをのせ、苺の甘煮や我が村で採れたベリーを載せて、くるくると巻いている。
巻きあがったものができる端から子供たちの手が伸びてきて、取り合いになりそうな勢いだ。それを見た少尉が、心配しなくても皆の分はある、家の人にも持って帰れ、などと言いながら俊敏に動き、次々に生地を焼き上げていく。
なんとも美味しそうな菓子ではないか。
忙しさのあまり昼を食べ忘れていることに気づいた私自身、つい我慢できなくなり、たまらなくなってヨハン少尉のそばに見に行ってしまったところ、少尉から叱られてしまった。族長ならルールを守って並んでください、と。
それは確かにもっともだ。余りに空腹でつい不適切な行動をしてしまったなと反省し、苦笑しながら私は子供たちに混じって列の最後尾に並ぶことにする。姉さまも食べたいの?と聞かれながら空腹を我慢して辛抱強く待っていると、ようやく私の番が来て、美味しいものの前ではみんな子供でいいんですよ、などと言いながらアレシアが私に「苺とベリーのスコル産とれたてクリーム包み」を渡してくれた。
おいしい、おいしいといって食べている子供たちに混じって、私も一緒に食べてみる。
確かに美味しい。良くできている。
夢中で食べている私に、黒エルフの村のミルクは上質ですね、これがうちの店でも使えたらなあ、と少尉は我がスコルのことをほめてくれる。
「いや、それ以上に少尉のこの料理だけでなく菓子も作るという腕前は、本当に素晴らしいものだ。君は就く仕事を間違っているのではないか?」
と私がからかい半分に言うと、彼が教えてくれた。
「親父が、シュヴェーリン将軍との縁故を利用して、俺を士官学校へ押し込みやがったんですよ。『町飯屋の倅で終わるな』なんて言ってね。でもね、それはそれで良かったんです。おかげでフェルと出会いました。いいやつですよ、あいつは。
不器用な奴だけど、だからこそ手伝ってやりたい、助けてやりたいと思っている。俺ができることなんて限られますけどね。でもやっぱりここに来るのを志願して良かった。あいつだけじゃ務まらんでしょう、この任務は。第一、黒エルフの皆さんも、落ち着かないでしょうしね。あんな強面のオークがそばにいたんじゃ。
俺は子供が好きなんですよ、どんな種族の子供でもね。
可愛いじゃないですか。黒エルフの子たちも、俺の作ったものをうまいうまいと言って食べてくれる。ははっ、族長さんだって子供みたいな嬉しそうな顔をして食べてましたね。俺にはそう見えるんですよ。
フェルも子供が好きなんですけどね。でもあいつが近づくと、みんなびっくりしてしまう。だから俺が代わりにね、皆さんと楽しくやっているんですよ」
縁故などという言葉をオークから聞くことになるとは思わなかった。それに子供が好きだ、と彼は言う。そんな生き物だっただろうか、このオークという種族は。
もし私がオークの子供を見たとして、可愛いと思うだろうか。小さい生き物はそれなりに可愛いともいうし、実際見たら可愛いと思うのかもしれないが、見たこともないし、見てもどう思うか、全く予想がつかない。しかし彼は、黒エルフの子供を見て可愛いという。慕ってくれるから可愛く見れる、というだけの話でもなかろうに、一体何が彼らの中で起こったのだろうか。
その、グスタフという王の影響だろうか。
黒エルフの小さな娘たちに囲まれて、笑いながら菓子を振舞っている彼の姿を見ながら、私はオークの王のグスタフとは、どんな牡だろうか、とあれこれと想像してしまっていた。
彼らがやってきたそのころは丁度、我々の種族で長年続いている、春の祭りの時期を迎えるころだった。
「姉様。今年の春の始まりの祭りは、どうしますか」
そうアレシアから聞かれた時、私は正直情勢が気になって落ち着かず、そんなことをしている場合ではないという思いを抱きつつも、黒エルフにとっては大事な行事であり、行わないとなれば存在意義に関わるようにも感じられ、難しい決断だと思っていた。
しかし決めた。よし、簡素にやろう。やらないわけにはいかないだろうし。
私はスコルの主だった者を集めて意見を聞き、それらを取りまとめて示した。
白銀樹を祀る儀式、そして新しい年の恵みを祈る儀式は我々にとって必須のものだ。これはやらなければならない。白銀樹から新たに枝を頂き、それを分けて鉢に植え、小さな苗木として育てる。それをまず行い、本来なら数日間にわたって続く、豊かな恵みを前倒しで楽しむ宴は、1日だけにする。
その方針をスコルの村に周知すると、皆は思ったよりも安堵し、すぐさま準備に取り掛かった。考えてみればそれでよかったのだ。祭りを行なわなければ、儀式を行わないことを不安に思う者もいるだろうし、いつものように祭りを行えば、もし白エルフの襲撃があった場合に恐ろしいことになると思う者もいるだろう。
祭りの準備は賑やかに行われた。暗く淀んでいた皆の空気が一掃されたかのように明るくなり、祭事の準備をする者、料理の準備をする者、それぞれが嬉しそうに働いている。
フェルディナント中尉とヨハン少尉もすぐにやって来て、我々にもすぐさま、何かお手伝いをさせていただきたいと申し出て来た。これは依頼してもよいだろうと思い、中尉には広場の中の舞台の設営を、少尉には料理の準備を依頼すると、二人とも積極的に協力してくれた。おかげですぐさま祭りの準備は完了し、実施を決めた翌日には早くも開催できることになったのだ。
我々の春の祭りは昼過ぎから始まる。
選ばれた3名が、黒エルフの伝統的な祭りの衣装を身にまとい、春の白銀樹の祭りの使者となる。
スコルの皆の中から選ばれた3名が、伝統的な衣装に着替えて準備を終える。
使者は外へと歩み行き、白銀樹の森へと向かっていく。
白銀樹への使者である3名の声が森の中に響くと、それを受けて白銀樹の枝が淡く光り出す。
選ばれた3名は、「銀の語り手」だ。彼女らが白銀樹の根元に立ち、黒エルフに伝わる古い歌を歌いはじめると、それが春の記憶を呼び起こす。
白銀樹の背後から、春を伝える歌声が聞こえてくる。
現れた1名の「白銀樹の使い」が、白銀樹の苗を手土産にし、3名の使者とともに、スコルの広場へとやってくる。
使者はスコルの中央にしつらえた舞台の中央で、スコルの全員が見守る中、天に祈り、地を撫で、そして伝統的な舞と歌を披露する。
「…アレシアさん、綺麗だなあ」
私のそばで祭りを見ていた少尉が、小さな声で言った。
今年の「白銀樹の使者」を務めたのは、アレシアだった。
「少尉、君は黒エルフでも魅力的だと思うのか。同族でもないのに」
と、私が不思議に思って聞くと、ヨハン少尉は慌てた様子で頭を下げた。
「い、いえですね、そんなけしからん目で見ているわけでは…」
「いや、気にするな。取って食おうという目で見ているわけではないのはわかる。
単に種族が違っても好ましいと思うのか、不思議に思っただけだ。」
「変でしょうかね…。そもそもここに来るまで黒エルフなんて見たこともなかった。でもなんとなく、いいなと思って。いや、俺、普通にオークの女の子、好きなんですけどね。ヴィルトシュヴァインに彼女がいるわけじゃないんですけど」
そう言って妙に照れながらも、ずっと舞台の上で舞い続け、歌っているアレシアのことを見つめている。
種族が違っても、か。私も例えば、オークを好ましいと思う時が来るのだろうか。
そういえばあの、会計担当どの。はっきりと物を言う、オークであってもオークでないような、堂々としたところのある牡だったなと思い出す。私はふと、「首を刎ねられても結構だ」と言い切って、襟をまくって首を垂れた時の彼の香水の匂いを思い出す。
牡としてというより、生き物としては…いい奴だったな。だから私は、信用してみようかと思ったのかもしれない。
儀式が終わると宴会だ。今年はかなり急いだので、作れた料理も少なめだったが、それでも少尉をはじめとしたオークたちが力のいる部分の作業を手伝ってくれたので、祭事で最も大事な「豊穣の証のパン」があっという間にできてしまった。
うまく作るためにはかなりこねる必要があるパンなのだが、彼らにかかればあっという間に生地がこねあがってしまったらしい。もちろん、伝統の祭りの食事を異種族に作らせていいのだろうかと懸念する者もいたけれども、祭りに間に合わずにできないよりはいいだろう、それに来訪者がいる時は、来訪者にも手伝ってもらうことが豊穣につながる、というのが我々の言い伝えだから、ということになって、生地作りから焼成まで、オークたちにも手伝ってもらうことになったのだ。しかし今まで、物好きの白エルフが手伝ったことはあっても、オークがというのは私の記憶では初めてだった。
「豊穣のパン」を皆で取り分けて、皆で一口ずつ食べてからが本番の宴会だ。
白銀樹の根菜の温スープ。もちろん本物の白銀樹の根ではなく、蕪を白銀樹の根を模した形に切りそろえて、人参や燻製肉とともに煮込んだもの。白銀樹の根の形に綺麗に切るのがこれまた時間がかかるものなのだが、なんと一目見たヨハン少尉がすぐに覚えて次から次へと大量生産するものだから、老黒エルフから「あんた、オークなのに凄いね!」などと言われて賞賛されていた。
花弁巻きの生ハム。スコル周辺で採れる、食べられる花が咲き始めるのも春であり、冬に蓄えていた鹿や兎のハムを色とりどりの花弁で巻いたもの。これを食べると来年の春まで元気でいられる、という言い伝えがある、我々の中では祭りに欠かせない一品だ。
苺とベリーのケーキ、ハーブ添え。いつもは貯蔵していたベリーしかないが、今年はあの苺の瓶詰があったので、彩が鮮やかになった分だけおいしいし、皆も喜んでいる。
それに今年は、酒が飲める者は火酒を苺の蜜で割ったものを飲むし、酒が飲めない者は苺の水のお湯割りを飲んでいる。オークが持ってきた苺の瓶詰は、誰もが楽しめる飲み物にもなったのだ。
そういえば、中尉はどうしているだろうか。
宴会の途中、私はふと気になって、中尉が居るはずの北門の方へと行ってみることにした。
中尉は、祭りの準備まではみなの中に入って黙々と力仕事となる作業を手伝ってくれていたが、いざ祭りの本番となると、
「自分のようないかついオークがいると、皆さんが祭りを楽しめないだろうし、それに北門の警備をする者もいなければならないから」
と言って、一人、スコルの北の門番を引き受けてくれていた。
そういう中尉の配慮に甘えているだけでは申し訳ないと私は思い、近くにあった盆に料理をあれこれ載せて、火酒の入れ物を持って北門の方へ行ってみる。
すると北門の方から、何やら若い娘たちの甲高い声がする。
「凄い!中尉さん、もう杯が空っぽ!」
「おかわりどうぞ!」
「このハムおいしいんですよ。私が狩りをしてうちで作ったんです。塊で持ってきましたよ。どんどん食べて」
よく見てみれば、白銀樹への使者役をした3人の黒エルフが、すでに食べ物や飲み物を「使者」として届けていたようだ。
着飾った3人に次から次へ、代わる代わるのもてなしを受けて、戸惑いながらも嬉しそうな表情で楽しんでいる様子の中尉を見て、私は邪魔をするような気にもなれず、そっと食べ物と酒を置いてくるだけだった。
夜が深みを増すころ、宴は終わりへと近づく。
全員が杯を置いて立ち上がり、広場の舞台を囲んで手をつなぎ、巨大な円を作る。
最後に「白銀樹の使者」のアレシアがこう歌う。
「春はまた来る。今夜の光は、永遠に我らの胸に宿る。豊かな恵みを、皆に与える」
その歌を全員で唱和する。
森は再び静寂に包まれ、我々の祭りは終わりとなった。
何もかもみな、故郷での最後の平和なひとときであった、としか言いようがない。