・オルクセン王国史本編から見て、さらにIF物的な展開です。
・「星歴800年」を開始時点としています(本編の60年前)
・原作1巻読了後推奨
(原作以前を舞台にしているため、本編のネタバレはないはずです。
世界観と人物が把握できていればという程度)
祭りの翌日のことだった。
私が各地の集落に出していた使者が、次々と戻ってきて、状況を報告し始めた。
各地の皆の反応は予想されたとおりで、オークへの恐怖心と、白エルフへの猜疑心が皆の内心でせめぎあっている。オークの領域に移動するなどもってのほか、しかし白エルフも信用ならない、という皆の思いは当然だと私も思う。
しかし、使者に持たせた苺の甘煮の瓶詰めが、思いのほかオークへの警戒心を解かせたようだった。結果としてどの集落も訓練には参加するとの報告を受け、まずは一安心することができたが、同時に気がかりな報告もあった。
北の方から帰還した者たちの報告の中に、山岳地帯の橋がなかった場所に真新しい橋がかけられていた、とういうものがあったのだ。
それは我が黒エルフの領域から白エルフの領域を結んでいる交通の難所であり、かつては近隣の者から架橋してほしいという要望があったこともある場所ばかりだ。しかし諸般の事情により見送っていたため、業を煮やした近隣の者が作ったのかもしれない。しかしそれを確かめる余裕もない。
早速私は報告をもとに、手持ちの地図を広げ、その上に場所を記し、改めて地図をじっくりと見てみる。
架橋された箇所。しかし待て。そこに…そこにこの間私が行った時、橋などはなかったのではなかろうか?最近とはいつだ?この数日のことなのか?
そこは少し開けた場所で、その向こうは白エルフの拠点となる街へとつながる街道になっている。にもかかわらずそこにはこれまで橋などなく、あれば便利だ、という声があった一方で、橋が存在すること自体の不安ということもあって、そのままにされているはずの場所だった。
先日私がそこに行った時。その時私はその場所で、遠く、白エルフの領域の方見るばかりで、思い直してみれば地を見た記憶がない。そこに橋などないものという先入観があったかもしれない。
私は、側にいたアレシアに対し、フェルディナント中尉とヨハン少尉を呼んでくるように命じた。すぐに彼女は駆けだすと、間もなく二人を連れて戻って来た。
「中尉、それに少尉も、急に申し訳ない。
この地図を見て欲しい。この地図にあらわしたが、北部の山岳地帯のこの場所に橋が架橋されている。
これらはつい最近できたものだという報告が入った。
私が先日見たときには、存在していなかったかどうかわからん。見落としていた可能性もある。だが…。」
すぐさま、フェルディナント中尉が、低く押し殺したような声で言う。
「白エルフから架橋するという連絡があったわけではないのですな」
「もちろんだ」
「族長閣下。来ます…奴らが」
「貴官もそう思うか」
「はい。一刻の猶予もありません。対応を考えませんと。
閣下、この橋以外には地図上、この峡谷を縫うように道があるようですが、これが通常エルフィンド本国との交通で使用している街道と思います。こちらの道幅はいかほどで」
一瞬、話していいことか迷ったが、私は決断した。
「もっとも広い部分で12メートルほどだが、大概は6メートル程度だ。」
「高低の状況は」
「森を抜け峡谷に入ったすぐのあたりが頂点で、そこから勾配がきつい下り坂になる。以北はなだらかな坂だ。」
「その頂点付近の幅員は」
「そこが一番狭い場所の1つだ。
いや、中尉、そんな話をしている場合ではない。
直ちに改めて退避の指示を出す。すでにシルヴァン川方面へ移動中の者もいるだろうが、念のためだ。また、貴官らには本国へ連絡していただきたい。」
「閣下、軍事機密である貴重なお話を教えていただきありがとうございます。
もちろん連絡いたします。明日朝、本国から通信連絡を担当する兵が状況確認に来ることになっております。それに伝えます。」
「方法は任せる。それと、君らも含め、退避の準備を」
「いえ、族長閣下、そのご命令には従えません」
フェルディナント中尉が、太くて意志の強い声でそう言った。
「我々は部隊を2つに分け、北へ向かいます。
要所はこの新しい橋と、以前からある主要街道の峡谷、頂点の部分を目指します。
おそれながら族長閣下にお願いがございます。道案内のできる方を1名ずつお付けください。現地に到着しましたら、その方には直ちにお帰りいただきます。
我々は橋は爆破し、街道は封鎖して頂点の手前で守りを固めます。
…間に合えば、ですが。いえ、間に合わせます。直ちに行動いたします。そこは交通の要所。抑える必要があるでしょう。
そうすれば白エルフの進軍は遅れるでしょう」
「抑えるだと。橋が破壊できたなら戻ればよいではないか。どういうつもりだ。貴官、何をするつもりだ。」
「またすぐに架橋されれば破壊しても意味はありません。それに峡谷はどういたしますか。この地図を見れば族長閣下もお分かりのはず。白エルフは2手に別れて侵攻してくるでしょう。地形を見ればそれが当然です。
ですから時間を稼ぐ必要があります。こちらは地図によれば地形も厳しく守るにはちょうどよい場所でしょう。この先は道が分かれておりますし、ひとたび入り込めば…。」
そんなことになればどうなるかなど、私にも十分わかっている。
武装した白エルフは、まずこのスコルを襲う。私がここにいることを奴らも知っている。私を狙いに来るだろう。その時までに集まってくる幼な子を連れてなんかできるだろうか。もし遅れれば…。想像したくもない。
しかし、それでも、許せることとそうでないことが私にはあるのだ。だから私は、彼らに強く、命令するように伝える。
「そのようなことは十分承知している。ここは我々の領内だ。貴官らに言われるまでもない。
そもそも我らはひとたびオークの侵攻があれば、北部まで引き、山岳の狭隘な地形を利用して少数の兵でその場所を守る。それが我々エルフのオークに対する基本的な作戦の一つでもある。そうすれば、いくらオークの大軍が敵であろうと、地の利を利用して持ちこたえられるゆえ、十分戦うことができる。ただしそれも時間の問題であり、直ちに援軍があることが前提の作戦である。
援軍なくば…。どうなるかわかっているのか。」
「私は、あの闘将シュヴェーリンの甥でございます。閣下もお聞き及びでしょう。絶対に一対一では渡り合うな、そう言われたシュヴェーリンの家の者でございますぞ。この狭い街道、しかも地形は高低差があり守るに有利。白エルフの柔弱な兵など、物の数ではございません」
「ならん!」
私の大喝に背筋を伸ばされたオークの両名が、息を飲んだ。
しかし、フェルディナント中尉はすぐさま言い返す。
「なぜでございますか」
「ならんと言ったらならん。理由などない。貴官は我々の護衛がその任であり、敵を食い止める任務を与えられているものではないはずだ」
「何をおっしゃいますか。それこそ族長閣下、閣下には我々オルクセン王国軍に対する指揮権などございません」
「能書きや筋の話をしているのではない。死ぬぞ。それにグスタフ国王は、貴官らにそのような命令を行ったのか」
「敵の足止めをしなければ、黒エルフのご一族はどのような運命となるか、族長にはおわかりでないのか」
「それとこれとは話が別だ!」
私は怒気と共に机を激しく叩いて りつけた。
側にいるアレシアが顔を引きつらせて直立したまま固まっている。
しかし彼は、私の話など聞こうともしない。
「族長閣下。もはやお話を頂く時間はございません。
我々は直ちに出発いたします。
願わくば、道案内の方をお選びください。
目的地に着きましたら、必ず無事にお返しいたします。
私が命に代えましても。」
「フェルディナント中尉。貴官は正しい判断をしている。
しかしな。正しい判断だからいつも正しいとは限らん。私はそう思う。
許されることとそうでないことがある。そうではないのか。」
私はそう言うのが精一杯だった。
そうだ。指揮官とすれば間違っているのは私で、中尉が正しいのだ。それに相手はオークだ。他種族だ。黒エルフの族長としての立場であれば、当然そうするべきなのだ。
だが、それでも私は、違う、としか思えなかった。
「族長閣下。どうして私がこのようなことを言うか、おわかりではないのでしょうな」
中尉がその大きな手で、私の手を取って言う。
「わかるはずもない。いや、わかっていたとしても、わかるはずもない」
「ならばお教えしましょう。
我々オルクセンのオークの言葉に、こうあります。
『戦士は己を認める者のために斧を振るう』と。
閣下は、我々に対し、偏った見方をすることもなく、ただ我々の誠意を受け取って下さった。いや、閣下だけではありません。このスコルの皆様も同じです。
そもそも我々にとっては王命ではありますが、その一方で閣下のおっしゃるとおり、我々は親の代よりも前からの仇敵でございます。
そして我々は、かつて我々が蔑まれていたことも知っております。
しかし閣下、貴女はそうではなかった。またこのスコルの皆様、黒エルフの方々はそうではなかった。ただ正面から、敵として、また対等の存在として、我々と接してくださった。その閣下の思いが、黒エルフの皆様に伝わり、このスコルの皆様だけでなく、黒エルフの皆様へと伝わっているのだと私は思います。
グスタフ国王も言っておられました。
ディネルース族長は、信頼できるお方だと。
私もそう思います。
先ほど、私が献策しました折、閣下は反対なされました。
もし閣下が、心の底では我々を軽んじ、侮っていたならば、我々など進んで捨て駒にするだろうと私は思っておりました。
仮にそうでないとしても、閣下が我々に、「黒エルフを守るのがお前の役目だ」と言ってきたとしても、何ら不思議はないことだと私は思っておりました。
私はそれでも従うつもりでございました。グスタフ国王からは、閣下の命に従い、最善を尽くすよう言われておりましたので。
それでこのスコルの皆様を守れるならば、それでもよいと思ったのです。
しかし、閣下はそのようなことは口にされませんでした。閣下からも、皆様も、ご厚情を頂きました。
私はこの王命を拝受した後に、伯父に相談致しました。私はそれまで、黒エルフも白エルフも、高慢で我々のことを蔑んでいると思っておりましたため、いかに王命とはいえ、釈然としないものがあったのからでございます。
しかし、伯父は言いました。
確かに高慢なエルフは多い。しかし、最後は生き物と生き物の関係である。分かり合える者もいれば、そうではない者もいて当然だ。
だからこそ、グスタフ王は、敵の弱みに乗じるのではなく、先に話し合いを希望された。戦うのは、話し合って決裂してからでも良いのだと仰った。
それが正しい選択なのか、弱腰の誤った選択なのかはワシにはわからぬ。
我々はエルフィンドと戦う準備はしていても、戦わずに共に歩めるならばそれでよい。そう、グスタフ王は思っておられるし、自分もそう思っている。
だからお前は、自分の目で黒エルフを見て、考えればよい。
無事に戻ったら、黒エルフの族長がどんな奴だったか、ワシにも教えてくれ。
あいつらには60年前、酷く負けてしまったのだ。ワシはその理由が知りたいとも思うしな、と」
「シュヴェーリンがか…。私は何度も、彼と戦ったのに。
私も彼に仲間を多く殺された。そして私も彼の仲間を何人も殺した。それが我々のこれまでの関係だったのだぞ。私が殺したのは貴官の仲間だぞ。」
「わかっております。士官学校において戦史の時間に習いました。
しかし、時にはそれを超えることもあるとも教えられております。。そう私は思います」
「…。」
しばらくの間、沈黙が辺りを支配した。
その時、それまで傍らで沈黙を保っていた小柄なオークの少尉の口が開いた。
彼の声が小刻みに震えていたことを、私はよく覚えている。
顔色は青ざめ、声だけでなく身体も震えている彼。
これまでの彼の、気さくな軽口とは全く異なる、臆病で脆弱なその声。
しかし、放たれた言葉は、これまでになく勇壮なものだった。
「…族長閣下。お願いしますよ…俺からも…。
俺も…行きます。…申し訳ないですが…道案内をお願いします…」
私は、余りに意外な言葉を耳にしてしまい、思わず声が出てしまう。
「少尉!貴官は上官を制止しないのか。それが少尉の役目だろう!」
「…制止する理由はありませんよ。
その場所を通過されたら、大きな被害を被ることは明白です。そんなことは俺にだってわかります。士官学校ぼんくら成績の俺でもね。
それに、副隊長の自分が、逃げ出すことなどできません」
それを聞いたフェルディナント中尉が、冷たい声で言う。
「少尉、貴官はここに残って族長閣下を護衛して後退せよ。それが命令だ」
「嫌ですね」
部下ではあるが友人から即座に否定された中尉が、食って掛かるように叫ぶ。
「何が嫌なんだ!お前が戦いで何の役に立つ!」
「俺もこの隊の一員だ。それに副隊長だ」
「輜重兵が階級だけで副隊長になっているだけだろう!お前など足手纏いだ!」
「馬鹿にするな。俺だって士官学校を出ているんだ。防護陣地の組み方ぐらいわかる」
「ならん。お前は残って閣下と共にオルクセンへ行け」
「馬鹿野郎!お前を置いていけるか!ただの戦友じゃない、友達のお前を置いていけるのか!
…それにな、俺は守りたいんだ。あの子供たちを。」
小柄で臆病な少尉のその目は、力強い光で満ちている。
彼は私を見て、ゆっくりと続けた。
「族長閣下。黒エルフには小さな子供が沢山いらっしゃるじゃないですか。
俺たち魔種族にとって、どれだけ幼子が大事かは、俺にはよくわかっています。
それに…あの子たちは、俺の作ったものを喜んで食べてくれたんだ。
種族が違うのに。オークの俺を怖がりもせず、嬉しそうに食べてくれたんですよ。
だから俺は、俺が守らなくて、誰があの子たちを守るんだと、そう思うんですよ。」
ヨハン少尉の声は、もはや弱々しく震えているものではなく、力強い、まさにオークの牡の言葉だった。
「族長閣下、閣下はご自分の責任を果たすべきではないのですか。
黒エルフ全体の安全を考えて、行動しなければならないのではありませんか。
俺やこいつ、戦うしか能がないような奴、それがオルクセンの軍人です。それとは違うんですよ。
一族に責任を持つ族長さんとは、やるべきことが違うんですよ。間違ってもそれをはき違えたりしたらいけません。
どうかあのお子たちをお守りください。白エルフはきっと、子供だからと言って容赦などしないでしょう。でなければ攻めてくるはずもない。そんなこと、俺は想像したくもない。だから…。
俺たちは行きます。行かなければならないんだ。」
その翌朝、広場の隅に並んだオークたちを、スコルの黒エルフが遠巻きにして見つめていた。
整然と並んだオークの軍人たちが、軍人としての装備を身に纏い、黒エルフの住人たちに対して、隊長であるフェルディナント中尉の号令の下、厳粛で見事な礼をする。
大人も子供も皆、黙って彼らの隊列を見つめている。
2つに組まれた彼らの隊は、一隊、また一隊と、整然と広場を横切り、北へと向かって行進する。
「お兄ちゃん!行かないで!」
「行っちゃだめ!」
黒エルフの幼な娘たちの声が、次々に広場に響いていく。
しかしオークの歩みが止まることはない。
規則正しい軍靴の音が、ただ整然と広場の中に響いていく。
子供たちがその隊列の後を追っていく。
広場からオークの隊列の最後尾が出て行こうとしたその時に、2名のオークが走り出して、後をついてくる子供たちへと近づいていく。
大柄なオークは、大きな身体を屈めて黒エルフの子供を抱き上げる。
「いい子になるんだ。お姉さんたちの言うことをよく聞いて、美人のエルフになるんだぞ」
小柄なオークは、鞄から白い袋を取り出して子供たちに渡す。
「みんなで分けて食べるんだぞ。おいしいものを作ったからな」
その2週間後。
我々黒エルフは、7万人の全員が、無事にシルヴァン川を渡り切ることができた。
私は最後まで後方に残り、最後にシルヴァン川を渡河し、これをもって黒エルフは全員、オルクセンへ移住することとなった。
道案内に付けた者たちも、皆無事に帰還した。
大きな袋を大事に抱えて戻ってきた。
その袋の中身は、オークの部隊から預かった、時計や指輪、ペンなどの品物。
ヨハン少尉の部隊に付けたアレシアは、袋の中に収められた調理道具を大事に抱えたまま、ずっと無言で泣いていた。
私はその光景を、一生忘れることはできないだろう。
「これが我が、オルクセン王国のアンファングリア師団の始まりである。
わずか数年前の出来事ではあるが、諸君らが決して忘れてはならない事実である。
それが私の訓示のすべてである。
諸君らがこれから立ち向かう敵は強大だ。しかし今こそ、彼らに我らが報いる時だ!」
(星歴807年 アンファングリア師団長 ディネルース・アンダリエル中将の演説)
本作品にお付き合いいただきましてありがとうございます。
こちらのサイトでは初投稿のため、内容はもとより体裁も見苦しい部分があるかもしれませんが、ご指摘いただければ修正可能なものは修正しようと思います。
また、創造主(神)には感謝させていただきます。
良い作品(本編)をありがとうございました。
※ここまで読んでいただいた方ならお判りでしょうから、蛇足ではありますが
付け足しをさせていただきます。
【登場人物】
ゲオルク:もちろんグスタフ・ファルケンハイン(約80歳)。本編の70年ほど前になるため、本編が150歳であるから80歳。
アレシア・ファルメリス:本作品のオリジナルキャラクターですが、オルクセン王国史(小説版)1巻初めの方か、3巻109ページあたりで登場している、と思っています。