ウマ娘側は本気で担当トレーナーを好きになるけどトレーナーはあくまで仕事であり走りとして担当ウマ娘を好きなのをウマ娘側が努力で差しきりにかかる展開も良いものだと思います。
pixivにも投稿しているものと同じ作品になります。
「ヒシミラクル、朝だぞ」
トレーナーさんの声が聞こえて、わたしは目を開けた。
ほんとうは10分くらい前に目は覚ましてたんだけど、今日は休日だしまだまだ寝てたい気分。
「いいじゃないですかトレーナーさん、今日はお休みですし。昼までお布団から出たくありません」
「……まだ寝ぼけてるみたいだな」
トレーナーさんはわたしの布団に近づいてきて。
そのままわたしの布団を開いて、寝ているわたしのすぐ隣に座る。
「俺はもう君のトレーナーじゃない。昔の夢でも見てたか?」
トレーナーさんは、わたしの腕を握る。寝ているわたしの体に覆い被さるように顔をまっすぐ向き合った。
思い出した、今はもうこの人はわたしのトレーナーじゃない。
「えへへ、そうですね。じゃああなたと言い直しましょうか。ただ、布団から出たくないのは本当なので……」
人間がウマ娘に力で勝てるわけがない。常識だ。だけどわたしは、この男性の腕を振りほどかない。
わたしは、もうこの人に体を許した。生徒と指導者ではなく、男女として結ばれた中だから。
「お昼まで。お布団の上でなら、好きにしていいですよ? 昨夜のあなたはお疲れでしたからね」
「……元教え子に言われると背徳感がすごいな」
「なにを今さら。初めてでもないでしょう」
わたしの意識はまだぼんやりとしている。でも、彼の目が据わったのはわかった。
わたしが彼の担当ウマ娘だったときには絶対に向けなかった目。そして今も、この人の教え子達には絶対に向けることのない目で。
わたしを、求めてくれる、しあわせ。
ああ、ここまで長かったなぁ。わたしもこの人も、結構年を取った。
ゆったりしたわたしのパジャマに手を掛ける彼を見ながら、わたしは引退した後のことを思い出していた。
トレーナーさんのことを異性として意識し始めたのは、シニア期のバレンタインくらいだったと思う。その時もまだ自覚はなかったけど。
チョコレートを渡すとき、なんとなくお父さんやお世話になってる人に渡すのと同じチョコを渡すのは憚られた。
こんな普通すぎるウマ娘を信じて専属契約して、奇跡みたいな偶然で勝った菊花賞。もしかして運命!? なんてちょっと思ったりもして。
しかもこのバレンタインの後、天皇賞春に宝塚記念なんて大レースを勝たせてくれた。
……けど、本当に好きになったのは勝たせてくれたレースじゃなくて。
その後、わたしは天皇賞秋と春で最下位の16着になった。
こんなわたしでも、一応GⅠ3勝ウマ娘なんだからそれなりのファンもついてて。子供からおじさんまで人気のあるウマ娘になっちゃったわけですけど。
まぁ、何回も最下位になると失望もされるわけですよ。
でもこの人は1度もわたしにがっかりしなかった。強いて言うならプールトレーニングを10回連続で逃げ出したときくらいで。
普通のわたしがボロ負けして公式引退するのを、最後まで誰よりも応援して支えてくれて。
もちろんそれは、トレーナーとしての担当ウマ娘への熱意であって。異性の恋愛感情とは違うなんてわかってましたけど。
もう、わたしには。この人しかいないと思ってしまった。
だからわたしは引退してから……元担当としての立場を利用してトレーナーさんと時々お出掛けする時間をもらった。
好意は伝えるけどいきなり告白なんてしない。あくまで元教え子ですし、そもそも中央トレセン学園のGⅠトレーナーなんて優良物件通り越して一等地の億ションみたいなもんですから。わたしみたいな普通のウマ娘が本来釣り合うわけもなく。
ただ、中央トレセンの男性トレーナーは優良物件であっても結婚するのがちょっと難しいこともわかってた。
なにせめちゃくちゃ忙しい上に若い女の子に全身全霊尽くすのが前提のお仕事ですからね。わたしだってトレーナーさんが人間の女学生相手にデレデレしてたらイヤだし。
わたしにできるのは、トレーナーさんに平凡で平穏な時間を与えてあげること。
トレセンウマ娘って勝つためには結構ピリピリする子もいるから。
トレーナーさんはすごいですね、わたしが担当だったときくらい頑張ってますよって。
わたしにしてくれたみたいに、一生懸命応援しました。心から尊敬しているのでそこにおべっかはありません。
……もちろんそれでも、トレーナーさんに彼女がいた時期もありましたし、それを否定はしないようにしました。すっごくモヤモヤしましたが。
ええ、彼女と別れたと聞いた時は内心跳び跳ねるほど喜んだのを自覚してすっかり醜い女になったと自虐もしたものです。
「でも、ヒシミラクルはいつまでも俺とお出掛けしていていいのか? もう君も子供じゃない、もっと他に……彼氏作ったりとかに時間を使った方がいいんじゃ」
そんな言葉を掛けてきたとき、チャンスだと思いましたね。
わたしを子供とは認識してない。それが聞けたのは幸いでした。
「……さては恋愛シロウトだな? 大人の女が……恩師だからと言って。
好きでもない男相手に何度もお出かけしたり、おめかししたりして来るわけないじゃないですか」
あくまで自然に、普通に。そう念じながら言いましたけど。
恋愛シロウトは、わたしもなので。声は上ずっちゃいましたが確かに言いました。
「わたしは……あなたのことが好きです。担当トレーナーとしてじゃなくて、男の人として」
「ヒシミラクル……」
「あなたに映るわたしの姿は、まだ子供ですか?」
ぎゅっと。トレーナーさんの体を抱き締める。ウマ娘パワーじゃなくて、女性らしく柔らかく。
「……いつからだ?」
「さぁ、いつからでしょう。シニアくらいですかね。最初は変な熱血お兄さんだなと思ってましたから」
わたしは鏡を見るまでもなく真っ赤になった顔で、トレーナーさんの顔をまっすぐ見つめた。
「ねえトレーナーさん。わたし、あなたと出会った時のあなたの年齢よりは歳上にはなったんですよ?」
「……おかしいな。君が引退してからは、情けないところだって見せたはずだろう?」
おかしいったら。思わず笑っちゃいましたとも。
そりゃあ最初は普通のわたしを応援して勝たせてくれたから好きになったかもしれないけど。
「ボロ負けして最下位になったわたしを最後まで必死に応援してくれたのは、あなたでしょうに。
わたしは、あなたがくれた普通じゃない栄光だけが好きなんじゃありません。
あなたと過ごす、平凡で平穏な時間が大好きなんです」
それからは、トレーナーさんからちょっとずつわたしに甘えてくれるようになったので。
そもそも頑張りすぎのトレーナーさんですから、わたしもできる限り頑張って甘えさせてあげました。
わたしが担当だったときはトレーナーさんが遠慮していたこととか。
……わたしが子供だったときはトレーナーさんとしちゃいけないこととか。
あとはまぁ、ふつ~のお付き合いをしてふつ~の結婚をするに至りました。生徒と指導者の立場さえ乗り越えてしまえばこっちのもんですよ。
時間はかかったけど、トレーナーさんを差しきってゴールインすることができたんです。
「━━わたし、しあわせです。あなたみたいなすごいトレーナーさんと、ごく普通の家族になってずっと一緒にいられることが」
わたしの意識は、現実に戻る。目の前には、大好きな男の人が半裸でわたしに甘えている。
……今何をしているか、具体的なことは他人やトレセンウマ娘には見せられないけど。
だけど夫婦ならば誰でもしている普通のことをこの人とできることが。
わたしにとっては、GⅠを3つも勝てたのと同じくらいミラクルだったんです。