4章目となります。
第10話
──航海日誌、音声ログ。
AD2051年3月1日。
レオナード・H・グラント。
船団が惑星フォルミスに引き寄せられて、二週間が経った。
トクタカ教授と──彼女が自ら指名した、いわゆる左遷部隊。
彼らが持ち帰った情報は、我々の想像をはるかに上回るものであった。
まず一つ、この惑星の名は、フォルミス。
過去にこの星は、地球と同じ状況に置かれた。
外宇宙からの侵略を受け、文明は壊滅的な被害を被った。
ただ、地球と違ったのは、彼らが自分たちの力だけで異星人を撃退できる文明に到達していたことだ。
その技術力は、凄まじい。
フォールド空間内で、極小規模のビッグリップを発生させる兵器。
惑星重力を利用した、トラクタービームのような制御技術。
どれも、想像するだけで背筋が寒くなる。
我々が「最終手段」と呼んできたものが、彼らの前では児戯にも等しい。
それだけではない。
地球の技術力を遥かに上回るナノマシン技術──そして、それら全てを管理するAI。
フォルミス=コア。
そう呼ばれる存在が、文明の根幹を支えている。
何千年もの間、この星で生き残った人々を地下に匿い、星そのものの再生を続けているらしい。
この惑星は、今も再生の途中だ。
荒れた大地の下で、見えない手が土を作り直し、海を呼び戻そうとしている。
もし我々の技術と、彼らの技術が一つになれば──かつて美しかったであろうこの星の姿を、この目で見られるのかもしれない。
そう考えてしまう自分がいる。
希望に縋るのは、浅はかだと分かっていても。
しかし、フォルミス人は地下から姿を見せない。
我々が接触できているのは、地下世界の掟に背いたとされる追放民──その生き残りが地上に築いた集落だけだ。
彼らから聞こえてくる地下の話は、どこかきな臭い。
AIを唯一神として崇拝する宗教国家。
その内情は腐敗し、解釈権を握る一部の者たちが実権と支配を行う世界。
内部では反体制派の活動が活発化し、その余波は地上の集落にまで及んでいる。
……人は、星が違っても、結局同じことをするのだろうか。
恐怖を煽り、権力を正当化し、異端を切り捨てる。
誰かの救済を掲げながら、誰かを踏みつけていく。
私は迷っている。
彼らの争いに干渉するべきかどうか。
救うべきか、距離を置くべきか。
そもそも、救いという言葉を口にする資格が、我々にあるのか。
そして──私自身も知っている。
船団の中でも、様々な思惑が蠢いていることを。
この星の文明は、あまりにも強大だ。
使い方を誤れば、種の保存どころではない。
未来を守るつもりで、破滅の未来へと進むことになるかも知れない。
それが、私には恐ろしい。
そしてそれ以上に、不安なのは──私がそれを止めきれる人間ではない、ということだ。
過ちを犯した自分には、あまりにも荷が重い。
だが、逃げるわけにもいかない。
船団は、前に進むしかないのだから。
──以上。ログを終了する。
※※※
降下より二十日目
惑星フォルミス 砂漠地帯
調査隊として再編されたサンダーストラック隊は、混成部隊として三機一組で地表観測を行っていた。
VA-5ミョルニル、航空隊から派遣されたVF-11Cサンダーボルト、そして研究員とその護衛を乗せたSSV-44アルバトロスの各一機。
それを三組で回し、残り二組は非番と待機。
近接火力支援機として設計されたVA-5は、低速・低空での安定飛行に優れる。
本来は戦場で味方を守るための盾だが、今は鈍色の大地を舐めるように飛び、微細な地表変化を拾う“観測の目”になっていた。
上空ではVF-11Cが護衛につき、以前襲撃してきた蜂型無人機の再出現を警戒している。
発見物があれば、海兵隊に護衛されたトクタカ教授と研究員たちが現地調査。
その流れも回を重ねるごとに洗練され、成果は確実に積み上がっていた。
──成果その一。
蟻型無人機は、見た目通りの役割を持っていた。
地表に落着した物体を分解し、地下へ運搬する。
墜落したフリゲート艦《カレンデュラ》《ダリア》も例外ではなかった。
装甲、骨組み、内部機関は分解され、一定地点へ集積されている。
中央に古墳状の建造物を持つ、小規模基地のような施設。
そこが巣の入口──地下世界への搬入口である可能性が高いと判明した。
──成果その二。
回収対象は自分たちの物だけではない。
砂に埋もれた構造物を発見。
調査の結果、それはゼントラーディ標準艦の残骸だった。
表面に残るビーム痕。
大気圏突入時に生じた炭化物の成分などを分析した結果、
フォルミスに落ちた時期は数十年前。
比較的新しいものであった。
リアクターは抜き取られ、構造材は部分的に切断。
必要な物だけを選択して回収している形跡があった。
地下の文明は、ただ防衛しているだけではない。
資源を選び、蓄え、再利用している。
そうした発見を重ねながら、日常は回っていた。
朝、出勤。
ミーティング。
一日中飛ぶ。
帰艦して報告書をまとめ、解散。
シャワーを浴びてビール飲み、ベッドに入る。
翌日も同じことを繰り返し、翌々日は休む。
そんな日々の繰り返し。
上空の護衛機や後発の研究員と無線で無駄話ができる程度には、皆この鈍色の世界に慣れていた。
その日は、トール、ピーター、マークのチームが当番。
ミョルニルのコクピット内で、トールは欠伸を噛み殺した。
「……眠そうだね」
通信回線から、教授の声が入る。
「退屈なんだよ。景色が変わらねぇ」
「退屈とは、刺激の不足による主観的時間伸長現象だ。長時間の単調作業では──」
「やめろ。眠くなる」
教授は構わず続ける。
「こういう時に限って、意外な事象が発生する場合もある。
いわゆる“フラグ”というやつだ」
「……どこでそんな言葉覚えた」
「ハセヤマが教えてくれた」
上空のVF-11から通信が割り込む。
『仲睦まじいのは結構だが、もう少し真面目に仕事しろ』
「ほら怒られただろ」
「仲睦まじいとはどういう意味だ?
ボクはトールと婚姻関係を結んだ覚えは無いぞ」
VF-11のパイロットが吹き出す音が聞こえた。
『面白い奴らだなあんたら』
「わかった、もういい。それ以上言うな」
トールが顔をしかめた、その時だった。
鈍色の砂地に、黒い影が見えた。
「……あれ、なんだ?」
進路を微修正。
カメラを最大望遠に切り替える。
映し出されたのは──人影。
分厚いコートに身を包み、砂に倒れ込んでいる小柄な体。
「子供……?」
迷うことなく、トールは降下を決断した。
ミョルニルがガウォーク形態へ変形。
脚部を展開し、砂地へ着地する。
キャノピーを開き、トールは飛び降りた。
倒れた影に駆け寄る。
「おい、大丈夫か!」
反応はない。
だが、微かな呼吸はある。
「教授、来い。急げ」
『すぐ向かう』
短い返答。
トールはコートのフードをそっとめくる。
そこにあったのは、少女の顔だった。
さらに、そのすぐ隣に──もう一人。
よく似た顔立ち。
同じ年頃。
同じ装い。
双子だ、と直感した。
※※※
1時間後
アヴァロン艦橋、最上部。
昼夜の区別が曖昧な船内でも、この区画だけは空気が違う。
静けさが重い。
艦隊司令席の背後には、船団の進路と周辺宙域が投影され、淡い光が壁を流れている。
グラント准将は、肘掛けに指を置いたまま、正面のホログラムを眺めていた。
目の前に立つのは、トクタカ教授。
「……あなたは、よくよく拾い物をなさる人ですな」
ため息まじりの声に、教授は首を傾げる。
「拾ったのはトールだよ。ボクは見に行っただけ」
「……報告を」
「了解。双子の状態から」
教授は淡々と、読み上げるように続けた。
「医療班の診断では疲労と脱水による意識低下と推察。
だが回復は可能。
現在メディカルプールで回復措置中、命に別状は無いみたい」
グラントは頷き、短く問い返す。
「幼いと聞いていたが、年齢や素性は?」
「外見からの推定だけど、セラと同程度。
──それから、集落の子ではない可能性が高い」
「なぜそう判断する」
「発見地点が集落の行動圏から外れている。
それに、衣服」
教授は小さく指を動かし、記録画像を投影した。
厚手のコートの内側。
縫製の精密な下衣。
素材の質感も、追放民が手作業で作るものとは明らかに違う。
「文化水準が高い。所持品もある」
次に映るのは、掌に収まるナビゲーターらしき機器。
何らかの端末。空の水筒。食べかけの携行糧食。
「これらは、地上の物とは一致しない。
だから地下世界から地上に出た住民の可能性が非常に高い」
グラントは目を細める。
「……地下から“来た”と」
「そう。確定じゃないけど、可能性は高い」
「いずれにせよ、本人たちに聞くしかあるまい」
「ボクもそう思う。起き次第、話をする」
「引き続き頼む」
グラントの声は短い。だが、その短さには重みがある。
教授は頷き、踵を返した。
扉が閉じ、静けさが戻る。
グラントは、横に立つミルズ大佐へ視線を向けた。
「どう思う」
ミルズは一拍置き、整理された口調で答える。
「追放されたばかりの地下住民か。
あるいは、何か目的を持って地上に出た者。
いずれにせよ偶然ではないでしょう」
「目的は何だと思うかね」
ミルズはわずかに眉を動かす。
「……我々でしょう」
「だろうな」
グラントはホログラムの惑星を見た。
鈍い色の球体。だが、その下には“何か”がある。
「事態がまた動くな。
覚悟しておけ」
「……了解しました」
※※※
数刻後
ニコラ・テスラ 医療区画
清潔な白い天井が、最初に視界へ入った。
そこには見知らぬ文字が並び、薄い光が、規則正しく走っている。
──ここは、どこ?
少女は身体を起こそうとして、喉がひりついた。
口の中が乾いている。
だが、痛みはない。熱もない。
視線を動かすと、隣のベッドに妹がいる。
呼吸が安定しているのが分かって、胸の奥がほどけた。
「……フィム」
声は掠れて、ほとんど音にならない。
それでも呼びかけた瞬間、妹のまぶたが小さく震えた。
「……あ、む……?」
フィムが起き上がり、状況を理解するまでに数秒。
次いで、二人は同時に息を吐いた。
生きている。
生き延びた。
その時、病室の扉が静かに開いた。
入ってきたのは二人。
一人は白衣姿の異邦人の女性。
もう一人は──フォルミス人の少女。
それを見た瞬間、姉妹の肩に入っていた力が少し抜ける。
同じ人種がいる。
それだけで、警戒が薄れた。
だが同時に、姉の目が鋭くなる。
少女は“同じ”なのに、どこか違う。
白衣の女性が、首元のチョーカーに触れた。
微光が走る。翻訳装置だ。
「初めまして。私はハセヤマと言います」
彼女の言葉が、遅れて頭の中で“意味”になる。
音が、理解できる形で整列する感覚。
異物感はあるが、怖くはない。
ハセヤマは続けた。
「あなたたちは倒れているところを救助されました。
敵意はありません。安心してください」
姉の視界が滲んだ。
緊張の糸が切れて、涙が勝手に落ちる。
「……助かった……」
妹も同じように、口を押さえて泣いた。
しばらくして、落ち着いた頃。
姉が名乗る。
「アム。……わたしは、アムと言います」
青い髪が揺れる。
妹が続く。
「フィム。……フィムです」
緑の髪。
二人の顔立ちは似ているが、目の光が少し違う。
ハセヤマが優しく促す。
「どうして地上に? あなたたちは……地下から来たんですか?」
アムは息を吸い、言葉を選ぶように続けた。
「聖都から遣わされました。
……わたしたちは、オラクルの巫女」
ハセヤマの目がわずかに見開かれる。
セラは黙って姉妹を見つめていた。視線が離れない。
アムは続ける。
「プロフェット様達の命令。
空から来た者たちを迎えに行け、と」
「空から……」
ハセヤマが復唱する。
「あなたたちのこと」
その瞬間、空気が変わった。
ハセヤマは反射的にチョーカーに触れ、通信を入れようとした。
その時。
セラが一歩、近づいた。
姉妹はセラの顔立ちを見て、次いで目の奥の“気配”を読むように凝視した。
そして、理解した。
──パージャー。
追放民。
アムの表情が硬くなり、フィムも同じように視線を逸らしかける。
プロフェット様達からの命令は、
パージャーを相手にしない、距離を取る。
そう決めたはずだった。
だが。
身体が、勝手に反応した。
姉妹の肌が淡く光る。
皮膚の上を、光の筋が走る。
回路のようで、血管のようでもある。
同時に──セラの体も、同じ輝きで応えた。
「……え」
ハセヤマが言葉を失う。
思い出すのは、ニールの話。教授の報告。
“あの現象”だ。
病室の空気が、目に見えない振動を帯びたように感じられる。
共鳴。
そんな言葉が浮かぶ。
姉妹のほうが、さらに驚いていた。
パージャーが、自分たちと“同じ”反応を示す。
それ自体が、あり得ない。
やがて光が収束し、筋が消える。
静寂が戻った。
アムは息を荒くしながら、セラを見て問う。
「……その力、どこで手に入れた」
フィムも同じ問いを重ねる。
「誰が、与えた」
セラは戸惑いながらも、まっすぐ答えた。
「……知らない。
生まれた時からこうだった」
その言葉に、姉妹の表情がわずかに歪む。
思案が走る。計算が走る。
そして──ほんの少しだけ、憎悪に似た色が滲んだ。
そこへ、扉が開く。
「遅れてすまない」
入ってきたのは、トクタカ教授だった。
続いて、遅れてもう一人──軍服姿の男が顔を覗かせる。
トール・奏多。
ハセヤマは教授に、短く要点だけを告げた。
「教授、共鳴みたいな反応が出ました。
セラちゃんと、この子たちが……光って」
「興味深い」
教授は即答し、だがすぐに続ける。
「……でも、その前に話だ」
ハセヤマがトールを見る。
「部外者を呼んだのですか?」
トールは肩をすくめる。
「拾ったのだから関係者だろって、教授がさ」
教授がトールを、まじまじと眺めた。
初対面の観察。研究対象を見る目に近い。
(へぇ。この人が教授の……)
ハセヤマの口元が、ほんの少しだけ緩む。
内心でニヤつく。
教授は双子へ向き直り、簡潔に名乗った。
「ボクはアイ・トクタカ。君たちの状況を知りたい。
──まず、君たちは誰だ」
アムが答える。
「アム。オラクルの巫女です。フィムも同じ」
教授は頷き、トールを指先で示す。
「この人が君たちを救助した。トール・奏多」
トールは居心地悪そうに頭を掻いた。
「……何事もなさそうで良かった」
アムとフィムは顔を見合わせ、控えめに言う。
「……ありがとう、ございます」
その言葉に、トールは照れくさそうに視線を逸らした。
アムは、意を決したように続ける。
「プロフェット様達から言われた。
……あなたたちを、連れてきてほしい」
「は?」トールが素で声を漏らす。
教授は一瞬だけ考え、すぐに問う。
「君たちが案内するのか」
「はい」
「わかった」
即答。
「ちょ、待てよ!」トールが声を上げる。
ハセヤマも同時に噛みついた。
「教授! あなた一人で決めないでください!」
教授は少しだけ不満そうに唇を尖らせる。
「何だよ、准将に許可を取ればいいんだろ」
そして、知り合いの部屋に遊びに行くような軽さで踵を返す。
「ちょっと言ってくる」
「ちょっとって──!」
トールが追おうとするが、ハセヤマが袖を掴んで止めた。
「トールさん」
「……何ですか」
ハセヤマは、真剣な眼差しで言った。
「トクタカ教授のこと、どうかよろしくお願いします」
トールは一瞬、固まった。
(え、どう言うこと?
何言ってんのこの人?)
そう顔に出かけたところで、病室の向こうから教授の声が飛ぶ。
「おーい、君がいないと行けないだろトール」
「待ってろって、今行くからよ!」
トールは短く返し、病室を出ていった。
見送ったハセヤマは、胸の中だけで呟く。
(言うまでも無さそうですけどね)
病室には、まだ張りつめた空気が残っていた。
アムとフィムの視線は、セラへ戻る。
憎悪の色が消えきらないまま──次の一手を探すように。
※※※
時同じくして
峡谷の隠れた集落
セラが異邦人の船へ旅立って、三週間が過ぎようとしていた。
翻訳機の学習により、異邦人の調査隊はフォルミスの言葉をある程度話せるようになっている。
交流は続き、時折セラも共に帰ってくる。
トランとコンデは、ある日セラの首元に下がる見慣れぬネックレスを見て問い詰めたことがあった。
だが文化の違いという曖昧な言葉で落ち着き、事は収まっている。
集落は、変わらぬ姿を保っていた。
峡谷の奥にぽつんと開けた平地。
石積みの家々。風を受けて軋む風車。
段々畑にはルミ麦が揺れ、牧草地ではボジャンがゆったりと草を食む。
そこに、地下から持ち出された機械類、
文明の欠片がいくつか並んでいる。
静かな時間が流れていた。
──そのはずだった。
最初に異変に気づいたのは、集落外れのルミ麦畑で作業をしていた夫婦だった。
峡谷の外、紫外線が強く降り注ぐ荒地。
そこに、黒い影が二つ立っている。
防護用の黒いコート。
一つは大きく、もう一つは小さい。
夫婦はすぐに理解した。
異邦人ではない。
地下の者達だ。
農夫は慌てて走り、トランへ報告する。
「長……外に、地下の者が」
トランは言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷えた。
すぐに峡谷の外縁へ向かう。
黒いコートの大柄な人物が、こちらへ会釈した。
ゆっくりとフードが外される。
現れたのは、口髭を蓄えた逞しい男だった。
「はじめまして、ではありませんな」
低く落ち着いた声。
「私はドルシ。コンポーザの使いです」
トランの目が鋭くなる。
コンポーザ。
地下に存在する、反体制派の秘密結社。
追放民である彼らとも、水面下で情報を交わしてきた組織。
「……何用だ」
ドルシは一歩横へ退いた。
もう一つの小さな影が、前へ出る。
フードが外れた。
赤い髪の少女。
セラと年頃は近い。
だが違う。
少女は静かに口を開く。
「……プロフェット達が、動き始めました」
幼い声だが、揺るがぬ響き。
トランは言葉を失う。
ドルシが続ける。
「彼らは、異邦人を引き込む気でいるようです。
地下の力と、空から来た力を結びつけるつもりなのでしょう」
峡谷の風が、一瞬強まる。
「もし彼らが異邦人と手を組めば、コンポーザは危険な立場に置かれます」
ドルシは少女へ視線を向けた。
「この方を、匿っていただきたい」
「……この方とは?」
トランの問いに、ドルシははっきりと答えた。
「この方こそ、コンポーザの若き指導者。
元オラクルの巫女にして、神の言葉に最も近い方」
少女──プムは、静かに周囲を見渡す。
石積みの家。
畑。
牧草地。
そして、人々。
彼女は知っている。
この集落がコンポーザと繋がりを持っていることも。
そして、トランとコンデの娘──セラという存在が、自分と“近しい”ことも。
だが、その姿が見当たらない。
「……あの娘は?」
プムの問いは穏やかだったが、芯があった。
トランの胸が、強く軋む。
何ということだ。
守るために、異邦人へ託した。
地下の混乱から遠ざけるために。
「セラは……異邦人の船へ」
言葉にした瞬間、自らの判断が、別の危険へ繋がっている可能性が頭をよぎる。
ドルシの目が細められた。
※※※
数時間後
空母スキピオ 第9格納庫
整備灯の白い光が、グレーの装甲を淡く照らしている。
ミョルニルの巨体は、静かにそこに立っていた。
サンダーストラック隊の面々が集合している。
トクタカ教授は、いつもの白衣ではなく簡易の行動装を着ていた。
場違いなほど小柄な体が、巨大な格納庫の中に立っている。
「准将の許可は下りた」
開口一番、教授はそう告げた。
ざわめきは起きない。
だが、全員の視線がわずかに鋭くなる。
「ただし条件がある」
教授は続ける。
「送り出す人員は必要最低限。だから、ボクともう一人だけだ」
一瞬の静寂。
「トール。頼めるかい?」
迷いはなかった。
「ああ」
短い返答。
ピーターが腕を組んだまま動かず、マークは表情を変えない。
だが、空気は重い。
ペイジが口を開いた。
「こいつが同行するのは構わねぇが……なんでうちの頭は“最低限”と判断した?」
教授は淡々と答える。
「准将の判断じゃない。双子の条件だ」
「条件?」
「移動には彼女たちの力を使う必要があるらしい。
地下に連れて行けるのは、一人につき一名が限界だそうだ」
格納庫の空気が一段冷える。
トールが補足する。
「指定場所は、前に見つけた“アリの巣”。
例の構造物のところだ。そこに向かう」
ペイジは顎に手を当てる。
「……つまり、地下への搬入口か」
「ああ」
トールは続けた。
「何が起こるかは分からねぇ。罠の可能性だってある」
その言葉に、ピーターの視線がわずかに動く。
「もしものことがあったら──サンダーストラック隊のこと、頼んだ」
トールはペイジを見た。
一瞬、時間が止まる。
ペイジは眉を寄せ、鼻で笑う。
「縁起でもねぇこと言うな。帰ってきてから言え」
「……そうだな」
小さなやり取り。
だが、それで十分だった。
準備は簡素だ。
携行装備。最低限の通信機。
教授は自分の端末を確認し、満足げに頷く。
トールはヘルメットを脇に抱え、ミョルニルを見上げる。
背中を向けて歩き出す二人。
その後ろ姿を、ペイジは黙って見送った。
──トクタカ教授。
ラボ出身の女。
そのラボの出資者一覧。
ペイジの頭には、その中に居る“連中”の名前が浮かぶ。
思想家。主義者。
つい先日まで、銀河系内を混乱に陥れた連中と思想を同じくする者達。
どうしたものか。
教授が悪意を持っているとは思わない。
だが、思想は時に現場を殺す。
地下文明の未知なる超技術。
プロフェットとか言う宗教のボス達。
そして、この船団の中に蠢く、しぶとい主義者どもの思惑。
ペイジは答えを出せずにいた。
整備灯の白光の下、ミョルニルの装甲が鈍く光る。
地下へ向かう準備は、静かに整えられていた。
登場人物
アム(年齢10代前半:女性)
双子の姉
青い子
気が強い
フィム(年齢10代前半:女性)
双子の妹
緑の子
姉より気弱
プム(年齢10代前半:女性)
謎の赤いこ
双子とそっくり
ドルシ(年齢50代:男性)
ひげのイケオジ
プムのおじいちゃんではない
おまけ
双子はこんな感じ
【挿絵表示】