5章目です。
第13話(挿絵あり)
降下より二十日目 時刻1830
アヴァロン艦橋部 最上部
アヴァロン艦橋は、静かな緊張に包まれていた。
艦隊司令席に立つレオナード・H・グラント准将は、正面のホログラムを見据えたまま口を開いた。
「……報告資料は確認した」
その声音は落ち着いている。だが、目は鋭い。
一歩前に出たのはハセヤマだった。
「調査隊からの報告と、こちらのフォルミス側代表者の証言を総合した結果……地下世界では明確な政治的対立が存在します」
その後ろに立つのは、赤髪の少女と黒い防護コートの壮年の男。
プムとドルシ。
プムが静かに言う。
「わたしはプム。
地下反体制組織コンポーザの者です」
ドルシが一礼する。
「私はドルシ。
コンポーザの使いでございます」
ミルズ大佐が視線を細めた。
「……レジスタンスですか」
ドルシは頷く。
「ええ。地下では現在、均衡が崩れかけております。彼らが異邦人と結べば、均衡は崩れます」
「彼らとは?」
グラントの問い。
プムが答える。
「プロフェット達です。異邦人──あなた方と、結ぶつもりなのでしょう」
艦橋の空気がわずかに重くなる。
ペイジが口を開いた。
「つまり、隊長殿と教授さんは、まんまと真っ只中に突っ込んでるって訳です」
グラントは視線をペイジに向ける。
「君は?」
「サンダーストラック隊、ペイジ・ギブソン中尉。
奏多隊長の代理であります」
皮肉の滲む声音。
ハセヤマが補足する。
「地下に向かったのは“あの御二方”です。
“アリの巣”からの信号を最後に通信途絶。
彼らは地下政治の詳細を把握していません」
プムが静かに続けた。
「プロフェットの手による物達が、地上の子──セラのことを知るのは時間の問題です」
ミルズが即座に反応する。
「セラの存在が露見した場合、どうなりますか」
ドルシが答える。
「彼らは手に入れようとするでしょう。あの力は、支配構造を塗り替えます」
プムが淡々と言う。
「例えば精神操作などを行なって彼らをこちらに送り込むとか。
グナド・リーベンが無いあなた方ならば、その効果は尚更」
その言葉に、艦橋の士官達がわずかにざわめく。
グラントの声は低い。
「……文明のための決断、と彼らは言うのだろうな」
プムは視線を逸らさない。
「はい。必要な犠牲、という言葉を使います」
ペイジが鼻で笑った。
「思想が現場を殺すタイプだな」
ミルズが一瞬だけペイジを見る。
「中尉、軽口は控えなさい」
「失礼しました」
だが口元は変わらない。
ハセヤマが一歩前へ。
「准将。危険性は高いと判断します」
グラントは静かに答える。
「私はフォルミスの政治的対立に直接干渉することは出来ない」
全員が理解している前提の言葉。
ペイジが真正面から言った。
「救出はしないという事ですか?」
ミルズが口を開く。
「直接的な戦闘行動は、外交上の重大な問題になります」
ドルシが低く言う。
「時間がありません」
プムが続ける。
「コンポーザは、地上と地下を往来する物理的手段を複数把握しています。
ご案内できます」
グラントは沈黙した。
数秒。
やがて言う。
「……調査任務は君らに一任している」
ペイジの目が細くなる。
グラントは続けた。
「調査中に、たまたま襲撃を受けることもあるだろう」
ミルズが僅かに視線を伏せる。
「……障害物がある場合は?」
「現場判断で排除可能だ」
グラントの声は変わらない。
「壊した物の下に、“たまたま地下へ通じる道”があったとしても、不思議ではない。
何せ調査だからな」
静寂。
ペイジは数秒、准将を見つめた。
(食えないジジイだ)
だが口元は笑っていた。
ペイジは敬礼する。
「それでは、調査に必要な装備を申請しに行って参ります」
グラントはわずかに頷いた。
「君の判断に委ねるよ」
ドルシが一礼する。
「感謝いたします」
プムは静かに言う。
「わたしも同行します」
ハセヤマも一歩踏み出す。
「私も。調査隊の正式手続きが必要ですから」
ミルズが最後に言った。
「……ですが、くれぐれも無茶な真似は控えるように」
ペイジは肩をすくめる。
「なるべく、自重はします」
そう言って踵を返す。
プム、ドルシ、ハセヤマが続いた。
艦橋の自動扉が閉じる。
残されたのはグラントとミルズ。
ミルズが静かに言う。
「……やはり動きましたね」
グラントは正面を見たまま答える。
「そうだな」
その目は遠くを見ている。
「目前の嵐は避けようがないさ」
※※※
降下二十一日目 時刻1400
惑星フォルミス 砂岩地帯
風に削られた岩柱が林立する荒野の中央に、それは口を開けていた。
まるで、巨大なカタコンベの入り口。
だが、そこに刻まれた幾何学模様は自然の風化ではない。文明崩壊以前に造られた構造物。地下へフォールドを行う施設の保守点検用通路──そう推定されている未登録施設だった。
ミョルニル四機が、低空で旋回する。
「構造強度、再計算終了」
マークの声が冷静に響く。
「施設外壁は砂岩層と一体化していますが、基礎部は経年劣化が顕著。地上貫通型爆弾六発で十分に破砕可能です」
ピーターが続く。
「二次崩落の危険は?」
「統計上、発生確率は二七%。侵入に支障はありません」
クリスが笑う。
「二七%って地味に嫌な数字ッスね」
ペイジが言った。
「上出来だ。派手にやる」
ミョルニルの胴体には、六発の貫通型爆弾。翼下には八発の誘導爆弾。さらにリベンジャーと各種火器。
名目は調査。
だが、やることは明確だった。
その時。
レーダーに三つの光点。
「高速接近物三。機影確認、VF-11」
ピーター。
通信が開く。
『こちら223航空隊アックス1。貴官らの飛行目的を教えられたい』
一瞬、空気が固まる。
クリスが小声で言う。
「爆装フルセットがバレたッスかね」
ペイジが応答回線を開いた。
「あー、こちらサンダーストラック隊、ペイジ・ギブソン中尉。
調査隊任務だ」
短い沈黙。
そして──笑い声。
『昼飯も食わずに飛んでるな、と、思って見てりゃ』
『爆弾抱えて調査に行くって?』
『飛んだブラック企業だな、調査隊ってのは』
妙にノリが軽い3機のサンダーボルト。
ペイジが目を細める。
『俺たちはいつもの護衛の部隊だ。
常にお前らの上を見張ってた。知らなかったのか?』
クリスが息を吐いた。
「なんだよ、味方かよ」
アックス2の声が続く。
『調査なら俺たちが空を見てなきゃな』
ペイジが鼻で笑う。
「助かる」
アックス3が割り込む。
『で? 何をぶっ壊すつもりだ』
「女と地下に潜って“しけ込んでる”、うちの隊長殿を連れ戻すだけだぜ」
一拍。
『ああ、あの夫婦漫才の隊長と教授か』
機内に笑いが広がる。
約一週間。
調査隊護衛として行動を共にするうちに、奇妙な連帯感が芽生えていた。
ピーターが言う。
「頼んだ」
『任せろ。今日は雲も薄い』
ペイジが続ける。
「明日は給料日だ。隊長に奢らせてやるさ」
『そりゃいいことを聞いた』
『記録したぞ』
盛り上がる通信。
そのやり取りを、別回線で聞いていたプムが静かに問う。
『……あなた方は、戦いに行くのではないのですか』
ペイジが答える。
「“だからこそ”さ、嬢ちゃん」
少し間を置き、続けた。
「酒は出せないが、保護者同伴なら問題ない。
お前さんも来るか?」
通信越しに、僅かな沈黙。
プムは戸惑っていた。
困難の只中にあって、軽口を叩き合う大人達。
地下には無い光景。
だが、不思議と胸が温かくなる。
「……検討します」
クリスが吹き出す。
「真面目ちゃんッスねぇ」
ペイジの声が低くなる。
「アックス隊、上空警戒を頼む」
『了解。空は任せろ』
笑い声が消える。
ミョルニルが機首を下げる。
マークが告げる。
「爆撃コース固定。誤差一・二メートル」
ピーター。
「全機、衝撃に備えろ」
砂岩地帯を裂くように、六発の地上貫通型爆弾が投下された。
落下。
衝撃。
そして、地面が崩れる。
砂と岩盤が爆ぜ、巨大な穴が穿たれていく。
誘導爆弾が続く。
連続爆発。
砂塵が空を覆う。
ペイジが静かに言った。
「──調査を開始する」
黒煙の向こうに、闇が口を開けていた。
爆炎が収まりきらぬうちに、ミョルニル四機が縦穴へ突入した。
穿たれた大穴は、地層を貫く黒い喉のようだった。
砂塵が渦を巻き、崩れた岩盤がまだ細かく崩落している。
「全機、突入」
ペイジの声。
次の瞬間、四機が一斉に変形する。
機体が割れる。
脚部が展開し、機首が沈み込む。
エンジンが背部へとスライド、左右の尾翼がそれを守るように折り畳まれて装甲フレームを形成する。
親譲りの無骨な機体が、空中で人型へ。
背部の双発エンジンが噴煙を上げ、ジェットパックのように降下を制御する。
四機のバトロイドが、闇の中へ降りていく。
巨大なガンポッド──リベンジャーを両腕で抱え、肩部側面に配置された長い直翼を微調整しながら姿勢を安定させる姿は、まさに破壊の天使だった。
頭部ユニットが前傾する。
クルセイダーのものを対地用に更に発展させた頭部ユニット。
備え付けられた2基の高出力レーザーが、地面へと向けられる。
「下方スキャン。無人機急襲の可能性あり」
マークの報告。
「アックス隊との通信、減衰開始」
ピーター。
やがてノイズが混じる。
『……ト……ック……』
通信が途切れた。
「降下を続ければ隊長と教授の発信機を捕捉出来る筈です」
マーク。
ペイジが短く言う。
「それを目印に行く。あとは出たとこ勝負だ」
クリスがぼやく。
「それ作戦って言えるんスか?」
「作戦じゃない。調査だ」
淡々とした声。
ピーターが確認する。
「地下都市までの距離は?」
「プム氏の情報が正しければ、まず“聖域”と呼ばれる地下空間に到達します。そこから更に下」
マークの声は変わらない。
「聖域までの直線距離は、およそ2キロメートル」
ペイジが鼻を鳴らす。
「聖域、ねぇ」
降下しながら、彼は言った。
「そいつは何だ?」
マークが答える。
「宗教的に重要な場所を指す概念です。
立ち入り制限があり、儀礼や象徴的行為が行われる中心空間」
「つまり、触られたくない場所か」
「その通りです」
ペイジが続ける。
「で、一体何を祀ってる?」
その問いに答える間もなく──
警告音。
シャフト内壁に設けられたハッチが次々と開く。
そこから這い出してきたのは、黒光りする蟻型無人機。
数機、数十機──いや、数百。
「来たか」
ペイジ。
四機がリベンジャーを構える。
「やるか」
ピーターが言う。
「あいよ」
クリスが笑う。
「やっぱり調査じゃ済まないッスね」
——斉射。
重低音と共に、重金属の弾丸が蟻型無人機を吹き飛ばす。
高出力レーザーが閃き、地面を抉り、跳躍していた機体を蒸発させる。
だが、群れは止まらない。
次々と湧き出す。
「想定内ですが、数が多い」
マーク。
「だから言ったろ」
ペイジが引き金を引き続ける。
「派手にやるってな」
シャフトの中で、銃火と閃光が乱れ咲いた。
※※※
時間不明
フォルミス環境再生区 通称“聖域”
鈍色の天井が、空を覆っていた。
分厚いナノマシン被覆の層。
その向こうに本物の宇宙があるのかどうかすら分からない。
だが、人工光は柔らかく降り注ぎ、海は静かに波打っている。
砂浜に立つトールは、深く息を吸った。
潮の匂い。
湿り気を帯びた暖気。
亜熱帯の温度。
背後には鬱蒼と茂る原生林。
「……ここが、本来の地表再生区画」
教授が静かに言う。
「地下と地上の中間層。ナノマシンで環境を制御している。
生態系は……ほぼ再構築されているな」
教授の声は、どこか遠い。
トールは海を見つめたまま呟く。
「まるで、別の惑星だ」
次の瞬間。
背後で小さな呻き声が上がった。
フィムが目を覚ます。
「……っ」
身体を起こそうとするが、すぐに崩れ落ちる。
「無理するな」
トールが支える。
教授が膝をつく。
「単独フォールド演算の過負荷だ。
今は動いちゃダメだ」
フィムは息を荒くしながらも、視線を動かす。
「お姉ちゃん……」
その声に反応するように、アムがゆっくりと瞼を開いた。
焦点が、合わない。
空を見るでもなく、海を見るでもなく。
ただ、虚空を見つめる。
「わたしは……アム、と呼ばれています」
抑揚のない声。
「再構築候補個体です」
フィムの瞳が揺れる。
「お姉ちゃん……やめて……」
アムは続ける。
「必要であれば、使用してください」
言葉が、砂のように零れる。
トールは言葉を失った。
教授も、何も言えない。
フィムの頬を涙が伝う。
「お姉ちゃんは、物じゃ……ない……」
震える声。
トールの拳が震える。
怒り。
悔しさ。
どうにもならなかった無力さ。
教授が、小さく呟いた。
「……変なんだよな」
視線はアムから離れない。
「こんな気持ち、ボクは知らない方が良かったのかも知れない」
トールが振り向く。
両肩を掴む。
「そんなことはない!」
だが、言葉が続かない。
何をどう言えばいいのか分からない。
「そんなことは……ないんだ」
力なく、同じ言葉を繰り返すしかなかった。
やがて、沈黙が降りる。
波の音だけが、静かに響く。
トールは立ち上がり、周囲を見渡した。
背後は原生林。
密集した樹木。
見通しは悪い。
「……ここがどこだろうと、生きるしかねぇ」
装備は最低限。
ナイフと簡易ツール。
食料は持っていない。
「どうにかすりゃ数日は持つかもしれねぇが……」
その先は言わない。
絶望的だった。
その時。
原生林の奥で、枝が折れる音。
トールが三人の前に立つ。
武器は無い。
だが、退かない。
木立の影から現れたのは、牛ほどの大きさの爬虫類。
長い首、厚い皮膚。
「……ボジャン?」
セラの集落で見た家畜と同じ種。
だが、背に人影がある。
橙色を基調とした通気性の良い衣服。
少し太った中年のフォルミス人。
手には、機械で出来た杖のようなもの。
地下の聖職者とも、地上の追放民とも違う雰囲気。
男は目を丸くした。
「あんれまぁ、なんか落ちてきだかと思ったら、人間でねぇか?」
訛りのある言葉。
教授が一歩前に出る。
「ボク達は……地下から来た。
迷い込んだらしい」
男は首を傾げる。
「そりゃ大変だべさ」
その声には敵意がない。
ただ、純粋な心配。
トールは僅かに息を吐いた。
アムは無反応。
フィムは姉の手を握ったまま。
男は言う。
「立ち話もなんだ。家さ来るか?」
海風が、静かに吹く。
トールは教授と視線を交わす。
ここに留まっても、何も変わらない。
「……世話になる」
男は頷いた。
ボジャンがゆっくりと向きを変える。
四人は、その後に続いた。
真の大地の奥へと。
※※※
30分後
聖域 森林内
森の中に溶け込むように、その家は建っていた。
滑らかな壁面はナノマシンで構築された人工建造物。だが外壁には蔓が絡み、屋根には苔が広がり、自然に飲み込まれかけている。
「ほれ、上がってけろ」
ボジャンから降りた中年の男が戸を開けた。
「散らかってっけどなぁ」
「散らかってるのはあんただけだべ」
中から顔を出した女性が即座に言い返す。
その後ろから、十歳ほどの少年が顔を覗かせる。
「なんだべ、ほんとに人間だ」
さらに、よちよち歩きの幼子が転びそうになりながら出てきた。
家の中に通され、互いに向き合う。
「おらぁスマウだ。聖域の管理者の末裔ってやつだ」
男が胸を叩く。
「わたしはドキボ。こっちはタニモ、んで、こっちがタリンプだ」
「よろしくな!」
少年が元気よく言う。
トールと教授も名を告げる。
フィムは小さく頭を下げ、アムは無反応のまま。
スマウは改めて説明した。
「昔な、再生計画の進み具合を見るために、汚染された地上で観測を続けた連中がいたべ。
その生き残りの子孫が、おららだ」
ドキボも頷く。
「地下の……何だっけか?
コンポーザちゅう連中とも、まぁ関わりはあっけどな。
“物資くれるなら通ってもいいよ”って関係だ」
「ここは不可侵領域って事になってっからなぁ」
スマウが笑う。
温かい飲み物が配られる。
「甘いから飲んでけろ」
「……ありがとう」
教授が一口飲む。
「ココアに近い」
「こごあ?」
「似た飲料がある」
タニモが目を輝かせる。
「宇宙ってどんなとこなんだべ?」
「いろんな星があるぞ、そこにいろんな奴らが住んでる」
トールが答える。
その時、タリンプがふらふらとアムの前へ歩いていった。
フィムが息を呑む。
アムの指先が、わずかに動く。
そっと、柔らかい毛の生えた頭を撫でる。
小さなタリンプがにこにこと笑った。
隣で見ていたフィムの目が少し滲んだ。
やがて、トールが口を開く。
「地上に出る方法はあるか」
スマウは顎に手を当てる。
「コンポーザっちゅう連中が上さ行ぐんだから、無ぇこた無ぇが」
「北の方さ、観測所跡がいくつもある。
同じような同胞が住処にしてら。
そっからさらに進むと、でっけぇシャフトがあるんだ」
「距離は?」
「人の足だと数日はかかるべな」
教授が眉を寄せる。
「コンポーザは?」
「なんか知らんが、乗り物使ってら」
スマウが笑う。
「だから、貸してやる」
「アンタのじゃないべや?」
ドキボがすぐさま突っ込む。
「拝借したもんだ」
「ほら見ろ」
トールが眉を上げる。
「十年くれぇ前、ありんこ達が持ってきた物の中にあったんだ。
見たことねぇ文字がいっぱい書いてあってな」
ドキボが言う。
「宇宙から降ってきたもんだと思ったべさ」
「丈夫で力も強ぇし、空も飛べる。
畑仕事にも重宝してら」
「その文字な」
ドキボがトールを指す。
「あんたの服の名札と似てんだわ」
トールと教授が顔を見合わせる。
「……見せてくれ」
「別にいいべ」
一行は畑へ向かった。
※※※
鬱蒼と茂った森の中は少し暗い。
遠くで生き物の鳴き声が聞こえ、何かが羽ばたく音がする。
足元はおそらくはボジャンで何度も往復したで道が出来ていた。
道すがら、タニモがふと思い出したように言う。
「なぁ、あんたら二人はどういう関係なんだべ?」
トールが苦い顔をする。
「ただの上司と部下だ」
教授が続ける。
「一応、ボクが上司、トールが部下になるね」
スマウがにやりと笑う。
「おらとドキボも、もとはそんな関係だったべさ」
「なに言ってんのよ」
ドキボが睨む。
「ほんとだべ? おらが下っ端で、ドキボが仕切っててな」
「今も変わらんべ」
タニモが言う。
スマウは咳払いする。
「……そっから恋仲になって、結婚した。
性格はキツイけんど、いい人だべ」
ドキボが照れたように睨む。
教授が真顔で言う。
「恋愛関係への移行条件は?」
「は?」
「上下関係から情緒的結合へ転換する要因だ」
トールが即座に言う。
「やめろ。そういうのは人それぞれだ」
「再現性は?」
「だから、人それぞれなの!」
スマウが大笑いする。
「ははは、前途多難だべな!」
「……余計なお世話だ」
トールがぼやく。
スマウは少し真面目な顔になった。
「だがな。
縁っちゅうもんは、不思議なもんだ」
森を抜けながら続ける。
「おらがドキボと出会ったのも縁。
今日あんたらと会ったのも縁だ。
そういうもん大事にした方が、人生は楽しくなる」
トールは何も言えなかった。
暗かった森に光がさす。
目の前に広大な畑が広がっていた。
その畑の隅に“それ”はあった。
「お……おい」
「こういう事があるとはね……
確かに、縁だ」
ベージュとオレンジのカラー。
少し伸びたノーズ、延長されたキャノピー。
複座式だ。
翼の下から2本の腕。
2本の足は鳥の脚のように折り曲げられ、地面に立っている。
そこに見覚えのあるマークと、U .N.SPACYの文字
“VF-1D”
トールが息を呑む。
「知ってんのけ?」
スマウが首を傾げる。
教授が低く呟く。
「バルキリーだ」
「へぇ、そういう名前なんだな、思ってたより綺麗だな」
スマウの感心する声。
その声を無視して教授は呟く。
「ボク達よりも前にここに来た人類がいる。
フォルミス=コア……まだ何か隠しているのか?」
「飛べるのか?」
「なんもなんも、昨日も飛んでる。
全然壊れないから、大したもんだわ」
——その時だった。
遠くで爆音。
スマウが顔を上げる。
「なんだぁ!?」
北方。
巨大なシャフトの側面。
四つの影が飛び出す。
翼を持つ巨人。
トールは目をこらす。
バトロイド形態のミョルニル。
アベンジャーを構えてゆっくり降下している。
トールの胸が強く鳴った。
「……まじかよ」
※※※
少し前
シャフト内は、火と光で満たされていた。
爆炎に照らされる岩壁。
跳弾する火花。
落下しながら戦うという異様な状況の中で、サンダーストラック隊は着実に高度を下げていた。
「下方三十メートル、蟻型増加」
マークの声。
壁面のスリットから次々と湧き出す蟻型無人機。
数は減らない。
ミョルニルは翼を盾のように展開する。
直翼装甲がビームを受け、光が散る。
SWAGの表示がわずかに揺れる。
「シールド吸収率六十四%」
「まだいける」
ペイジが応じる。
リベンジャーが重低音を響かせる。
巨大な弾丸が蟻型を粉砕し、シャフト内に金属片が降る。
「キリがねぇッス!」
クリスが吐き捨てる。
「調査ってのは静かなもんじゃねぇのかよ!」
「うるせぇ」
ペイジ。
「派手なのも嫌いじゃねぇだろ」
その時。
マークの声色が変わる。
「高速接近物。地下側より上昇。
速度から見て、“蜂”です」
「……おいでなすったか」
闇の奥から、鋭い光が走る。
蜂型無人機。
長い胴体、鋭利な翅、針のようなビーム砲。
一度交戦した相手。
前に右エンジンを破壊された機体。
だが今は──
「エンジンは載せ替えたばっかりだ。
パワーも、硬さも申し分ねぇ」
「しかもここは狭い」
シャフト内は縦穴。
旋回半径は限られる。
蜂型は壁を蹴り、天井を掠め、直線的に突っ込む。
ミョルニルは最小限の機動で応じる。
翼で受け、機体の最も厚い腹部で弾き、反撃。
ペイジが武装を切り替える。
マイクロミサイル、即座にロック。
ポッドが開き、数十の弾頭が散開。
狭い空間で爆発が連鎖する。
蜂型がまとめて吹き飛んだ。
「行ける」
ペイジが言う。
だが。
「数、まだ多数」
マーク。
その時、別の信号。
「二人の信号を捕捉。
地下じゃない、聖域からです」
ペイジは一瞬、迷う。
このまま降りるか。
それとも──
「ぶち抜くぞ」
とペイジ。
「何?」
とピーター。
ペイジは武装を切り替える。
ロケットランチャー
壁面へ一斉射。
轟音。
岩盤が吹き飛び、爆風が外へ抜ける。
煙が流れ、光が差し込む。
その向こうに広がっていたのは──
森。
海。
人工光に照らされた、真の大地。
「こいつが聖域か」
「出るぞ!」
四機がシャフトを飛び出した。
蜂型も追う。
空間は一気に広がった。
蜂型の機動力が存分に振える空間。
彼らのアドバンテージは無くなった。
「残り五」
ピーター。
「一人一機。
余りは、とりあえず誰かだ」
ペイジが笑う。
空戦が始まる。
蜂型は高速で突っ込み、急上昇し、急降下。
針のビームが空を裂く。
ミョルニルは旋回する。
鈍重に見えるが、旋回半径は小さい。
エンジン出力を細かく調整し、最も硬い部分で攻撃を受ける。
SWAG表示。
グリーンからイエローへ。
さらに、レッドへと近づく。
「装甲限界、近いです」
マーク。
「十分だ」
ペイジ。
リベンジャーが一機を撃墜。
ピーターがもう一機を撃ち抜く。
「残り三!」
だが弾数も減る。
クリスが一瞬、残弾表示に目を落とす。
その刹那。
蜂型が真正面に現れる。
コックピット越しに、針のビーム砲がゆっくりと向けられる。
「──やば」
その瞬間。
影。
何かが高速で突入。
一瞬で人型に。
脚部を振り抜き、蜂型を蹴り飛ばす。
腹部の節から捥がれた蜂。
サッカーボールのように飛翔して爆散する。
「誰だ!?」
ペイジが声を上げる。
「俺だ」
トールの声。
VF-1D。
バトロイドからファイターに変形、ペイジ機の横に並ぶ。
「遅ぇぞ!」
ペイジが笑う。
「悪いな」
それだけ言うとトールは迷わず残り二機へ突っ込んだ。
動きが違う。
無駄が無い。
蜂型が高速旋回で翻弄する。
だがトールはその軌道を読み切っている。
すれ違いざまに、レーザー機銃を叩き込む。
一機撃破。
残り、ひとつ。
ペイジは思い出す。
5年前、ソード隊最有力候補者が誰であったのかを。
超絶技巧の化け物、アーサー・ブロードウッドの横で飛んでいた男が誰だったのかを。
「……全然錆びてねぇじゃねえか」
蜂型が最後の突撃。
トールは機体を半回転させ、背面姿勢から射撃。
レーザーが直線に走る。
——爆散。
静寂が訪れた。
海風が吹く。
ミョルニル四機と、バルキリーが空に並ぶ。
翼を振るトール。
その姿を見て、ペイジは呟いた。
「……大したヤツだぜ、隊長さん」
その顔は何処か誇らしげだった。
※※※
約2時間後
真の大地の海岸。
砂浜に、ガウォーク形態のミョルニルが四機並んでいる。
翼を畳み、脚を砂に沈め、まるで無骨な番犬のように静止していた。
その少し離れた場所に、海兵隊のアルバトロスが着地体勢を取る。
逆噴射の砂煙が、潮風に流れていく。
トールは、VF-1Dのキャノピーを閉じたまま、スマウに機体を引き渡した。
「……これ、ほんとに農機具代わりにしてたのか?」
「してたべよ」
スマウはぽかんと口を開けたまま、まだ空を見ている。
「おら達が畑耕してたやつで、あんな動きできんのか……」
ドキボも呆然と頷く。
「知らなんだわ……」
タニモだけは違った。
「すげぇ! すげぇべ!」
目を輝かせ、トールを見る。
「さっきの、蜂に飛びかかるとこ! あれもう一回やってくれ!」
「いやー流石にキツイ、ごめんな」
トールは苦笑する。
その後ろで、サンダーストラック隊の面々が集まる。
ピーターが低く言った。
「……あそこまでとは思わなかった」
マークも珍しく声が上ずっている。
「旋回角速度、加速タイミング、射撃精度。いずれも極めて高水準です」
「隠しスキル多すぎッスよ、隊長」
クリスが笑う。
トールは肩をすくめる。
「昔取った杵柄だ」
「杵柄であれは出ません」
マークが即座に否定した。
その時。
背後から、静かな声。
「……トール」
教授だった。
砂浜を歩いてくる。
風に青い髪が揺れる。
それを見た三人は、顔を見合わせる。
「あー、俺、アルバトロスの手伝い行ってくる」
「私もです」
「俺もッス」
あからさまに気を利かせて、その場を離れる。
スマウ一家も空気を読んだのか、距離を取る。
砂浜に残されたのは、二人だけ。
波音が、静かに響く。
トールは笑った。
「どうなることかと思ったぜ」
安堵を込めた声。
「無事でよかった」
教授は、答えない。
少し俯いている。
トールは軽く首を回した。
「久しぶりに足の速い機体に乗ったらな、Gがキツくてよ。
やっぱもうオッサンだな俺……」
言い終わる前だった。
教授が、突然近づく。
そのまま、トールの胸に抱きついた。
恋人のような仕草ではない。
子供が、不安に耐えきれず親にしがみつくような、そんな抱擁。
額を、トールの胸に押しつける。
トールは、息を呑んだ。
「……変なんだ」
教授の声は、震えていた。
「ボクが、怒ったり、悲しんだり……双子のことを思って、あんなに感情が揺れて」
指先が、服を掴む。
「君が、あの機体で飛んでいった時……心配だと、思った」
波音が、一瞬遠くなる。
「感情を知れば知るほど、怖くなる」
声が弱い。
「苦しくなる」
沈黙。
「君がいなくなると、不安になる自分がいる」
トールの心臓が、強く鳴る。
“抱きしめたい”
その衝動が、胸を突き破りそうになる。
だが、動けない。
自分は、アイが好きなのだ。
はっきりと、自覚する。
だが。
口に出すことが、怖い。
失うことが怖い。
今の関係が壊れることが、怖い。
ゆっくりと、トールは教授の背に手を乗せる。
優しく。
包むように。
「それでいい」
小さく言う。
「それでいいんだ」
教授の頭は、まだ胸に埋まったまま。
見えない。
だから、トールは少しだけ、寂しそうに笑った。
それが自分に言い聞かせる言葉だと、気づかれないように。
波が、静かに砂を洗う。
夕陽が、二人の影を長く伸ばしていた。
登場人物
スマウ(38歳男性)
訛りの父、めっちゃいい人
ドキボ(33歳女性)
訛りの嫁、めっちゃいい人
タニモ(10歳男性)
訛りの息子、めっちゃいい子
タリンプ(1歳女の子)
訛りのニューフェイス、めっちゃかわいい