6章目となります。
第16話(挿絵あり)
会戦1日前
ニコラ・テスラ研究区画
ニールの身体が崩れ落ちるより早く、トールが支えた。
勢いを殺し、ゆっくりと床へ横たえる。首を支え、呼吸を確認する。
呼吸はある。脈も乱れていない。
だが、意識がない。
「ニール」
呼びかけても瞳は虚ろなまま、焦点を結ばない。
トニーが脈拍計を確認する。
「バイタルに異常はありません。
過呼吸性失神に近い。ただ……原因が不自然です」
誰も騒がない。
だが、全員が“何かが起きた”と理解している。
教授は端末を操作していた。
観測ログに残っているのはフォールド波うねり。
その密度は異常に高く、伝送経路が多層的で、解析しきれない。
セラが小さく言う。
「……ニール」
「医療区画へ運びます」
トニーはそう言って非常用のストレッチャーを展開する。
艦内の壁面に格納されている簡易的な物。
ニールくらいの重さなら十分耐えられる物だった。
トールと二人で彼を台にのせ、ハーネスでしっかり固定する。
「私たちも行きます」
ハセヤマとハンナも同行する。
ストレッチャーを押すトニーの代わりに扉を開け、退室。
「わたしも、行く!」
セラが更にその後を追った。
扉が閉じる。
残ったのは教授とトール、そして三人のフォルミス人の少女。
張り詰めた空気が辺りを包んでいた。
アムが、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、さきほどまでの空虚とは違う。
揺らぎがない。
教授は、第三者の視点から冷静に観察しているように見えた。
「……君は誰だ」
静かな問い。
アムは頭を垂れる。
「わたしは、《リーテ》と呼ばれていました」
初めて聞く名。
トールの視線が鋭くなる。
「かつて、オラクルの巫女と呼ばれた者。
恐らくは、その残滓のようなものです」
説明は簡潔。
誇張も演出もない。
教授はその言葉を受け止める。
リーテは続ける。
「歌が、届きました」
「何が起きた」
「分かりません。ただ、応じました」
仕組みは語らない。
語れないのか、語るつもりがないのかは分からない。
変貌した姉の姿。
フィムは恐怖と不安から呟くように言う。
「お姉ちゃん……」
その時だった。
——異物感
フィムが、胸元を押さえた。
自分の中に、誰かがいる。
それは物理的な事象ではない。
自分の心の中、そこに何かが入り込む感覚。
警戒が先に立つ。
(違う……)
だが、次の瞬間。
それは恐怖ではなかった。
胸の奥にあった空洞が、ゆっくりと埋まる。
幻肢痛が消えたような、失ったはずの身体の一部が戻るような感覚。
ずっと欠けていた部位が、正しい位置に収まる。
フィムの呼吸が整う。
「……あ」
プムも同じだった。
最初に感じたのは、微かな異物感。
だがそれは、すぐに溶ける。
体内のどこかがずっと疼いていた。
理由の分からない欠落。
それが、今はない。
「怖く、ない。
不思議です」
プムの声は小さい。
フィムが頷く。
警戒は、安堵へと移行していた。
教授はその様子を観察する。
感情の変化は自然だ。
強制された反応ではない。
リーテは静かに二人を見る。
困惑が、わずかに混じる。
偶然の復活。
自分もまた、何が起きたのか完全には理解していない。
教授の思考は別の方向へ進んでいた。
ニールの再生に用いられたのは、フォルミスの集落で使われている医療用ナノマシン。
地球側はそれを完全には解析できていない。
もし──
そのナノマシンに、フォールド波を“受信”する機能があるとしたら。
今回観測されたフォールド波は、セラの歌に同期している。
ニールの昏倒。
因果関係があるとしか思えない。
しかし、医療用ナノマシンは、地上集落の人々が日常的に使用する生活必需品であると言う。
その言葉を信じるのなら、生体組織を分解再構築する為だけに存在する装置に、その様な機能があるのは不自然でる。
誰が、何のために、そんな機構を設けたのか。
何より、疑問に思うのは、この装置自体がいつから存在するものなのか。
地下の管理社会が作った物なのか、戦時中のものか、あるいは更に昔の物なのか……
フォルミス文明は、ゼントラーディや監察軍と戦争していた数千年前の時点で、既に退化していた可能性はないか。
もし退化していたとすれば、現行技術は“残滓”に過ぎない。
そしてセラ。
第1プロフェット達は、彼女を地下から出たミリタリーグレード保有者の子孫と見ている。
教授も、そう推測していた。
だが。
それ以上の何かである可能性。
新たな謎が一挙に浮かび上がる。
「フォルミス=コアは何だ」
教授は問う。
リーテは迷わず答える。
「わたしたちは神と崇めてきました」
一拍置いて。
「それは、事実に近い」
神秘を誇張しない。
断言もしない。
トールが低く言う。
「……アムをどうするつもりだ」
警戒が滲む。
彼は最初にアムを助けた。
壊れていく様を見てきた。
だからこそ、守る側に立っている。
「わかりません」
リーテは静かに答えた。
「ですが、アムの記憶を通して、あなた達の事を知っています」
そう言って教授とトールを交互に見つめる。
「とても優しい方達なのですね」
静かに微笑むリーテ。
その姿は、依代とする少女のものではない。
落ち着いた、妙齢の女性のように見えた。
「わたしは、あなた達に協力します」
沈黙が落ちる。
「協力する、と言ったのか?」
やがて教授が口を開く。
「はい」
教授の質問に短く答えるリーテ。
教授は目を瞑り、深く息を吐く。
「……準備する、トール手伝ってくれ」
「わかった」
リーテの正体とアムの容態。
セラの歌とフォールド波の解析。
フォルミス文明の秘密。
やるべきことは山積みだった。
※※※
船団上空防衛戦
「──諸君。防衛戦を開始する。
神の名を騙るレギオンを奈落へ叩き落とせ」
回線越しに響いた声は、やけに滑らかだった。
演壇に立っているつもりなのだろう、とアーサーは思う。
艦橋の中央で腕を広げ、部下の士気を鼓舞している姿が目に浮かぶような口調だった。
芝居がかっているのは、いつものことだ。
アーサーは、クロウフォードの事を忠誠にたる人物とは思っていなかった。
だが、それと任務は別だ。
HUDに展開する敵影の数を見れば、演説の是非など考えている余裕はない。
視界の前方、薄く揺らぐ空の向こうに、黒い層が幾重にも重なっている。
蜂型無人機《チレン》
五機一組の編隊が、整然と、しかし無数に、こちらへ向かってくる。
最初に交錯したのはVF-11Cの第一波だった。
ミサイルが放たれ、白煙が幾筋も走る。
爆炎が広がり、十数機が弾け飛ぶ。
それで編隊は乱れるだろうと思われた。だが違う。
リーダー機が破壊された瞬間、残存機が位置を詰め、別の機体が中核に滑り込む。
わずかに空いた空間は、数秒と持たずに埋まる。
減らない。
正確には減っているのだが、層が薄くならない。
厚みがそのまま迫ってくる。
アーサーはスロットルを押し込んだ。
VF-19Aが一気に加速する。
ファイター形態のまま敵編隊の縁へ斜めに侵入し、最外縁の一群を横切る。
チレンの単眼がこちらを追尾するが、照準が定まる前に高度を落とす。
急降下。
蜂群の下端をかすめる瞬間、変形。
脚部が展開し、バトロイド形態へ移行する。
逆推力を噴かせ、慣性を強引に殺す。
身体が押し付けられる。
停止した刹那、後方へ機体をひねり、ガンポッドを叩き込む。
リーダー機が爆散する。
その隙にノーブルとマジェスティが逆方向から食い込んだ。
三機が交差する軌跡に爆炎が連なる。
局所的には完全に制圧している。
ソード隊の周囲だけ、敵の密度が目に見えて薄い。
だが、それはあくまで周囲数百メートルの話だった。
視界の外縁では、VF-11が押し込まれている。
若い機体が回避を誤り、三方向から挟まれる。
火線が交差し、機体が裂ける。
射出座席が弾き出され、白いパラシュートが開かれた。
その下方。
地表は黒く蠢いている。
蟻型無人機が、鈍色の大地を埋め尽くしているのが、ほんの一瞬見えた。
アーサーは奥歯を噛みしめる。
声は出さない。
次の群れへ機首を向ける。
ゴースト3000Eが前方へ突入する。
有人機よりも鋭く、躊躇なく、敵層の中央へ食い込む。
至近距離で撃ち合い、数機を道連れに爆散する。
損耗を前提とした機動。人間なら躊躇う距離と角度で、ためらいなく踏み込む。
それでも層は崩れない。
艦艇からの対空砲火が上がる。
テルモピュライとミュカレの対空砲が火を吹き、フリゲートのミサイルが連続して空を横断する。
爆炎が幾つも咲く。だが、黒い帯は後続で埋まる。
そのとき、視界の端を鋭い軌跡が横切った。
ゴースト9iE。
少数配備の新鋭機まで投入したのか、とアーサーは即座に理解する。
機動が違う。旋回の角度も、減速からの再加速も、有人機の限界を一段超えている。
蜂群を縫うように走り、連鎖的に撃破していく。
それを出したということは、想定より戦況が悪いということだ。
局所では勝っている。
だが、全体では押されつつある。
ソード隊は再び侵入する。
高速侵入からの急制動、変形、反転射撃。物理法則を踏み越えるような挙動で群れを裂く。
三機が連動し、交差し、層を切り崩す。
それでも、背後でまた一機、VF-11が爆散する。
無線から若い声の断末魔が飛んでくる。
──トールがいたら。
思考が浮かぶ。
次の瞬間、切り捨てる。
戦闘中だ。
過去を呼び込むな。
アーサーは機体をひねり、再び蜂群の中心へ突っ込んだ。
迎撃は成立している。
防衛線はまだ崩れていない。
だが空は確実に重くなっている。
撃墜した数と同じだけ、あるいはそれ以上の敵が補充されているかのようだ。
持たせている。
押し返してはいない。
黒い層は、わずかずつ前へ出てきていた。
※※※
第3遠征海兵連隊
スキピオのフライトデッキは、すでに戦場の前室だった。
赤色灯が回転し、警報音が断続的に鳴り続ける。
ティルトエンジンを暖機するアルバトロスのタービンが唸り、甲板の空気を震わせている。
熱核エンジンから発せられるオゾンの匂いと、金属の熱が混ざり、呼吸が浅くなる。
第302強襲歩兵中隊、第2小隊。
分隊ごとに整列し、順次搭乗の指示を待つ。
その列の外に、一人、割り込む影があった。
「待て」
低い声が鋭く止める。
オズボーン軍曹が腕を掴んだ。
「お前は医療区画待機だ。命令は聞いているな、トンプソン」
ニールは軍曹をまっすぐに見る。
「体は問題ありません」
「問題は体じゃない」
軍曹の声に苛立ちが滲む。
「心が不完全な状態の奴を出せば、味方まで危険に晒す」
小隊長も一歩前に出る。
「傷病兵は出さない。これは命令だ」
周囲の視線が集まる。
ニールは一瞬、息を詰める。
胸の奥がざわつく。
空では味方が削られている。ここで待機している間にも、誰かが落ちる。
取り残される感覚が、喉を締めつける。
(セラを守らなければ)
だが口に出したのは別の言葉だった。
「今は一人でも戦力が必要です。分隊の火力は足りていない。俺は撃てます」
理屈だ。
本音ではない。
軍曹の目が細まる。
「根性論で仲間を殺す気か!」
「違います!」
声が強くなる。
「俺は足手まといにならない!」
その瞬間、背後の空気が変わった。
ざわめきが収まる。
ヴィクター・ロメロ大佐が歩いてくる。
誰もが姿勢を正す。
ロメロは立ち止まり、状況を一瞥する。
ニールの顔、軍曹の掴んだ腕、唸り続けるタービン音。
「報告」
短い。
小隊長が説明する。
ニールが傷病兵であること。
昨日昏倒し、医療処置を受けたこと。
自分を連れて行け、と言って聞かない事。
ロメロは黙って聞く。
やがてニールに視線を向けた。
「貴様は何だ」
突然の問い。
ニールは一瞬だけ言葉を失う。
だがすぐに答える。
「……海兵隊員です」
「そのモットーは」
短く、重い。
周囲の隊員が反射的に応える。
「エスト・バーシス!」
甲板に響く。
基盤たれ。
移民船団の基盤であり、市民の基盤。
即ち、未来への基盤、その為の戦士だ。
ロメロはニールから目を逸らさない。
「貴様にも守るべき市民がいるのだろう」
問いではない。
確認だ。
ニールの喉が動く。
「……います」
ロメロは数秒、何も言わない。
やがて、静かに告げる。
「規定では出せない」
軍曹がわずかに安堵の気配を見せる。
だがロメロは続ける。
「だが今は、基盤を守る戦いだ。
一人でも多くの銃が必要になる」
声に熱はない。
感情もない。
だが重みがある。
「第2小隊第1分隊に編入。
責任は私が負う」
軍曹が息を呑む。
「大佐──」
「これは私の判断だ」
言い切る。
反論は許さない。
ニールの腕を掴んでいた手が離れる。
「……乗れ」
短い命令。
ニールは一礼し、分隊列へ加わる。
アルバトロスの後部ランプが閉じる。
内部は狭く、金属音が反響する。座席に固定され、振動が伝わる。
ティルトエンジンが唸りを増す。
機体が浮き上がる。
甲板が遠ざかる。
前傾。
加速。
窓の外に広がるのは──
黒。
黒。
黒。
地表を塗り潰す蟻型無人機。
鈍色の大地が、蠢く群れに覆われている。
あの中へ降りる。
喉が乾く。
だが目を逸らさない。
(守るんだ)
アルバトロスは低空へ移行し、黒い大地へと向かった。
※※※
地上中継基地防衛戦
地表すれすれを、五機のVA-5が滑るように進む。
砂塵が巻き上がり、鈍色の大地が波打つ。
高度は低い。低すぎると言ってもいい。
通常なら対空火器の餌食になる高さだが、トールは気にしない。
SWAG──エネルギー転換装甲が、ある程度の被弾を前提に設計されている。
回避に専念するより、火力を押しつける事こそがこの機体の本分だった。
前方ではすでに戦闘が始まっている。
トマホークの荷電粒子砲が青白い閃光を放ち、一直線に黒い群れを貫く。
着弾地点で蟻型無人機《タビス・バイラード》がまとめて吹き飛ぶ。
続いてガンクラスターから放たれる銃と砲の嵐が地面を薙ぎ払い、爆煙が立ち上る。
その背後でディフェンダーとシャイアンが水平に砲身を振り、低空へ侵入してくる蜂型を撃ち落とす。
対空と対地が同時に展開され、戦場は層を成している。
だが、押し上げきれない。
黒い波が、じわりと前進している。
「見えるか、マーク」
トールの声は落ち着いている。
「見えてます。嫌になるほど」
視界いっぱいに蠢く影。
数が多すぎる。撃破しても、後続がすぐに隙間を埋める。
自己誘導ロケットを放つ。
無数の弾頭が拡散し、タビスの密集域へ突き刺さる。
爆発の連鎖で一角が空く。
だがすぐに別の群れが流れ込む。
左翼で閃光が弾ける。
被弾だ。
だが機体は崩れない。
SWAGが衝撃を散らし、装甲が焼けるだけで済む。
「問題ない。前へ出る」
トールは低空を維持したまま、機首をわずかに上げる。
マイクロミサイルポッドが唸り、至近距離で弾幕を張る。
海兵隊が展開している区域の手前で、群れを削る。
歩兵が肉眼で識別できる距離だ。
デストロイドの死角に回り込んだタビスが、海兵隊分隊へ迫る。
トールはバトロイド形態へ移行し、肩部側面の翼を盾のように展開させる。
翼に火花が散る。構わず、30ミリ重ガンポッド〈リベンジャー〉を掃射する。
地面が抉れ、タビスが粉砕される。
「第2小隊、後退路確保!」
通信が混線する。負傷者が出たらしい。
煙の向こう、二名を担いだ兵が包囲されかけている。
タビスが波のように寄せ、退路を塞ごうとしている。
「隊長」
「見えてる」
スロットルを開き、低空を横滑りするように侵入する。
自己誘導ロケットを至近距離でばら撒く。
爆発が一直線に走り、包囲の一角が崩れる。
マークが続く。
ロケットの爆炎に重なるようにリベンジャーを叩き込み、残存機を削る。
担架を持った兵が走り抜ける。
「行け!」
短い叫び。地上の兵士達に向けたもの。
背後で巨大な影が動いた。
甲虫型無人機《タキマ・バイラード》。
約十メートルの体躯が、戦場の中央に鎮座している。
背部の大型ビーム砲がゆっくりと旋回する。
「ペイジ、あれだ」
「視認済みだ」
上空から三機が降下する。
ペイジ、ピーター、クリス。
サンダーストラック隊の残り三機が、タキマを囲むように位置取る。
ビームが走る。
地面が抉れ、爆煙が上がる。
だが三機はすでに散開している。
トールはその動きを横目に見ながら、再び海兵隊前面を掃射する。
タビスの波は途切れない。
ペイジ機が誘導爆弾を投下する。
着弾。装甲が弾け、タキマの脚部が崩れる。
ピーターが自己誘導ロケットを叩き込み、クリスがミサイルで止めを刺す。
爆炎が立ち上り、甲虫型が横倒しになる。
「一つ落とした」
だが、地平線の向こうには、同じ影がいくつも見える。
比率は百対一。
破壊しても、意味を成さないほどの数。
「効果がありません」
マークが吐き捨てる。
「減らしてるだけだ」
トールは淡々と返す。
再びロケットを放つ。
再び爆炎が上がる。
再び黒い波が寄せる。
上空ではステッペンウルフ隊のVF-17がレーザーで地表を薙ぎ払い、誘導爆弾を精密に投下している。
さらに後方ではバックインブラック隊のVA-3が編隊爆撃を繰り返し、爆煙の壁を作る。
それでも。
前線はじりじりと押し戻されている。
トールは低空を保ったまま、再装填の警告を無視して次の群れへ機首を向ける。
焦りはある。
だが手は止めない。
撃ち続ける。
押し返す。
その繰り返しの先に、勝利があると信じるしかない。
黒い波は、まだ途切れなかった。
※※※
ニール・トンプソン上等兵
地面は黒く波打っていた。
タビス・バイラードの群れが瓦礫を乗り越え、倒れたデストロイドの脚部へ取りつき、装甲の隙間に潜り込んでいる。
荷電粒子砲が至近距離で放たれ、数十体が蒸発する。
だが、蒸発した空間を埋めるように、後続が折り重なる。
撃て。
撃ち続けろ。
オズボーン軍曹の怒号が飛ぶ。
ニールは銃を構え、引き金を引き続ける。
タビスの関節、発光節点、可動軸。
訓練通りに狙い、倒す。
だが数が違う。
弾丸が外殻を砕くたび、破片が頬を打ち、血と油の混ざった臭気が喉を焼く。
左で誰かが転んだ。
起き上がろうとした瞬間、黒が覆う。
手。
ヘルメット。
腕。
それらが一瞬で見えなくなる。
撃とうとした。
だがもう遅い。
そこにいたはずの人間が、存在ごと消える。
肉も骨も悲鳴も、塗り潰される。
地面の一部にされたように。
喉が乾く。
怖い。
自分が死ぬことは理解している。
戦場だ。覚悟はしている。
だが──
自分が死んだ後。
それが脳裏をよぎる。
セラはどうなる。
誰が守る。
銃声が遠くなる。
いや、耳鳴りが強くなっているだけだ。
タビスが跳ぶ。
撃つ。
倒す。
別の個体が背後から這い上がる。
銃床で殴る。
反動が腕を震わせる。
汗が目に入る。
また一人、分隊員が倒れる。
腹部を抉られ、叫び声が途中で切れる。
黒が覆う。
存在が、無かったことになる。
世界そのものが、削除している。
右側で閃光が走った。
カートの悲鳴。
タビスのビームガン。
彼の右脚が吹き飛ぶ。
肉と骨が裂け、断面から血が噴き出す。
装甲の内側で赤が泡立つ。
カートの身体が横倒しになり、銃を取り落とす。
意識はない。
ニールは駆け寄る。
引きずる。
重い。
血が手袋を滑らせる。
温かい。粘つく。
タビスが波のように迫る。
「下がれ!」
軍曹の声が遠い。
ナイフを抜く。
刺す。
外殻の隙間に刃を滑り込ませ、抉る。
引き抜く。
もう一体。
もう一体。
刃が軋む。
折れる。
手に残るのは半分。
弾倉が空になる。
交換する暇がない。
包囲が閉じる。
怖い。
ここで死ぬ。
自分が死ぬ。
その後。
セラが一人になる。
その想像が胸を締め付ける。
血と蟻の隙間に、立っている。
「……セラ?」
白い影。
こちらを見ている。
あり得ない。
だが消えない。
——恐怖がなくなる
呼吸が浅い。
音が遠のく。
視界だけが鮮明になる。
発光節点がはっきり見える。
動線が読める。
身体が軽い。
重装備が重くない。
踏み込みが滑らかになる。
撃つ。
倒す。
殴る。
蹴る。
蟻が跳びかかる。
肩に衝撃。
背中に重み。
倒れる。
黒。
黒。
黒。
視界が埋まる。
息が詰まる。
だが怖くない。
屍と外殻の隙間に、セラが立っている。
笑っている。
その笑い声が、頭の奥で響く。
無垢なはずの声。
だがどこか歪んでいる。
遠くで。
近くで。
耳元で。
くすくすと。
黒の中で、それだけがはっきりと聞こえていた。