マクロス・ディソナンス   作:藻瑠江 嵐

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6章最後です


第18話(挿絵あり)

 殴っていた。

 

 何体目かは分からない。

 目の前にいた奴の外殻を掴み、そのまま地面に叩きつける。

 外殻が砕け、脚が千切れる。

 

 次が来る。

 

 拳を振るう。

 顎を砕く。

 脚を掴み、投げ飛ばす。

 

 怒りだけだった。

 

 理由なんて考えていない。

 目の前の連中をぶっ壊す。

 それだけだ。

 

 奴らが群れで襲ってくる。

 俺は殴る。

 掴む。

 引き裂く。

 

 外殻の破片が周囲に散っていく。

 

 一体を掴み上げ、振り回す。

 ぶつかった奴らがまとめて弾けた。

 

 まだ来る。

 

 殴る。

 

 壊す。

 

 叩き潰す。

 

 息が荒い。

 だが体は軽い。重装備のはずなのに、動きは妙に速い。

 

 そんなことはどうでもよかった。

 

 ただ壊していた。

 

 気が付くと、周りに敵がいなかった。

 

 さっきまで押し寄せていた黒い群れが、途切れている。

 

 俺の周りだけ、ぽっかりと空いていた。

 

 地面を見下ろす。

 奴らの残骸だった。

 

 外殻。脚。顎。

 砕けた破片が山のように積み重なっている。

 

 

 自分がやった。

 

 

 そんなことを考えた瞬間、頭の熱がすっと引いた。

 

 俺は顔を上げる。

 

 辺りを見渡した。

 

 そこにいたのは仲間達だった。

 

 だが様子がおかしい。

 誰も近づいてこない。

 

 全員、こっちを見ている。

 顔が引きつっている。

 

 何人かは、怖がっていた。

 

 

 なんでそんな顔して──

 

 

 その時、気づいた。

 

 銃だ。

 

 全員、俺に向けていた。

 

「……おい」

 

 声を出そうとした。

 

 何をしているんだと言おうとした。

 

 だが。

 

 声が出ない。

 喉が動かない。

 

 おかしい。

 

 妙に視界が広い。

 地面が遠い。

 

 俺はそこまで背が高くないはずだ。

 

 体が軽い。

 

 重装備のはずなのに、まるで何も着ていないみたいに動く。

 

 おかしい。

 

 俺は手を見る。

 

 

 黒かった。

 

 

 外殻。

 

 節のある装甲のようなものが腕を覆っている。

 関節の隙間から、細い光が走っていた。

 

 棘が突き出している。

 

 生き物のようにも見える。

 機械のようにも見える。

 

 これは。

 

 俺の手じゃない。

 

 ゆっくりと視線を落とす。

 

 体も同じだった。

 

 黒い外殻。

 突き出した棘。

 

 人の形はしている。

 

 だが──

 

 人間じゃない。

 

 俺は何も言えなかった。

 

 周囲には銃を構えた仲間たち。

 誰も撃たない。

 だが、誰も銃を下ろさない。

 

 俺は動けなかった。

 

 体が固まっている。

 

 頭の中で、言葉だけが回っている。

 

 俺は。

 

 俺は。

 

 一体、どうなってしまったんだ……。

 

 

 

※※※

 

 

 

アヴァロン艦橋

 

 

 

 リーテは空中に浮かんでいた。

 

 背中から広がる透明な翼がゆっくりと震えている。

 その中心で、リーテが静かに息を吸った。

 

 次の瞬間。

 

 歌声が響いた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 言葉はない。

 ただ澄んだ声が、艦橋の空間を満たしていく。

 

 歌詞は無い、母音のみの旋律。

 ヴォカリーズと呼ばれるそれに近い。

 

 旋律はどこか神秘的で、意味を持たないはずの音の連なりが、奇妙な規則性を持って空間に広がっていく。

 

 リーテの体がさらに輝きを増した。

 

 淡い光が膨らみ、彼女の周囲に広がる。

 その光が次の瞬間、艦橋の通信設備へと伝播した。

 

 主通信卓。

 

 副通信系。

 

 フォールド通信アレイ。

 

 コンソールの縁を青白い光が走る。

 

「フォールド波、急上昇!」

 

 センサー席のオペレーターが叫んだ。

 

「計測値、振り切れます!」

 

 計器の針が跳ね上がる。

 フォールド波のグラフが急激に上昇し、警告域へ突入する。

 

 だがそれは乱れた波形ではない。

 

 教授はモニターを凝視した。

 

 歌声と同期している。

 旋律の周期に合わせ、フォールド波の振幅が変化している。

 まるで歌そのものが信号であるかのように。

 

 リーテの光がさらに膨張した。

 

 その光が通信アレイへ流れ込み、アヴァロンの外へと放射される。

 

 青白い光の波が空へ広がる。

 まるで波紋のように。

 

 それは戦域全体へ拡散していった。

 

 教授は黙って計器を見ていた。

 

 歌。

 あれは単なる音ではない。

 

 命令信号を制御するための手段だ。

 フォールド通信を媒介にして、何かを操作している。

 

 だが。

 

 グラフを見ているうちに、別の規則性が浮かび上がる。

 

 単純な命令信号ではない。

 複雑すぎる。

 

 波形の中に何層もの情報が折り重なっている。

 暗号通信に近い。

 

 いや。

 

 教授は思考を修正した。

 

 歌を暗号通信にしたのではない。

 暗号通信が、人の耳には歌として聞こえているのだ。

 

 だが。

 

 その歌を聞いていると、心が静かになっていく。

 

 教授は自分の胸の奥に、奇妙な感覚を覚えていた。

 

 なぜだ。

 

 これは信号だ。

 ただの情報のはずだ。

 

 それなのに。

 

 心が動く。

 

 自分の仮説では説明できない。

 教授は腕を組んだまま、なお計器を見続けていた。

 

 リーテの歌は続いている。

 

 

 

※※※

 

 

 

移民船団上空

 

 

 

 アーサーの機体は急旋回していた。

 

 警告音が断続的に鳴っている。

 

 ミサイルはすべて撃ち尽くしていた。

 ガンポッドの残弾もわずかしか残っていない。

 

 それでもチレンの群れは減らない。

 

「ノーブル、左だ」

 

「見えてる」

 

「マジェスティ、後ろにつかれてる」

 

「了解」

 

 三機が互いの死角を補いながら空域を維持していた。

 

 アーサーは操縦桿を引き、機体をバトロイド形態へ移行させる。

 

 チレンのビームが迫る。

 

 左腕のピンポイントバリアを展開。

 

 光の盾がビームを弾いた。

 

 そのまま突っ込む。

 

 拳を振り抜く。

 

 チレンの外殻が砕け、破片が空に散った。

 

 次の敵が迫る。

 

 ガンポッドを撃つ。

 

 残弾が減る。

 

 それでも戦うしかない。

 

 

 その時だった。

 

 

 青白い光が空域を横切った。

 

 三機の間を静かに通り過ぎる。

 

「……何だ?」

 

 アーサーが思わず呟いた。

 

 ノーブルも言う。

 

「今の……」

 

 マジェスティが言いかける。

 

「おい、チレンが──」

 

 次の瞬間。

 

 チレンの群れが一斉に止まった。

 

 推進が消える。

 

 動きが完全に停止した。

 

「何が起きてる……?」

 

 アーサーが呟く。

 

 そのままチレンは落下を始めた。

 

 地上へ。

 推力を失った機体が重力に引かれて落ちていく。

 

 だが異変はそれだけではなかった。

 

 落下する途中で、チレンの機体が崩れ始める。

 装甲がほどけるように分解していく。

 

 サラサラと。

 砂のように。

 

「……崩れてる」

 

 ノーブルが言った。

 

「全部……」

 

 マジェスティの声が途切れる。

 

 その時、通信回線から声が流れ始めた。

 

 少女の歌声。

 言葉のない旋律。

 静かなヴォカリーズ。

 

 戦場の騒音の中で、それだけがはっきり聞こえる。

 

 不思議な歌だった。

 

 聞いていると、胸の奥の緊張がほどけていく。

 

 理由は分からない。

 ただ、心が落ち着いていく。

 

 アーサーは地上を見下ろした。

 

 

 この歌をトールも聞いているのだろうか。

 

 

 どこか別の空域で戦っている、かつての友。

 

 アーサーはその姿を思い浮かべていた。

 

 

 

※※※

 

 

 

空母スキピオ艦橋

 

 

 

 スキピオの艦橋に歌声が流れていた。

 

 最初は誰も気づかなかった。

 だが次第に、艦橋の空気が変わる。

 

「敵機……停止しています!」

 

 クルーの声が上がった。

 

 戦況モニター。

 

 そこにはチレンの群れが映っている。

 

 だが。

 動かない。

 

 次の瞬間。

 推進を失った敵機が落下を始めた。

 

 空中で崩れていく。

 機体がほどける。

 粒子になり、砂のように分解していく。

 

 艦橋に驚嘆の声が広がる。

 

「これは……」

 

「奇跡だ……」

 

 誰も説明できない。

 

 戦況図の敵反応が、次々と消えていく。

 

 その中で。

 

 クロウフォードだけが、別のモニターを見ていた。

 

 アヴァロンから送られてきた映像。

 そこに映っていたのは、一人の少女だった。

 

 空中に浮かんでいる。

 

 背中から光の翼が広がっている。

 

 歌っていた。

 静かな声で。

 

 妖精のような姿だった。

 

 クロウフォードは黙ってそれを見ていた。

 

 戦術的な思考は浮かばない。

 分析もない。

 

 ただ一つの感覚だけがあった。

 

「……美しい」

 

 自然と口から出される。

 

 クロウフォードの心の奥で、何かがわずかに動いた。

 

 

 

※※※

 

 

 

地上 中継基地周辺

 

 

 

 トールの機体は低空を滑っていた。

 

 警告表示がHUDの端で点滅している。

 弾薬はほとんど残っていない。

 

 それでも機首を下げる。

 

 地上では海兵隊がまだ戦っている。

 ここで引けば、あいつらは持たない。

 

 その時だった。

 

 背後から光が来た。

 

 青白い波。

 静かに広がりながら空域を横切り、ミョルニルの間を通り過ぎる。

 

「……何だ?」

 

 トールが思わず呟いた。

 

 マークの声が入る。

 

「見ましたか、今の?」

 

 ペイジが続く。

 

「光……?」

 

 ピーターも言う。

 

「何か通ったぞ」

 

 クリスが言葉を切る。

 

「隊長、あれ──」

 

 だがトールは答えない。

 

 気にしている暇はない。

 

 地上を見ろ。

 まだ敵はいる。

 まだ戦いは終わっていない。

 

 トールは照準を落とす。

 

 その瞬間だった。

 

 様子がおかしい。

 

 タビスが動かない。

 黒い群れが地面に張り付いたまま止まっている。

 

 タキマも同じだった。

 巨大な甲虫型の機体が、その場で動きを止めている。

 

 砲塔も動かない。

 脚も動かない。

 

 まるで。

 

 時間が止まったようだった。

 

「……これは、一体」

 

 マークが低く言った。

 

 誰も答えられない。

 

 その時、通信回線に声が流れ始めた。

 

 歌声だった。

 言葉はない。

 ただ旋律だけが流れてくる。

 

 トールはその声を聞いた瞬間、目を見開いた。

 

 知っている。

 聞き覚えがある。

 

 アムだ。

 

 あの子の声だった。

 

 力強い。

 そして、綺麗な声だった。

 

 次の瞬間。

 

 崩壊が始まった。

 

 停止していたタビスの外殻に亀裂が走る。

 

 細かな破片がこぼれ落ちる。

 サラサラと。

 

 砂のように。

 タビスの身体がほどけていく。

 

 タキマも同じだった。

 

 巨大な外殻が割れる。

 亀裂が広がる。

 装甲が崩れ落ちる。

 地面へ落ちた破片が、さらに細かく砕けていく。

 

 砂のように。

 黒い軍勢が、音もなく崩れていった。

 

 トールはそれを見ていた。

 

 しばらく何も言わない。

 

 やがて、ぽつりと呟いた。

 

「……終わったんだな」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 通信回線の向こうで歓声が上がった。

 

「やった!」

 

「敵反応消えてる!」

 

「全部止まってる!」

 

 サンダーストラック隊の声が次々と重なる。

 

 アムたちが助けてくれた。

 

 つまり。

 

 アイが何かしたということだ。

 

 トールは操縦桿を握ったまま、小さく息を吐いた。

 

 帰ったら。

 何て言おうか。

 

 愛する彼女の顔が、自然と浮かび上がった。

 

 

 

※※※

 

 

 

第302強襲歩兵中隊 第2小隊

第1分隊 展開地域

 

 

 

 地表を青白い光が流れた。

 

 瓦礫と残骸に覆われた戦場を、静かな波のように通り過ぎていく。

 黒い異形に銃を向けていた海兵隊たちは、その光景に思わず目を奪われた。

 

「……何だ?」

 

 誰かが呟く。

 

 だがオズボーン軍曹は銃口を下げない。

 視線は異形に向けたままだった。

 

 目の前にいるそれは、ついさっきまでタビスを素手で引き裂いていた存在だ。

 

 人間の姿をしているが、人間ではない。

 油断はできない。

 

 軍曹は引き金に指をかけたまま、異形の動きを警戒していた。

 

 だが。

 

 

 それもすぐに終わった。

 

 

 周囲のタビスが崩れ始めた。

 

 最初は一体。

 次に数体。

 

 黒い外殻に細かな亀裂が走る。

 

 そして。

 

 サラサラと。

 砂のように崩れ落ちていく。

 

 外殻がほどけ、脚が崩れ、身体そのものが粒子のように分解されていく。

 

 海兵隊たちは銃を構えたまま、その光景を見ていた。

 

 誰も撃たない。

 誰も動かない。

 

 ただ呆然と、敵の崩壊を眺めている。

 

 そして。

 

 その変化は、目の前の異形にも訪れた。

 

 異形が揺れる。

 一歩よろめく。

 

 そのまま、うずくまるように地面へ倒れ込んだ。

 

 黒かった体が変色していく。

 燃え尽きた灰のような色へ。

 

 外殻がひび割れ。

 

 崩れ始めた。

 

 細かな灰となって、静かに崩れていく。

 

 オズボーンはそれを見続けていた。

 

 銃口はまだ下げない。

 目を離さない。

 

 やがて。

 

 灰の中に、別の色が見えた。

 

 肌色だった。

 

 オズボーンの目が細くなる。

 

 灰が崩れ落ちていく。

 そこに現れたのは。

 

 人間の体。

 

 意識を失っている。

 

 オズボーンの顔が、ゆっくりと変わる。

 

 驚愕だった。

 

 軍曹の口から、かすれた声が漏れる。

 

「……ニール」

 

 灰の中にいたのは、あの上等兵だった。

 

 

 

※※※

 

 

 

聖都フォルミカナスト

コアの間

 

 

 

 上下左右に林立する巨大なデータキューブ群。

 演算のための構造体。

 神経網のように絡み合うナノマシンの信号。

 

 情報の海。

 知性の山脈。

 

 フォルミス文明そのものと言える空間だった。

 

 その手前。

 ぽつんと置かれたコンソールの前に、二人の人物が立っている。

 

 黒地に金の装飾を施した法衣。

 

 第1プロフェット。

 

 そして。

 

 オラクル上席。

 

 二人は静かに戦況モニターを見ていた。

 

 地表では戦闘が続いている。

 

 チレン。

 タビス。

 タキマ。

 

 無人機群はすでに十分な数が展開されていた。

 

 異星から来た船団。

 

 技術は劣る。

 規模も小さい。

 

 蹂躙するのは難しくない。

 第1プロフェットはそう判断していた。

 

 あの学者。

 我々を愚弄した蛮族の女。

 

 直接手を下せなかったことだけが心残りだった。

 

 だが。

 今となってはどうでもいい。

 

 いずれにせよ蛮族は浄化される。

 

 そして。

 

 パージャーの娘は手中に収まる。

 

 そこに疑いはなかった。

 

 

 その時だった。

 

 

 オラクル上席が、ふと顔を上げた。

 

 何かを感じる。

 

 それは音でも信号でもない。

 もっと原始的な感覚。

 

 どこか懐かしい感覚だった。

 

 思わず言葉が漏れる。

 

「……リーテ?」

 

 第1プロフェットがゆっくり振り向く。

 

「今、何と言った?」

 

 低い声だった。

 

 上席はコアを見つめたまま言う。

 

「間違いない」

 

 短く断言する。

 

「妹のだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 第1プロフェットの思考が止まった。

 

 言葉が出ない。

 

 かつての最愛の人物。

 その存在は、もうこの世界にいないはずだった。

 

 その時。

 

 地表の戦況モニターが変化する。

 

 信号が消え始めた。

 

 一つではない。

 二つでもない。

 すべてだ。

 

 チレン。

 タビス。

 タキマ。

 

 圧倒的な数の無人機群。

 

 その稼働信号が、一斉に消えていく。

 

 第1プロフェットがコンソールへ歩み寄る。

 

「何が起きている」

 

 声が鋭くなる。

 

 上席も同時にコンソールを操作する。

 だが結果は同じだった。

 

 地表に展開した無人機群。

 すべてが沈黙している。

 

 第1プロフェットがコアに向かって言った。

 

「報告しろ」

 

 声が荒い。

 

「何が起きた」

 

 フォルミス=コアは即座に応答した。

 

 機械的な声だった。

 

「停止信号を受信」

 

 一拍。

 

「アポトーシスモードが実行されています」

 

 沈黙が落ちる。

 

 第1プロフェットと上席が顔を見合わせた。

 

 上席が小さく呟く。

 

「……まさか、本当に」

 

 第1プロフェットは顔を伏せた。

 

 肩が震える。

 最初は小さかった。

 

 だがすぐに笑い声が漏れる。

 

「……はは」

 

 笑いは止まらない。

 

 やがて狂気に満ちた声になる。

 

「ははは……!」

 

 顔を上げる。

 

 その表情は歪んでいた。

 

 笑いとも。

 怒りとも。

 どちらにも見える。

 

 上席が静かに言う。

 

「失敗作だと思っていたが」

 

 小さく息を吐く。

 

「まさか、こうなろうとは」

 

 第1プロフェットの口元がさらに歪む。

 

「面白い」

 

 低く言った。

 

 そして。

 

「何としてでも取り返す」

 

 視線を向、友の名を呼ぶ。

 

「なあ、ソレノ」

 

 上席が口角を上げ、そして答える。

 

「当然だ、セントラ」

 

 情報の海。

 

 知性の山脈。

 

 その中心で。

 

 二人の笑い声だけが響いていた。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 空母スキピオ 第9格納庫

 

 

 

 長い戦闘を終えた機体が、ようやく戻ってくる。

 

 五機のミョルニル。

 

 装甲は煤に汚れ、ところどころ焼け焦げている。

 翼下は軽い。武装は全て使い切られていた。

 

 整備ドローンが忙しく動き始める。

 

 着艦までには時間がかかった。

 

 発進した機体が多すぎたのだ。

 滑走路の順番待ちが続き、ようやくこの格納庫に辿り着いたのは、戦闘終了からかなり後だった。

 

 機首側面のタラップが展開される。

 

 最初に降りてきたのはトールだった。

 続いてペイジ。ピーター。クリス。マーク。

 

 五人とも歩き方が少し重い。

 

 疲労困憊だった。

 

 長時間の低空機動。

 高G旋回。

 絶え間ない戦闘操作。

 

 パイロットスーツの内側は汗でびっしょりだった。

 

 それでも。

 

 全員の表情は、どこかやり切った顔をしていた。

 

 クリスがヘルメットを外す。

 

 髪は汗で張り付いている。

 

「……シャワー浴びてぇ」

 

 少しよろけながら言う。

 

「そのあとビール飲みたいッス」

 

 ペイジが苦笑する。

 

「俺もだ」

 

 ピーターも頷く。

 

「キンキンの奴な」

 

 トールも小さく息を吐いた。

 

 その時だった。

 

 格納庫の奥から、白い影が飛び出してきた。

 

「──!」

 

 突然の出来事に、五人が一瞬身構える。

 

 だが、すぐに誰なのか分かった。

 

 教授の助手。

 

 ハセヤマだった。

 

 走ってきたらしく、息が上がっている。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 クリスが首を傾げる。

 

「何しに来たんスか?」

 

 五人が互いの顔を見る。

 

 その時。

 

 マークが一歩前に出た。

 

 ゆっくりと。

 

 そして優しい声で言った。

 

「ただいま……ジェニー」

 

 その名前を聞いた瞬間。

 

 ハセヤマの顔がくしゃくしゃになった。

 

 次の瞬間。

 

 彼女はマークに飛びついた。

 

「マーク……!」

 

 勢いのまま抱きつく。

 

 泣いていた。

 

 人目も気にせず、しがみつく。

 

 マークも腕を回した。

 

 そして。

 

 二人は、そのまま口付けをする。

 

 一部始終を見ていた四人は、完全に固まっていた。

 

 数秒。

 

 沈黙。

 

 クリスがぽつりと言う。

 

「……いつの間に?」

 

 ペイジが肩をすくめる。

 

「知らなかったな」

 

 ピーターも頷く。

 

「俺も初耳だ」

 

 トールが小さく笑う。

 

「あの人ジェニーって名前だったんだ」

 

 四人とも知らなかった。

 

 だが。

 

 今日は何も言うまい。

 そういう空気だった。

 

 四人は顔を見合わせ、無言で頷く。

 

 そしてその場を離れる。

 ロッカールームへ向かって歩き出した。

 

 その途中。

 

 もう一つの影が現れる。

 

 教授だった。

 

 アイ・トクタカ。

 

 その姿を見つけた瞬間。

 

 ペイジがにやりと笑う。

 そしてトールの肩を押した。

 

「ほら隊長」

 

 小声で言う。

 

「出番だぞ」

 

 クリスとピーターも何も言わずに笑う。

 

 三人はそのまま足早にロッカールームへ消えていった。

 

 格納庫に残るのは、二人だけ。

 

 トールとアイ。

 

 しばらく、互いに何も言わず見つめ合う。

 

 トールが先に口を開いた。

 

「アイのおかげで助かった」

 

 アイは小さく首を振る。

 

「ボクは何もしていない」

 

 声は少し弱い。

 

「やったのは……あの子達だ」

 

 トールは静かに言う。

 

「それでも」

 

 少し笑う。

 

「お前が動いたからだろ」

 

 アイは小さく頷いた。

 

 目には涙が浮かんでいる。

 

 自分でも気付いたのだろう。

 

 苦笑する。

 

「……知らなかったけど」

 

 鼻をすすりながら言う。

 

「どうやらボクは、泣き虫なようだ」

 

 少し笑う。

 

「恥ずかしいな」

 

 トールが言う。

 

「こんな男のために泣いてくれてんだ」

 

 優しく肩を抱き寄せる。

 

「恥ずかしがんなよ」

 

 アイは何も言わない。

 

 ただトールの胸に顔を寄せた。

 

 少しして。

 

 トールが言う。

 

「ただいま」

 

 アイが答える。

 

「おかえり」

 

 格納庫には、ようやく戻ってきた静かな時間が流れていた。




登場人物

 リーテ(享年20歳 女性)
  うたのおねえさん(違)
  破壊力はジャイ◯ン以上

 ソレノ(41歳 男性)
  リーテのおにいさん。
  全身青コーデ。

 セントラ(40歳 男性)
  グレイテスト(以下略)の本名。
  描いてる本人も、名前を忘れる。
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