第7章目になります。
一応、折り返し地点のつもりです。
第19話(挿絵あり)
降下37日目 1834時
アヴァロン 艦橋最上部
防衛戦終了から数時間。
艦橋中央の空間に、複数のホログラムが静かに立ち上がっていた。
各艦の指揮官、参謀、関係部署の代表。
半透明の人物像が円形に並ぶ。
戦闘直後の会議にしては、奇妙なほど静かな空気だった。
疲労。
安堵。
そして、まだ完全には消えていない緊張。
グラント准将が短く言う。
「状況報告」
最初に発言したのはミルズだった。
「航空団の被害状況です」
ホログラムの戦闘図が更新される。
「上空で迎撃に当たったVF部隊の損害は限定的。戦力維持に問題はありません」
戦域上空に展開していた機影。
その多くがまだ残っている。
「しかし、地表付近で戦闘を行ったVA部隊は大きな損害を出しました」
ミルズの声はわずかに低くなった。
「敵無人機群との近接戦闘が原因です」
表示が切り替わる。
次に映し出されたのは無人機損耗の記録。
「味方無人機ゴースト三〇〇〇E。消耗数は百二十一機」
艦橋が一瞬静まり返る。
無人機は消耗品だ。
それでも、この数字は軽くはない。
ミルズは続けた。
「ただし、無人機による防御線がなければ人的損害はさらに拡大していたと推測されます」
その言葉に、海兵隊司令ロメロが小さく頷く。
「……ゴーストのおかげで、それで済んだ」
低い声だった。
ミルズは次の資料を表示する。
「地上部隊の損害です」
わずかな間。
「海兵隊戦死者数、三百七十八名。負傷者百十八名」
沈黙が落ちる。
グラントは目を閉じた。
数秒。
それからゆっくりと目を開く。
「彼らの尽力によって、我々は生き延びた」
それだけ言った。
ミルズは報告を続ける。
「続いて敵機体の崩壊について」
戦場映像が再生された。
黒い装甲がひび割れ、砂のように崩れていくタビスの残骸。
「解析の結果、ナノマシン集合体が変質し形象崩壊を起こしたものと判明しました」
資料が切り替わる。
教授の分析報告。
「無人機群は管理AIによって統制されているが、
不測の事態に備え、管理権限を持つ人間の制御を優先する設計になっている」
ミルズは説明する。
「敵無人機の崩壊は、ナノマシン制御信号による自壊プログラムが実行された結果と推測されます」
誰も口を挟まない。
理由は皆知っている。
「この信号を発信したのは、我々に協力しているフォルミス人──」
ミルズは言葉を選ぶ。
「オラクルの巫女、アムです」
青い髪の少女の画像が表示される。
「彼女のナノマシン制御能力を、アヴァロンのフォールド通信装置によって増幅。敵機体へ自壊信号を送信しました」
つまり。
あの戦場の奇跡は、偶然ではない。
「なお、彼女は能力の過剰使用により現在昏睡状態にあります」
ロメロが低く呟いた。
「……あの化け物を止めたのが、少女一人とはな」
その時、別のホログラムが明るくなる。
工作船ニコラ・テスラ。
その研究区画から。
通信回線の向こうに、一人の少女が立っていた。
プム。
その横には黒い防護コートの男──ドルシ。
プムは姿勢を正し、静かに口を開いた。
「報告の機会をいただき、感謝します」
礼儀正しい声。
だが、その瞳は強い。
「コンポーザより、地下都市の現状について報告が入りました」
彼女の説明は簡潔だった。
「現在、敵は周辺無人機の再編成を進めています。
この度の損失は彼らにとっても予想外。
この地域に配備されていた無人機の殆どを失っています。
エネルギーリソースが複数の外部施設へ分配されている兆候を確認しました。
複数の無人機製造プラントが稼働している可能性が確認されています」
ホログラムに地下都市の概略図が表示される。
「コンポーザは現在、エネルギーの配給先。
製造プラントの所在を捜索しています」
プムは続ける。
「また、リソースの急激な変化に伴い聖都の管理システムが一部不調を起こしており、この機に乗じて地下都市の下層民を中心に反体制活動が活発化しています」
言葉は淡々としている。
だが内容は明確だった。
「現在の状況は、地下政権に対抗する好機です」
一瞬、会議の空気が張り詰めた。
革命の言葉。
プムは迷いなく続ける。
「コンポーザは、近々、地下都市において大規模攻勢を計画しています」
ミルズはその少女を見つめていた。
冷静な報告。
情報整理も完璧。
指導者として成立している。
だが。
十三歳。
娘と同じ年頃だ。
ミルズは一瞬だけ視線を落とす。
すぐに表情を戻した。
軍人の顔に。
プムの声が続く。
「もし貴方方が製造施設を攻撃して下されば、地下の均衡は崩れます」
「我々は共通の敵を持っています」
少女はまっすぐに言った。
「コンポーザは、移民船団との協力関係を提案します」
クロウフォードは腕を組んでいた。
彼の視線はプムから離れない。
革命の象徴。
その言葉が頭をよぎる。
地下政権が崩れれば、この少女は確実に政治の中心に立つ。
価値がある。
その計算が、彼の頭の中で始まる。
だが。
ほんの一瞬。
思考が止まる。
十三歳。
その事実が、秤の上に乗る。
片側には野心。
もう片側には、あの少女。
——無垢なる妖精のような姿。
青白い光の中で歌っていた存在の記憶。
クロウフォードは静かに瞬きをした。
思考はすぐ元に戻る。
グラントが口を開いた。
「状況は理解した」
ホログラムを見渡す。
「双方とも大きな損害を出した。
フォルミス側も無人機群を再編成するには時間が必要だろう」
短く言う。
「戦力は互角だ」
会議の空気が変わる。
「我々はコンポーザとの協力関係を強化する」
それは明確な政治判断だった。
「同時に軍備を再整備する」
ミルズが頷く。
「ニコラ・テスラの工業区画を軍需生産へ優先的に回します」
機体修理。
弾薬。
無人機。
すべて戦闘準備。
その時、クロウフォードが口を開いた。
「航空団長として提案します」
彼の声は落ち着いていた。
「調査隊の成果が戦略的に極めて重要であることは、今回の戦闘で証明されました」
そして続ける。
「その安全確保のため、我がソード隊を護衛に付けることを提案します」
艦橋に小さなざわめきが走る。
航空団主力。
それを調査隊に?
ミルズはわずかに眉を動かした。
だが反論はしない。
筋は通っている。
グラントは短く頷いた。
「承認する」
そして会議を締めた。
「調査隊を再編成する」
「作戦準備に入れ」
ホログラムが一つずつ消えていく。
艦橋に静寂が戻った。
次の戦いは、すでに始まっていた。
クロウフォードは最後までホログラムの残像を見つめていた。
——十三歳の革命家。
※※※
同日 2122時
ニコラ・テスラ 居住区
フォルミス人の少女達に与えられた部屋は、決して広くはないが整えられていた。
壁のディスプレイには、フォルミスの地表が映し出されている。
厚い雲の切れ間から見える褐色の大地。
岩の連なる荒野がゆっくりと流れていた。
その部屋のベッドで、青い髪の少女が眠っている。
アム。
規則正しい呼吸。
顔色も悪くない。
ただ、深く眠っているだけだった。
ベッドの横の椅子に座っているのはフィム。
静かに姉を見つめていた。
胸の奥に、温かい感覚がある。
アムの存在。
それは今、はっきりと分かる。
共感。
今まで持っていなかった感覚。
だが今は、自然に理解できた。
姉は大丈夫。
意識は消えていない。
眠っているだけ。
「……もう少し、ですね」
小さく呟く。
リーテが言っていた。
力を使いすぎただけ。
しばらく休めば、必ず目を覚ます。
その時には──
またアムに戻る。
フィムは少し視線を落とした。
リーテは悪い人ではなかった。
むしろ、優しかった。
壊れかけた姉の心を、内側から支えてくれていた。
その人に、ちゃんとお礼を言えなかった。
それが、少しだけ心残りだった。
「……起きたら、言いますね」
そう言って、フィムはそっと姉の手を握た。
その時。
「フィム……」
振り向く。
部屋の入口にセラが立っていた。
セラはベッドの横まで歩いてきて、アムを覗き込む。
「アム……まだ起きないんだ?」
フィムは微笑んだ。
「大丈夫です」
「姉は眠っているだけです」
セラはほっと息をつく。
「本当?」
「はい」
フィムは頷く。
「リーテさんが言っていました。力を使いすぎただけだと」
「休めば、ちゃんと戻ります」
セラはベッドを見つめ、小さく頷いた。
「よかった」
だが、その表情はすぐに曇る。
フィムは気付いた。
「……どうしました?」
セラは少し迷う。
それから言った。
「ニールさんの事ですか?」
セラは下を向く。
「ニールは悪い事なんかしてない」
上着の裾を握る。
「それなのに。
どうして捕まっているのかな……」
フィムはその様子を見て、少し目を閉じる。
「会いたいんですね」
そして少し微笑んでそう言った。
セラは一瞬固まる。
「ち、違う!」
「ただ……その……」
言葉が続かない。
顔が少し赤くなる。
フィムはふと思い出した。
小さい頃。
悲しい時。
姉はいつも、こうしてくれた。
フィムは手を伸ばす。
そして──
セラの頭を、そっと撫でた。
セラは驚く。
「え?」
フィムは優しく微笑んだ。
「大丈夫です。
ニールさんはきっとすぐ戻って来れますよ」
セラはしばらく黙っていた。
「……会いたい」
フィムは頷いた。
「そうですね」
セラの銀色の髪を撫でながらフィムが言う。
「セラを見ていると少し羨ましくなります」
「羨ましい?」
「わたしたちは聖都で生まれて、そこの暮らしがずっと当たり前だと思っていた」
無意識にフィムの指が髪をすく。
セラの艶やかな髪がさらりと流れた。
「昔の記憶は消され、オラクルの巫女としての調整をずっと受けてきました。
頼れる相手はお姉ちゃんだけ。でも、お姉ちゃんも私と同じ。
いいえ、わたしよりもっと大変でした」
セラはフィムの話を静かに聞いている。
「頼れる大人が誰も居なかった。
むしろ、頼るという行為を知らなかった」
「砂漠の真ん中で、トールさんとアイさんに、生まれて初めて助けてもらいました。
それからここに来て気付かされました。
頼れる人がいる事が、どんなに幸せな事なのか」
フィムは優しく語りかけるように続ける。
セラと同じくらいの年齢の筈なのに、その姿はとても大人びていた。
「セラの周りには、助けてくれる大人たちがたくさん居ます」
「……ごめん」
セラがしょんぼりとする。
「責めている訳じゃ無いです。羨ましいと思っただけ。
頼れる人がいる事はそれだけ凄いことなんです」
そうしてフィムは笑ってこう言った。
「だから、頼りましょう。
トールさんもアイさんも、きっと力になってくれますよ」
顔は笑顔。
だが、その内面に何か強い意志を感じる。
セラはハッとする。
「……そうだね。
みんな助けてくれるよね」
「そうです。
セラには大切な人がいっぱい居る」
そう答えたフィム。
セラは撫でてていたフィムの手を掴み、握った。
「ありがとう。
フィムたちも大切な友達だよ!」
フィムの目が見開かれた。
手を離し、扉の前へと急ぐセラ。
「教授にお願いする!」
そう言って部屋を飛び出していった。
ドアが閉まる。
部屋に静けさが戻る。
フィムは小さく笑った。
「……友達」
そして再び、眠る姉を見る。
胸の奥の温もりはまだ消えていない。
「お姉ちゃん」
小さく呟く。
「早く起きてください」
「お友達が待っていますよ」
※※※
降下38日目(防衛戦終了翌日) 0948時
空母スキピオ 第13格納庫。
通常の格納庫とは明らかに異なる区画だった。
回収した異星人のオブジェクトを保管するための場所。
格納庫と言われてはいるが、実際は巨大な保管容器である。
厚い装甲隔壁。
独立した電力系統。
壁面にはナノマシン検知器と生体センサーが並び、低く唸る機械音が絶えず響いている。
中央。
そこに設置されているのは、巨大な立方体の構造物だった。
エネルギー転換装甲によって構成されたケージ。
装甲の継ぎ目を青白いエネルギーラインが走り、内部の反応を絶えず監視している。
その周囲には重武装の海兵隊員。
さらに天井には複数の自動タレット。
レーザー照準が、常にケージ内部を追っていた。
その中心に座っているのは──
ニール・トンプソン。
彼は簡素な椅子に腰掛け、自分の手を見つめていた。
拘束具は無い。
だが、必要も無い。
この数の火器に囲まれていれば、誰も逃げられない。
彼はゆっくり拳を握る。
皮膚の下。
ほんのわずかに、何かが動いている気がする。
あの戦場で起きた変化。
黒い装甲。
異形の力。
何が起きたのか、まだ誰にも分からない。
ただ一つだけ確かなのは──
自分は今、
未知の兵器として扱われている。
足音が近づいた。
重い軍靴の音。
ヴィクター・ロメロ大佐だった。
ケージの外で立ち止まり、ニールを見つめる。
「気分はどうだ」
ニールは小さく肩をすくめた。
「檻の中ってのは、あまり慣れませんね」
ロメロは静かに頷いた。
「……そうだな」
少し間を置く。
「理解しているとは思うが、これは処分ではない」
「敵ナノマシンによる汚染の可能性がある。そのための処置だ」
「船団の安全を守る立場として、確認が終わるまで隔離する」
ニールは静かに頷いた。
「理解しています」
その声に皮肉は無い。
ただ、事実を受け入れているだけだった。
少し沈黙が落ちる。
ニールは顔を上げた。
「大佐」
ロメロを見る。
「もし俺が……正気を失うようなことがあれば」
言葉を選ぶ。
「その時はお願いします」
処理してください。
それと同じ意味だった。
ロメロはすぐには答えなかった。
数秒。
それから短く言う。
「……滅多な事を言うな」
静かな声だった。
その時だった。
格納エリア入口の方で声が上がる。
「待ってください! ここは立入──」
「ボクは調査隊主任だ」
聞き覚えのある声。
警備兵を押しのけるようにして現れたのは、
アイ・トクタカ教授だった。
白衣のまま歩いてくる。
ロメロが眉をひそめた。
「教授、ここは軍の管理区域です」
教授はケージを見上げ、ニールを一瞥する。
それからロメロへ向き直った。
「その兵士を解放してくれ」
あまりにもあっさりした口調だった。
ロメロの声が低くなる。
「それはできない」
「対象は未知のナノマシン反応を示している」
教授は即座に返す。
「だからだ」
「彼はボクの研究対象だ」
ロメロは腕を組んだ。
「却下だ。
ここは軍だ、研究室じゃない」
教授は小さくため息をついた。
「調査隊の主任として命じる」
「その兵士を調査対象として引き取る」
ロメロの眉がわずかに動く。
その口元はかすかに笑っていた。
「……横暴ですな」
「合理的だ」
教授は平然としていた。
沈黙。
ロメロはゆっくりケージを見た。
そして警備兵へ命じる。
「ケージ解除」
電子音が鳴る。
エネルギーラインが消えていく。
タレットの照準が一斉にニールへロックされた。
装甲が静かに開く。
ニールは立ち上がった。
警備兵達の指が引き金に掛かる。
だが彼は何もせず、ゆっくり外へ出た。
教授が腕を組む。
「来い」
ニールは少し驚いた顔をする。
「……どうしてこんな真似を?」
教授は少しだけ困ったような顔をした。
そして言う。
「セラが」
一瞬、言葉を探す。
「……ニールに会わせろとうるさいんだ」
その言い方は、どこか冗談めいていた。
ニールは一瞬呆然とする。
それから、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
セラ。
その名前を聞いた瞬間だった。
※※※
同日 2313時
空母スキピオ 居住区画
居住区の照明は夜間モードに落ちている。
廊下の灯りがドアの隙間から細く差し込み、床に細長い光の帯を作っていた。
室内は少し散らかっている。
ソファーの背もたれにはシャツが引っ掛かり、その上から白衣が半ば滑り落ちるように垂れている。
床には二人分の衣服が無造作に重なっていた。
部屋の奥。
セミダブルのベッド。
二人は並んで横になっている。
アイは枕に頭を預けたまま、天井を見上げている。
その表情は、どちらかと言えば研究室で実験結果を整理している時のそれに近かった。
「興味深いなあ」
ぽつりと呟く。
トールが横目で見る。
「何がだ?」
「今の反応だ」
アイは指先で空中に何かを書くような仕草をする。
「最初はドーパミン優位だった。
緊張と興奮の混合状態だ」
少し考えるように視線を動かす。
「途中からオキシトシンとエンドルフィンが増えた。
理論では知っていたが……」
小さく息を吐く。
「実際に体験すると、印象がかなり違う」
トールは無言で天井を見た。
嫌な予感がしている。
アイは続ける。
「今はプロラクチンとセロトニンが優位だ。
俗に言う賢者状態と言うやつかな」
数秒の沈黙。
トールが顔をしかめた。
「……賢者様は、ムードって言葉、ご存知かしら?」
アイは少しだけ首を傾げる。
「もちろん知っている」
「だが、この現象は非常に興味深い。
初めの時と比べて起伏が大きくなっている」
トールは枕に頭を沈めて溜息をついた。
「今このタイミングで、それを分析する女は初めて見た」
アイがこちらを向く。
「不満かい?」
トールは少し考えた。
そして首を振る。
「いや」
少し笑う。
「むしろ、お前らしい」
少し間を置いて付け足す。
「何でも一生懸命考えようとするお前が、アイらしいと言うか、“愛らしい”」
アイは一瞬だけ視線を逸らした。
わずかに頬が赤くなる。
だがすぐに表情を戻す。
「そうか」
短く言う。
それからふと思い出したように続けた。
「そうだ。ニールの件だが」
トールの表情が少し引き締まる。
「どうした」
「調査隊の研究対象という体裁で、こちらに連れてきた」
トールは眉を上げた。
「研究対象、ね」
アイは肩をすくめる。
「それ以外に彼を檻から出す理由が思いつかなかった」
少し間。
トールは天井を見つめながら言う。
「……一応聞くが」
「マジモンの研究対象じゃないんだろう?」
アイは即答した。
「当たり前だ。
セラがニールに会わせろと、うるさかったんだ」
トールは小さく笑う。
「知ってるさ。
セラにとっては、憧れのお兄さんみたいなもんだ」
部屋に静かな空気が戻る。
廊下の遠くで夜間巡回の足音が聞こえ、また遠ざかっていった。
アイが口を開く。
「調査任務は継続」
トールは目を閉じたまま答える。
「だろうな」
「だが、状況は変わった」
アイは続ける。
「今回の一件で、調査隊の重要度は大きく上昇した」
トールは苦笑した。
「要らない連中の寄せ集めだった俺たちがな」
少し笑う。
「お前と会ってから色々変わった」
アイが横を向く。
「嫌だったかい?」
トールは即座に首を振る。
「いや」
少しだけ間。
「そのおかげで、大切な人と出会えた」
アイは数秒黙った。
それから小さく息を吐く。
「君は……」
「ちょくちょく、恥ずかしくなることを簡単に言うよね」
トールは肩をすくめる。
「そうか?」
「そうだ」
だがアイの声は少し柔らかい。
それから少し言いづらそうに続けた。
「実は……」
「君にとっては、あまり好ましくない話が一つある」
トールが片目を開く。
「なんだ」
アイは少し視線を逸らす。
「上につく護衛部隊が変更された」
トールは黙って聞いている。
「ソード隊だ」
部屋が静まり返る。
トールは天井を見つめたまま、しばらく何も言わなかった。
そして小さく息を吐く。
「……まぁ、そうなるだろうなとは思ってた」
強がるように言う。
「だけど、やることは変わらない」
アイはゆっくり頷く。
「ボクも協力する。
辛かったら教えてくれ」
トールは少し笑う。
「ありがとうな」
沈黙。
しばらくして、トールが言った。
「……明日は休みだ」
アイがこちらを見る。
「何か予定でもあるのかい?」
トールは軽く伸びをした。
「何も無い。
二人で、一日中ダラダラするのも悪くない」
アイも小さく頷く。
「そうだね」
少し間。
トールが言う。
「明日の昼飯はどうする?」
アイは迷わず答えた。
「ホイコーロー」
トールが笑う。
「あれか?」
「この前君が作ったやつだ。
クオリティが高くて驚いたよ」
トールは枕に頭を沈めた。
「学生の頃、モシリの娘娘でバイトしてたんだ。
その時に覚えた」
アイは少し感心したように言う。
「前から思っていたけど、君って多芸だよね」
「凝り性なだけだ」
部屋の灯りは静かに揺れている。
二人はまたベッドに沈み込んだ。
夜はまだ長い。
二人の時間も、まだ終わりそうになかった。
※※※
降下39日目(防衛戦終了より2日) 1053時
アヴァロン 居住ブロック 山手エリア
居住区の中でもこの辺りは静かな場所だった。
艦内都市の中央区画から少し離れ、緩やかな斜面に沿って施設が並んでいる。
病院や保養施設、長期療養者のための住居。
その一角に、小さな養護施設があった。
建物の前の駐車場に、一台の黒いピックアップトラックが入ってくる。
低く唸っていた水素エンジンが止まり、静けさが戻る。
ドアが開いた。
降りてきたのはペイジ・ギブソンだった。
今日は軍服ではない。
濃いグレーのシャツに革のジャケット。
ラフな格好だが、立ち姿はいつも通りだ。
トラックのドアを閉める。
そのまま荷台へ回ると、手を伸ばして紙袋を一つ取り出した。
果物と、焼き菓子。
それから、小さな花束。
どれも特別なものではない。
だが慣れた手つきだった。
ペイジは施設の建物を見上げる。
古い造りの外観。
白い壁に大きな窓。
外壁には小さな花壇が作られている。
艦内に作られた施設とは思えないほど、どこか地上の建物に近い雰囲気だった。
しばらくそのまま立ってから、歩き出す。
自動ドアが静かに開く。
中は柔らかな照明に包まれていた。
受付カウンターの奥で、職員が顔を上げる。
「あら、ギブソンさん」
ペイジは軽く手を上げた。
「どうも」
「今日も面会ですか?」
「ええ」
短い返事。
職員は端末を軽く確認してから頷いた。
「今日は調子がいいですよ」
ペイジは少しだけ眉を上げた。
「そうですか」
それ以上は聞かない。
職員もそれ以上説明はしなかった。
慣れたやり取りだった。
ペイジは紙袋を持ったまま廊下へ向かう。
廊下は静かだった。
壁際には観葉植物が置かれ、柔らかな間接照明が床を照らしている。
遠くで看護師の話し声が聞こえる。
車椅子に座った老人がゆっくりと通り過ぎた。
その横をペイジは静かに歩いていく。
やがて一つの部屋の前で足を止めた。
ドアの横には小さなネームプレート。
ペイジはそれを一瞬だけ見た。
それから、ノックもせずにドアノブへ手を伸ばす。
軽く押す。
ドアが静かに開いた。
部屋の中から、柔らかな光が漏れてくる。
そして──
ペイジの動きがわずかに止まった。
そこに、先客がいたからだ。
養護施設の個室。
窓から柔らかな光が差し込んでいる。
白いカーテンがゆっくり揺れ、外の居住ブロックの街並みがぼんやりと見えていた。
部屋の中央にはベッド。
そこに小柄な老婦人が座っている。
白い髪。
細い肩。
だが表情は穏やかだった。
そしてベッドの横。
椅子に一人の男が座っている。
ウェーブがかった金髪、鋭く青い瞳。
背筋の伸びた姿勢からは隠しきれない軍人の雰囲気が現れている。
ダニエル・クロウフォード。
ペイジがドアを開けた瞬間、その男がゆっくり振り向いた。
視線が合う。
ほんのわずかな沈黙。
互いに、驚きを噛み殺したような表情を浮かべる。
クロウフォードが先に口を開いた。
「久しぶりだな」
落ち着いた声。
ペイジは部屋に入りながら、紙袋を小さなテーブルに置いた。
果物と菓子、そして花。
それを並べながら言う。
「……ここに来るとは思わなかった」
クロウフォードは肩をすくめた。
「私もだ」
ベッドの上の老人が、二人を見ていた。
ぼんやりとした視線。
それでも、ゆっくりと微笑む。
「あら……」
かすれた声。
「ダニー?」
クロウフォードの表情が少しだけ変わった。
老人は嬉しそうに続ける。
「来てくれたのね」
クロウフォードは静かに頷いた。
「ええ」
その様子を見て、老人はさらに笑顔を深める。
そして、ペイジの方を見る。
少し首を傾げる。
「……ペイジ?」
ペイジは軽く手を上げた。
「どうも」
老人は嬉しそうに頷く。
「よかった」
「二人とも来てくれたのね」
少し間。
それから、ふと思い出したように言う。
「ケンカはだめよ」
柔らかい声だった。
「兄弟なんだから」
部屋の空気が少しだけ止まる。
クロウフォードは何も言わない。
ペイジは小さく笑った。
「……聞いたか?」
クロウフォードは視線を逸らす。
老人は続ける。
「仲直りした?」
ペイジは肩をすくめた。
「……してないな」
クロウフォードは黙っている。
老人はその沈黙の意味を理解していない。
むしろ、どこか楽しそうだった。
「小さい頃もよくケンカしてたわね」
懐かしそうに言う。
「でも、すぐ仲直りして」
「いつも一緒にご飯を食べて」
視線が遠くを見る。
「いい子たちだったのよ」
クロウフォードは何も言えなかった。
ペイジはベッドの横に立ち、花瓶に花を差す。
その動作は慣れている。
老人は嬉しそうにそれを見る。
「ありがとう」
ペイジは軽く頷く。
「どういたしまして」
老人はふとクロウフォードを見た。
「ダニー」
「あなた、背が高くなったわね」
クロウフォードは少し困ったように笑う。
「昔の話ですよ」
老人は首を振る。
「違うわ」
「二人とも、いい子なのよ」
その言葉で、部屋の空気が少し変わった。
クロウフォードは静かに立ち上がる。
そしてペイジの方を見る。
「……少し話がある」
ペイジはすぐに理解した。
「そうだろうな」
クロウフォードはドアへ向かう。
ペイジも続く。
二人が部屋を出ようとすると、老人が手を振った。
「また来てね」
嬉しそうな笑顔。
クロウフォードは一瞬立ち止まり、軽く頷いた。
ペイジも小さく手を上げる。
ドアが閉まる。
廊下の静かな空気の中で、二人は並んで立っていた。