マクロス・ディソナンス   作:藻瑠江 嵐

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第2話

 対処方法として最適な手段を選択した筈でしたが、失敗しました。

 

 私が記憶する限り、この手段ならばほぼ確実に処理できると思っていたのですが……

 

 彼方も長い時間を経て学習したのか、あるいは幾つもの不確定要素が重なった結果なのか。

 流石にそこまでは私も知る術はありません。

 

 ただ、作戦とは常にこちら側が有利な状況を作るために幾重にも策を巡らせていく物だと言うことは私も知っています。

 それを教えてくれた人達が居なくなってどれくらい経ったか記憶も曖昧ですが、少なくともその基本的な行動方法はいつの時代になっても変わらないという事は自信を持って言えるでしょう。

 

 とは言うものの、私がとれる手段にも限界がありますし、その限界は以前に比べて近いのも事実です。

 

 それでもなんとか目標を達成せねばなりません。

 

 それが私に課せられた使命であり、私達の未来であるのだから……

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

AD2051年2月15日 2036時(地球圏標準時:統合軍カレンダー)

改メガロード級大型移民船団 《EMG-101 アヴァロン》 艦橋

 

 

 眼下に映る惑星は、かつて人類が故郷と呼んだ星よりも、なお無残な姿を晒していた。

 惑星表面は徹底的に破壊され、灰塵に覆い尽くされている。


 一目見ただけで、生き物が生存できる環境ではないことが理解できるほどに荒廃していた。

 

「……あれって、道路の跡か?」


「多分そうだろうな。その先を見てみろ。クレーターになってる……きっと街があったんだ」


「ひどいな……徹底的にやられたみたいだ」


「海が……枯れてる。どれだけのエネルギーを使えば、こんな……」

 

 艦橋に居合わせた若いクルー達が、抑えきれないざわめきを漏らす。


 星間大戦終結後に生を受けた彼らにとって、惑星規模の破壊は、親類から聞く昔話や歴史の教科書、あるいは虚構のメディアの中でしか知らない出来事だった。

 

 今、この艦橋にいる人間の中で、当時の光景をこの目で見ていた者は一名を除いて誰もいない。

 

 レオナード・H・グラント。
 アヴァロン艦長、その人である。

 

「……断層の次は、死んだ星か」

 

 低く吐き出された言葉に、隣に立つミルズ大佐が静かに応じる。

 

「ええ、偶然とは考えにくいでしょう」

 

 彼女は、艦長の言わんとするところを正確に理解していた。

 

 確率的には極めて低いはずのフォールド断層が《突然現れた》


 そして、天文学的な確率の幸運と不運に見舞われた惑星の近傍へ《迷い込んだ》

 

 あまりにも出来すぎた偶然だった。

 

「意図は不明ではありますが……」

 

「いずれにせよ、用心するに越したことはないな」

 

 グラント艦長はそう呟くと、浮き足立ち始めた艦橋の空気を切り裂くように声を張り上げた。

 

 

「全艦、防護体制チャーリーへ移行! 


 惑星周辺宙域の警戒を強化、フォールド反応に注意! 


 バリアシステム、チェック急げ!」

 

 その言葉を合図に止まっていた群衆が一斉に動き始めた。

 

「戦術ネットワークシステム、Cモードに変更。

 全艦、 警戒レベルをCに移行。繰り返す……」

 

 艦長の指示を皮切りに、艦橋の空気が一変する。

 

「フォールドエンジン、エネルギー再充填。

 主系統ではない、キャパシタラインを最優先に」

「VF、ゴースト両部隊は発進準備体制のまま待機」

「海兵隊に非常呼集──警備任務ではない、即応配置だ」

「艦艇防御システム、AからFまでアクティブ。最大モード」

「ニコラ・テスラ、補給整備システム、有事モード接続完了」

 

 次々と飛び交う命令に、艦橋は途端に騒がしくなった。

 

 その様子を横目で見渡しながら、ミルズ大佐が静かに口を開く。

 

「……よろしいのですか?」

 

「何がだ?」

 

「失礼を承知で言いますと……

 艦長をお呼びした時、私は少し、別の状況を想定していました」

 

 グラント艦長は、視線を正面のモニターから外さない。

 

「執務室に籠もっているとか。

 あるいは……出てこられないのではないか、と」

 

 一瞬の沈黙。

 

 やがて艦長は、わずかに口元を緩めた。

 

「安心したまえ。

 自分で幕を引くほどの度胸は、私にはない」

 

「……では」

 

 ミルズ大佐は、そこで初めて艦長の方を向いた。

 

「無責任に逃げ出すつもりも、ないということですね」

 

「それは違うな」

 

 艦長は小さく首を振る。

 

「責任感の強い人間なら、そもそもラクテンスの甘言に、あんな簡単に乗ったりはしない」

 

 自嘲気味に、言葉を続ける。

 

「私はただの臆病者だ。

 終わらせる勇気も、投げ出す勇気もなかった。

 それだけの事だ」

 

 ミルズ大佐は何も言わず、再び艦橋を見渡した。

 

 忙しなく動くクルー達の背中を。

 そして、その中央に立つ艦長の姿を。

 

 

 ※※※

 

 

 同時刻

 ハルジオン級多目的フリゲート3番艦《FFG-73 カレンデュラ》

 

 

 惑星を前にして、カレンデュラは静止していた。

 

 姿勢制御用スラスターは最小出力で稼働し、主機は待機状態を保っている。
 推力、速度、軌道。

 いずれも安定域にあり、数値上の異常は存在しなかった。

 観測、記録、照合。
 カレンデュラという一隻の艦が、集団としてそれを続けていた。

 

 ——その時だった。

 

 ごく僅かな違和感が、艦全体をかすめた。

 

 数値の変化でも、警報が鳴るほどの揺れでもない。

 ただ、慣性の感覚が、ガクンと、ほんの一瞬だけ噛み合わなくなる。

 

 姿勢制御が、自動補正を一段階上げる。
 それに伴い、補助スラスターが短く噴射された。

 艦は、それを「誤差」として処理した。

 

 だが、同じ補正が、もう一度入る。
 今度は、わずかに長く。

 

 艦内の空気が、僅かに張り詰めた。

 カレンデュラは再計算を行う。
 推力、質量、距離、重力影響──すべてが理論値の範囲内にある。

 

 それでも、進路がずれる。

 主機が低い唸りを上げ、出力が引き上げられる。


 艦は踏みとどまろうとする。

 

 その瞬間、艦全体が理解した。

 

 これは航法誤差ではない。


 自然現象でもない。

 惑星の方向へ、明確な“力”が発生している。

 

 引力だ。


 

 しかも、一定ではない。

 強さを持ち、方向を持ち、そして

 

 ──意図を感じさせる挙動だった。

 

 艦内の各システムが、同時に同じ結論に辿り着く。

 姿勢制御が追いつかない。
 推力補正が間に合わない。


 このままでは、軌道を維持できない。

 

 それでも、カレンデュラは即座に動いた。

 主機出力をさらに引き上げ、艦首をわずかに惑星から背け、抵抗する。

 

 だが、引き寄せる力は止まらない。

 

 むしろ、応えるように強まっていく。

 

 カレンデュラは、艦の非常事態として即座にアヴァロンに報告した。

 

 だが、その非常事態をアヴァロンが受け取ることは無かった。

 正確には、受け取ることが出来なかった。

 

 

 ──船団全てが同じであったのだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 時同じくして。

 

 アヴァロン艦橋は、空気が張り付くように重くなった。

 全艦は即応態勢を維持し、表示される数値に異常はない。


 だが、その「異常のなさ」こそが、艦橋の誰もを落ち着かせなかった。

 

「フォールド反応、無し」

「惑星地表、スキャン結果異常無し」

 

 沈黙が続く。

 

「……何も来ないな」

 

 誰かがそう漏らした、その直後だった。

 

 

「惑星地表より、高エネルギー反応を検知!」

 

 

 主モニターが閃光に染まる。

 

「ビームです!」

 

 光条が空間を切り裂き、艦隊へ向かってくる。

 

「バリア、全面展開!」

 

 衝撃。


 艦体が大きく揺れ、床下で重力制御が悲鳴を上げる。

 

「防御成功!」

 

 安堵が広がる間もなく。

 

「続きます!」

 

 二撃目、三撃目。


 間断なく放たれる砲撃が、システムに負荷を与えていく。

 

「バリアシステム負荷率上昇!」


「このままでは、耐え切れません!」

 

 同時に、艦全体が引き寄せられる感覚が強まった。


 姿勢制御が追いつかず、主機出力がさらに引き上げられる。

 

「最大出力でも、踏みとどまれません!」

 

 次々と上がる報告はどれも最悪の状況を告げるものであった。

 

 

 だが、グラント艦長は、すでに別の点を見ていた。

 

 

「……見えないな」

 

 誰にともなく呟く。

 

「これだけの出力だ。


 本来なら、発射源の一つや二つ、掴めていていい。


 だが──何も出てこない」

 

「見えないというより……」


 

 ミルズ大佐が低く続ける。


 

「こちらのセンサーに《見せない》ようにしているようですね」

 

 艦長は、短く息を吐いた。

 

「通りがかった獲物を捕まえ、動きを封じてトドメを刺す」

 

 一瞬の沈黙。

 

「まるで狩だな」

 

 短く呟いた艦長の言葉に、若いクルー達の表情が強張る。

 

 絶望的な状況。

 その中で艦長はどのような決断をするのか。

 

 クルー達が固唾を飲んで次の言葉を待った。

 

 

「……降下する」

 

 

 艦長の声は低く、しかしはっきりしていた。

 

「正気ですか!?」

 

 操舵手の声が、反射的に跳ねる。

 

「正気だと、全滅する」

 

 即答だった。

 

「軌道上は完全に相手の間合いだ。

 ここに留まれば撃たれ続け、削り殺されるだけだ」

 

 艦橋に走る動揺。


 若いクルー達は言葉を失い、視線が揺れる。

 その中で、ミルズ大佐と数名のベテランが、艦長の意図に辿り着く。

 

「……相手の間合いよりも更に近づくと」


 

「そうだ」

 

 艦長は頷いた。

 

「フォールドの中も、引き摺り込んでいるこれも、惑星の重力を利用しているなら納得がいく」

 

 艦長は言葉を続ける。

 

「今懐に入り込めば、相手の手札を封じる事が可能だ。ともすれば、ゲームの流れを変える事も可能であろう」

 

「相手が、懐にもっと強いカードを忍ばせていたとしたら?」

 

「その時は仕方あるまい、負けるまでの時間が些か延びるだけだ」

 

 短い沈黙。

 

 

「操舵」


 

 ミルズ大佐が静かに言う。


 

「私は艦長の判断を支持します」

 

 その一言で、艦橋の空気が切り替わった。

 

「こ……降下シーケンスに移行! 
 主機出力、段階制御! 
 姿勢安定を最優先!」

 

 命令が連鎖し、アヴァロンはゆっくりと艦首を惑星へ向けていった。

 

「全艦降下開始!」

 

 グラント艦長の命令に、艦橋が一斉に動いた。

 

 巡洋艦とフリゲートの各艦が進路を調整し、アヴァロン、ニコラ・テスラ、そして二隻の空母を包み込むように前面へ展開する。

 

「護衛艦隊、シールドライン形成」

「艦首、降下角固定」

 

 編隊が、ひとつの意志を持った壁のように再構成されていく。

 

 その最中──

 先ほどまで虚空を満たしていた光条が、徐々に数を減らしていった。

 

「……砲撃が減ってきた」

 

 誰かがそう呟いた。

 

 艦橋の誰もが、それ以上言葉にしなかった。

 それが“成功”を意味しないことを、理解していたからだ。

 

 次の瞬間だった。

 

「ビーム! 

 直撃コース!」

 

 警告が重なり、主モニターが赤く染まる。

 

 回避は間に合わない。

 迎撃も不可能。

 

 艦橋に、息を呑む音が走った。

 

 その光条を、前面に展開していた一隻が遮った。

 

 

「──カレンデュラ!」

 

 

 ビームは、アヴァロンの艦橋を貫くはずだった軌道を外れ、3番艦《カレンデュラ》の艦体を直撃した。

 

「カレンデュラ被弾!」

「サブスラスターが損傷を受けています!」

 

 爆発。

 推力の不均衡が一瞬で艦体を捻じ曲げる。

 

「カレンデュラ制御不能!」

 

 進路を外れ、降下軌道から弾き飛ばされるように流されていく。

 

 そして──

 

「ダリア、回避せよ! ダリア!」

 

 制御を失ったカレンデュラの艦体が、

 至近に位置していた4番艦《ダリア》の進路を掠めた。

 

 衝撃。

 

 

 二隻は絡み合うように、艦隊の隊列から引き剥がされていった。

 

「カレンデュラ、応答なし!」

「ダリアも、制御を失っています!」

 

 艦橋がざわめく。

 

 守られた。

 その代わりに、二隻が消えた。

 

 その事実を、誰も言葉にできなかった。

 

 虚空に満ちていた砲撃は、嘘のように止んでいた。

 

 アヴァロンは、なおも降下を続けていた。

 

 雲層が迫り、白い霧が視界を覆う。

 

 やがて──

 

 それが晴れた。

 

 

 現れた地表は、死んだ惑星のそれではなかった。

 

 ──黒

 

 無数の黒い影が、地表を塗りつぶしている。

 

 蠢き、うねり、

 まるで惑星そのものが生きているかのように。

 

「……あれは……」

 

 誰も答えなかった。

 誰も、正体を言い当てられなかった。

 

 だが、全員が同じことを理解していた。

 

 ——降りた先に、何もないわけがない。

 

 雲間から差し込む光が、アヴァロンを照らした。

 黒く塗り潰された大地の上に、その影が落ちることはなかった。

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