降下39日目 1128時
アヴァロン 居住ブロック 山手エリア
養護施設を出ると、午前の光が柔らかく広がっていた。
建物の前の小道を少し下ると、小さな公園がある。
居住ブロックの住民が散歩に使う程度の場所だが、中央には大きな樹が一本立っていた。
艦内都市の人工空調の風に、葉が静かに揺れている。
二人はその木の下まで歩いた。
ベンチの横で足を止める。
しばらく誰も口を開かなかった。
遠くで子供の笑い声が聞こえる。
遊具の軋む音。
穏やかな、どこにでもある午前の公園の風景だった。
ペイジが言う。
「……ばあさん、まだ俺たちが仲のいい兄弟だと思っていやがる」
クロウフォードは何も答えない。
ペイジは肩をすくめる。
「昔の事しか覚えちゃ居ねぇんだ」
視線を樹の幹へ向けたまま続ける。
「あの人が居なくなったら」
少しだけ声が低くなる。
「俺たちが顔を合わせる理由はもう無い」
クロウフォードは短く答えた。
「当然だな。
私は既にクロウフォード家の人間だ」
その言葉には何の感情も乗っていなかった。
また沈黙が落ちる。
ペイジはポケットから煙草を取り出した。
指先で一本抜き、口にくわえる。
ライターを取り出し、火をつけた。
その瞬間。
クロウフォードがわずかに眉を寄せた。
「よくそんな物が吸えるな」
ペイジがちらりと見る。
「悪かったな」
クロウフォードは視線を外したまま言う。
「その煙は、無礼な非社会性そのものだ」
ペイジは一瞬だけ黙った。
それから小さく笑う。
「文学趣味は相変わらずか」
口にくわえていた煙草を外す。
仕方なく携帯灰皿を取り出し、つけたばかりの火をもみ消す。
ペイジは視線を戻す。
「……ソード隊を付けるのは、あんたの意向か?」
クロウフォードは表情を変えない。
「耳が早いな」
ペイジは肩をすくめた。
「そりゃな」
視線を真っ直ぐ向ける。
「嫌でも聞こえてくる」
クロウフォードは沈黙したまま聞いている。
ペイジが続ける。
「理由は分かる」
視線が細くなる。
「あの教授だろ。
フォルミスの技術、技研が掴んだもの。
それが欲しい」
わずかに首を傾ける。
「違うか?」
クロウフォードはあっさり言った。
「その通りだ」
ペイジの眉がわずかに動く。
クロウフォードは淡々と続ける。
「価値のあるものを確保する。
当然の判断だ」
ペイジは短く笑った。
「お前らしいな」
少し間。
「昔からそうだ」
視線を落とす。
「上に行くためなら何でも使う」
指を折るように言う。
「家族を捨て」
「軍に入り」
「お偉方に婿入り」
「そいつに取り入って出世街道まっしぐら」
ゆっくり顔を上げる。
「今じゃ船団の航空団長様だ」
小さく息を吐く。
「バルキリー乗りだった癖に、部下の命はただの数字。
使える人間は目ざとく囲い、あんたの手駒」
クロウフォードは否定しなかった。
ただ静かに立っている。
沈黙が流れる。
やがてクロウフォードが言った。
「言いたいことはそれだけか」
ペイジは肩をすくめた。
「ノート一冊じゃ足りないぜ」
クロウフォードの声はわずかに冷えた。
「立場を弁えろ」
ペイジは何も言わない。
クロウフォードは続ける。
「私は航空団長」
「貴様は中尉だ」
少し間。
「思想が違っても、命令には従う」
視線をまっすぐ向ける。
「それが軍人と言うものだ」
ペイジは黙って聞いていた。
クロウフォードが最後に言う。
「飛び続けたいなら、大人しくしていたまえ」
それだけ言うと、クロウフォードは歩き出した。
数歩進む。
そこで足を止めた。
振り返らないまま言う。
「ラクテンスの思想など」
少し間。
「私には、もうどうでもいい。
嗅ぎ回るのなら、他を当たれ」
それだけ言い残し、歩き去った。
公園に静けさが戻る。
ペイジだけが残った。
ポケットから新しい煙草を取り出す。
しばらく見つめる。
それからライターを鳴らした。
小さな火。
煙草に火がつく。
煙を吐く。
ペイジは空を見上げた。
「……文学野郎が」
小さく呟く。
煙がゆっくりと空調の風に流れていった。
※※※
同日 2048時
アヴァロン 第2商業区 アミューズメントエリア
過去の改修で増設された外縁側の区画。
貨物エリアを転用して作られたドライブインシアターの駐車場は、珍しく車で埋まっていた。
普段なら空きスペースが目立つ場所だ。
だがフォルミス降下以降、銀河ネットワークは断続的に遮断されている。
外部配信もストリーミングも止まり、娯楽に飢えた船団市民がこういう場所へ流れてきていた。
巨大スクリーンには古い映画が映し出されている。
『愛・おぼえていますか』
星間対戦終結二十周年を記念して、2031年に公開された映画。
二十年前の作品だ。
ピックアップトラックのフロントガラス越しに、映像が淡く反射していた。
画面の中では、一条輝がリン・ミンメイに歌詞が書かれた紙を差し出している。
クライマックスの直前。
ミンメイが歌うことを決める場面だった。
車内。
運転席にペイジ。
助手席にはアリスが座っている。
アリスはスクリーンを見ながら言った。
「満席ね」
ペイジは肩をすくめる。
「ネットが止まるとこうなる」
アリスは笑う。
「二十年前の映画でここまで集まるなんて」
ペイジはスクリーンを見上げた。
「有名だからな」
少し間を置く。
「俺はあんまり好きじゃないが」
アリスが横目で見る。
「どうして?」
ペイジは軽く鼻で笑った。
「ありきたりな男と女達の話に、プロパガンダをぶち込んだ映画だ」
アリスは小さく笑う。
「ロマンがないわね」
「アレに憧れて死んだ連中をごまんと見て来たからな」
「そうね……」
少し沈黙が落ちる。
映画の音声だけが車内に流れていた。
やがてペイジが口を開く。
「クロウフォードに筒抜けだった」
アリスの視線がゆっくりペイジへ向く。
「何が?」
「俺が嗅ぎ回ってることだ」
ペイジはスクリーンから目を離さない。
「演者気取りの道化だと思ってたが」
少し間。
「案外隙がない」
アリスは窓の外の光を見つめながら言った。
「肉親への嘘は、バレやすいものよ」
ペイジは小さく笑う。
「肉親ね」
視線を外す。
「アイツとは種馬が一緒なだけだ」
アリスは何も言わない。
ただ静かに映画の光を見ていた。
やがてアリスが口を開く。
「ラクテンスの話?」
ペイジは頷く。
「動きは?」
アリスは少し考えた。
「行政文章を調べていたら面白いものを見つけたわ」
小さく息を吐く。
「トゥリシュナー・ケミカル」
ペイジの眉がわずかに動く。
「製薬会社か」
「表向きはね」
アリスは言った。
「ダミー企業よ。
後ろにいるのは、クリティカルパス・コーポレーション」
ペイジはゆっくり視線を向ける。
「CPC……奴らのシンパだ」
アリスが頷く。
「マンフレートはもう居ない。
でも、会社は動いてる」
ペイジはしばらく黙っていた。
アリスは続ける。
「それともう一つ」
少し声を落とす。
「トゥリシュナーは」
「異星技術研究所のスポンサー企業」
車内の空気がわずかに変わった。
ペイジはスクリーンを見つめたまま言う。
「教授達のトップは真っ黒か」
「そう思った方が良いわ」
アリスは淡々と言った。
「軍の方に目立った動きは無いのよね」
ペイジは頷く。
「今の所はだ」
「目の前の問題で手一杯だ」
スクリーンではミンメイが歌い始めていた。
ペイジは静かに言う。
「アイツは」
「ラクテンスなんてどうでもいいと言っていた」
アリスは少し目を細める。
「それ、本気だと思う?」
ペイジは少し考えた。
「死にかけの組織に尻尾を振る意味は無いからな」
「だが」
視線を落とす。
「個人は別だ」
アリスはペイジの横顔を見ていた。
その表情は少しだけ痛々しく見える。
私情と任務の境界が曖昧な男。
ペイジが言う。
「頼みがある」
アリスの眉がわずかに上がる。
「珍しいわね」
ペイジはスクリーンを見ながら言った。
「もしもの時」
少し間。
「教授達の退路を確保しておいてくれ」
アリスは目を丸くした。
「……それが頼み?」
ペイジは頷く。
「主義者や亡者共がこのまま放っておくとは思えない」
「ハセヤマには両親がいる」
「ハンナも同じだ」
「トニーには妻子がいる」
低い声。
「クソみたいな連中は、やることもクソだ」
アリスは黙って聞いていた。
ペイジは続ける。
「……どうやら俺は」
小さく笑う。
「バカ真面目な隊長さんに、絆されちまったらしい」
アリスは静かに言う。
「あなたらしく無いわ」
ペイジは肩をすくめる。
「だろうな」
そして小さく言った。
「仲間の大事な奴らを消すなんざ、俺には無理そうだ」
アリスは少し視線を落とした。
それから静かに頷く。
「考えておく」
映画の歌が流れている。
しばらく二人は黙ってスクリーンを見ていた。
やがてアリスが言う。
「ねえ」
ペイジは目を動かさない。
「覚えてる?」
「何を」
アリスは少し笑った。
「私たちが初めて会った日」
ペイジは小さく息を吐く。
「同じ部隊だった。
お前は生意気な後輩。
俺は世話役」
アリスは頷く。
「同じ空を飛んでた」
少し間。
「若かったわね」
ペイジは苦笑した。
「軍人のくせに、しがらみが嫌いな奴同士。
仕事が終われば、いつものモーテル」
アリスも笑う。
「ストレス発散のようにね。
束縛されない関係が、ちょうどいいと思ってたわ」
車内に静かな空気が流れる。
スクリーンではミンメイの歌が続いている。
ペイジは言った。
「今もそうなんだろ」
アリスは窓の外を見た。
「そうね」
少しだけ声が柔らかい。
「でも」
小さく笑う。
「それが少し悲しいわ……」
ペイジは何も答えなかった。
スクリーンの光だけが、二人の顔を照らしていた。
※※※
降下40日目 0912時
空母ハンニバル 第1格納庫
空母ハンニバルの第1格納庫は、他の格納庫とは空気そのものが違っていた。
航空団の中でも、最も資金が注ぎ込まれている場所。
床は磨き上げられ、整備設備は最新型。
壁面のモニターには機体ごとの診断データが並び、専属メカニック達が無駄のない動きで整備作業を進めている。
その様相は、航空隊というより、レーシングチーム。
精鋭だけが存在を許される場所だった。
格納庫中央。
そこに並ぶ三機の可変戦闘機。
白銀の機体が照明を受け、静かに光を返している。
VF-19Aエクスカリバー。
試作機の特徴が色濃く反映された諸刃の剣。
航空団のパイロット達は、畏敬の念を抱き、ペットネームに準えてこう呼んでいた。
聖剣。
その三振りの剣が、整然と並んでいる。
整備作業はちょうど終わったところだった。
メカニック達が最後のチェックを終え、機体から離れていく。
機体の横で、三人のパイロットが立っていた。
ジュール・エラール大尉。
コールサイン——ソード2
TACネーム——ノーブル。
腕を組み、白銀の機体を見上げながら言う。
「俺たちが左遷部隊の護衛とはな」
皮肉が滲む声だった。
隣に立つ男が静かに答える。
カール・ザウター大尉。
コールサイン——ソード3
TACネーム——マジェスティ。
威厳のある体格と落ち着いた声。
「その“左遷部隊”がフォルミス文明を見つけた」
ジュールは小さく笑った。
「運だ」
「戦力評価は変わらない」
カールは淡々と言う。
「戦果は肩書きでは決まらない」
ジュールは肩をすくめる。
「そうかもしれないな」
それから機体の主翼を軽く叩く。
「だが航空団の看板が、不要人材の護衛とは」
少し間。
「悪い冗談だ」
カールはモニターに視線を向けた。
「高貴なる者の務めだろうノーブル?」
「それに、異星人の技術だ。
重要性は高い」
ジュールは小さく息を吐いた。
「異星人のナノマシンか。
確かに軍は欲しがる」
それから軽く顎を上げる。
「まあいい。
何れにせよ、やるなら完璧にやる」
静かな声。
「俺が勝てば被害は減る」
それが彼の持論だった。
自分が勝つ。
それが一番確実な被害軽減。
傲慢にも聞こえるが、彼にはそれを裏付ける実力があった。
カールは格納庫を見渡した。
白銀の機体が三機。
整然と並ぶ。
少し間を置いて言う。
「しかし三機か」
ジュールが笑う。
「寂しい編成だな」
カールは短く答えた。
「四番機はずっと空席だ」
ジュールは鼻先で笑う。
「腕のある奴が居ない」
それが理由だった。
航空団には優秀なパイロットは多い。
だが──
ソード隊の水準に届く者はいない。
だから四番機は欠番。
ジュールは機体を見上げる。
「もう一振りの剣が並ぶ日は来るのか?」
その言葉に、背後から声がした。
「作業は終わったか」
二人が振り向く。
アーサー・クロウフォード少佐。
コールサイン——ソード1
TACネーム——ブレイブ
ソード隊隊長だった。
整備員が敬礼する。
アーサーは軽く頷くだけだった。
ジュールが笑う。
「隊長、聞きましたよ」
「調査隊の護衛」
アーサーは短く言う。
「そうだ」
カールが視線を向ける。
「技研絡みですか」
「可能性は高い」
ジュールが言う。
「航空団長の判断ですか」
アーサーは答えない。
ただ機体の列を見た。
白銀の三機。
整然と並ぶ聖剣。
本来なら──
もう一振り、そこに並ぶはずだった。
アーサーは一瞬だけ口を開きかけた。
だが何も言わなかった。
視線を機体から外す。
ジュールが言う。
「我々は、空飛ぶ広告塔ですからね」
皮肉ではない。
事実だった。
航空団最強の戦闘機部隊。
軍の象徴。
カールが静かに言う。
「調査隊が」
少し間。
「……何かを発見した場合は?」
アーサーは短く答えた。
「任務は護衛だ」
それ以上でも、それ以下でもない。
ジュールとカールは頷く。
軍人としての結論だった。
アーサーは最後に言う。
「明日から調査隊に付く」
三人は自分の機体を見上げた。
白銀の三振りの剣。
ソード隊。
航空団最強の戦闘機部隊。
その次の任務が、静かに始まろうとしていた。
※※※
降下40日目 1822時
ニコラ・テスラ 居住区画
居住区画の一角にあるサロンは、普段は簡単な打ち合わせや休憩に使われる程度の部屋だった。
今日はそこに、いくつもの皿が並んでいる。
大皿の唐揚げ。
こんがりと揚がった春巻き。
赤いソースに包まれたエビチリ。
香ばしい匂いを立てるホイコーロー。
丸い胡麻団子が皿に山のように積まれ、その横には大きなボウルが一つ置かれていた。
冷やした麺の上にレタスやきゅうり、トマトがたっぷり乗ったラーメンサラダ。
出来合いの軽食もいくつか混ざっているが、部屋に漂う匂いの主役は明らかに手作りの料理だった。
テーブルは三つ。
それぞれに皿が分散して並べられている。
その部屋の入口へ、四人の男が歩いてきた。
ペイジ。
ピーター。
クリス。
マーク。
ニコラ・テスラの居住区へ向かう廊下を歩きながら、クリスが言う。
「教授がパーティー企画するなんてな」
ピーターが笑う。
「珍しいな」
マークが静かに言った。
「教授は元々、そういうことを好むタイプではありませんからね」
クリスが肩をすくめる。
「隊長の入れ知恵じゃ無いっスか?」
三人が頷いた。
あの二人の組み合わせを思い出す。
トールと教授。
最初はどうにも噛み合わない凸凹の組み合わせだと思っていた二人。
だが最近は違う。
ピーターが言う。
「あの人は大分変わったな」
マークも同意する。
「ええ」
クリスが笑う。
「教授が凄いのか、隊長が凄いのか」
ペイジがぼそりと言った。
「両方だろ」
短い言葉だった。
だが三人は納得したように頷いた。
そのままサロンのドアを開ける。
中ではすでに準備が整っていた。
エプロンを付けたトールがテーブルの前に立っている。
フライパンを片手に料理を皿へ移しているところだった。
「遅いぞ」
トールが振り向かずに言う。
ペイジが腕時計を見る。
「まだ五分前だ」
そのやり取りを見ていた教授が、四人に向かって軽く頭を下げた。
いつもの白衣ではなく、エプロン姿だった。
「来てくれた事に感謝する」
その言葉は少しぎこちなかった。
だが、ちゃんとした感謝だった。
クリスがテーブルを見回す。
「これ全部?」
教授が答える。
「トールが作った」
それから少し誇らしそうに続ける。
「ボクがお願いしたんだ」
ちょうどその時、奥から二人が出てきた。
ハセヤマとハンナだった。
ハセヤマが言う。
「トールさん、慣れた手つきでしたよ」
ハンナも頷く。
「手際が完全に料理人でした」
クリスが笑う。
「あの人、多趣味っスね」
その瞬間。
トールが振り向いた。
「いいから手伝えお前ら」
四人は苦笑しながら皿を運び始めた。
やがて全員が席に着く。
上座に座っているのは三人の少女。
アム。
フィム。
プム。
アムとフィムは少し緊張している。
対照的に、プムは落ち着いていた。
ドルシはその隣ではなく、少し離れた席に座っている。
護衛としての立場を理由に、上座を辞退したのだ。
トールが言った。
「さて」
だがそこで止まる。
教授を見る。
教授も止まる。
二人とも気付いた。
「乾杯の音頭、どうする?」
「……失念していたよ」
アムがフィムに小声で聞く。
「乾杯とは何ですか?」
ハセヤマが答える。
「地球の文化で、みんなの無事とか成功を祈るおまじないみたいなものです」
アムとフィムが感心した顔をする。
プムが言った。
「地下都市には、そのような文化はありません」
ドルシが頷く。
「人が集まって食事をすること自体、制限されておりますからな」
フィムが周囲を見る。
そしてある人物へ視線を向けた。
セラだった。
目が合う。
「え? わたし?」
セラは驚いた。
フィムが言う。
「この出会いはセラから始まりました」
アムも頷く。
プムも同意する。
「フォルミスを代表するなら、セラが相応しい」
周囲の大人達も頷く。
セラはゆっくり立ち上がった。
緊張している。
ニールが小さく言う。
「頑張れ」
セラは深呼吸した。
そして口を開く。
言葉はたどたどしい。
だが、まっすぐだった。
アムが回復したこと。
みんなが無事だったこと。
ニールが帰ってきてくれたこと。
助けてくれた大人達への感謝。
そして最後に。
「明日からも、がんばろう!」
元気いっぱいにコップを掲げた。
「乾杯!」
「乾杯」
グラスの軽い音が重なる。
宴会が始まった。
最初は少し戸惑っていたアムとフィムも、すぐに料理に興味を持ち始めた。
アムが春巻きを手に取る。
少し首を傾げる。
「これは……」
フィムが笑う。
「こうやって食べるんだって」
半分に割る。
パリッと音がした。
アムの目が丸くなる。
「音が……」
恐る恐る口に運ぶ。
そして表情が変わる。
「……美味しい」
その様子を見て、フィムが嬉しそうに笑う。
少し離れた席では、プムが唐揚げを一つ取っていた。
静かに自分の皿へ移す。
そのまま何事もなかったように食べる。
その様子をセラが見ていた。
「それ好き?」
プムは少し考えてから言う。
「はい」
短い答え。
だが、表情は恍惚としていた。
宴会の空気は次第に和んでいく。
大人達は酒を飲みながら話している。
マークとハセヤマの席では、クリスが興味深そうに聞いていた。
「で、いつから付き合ってるんスか?」
ハセヤマが顔を赤くする。
マークが穏やかに答える。
「前回の飲み会の後です」
ハセヤマが小さくうなずく。
「あの時……わたし、酔ってしまって」
「彼が介抱してくれました」
ペイジがすかさず言う。
「お持ち帰りしやがったのか、マーク?」
クリスが笑う。
「見た目に似合わず手が早いなー」
マークはフッと勝ち誇った笑みを浮かべた。
少し離れた席で、フィムとプムがその会話に耳を傾けている。
それに気付いたハンナが言った。
「あの人達を参考にしたらダメだからね」
二人は素直に頷いた。
時間が少し過ぎる。
宴会の空気はすっかり温まっていた。
セラがプムに話しかける。
「どうしたの?」
プムは少しだけ視線を動かした。
部屋の中を見渡している。
笑い声。
料理の匂い。
人が人を気遣う空気。
「地下都市では」
プムが言う。
「このような光景は見たことがありません」
セラが聞く。
「どんな光景?」
プムは静かに答える。
「人が喜びを分かち合う光景です」
少し間。
「わたしは地下の体制を正すことだけを考えていました」
「その先は……よく分からなかった」
セラが言う。
「みんなが楽しい世界になれば良いよね」
プムは小さく頷いた。
「フォルミス=コアがアイさんに言っていた」
「外部変数が必要という言葉」
その意味が少しだけ分かった気がする。
プムはそう言った。
その様子を、少し離れた席から見ている男がいた。
ペイジだった。
少女のその目は、指導者のもの。
小さな革命家。
その信念の強さ。
若さか、それとも、才能か。
いずれにせよその眩しい光が、自分の影を色濃く映す。
ペイジはグラスを揺らす。
自分は何だ。
軍人か。
観察者か。
それとも──
ただの中途半端な人間か。
小さく息を吐く。
笑い声は、まだ続いていた。