マクロス・ディソナンス   作:藻瑠江 嵐

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8章目になります。



8.ブルーヴァード・オブ・ブロークン・ドーリームス
第22話


降下41日目 1131時

坑道内部 宇宙船遺構

 

 

 

「フォルは、AIによって作られた人工種族だ」

 

 教授の言葉が静かに落ちた。

 

 坑道の奥に横たわる巨大な船体。その前に立つ地球人たちは、すぐには言葉を返せなかった。

 

 最初に声を出したのはペイジ。

 

「……ちょっと待て」

 

 低く言う。

 

「つまりフォルミス人は、元々作られた種族ってことか」

 

「そう言うことになります」

 

 トランが答える。

 

「我々のルーツは、機械に合成され生み出された者達」

 

 衝撃的な真実が飛び交う中で、ニールはセラの方に顔を向けた。

 セラはその場に立ったまま動かない。

 

「そんなの……知らなかった」

 

 絞り出された小さな声は、震えていた。

 

 動揺する娘の様子を知りつつも、トランは話を続ける。

 

「この真実は、集落の長達だけに代々伝えられてきた秘密です」

 

 教授がトランを見る。

 

「全員が知っている訳では無いんだね?」

 

「ええ」

 

 トランは短く答えた。

 

「この船の存在と、ここに残された記録。

 それは、先祖から相応しい者へ代々語り継がれてきました」

 

 ペイジが小さく息を吐く。

 

「……アンタらのご先祖様は、知らねぇ方が幸せだろうと思ったんだろうな」

 

 アーサーは腕を組んだまま黙っている。視線は端末の表示に向けられていた。

 

 教授は端末の表示を見ながら言う。

 

「記録の大半は壊れている。

 本格的にサルベージしようとするならば、膨大な時間と労力が必要だ」

 

 少し考えてから続ける。

 

「だが、断片的な情報からこれだけは分かる」

 

 トールが聞く。

 

「何が分かった?」

 

 教授は腕を組んだ。

 

「AIは“素材”としてフォルを創造した」

 

 ニールが言う。

 

「素材?」

 

 教授は頷く。

 

「扱いとしてはゼントラーディに近い。

 フォルは、実験の素材として一から作られた生命体だった」

 

 ペイジが尋ねる。

 

「その実験ってのは?」

 

「その記録が壊れている。“壊されている”と考えた方が自然だ。

 後世に伝えたらまずいものだったんだろうね」

 

 教授が答える。

 

 トールは腕を組んで言った。

 

「人間を作って実験台にするくらいだ。

 余程酷いものだったから、記憶から消したかったんじゃないのか?」

 

「……そうかも知れないね」

 

 教授は頷くと、端末の表示を切り替える。

 

「次の記録だ」

 

 新しいデータが浮かび上がる。

 

「この船はルミスの宇宙船だ」

 

 ペイジが言う。

 

「共和国って言ってたな」

 

 教授は頷く。

 

「そして革命軍の船も、この惑星に不時着している」

 

 トールが聞く。

 

「敵だった奴らか」

 

「そうだ」

 

 教授は答える。

 

「だが、この状況では争っている場合ではなかった。

 AIの提案に従うしかなかったのだろう」

 

 ニールが眉を寄せる。

 

「提案?」

 

 教授は言う。

 

「フォルの教育」

 

 ペイジが聞く。

 

「どういう事だ?」

 

 教授は答える。

 

「機械に作られたフォルは、管理タスクに従うだけの存在。

 つまり、有機物で作られたロボットの様なものだったんだ」

 

「それが原因で、実験は成功していなかった。

 そこで、偶然降り立ったルミス人を使った」

 

 ハンナが補足する。

 

「人間をお手本にして、自律行動を学習させるような感じですね」

 

 教授が頷く。

 

「そういう事だろうね」

 

 トランが言葉を継ぐ。

 

「彼らは、次第に“心を持つ存在”へと変わって行ったそうです」

 

 教授は続ける。

 

「AIへの協力は何年もの間続いた。

 その間にフォル達は学習し、人と遜色ない感情を持つ存在へと成長する。

 遂には、ルミス人との間に子をなす個体が現れるまでに至った」

 

 教授は端末を操作した。

 

「ルミス人は協力を続ける中で、多くのことを知った」

 

「この惑星の正体」

 

 トールが言う。

 

「実験場ってヤツか」

 

「そう」

 

 教授は頷く。

 

「AIの創造者は太古の超文明。

 自分たちと同じルーツを持つ存在」

 

 アーサーが低く言う。

 

「……プロトカルチャー」

 

 教授は静かに頷いた。

 

「そしてこの星を管理するナノマシン」

 

 ハセヤマが補足する。

 

「この惑星の環境や生命は、すべてナノマシンによって作られたもの。

 10万年前からずっと同じだったんですね」

 

 ハンナが言う。

 

「AIもナノマシンの集合体によって構築されています。

 群体に対する執着が異様ですよね、この星」

 

 教授は続けた。

 

「そのナノマシンも実験素材の一部だ。ハンナの言う通り、群体に異様な拘りを感じる。

 群体が実験テーマの一部だったのかも知れないね」

 

「プロトカルチャーは、銀河最強のレギオンでも作るつもりだったのか?」

 

 口の端を吊り上げ、ペイジが言う。

 

「あり得る話だ。

 ゼントラーディの上位個体を作ろうとしていた連中がいるくらいだ。

 その反対に、群体として優れた生物兵器を作ろうとしていた連中がいても不思議じゃ無い」

 

 教授は淡々と答える。

 

「冗談のつもりだったんだが……」

 

 ペイジは吊り上げた口を引き攣らせた。

 

 

 

 教授は話を続ける。

 

「だが、ここで問題が起きる。

 自我を持ったフォルは疑問を抱くようになった」

 

 トールが言う。

 

「自分たちの立場か」

 

 教授は頷く。

 

「なぜ我々はAIに管理されているのか。

 なぜ実験素材なのか」

 

 トランが静かに言った。

 

「その考えは瞬く間に広がりました。

 やがて自由と独立を求める運動へ発展します」

 

 ペイジが冷笑する。

 

「ありがちな話だ」

 

 教授は淡々と言う。

 

「AIはそれを実験の失敗と判断。

 惑星環境のリセットを試みようとした」

 

 ニールが言う。

 

「……消すつもりだったのか」

 

「そうだ」

 

 教授は答える。

 

「フォルも、ルミス人も、すべて」

 

 沈黙が落ちる。

 

 トランの声が響く。

 

「なので、我々の祖先は戦いました」

 

 教授が言葉を継ぐ。

 

「この惑星がナノマシンで成り立っていることを知っていた彼らは、ナノマシンを書き換える方法を見つけた」

 

 ハンナが補足する。

 

「革命軍側の技術者が発見したようです」

 

 教授は続ける。

 

「人々はAIの中枢に到達し、システムを書き換えた」

 

 トールが小さく言った。

 

「……勝ったんだな」

 

 教授は静かに頷いた。

 

「そうだ」

 

「AIから独立したフォル。

 ルミス人はこの惑星を新たな故郷として永住を決断。

 二つの種族の統一を願って、自らをフォルミス人と名乗るようになった」

 

 トランが静かに続ける。

 

「書き換えられたAIは、フォルミス=コアと呼ばれるようになりました。

 今、神として崇められている地下世界の管理AIがそれです」

 

 教授は船体を見上げた。

 

「この船は、その戦いの本拠地。

 戦争の終わりと共に役目を終えた」

 

 坑道の奥で、長い眠りについた船が静かに横たわっていた。

 

 

 

※※※

 

 

 

 トランはしばらく沈黙していた。

 

 教授が語った十万年単位の昔話と、この船に残された記録。

 それらは彼にとって初めて知る話ではない。

 

 だが、自分の口から改めて語るとなれば話は別だった。

 

 やがて、トランは静かに口を開いた。

 

「次に、我々の集落についてお話しします」

 

 その声を合図にするように、坑道の空気がわずかに張り詰めた。

 

 

 今の集落が形作られたのは、今からおよそ千年前。

 地下都市がまだ今ほど硬直しきってはいなかった頃、それでも既に宗教化の兆しは広がっていた。

 フォルミス=コアの言葉を絶対とし、その解釈を独占する者達が少しずつ力を持ち始めていたのである。

 

 それに反発した人々がいた。

 

 神の名のもとに全てを縛ろうとする気配に耐えきれず、あるいは息苦しさに押し潰されそうになり、地下を捨てて地上へ逃げ出した者達。

 彼らは汚染された風と焼け付くような紫外線に晒されながら、長い放浪の旅を続けた。

 

 その果てに見つけたのが、この峡谷だった。

 

 高い山々に囲まれたその土地は、地上では奇跡のような場所だった。

 吹き荒れる有害物質の風は山肌に削がれ、容赦なく降り注ぐ紫外線も幾分か弱まる。

 痩せてはいても、まだ人が息をつける場所だった。

 

 祖先達はそこに留まり、石を積み、細々とした集落を作った。

 

 だが、それだけでは生き延びられなかった。

 

 彼らを支えたのが、この船だった。

 

 山の中に隠されていた船を見つけたのは奇跡だった。

 過去の戦争の最中に軌道上から放たれた重量子ビームによって削られた山肌が、長い歳月を経て風化と浸食を繰り返した結果だった。

 

 放浪の末に偶然見つけた宇宙船の中には、まだ機能を残した装置がいくつも眠っていた。

 祖先達はそれを少しずつ回収し、壊れたものを避け、使えるものだけを持ち帰って生活の糧にした。

 

 船内に残されていた古代フォルミス語──正しくはルミス語と呼ぶべき言語も、長い年月をかけて解読していった。

 

 すぐに全てが分かったわけではない。

 

 分からぬまま持ち帰った装置が集落で役立たずの塊になったことも一度や二度ではなかった。

 それでも祖先達は少しずつ船の内部を調べ、少しずつ知識を積み上げていった。

 

 ナノマシン構築物が分解され、鈍色の砂となって堆積した荒地を耕せる土へ戻すこと。

 山の中を流れる痩せた水脈を掘り出し、生活用水に変えること。

 そうした地道な積み重ねによって、ようやく生活の基盤が形になっていった。

 

 やがて地下都市から追放された人々も、この峡谷へ流れ着くようになった。

 

 教義に背いた者。疑問を口にした者。

 都合の悪い存在として弾き出された者。

 

 彼らは最初の脱出民と手を取り合い、互いに協力しながら生き延びていった。

 

 新たな集落を築いた者もいた。

 実は、この峡谷の奥にはこの集落のような場所がいくつか存在している。

 

 その全ての始まりが、この集落だった。

 

 そこまで語ったところで、トランは一度言葉を切った。

 

 

 本題はここからだ。

 

 十三年前。

 

 若くして長となったトラン。

 幼馴染だったコンデを娶り、彼女と共に集落を束ねる立場に置かれていた。

 

 若い二人には、いずれ後継が生まれることが期待されていた。

 荒れた地上で生き延びてきた人々にとって、血を繋ぐことはそのまま未来を繋ぐことと同義だったからだ。

 

 しかし、コンデは子を産める体ではなかった。

 

 何世代にも渡り汚染された環境に晒された地上民。

 遺伝子に刻み込まれた千年分の呪いが原因だったのかも知れない。

 

 その現実は、二人を深く打ちのめした。

 

 長としての責務。集落の期待。

 未来を望まれる立場にありながら、その未来を自分達の手では生み出せない。

 

 若かった二人は、その事実を正面から受け止めきれなかった。

 

 だからこそ、古代の技術に縋った。

 

 祖先達が千年をかけて調べてきたこの船を二人は何度も訪れた。

 

 もしかしたら何かあるのではないか。そんな、ほとんど祈りに近い願いを抱いて。

 

 その頃には、船の耐用年数は既に限界へ近づいていた。

 あちこちに機能不全が現れ、閉ざされていた隔壁のロックも、完全には保持できなくなり始めていた。

 

 何度目になるかも分からない調査の折、トランとコンデは、船の最奥部へ通じる扉のロックに異常が起きていることに気づいた。

 

 それは祖先達が幾度も挑み、ついに諦めた扉だった。

 

 開かずの扉。

 触れてはならぬとされてきた場所。

 

 その扉が、まるで誰かに内側から許されたかのように、機能不全を起こしていた。

 

 導かれるように、その奥へ進んだ二人は、そこで足を止めた。

 

 言葉を失ったのだ。

 

 薄暗い部屋の中央、青白く輝く透明なチューブ。

 時折り、気泡が立つ液体に満たされたその中で、眠っているそれを見つけた。

 

 銀色の髪の赤ん坊。

 

 死んでいるようにも見え、眠っているようにも見えた。

 十万年もの間、ただそこに置き去りにされていた。

 

 二人がそのチューブへ近づいた瞬間、装置が作動した。

 

 低い駆動音。青白い光の明滅。

 次いでチューブが開き、空気に触れた赤ん坊が産声を上げた。

 

 その声を聞いた瞬間、トランもコンデも動けなくなった。

 

 装置の近くに残されていたホログラムが起動し、二人の前に短いメッセージを映し出した。

 

 そこに最初に記されていたのは、“フォルの運命を総べる者”、という言葉。

 ルミス語でこう呼ぶ。

 

 フォル=ミ=スコア。

 

 その赤ん坊は、十万年前のフォルミス独立の動乱の際に作られた存在だった。

 

 ナノマシンを書き換える力を与えられた、古代文明の総譜。

 

 過ぎたる力として、動乱終結の折にこの船と共に封印された存在。

 そして、来るべき時に備えて残された希望。

 

 メッセージにはそう記されていた。

 

 トランとコンデは赤ん坊を抱いて集落へ戻り、長老であるレジスへ一部始終を伝えた。

 

 地下で大きな動乱が起きてから約七年。

 

 コンポーザと呼ばれる組織と接触を始めた頃でもあった。

 時代の流れが大きく変わろうとしている気配を、老人達は感じ取っていたのだろう。

 

 彼らは決めた。

 

 この赤ん坊を、自分達の希望として育てると。

 

 赤ん坊はセラと名付けられた。

 

 ルミス語で「大切な」という意味だった。

 

 

 トランの語りが終わる。

 

 

 坑道の中に沈黙が落ちた。

 

 最も深くその沈黙に呑まれていたのはセラだった。

 

 自分の生い立ちを初めて知った衝撃も大きかった。

 だが、それ以上に彼女の胸を抉ったのは、トランとコンデが本当の父と母ではなかったという事実だった。

 

 セラの瞳が揺れる。

 体が震え、声にならない息が漏れる。

 

 大人達はすぐには何も言えなかった。

 ニールに至っては、セラの顔を見つめたまま、言葉を失っていた。

 

 トランは娘の姿を見ていた。

 

 何か言わなければならないと思った。

 

「……それでも」

 

 やっと絞り出した声は、自分でも驚くほど弱かった。

 

「私は、お前を本当の娘のように愛してきた」

 

 それは偽りのない本心だった。

 

 だが、その先が続かない。

 

 セラを争いから遠ざけるためだったとはいえ、本人の持つ力を利用してニールを再生させたこと。

 異星人と接触するために、その存在を使ったこと。

 それら全てが事実として残っている。

 

 今さらどれだけ愛していると言ったところで、取り繕いにしかならない。

 トランにはそう思えた。

 

 セラは目を伏せたまま、何も答えない。

 

 ニールは何とか言葉を探そうとした。

 

 大丈夫だと言うのは違うと思った。

 気にするなと言えるほど軽い話でもなかった。

 だから何も出てこない。

 

 その空気を振り払うかのように、教授が口を開いた。

 

「一つ、整理しておこう」

 

 全員の視線がそちらへ向く。

 

 教授はセラとニールを交互に見た。

 

「トラン、君は『ニールはセラに選ばれた存在』だと言った」

 

「……はい」

 

「つまり、戦士とはセラを守る為に作り変えられた存在だ」

 

 トランが静かに頷く。

 

「その通りです」 

 

 教授は続ける。

 

「だが、セラには覚えが無い様だ。

 つまり、装置は本人の明確な意思によって作動した訳ではない。

 無意識の内にニールが選ばれたという事になるのだが……」

 

「……違う」

 

 教授の考察を否定するかのように声が被せられる。

 

「わたしは、ニールに生きてもらいたかっただけ」

 

 セラだ。

 

「お父さんや長老が諦めているのが嫌だった。

 苦しそうにしていたニールの前で、みんなが悪いことを言っているのが嫌だった」

 

 セラの瞳には涙が浮かんでいた。

 

「どうして悪い奴だって決め付けるのって思った。

 だから、わたしだけでもニールを助けたいって思った」

 

 セラの手が次第に強く握られる。

 

「きっと、わたしがそう思ったからニールは……」

 

 

 ——その時だった。

 

 

 話を断ち切るように、アーサーの持っていた無線機に通信が入った。

 

「ノーブルよりブレイブ。

 山の向こうに新型を確認。電子戦機を伴った爆撃機の編隊」

 

 声の後ろではタービン音が聞こえていた。

 

「迎撃せよ」

 

 アーサーは低い声で命じた。

 

「了解」

 

 通信が切れ、一瞬の静寂が訪れる。

 

「……敵襲だ」

 

 その一言で、船内にいた全員が一斉に出口へ向かった。

 

 

 

※※※

 

 

 

同日 1153時

峡谷地帯 隠された集落

 

 

 

 山の向こう側、レーダーが一瞬だけ反応した。

 

 それは本当に一瞬だった。

 光点が現れ、次の瞬間には消えている。

 誤差と言われればそれまでの程度。

 

 だが、ジュールは視線を止めた。

 

 敵だ。

 

 そう思った時には、もう体が先に動いていた。

 

 単なる勘ではない。

 反応の出方が妙だった。

 

 映って、消える。

 

 そこに不自然さがある。

 センサーそのものを騙しているのだとすれば、相手は電子戦機の可能性が高い。

 

 ソード2、ノーブル。

 ジュールは即座に機体のセンサー感度を切り替え、最大望遠で山の向こうを探った。

 

 その隣では、カールの機体も既に同じ方向へ頭を向けている。

 

 言葉はない。

 だが、同じものを見たと分かった。

 

 山の稜線の向こう、空の色に紛れるようにして、青い半透明の羽を持つ機影が揺れた。

 

 蝶のようにも見える。

 だが、それだけではない。

 

 その後方、より大型の影。

 細長い胴体に複数の翼面。

 蜻蛉を思わせる機体だった。

 

 ジュールの視線が細くなる。

 

 蜂型より遥かに大きい。

 

 VF-11と同程度。

 胴体中央には、亀裂のような線が走っていた。

 だがあれは外殻の継ぎ目ではない。

 

 ウェポンベイのハッチだ。

 

 瞬時に理解する。

 

 爆撃機。

 

 ジュールは無線を開いた。

 

「ノーブルよりブレイブ。

 山の向こうに新型を確認。電子戦機を伴った爆撃機の編隊」

 

 報告を終えるより早く、機体は動いていた。

 

 バトロイド形態の白銀機が、即座に変形を開始する。

 脚部が収まり、機首が前へ伸び、翼が大気を掴む。

 ファイターへ移行した瞬間には、もうスロットルは最大だった。

 

「迎撃せよ」

 

 アーサーの声が返る。

 

「了解」

 

 返答した時には、ノーブルは既に加速の途中にある。

 熱核バーストタービンエンジンが短く唸り、白銀の機体が山の上へ跳ねるように飛び出した。

 

 その動きを見た瞬間、地上のサンダーストラック隊も駆け出していた。

 

 ピーターが真っ先に無線を開く。

 

「サンダーストラック隊、ピーターだ。

 状況は!」

 

「新型の爆撃機だ。こちらに向かっている」

 

 ジュールが簡潔に答えた。

 

 山の上を飛び越えていくソード隊を見上げながら、クリスとマークもそれぞれ自分のミョルニルへ向かう。

 

 迷いはない。

 機体の位置も、動線も、体が覚えている。

 

 返ってきたのはカールの声だった。

 

「サンダーストラック隊は上がるな」

 

 ピーターが眉をひそめる。

 

「何?」

 

「集落を守れ」

 

 短い命令だった。

 

「ミョルニルのFCSなら、投下兵装を空中で落とせる。

 貴官らは対空砲台になれ」

 

 ピーターは一瞬だけ言葉を失った。

 だが、すぐに意味を理解する。

 

 ミョルニルは鈍重だ。

 上空の敵機を追うには向かない。

 だが、精密な射撃なら話は別だった。

 リベンジャーの火力とFCSの性能を考えれば、空中に撒かれる爆弾やミサイルを叩き落とす方が理にかなっている。

 

「……了解」

 

 無線を切る。

 

「聞いたな」

 

 マークが頷く。

 

「私も、彼の判断は正しいと思います」

 

 クリスは走りながら笑った。

 

「上で花形やるより、下で確実に守れってことっスね」

 

「そういうこった」

 

 ピーターは駆け足のまま言った。

 

 

 

※※※

 

 

 

同日 1201時

隠れた集落 坑道入口

 

 

 

 狭い通路を抜け、坑道入口の建物から飛び出した瞬間だった。

 

 トールが叫ぶ。

 

「伏せろ!」

 

 全員が反射的に地面へ身を投げた。

 

 次の瞬間、背後で爆発が起きた。

 

 凄まじい衝撃が岩肌を震わせる。

 

 坑道入口の建物が吹き飛び、石材と金属片が嵐のように飛散した。

 

 風切り音。

 頭上を重い何かが唸りを上げて通り過ぎる。

 

 入口を塞いでいた金属の扉が、まるで紙切れのように宙を舞っていった。

 

 土煙の中で、トールが真っ先に立ち上がる。

 

「走れ!」

 

 一同はすぐに集落の方へ駆け出した。

 

 振り返れば、山の上で爆発がいくつも花のように開いている。

 

 その上空にいたのは、今まで見たことのない機体だった。

 青い半透明の羽を持つ蝶のような機体。

 その後ろに、巨大な蜻蛉型。

 

 蜂型の2倍以上の大きさ。

 長距離航行に適した、より航空機らしいシルエット。

 

 新型が2種類。

 

「ペイジ!」

 

「分かってる!」

 

 二人は進路を変え、自機の方へ走る。

 アーサーも別方向へ駆けていた。

 

 教授達はそのまま集落へ。

 

 トールは走りながらニールを見る。

 

「みんなを頼む!」

 

 それだけ言い残し、ペイジと共にサンダーストラック隊の機体群へ向かった。

 

 アーサーは一足先に白銀のバトロイドに飛び乗ると、推力を最大にして跳び上がる。

 

 地表を離れた直後、空中で機体が変形し、ファイターへ。

 白銀の機体は一気に上昇し、既に交戦に入ろうとしているジュールとカールの方へと向かった。

 

 初手は許した。

 だが、それまでだ。

 

 ノーブルとマジェスティは、爆撃機編隊の前面を塞ぐように突っ込んでいた。

 

 先行していた蝶型が、青い羽を広げる。

 その瞬間、ジュールは迷わず引き金を引いた。

 

 すれ違いざまの短い斉射。

 

 ガンポッドの火線が三つの蝶型をまとめて撃ち抜く。

 青い半透明の羽が空中で砕け、爆発と共に散る。

 

 ノイズだらけだったレーダーが、一気に開ける。

 

 ジュールの目がわずかに細くなる。

 

 機影は六。

 

 舐められたものだ。

 

 そう思った。

 

 電子戦機を失った蜻蛉型が、すぐに行動を変えた。

 胴体側面のハッチが開き、集落へ向けてマイクロミサイルのような小型兵装がばら撒かれる。

 

 だが、その瞬間にはもう地上のミョルニルが砲口を空へ向けていた。

 

 ピーター、マーク、クリス。

 

 三機のミョルニルが、一斉にリベンジャーを撃つ。

 

 重金属の嵐が空を裂き、降り注ぐ兵装を片端から叩き落とした。

 

 空中で次々と小さな火球が咲く。

 集落へ届くものは一つもない。

 

「全部落とした!」

 

 クリスの声が弾む。

 

「当然だ」

 

 ピーターは次弾装填の確認をしながら短く答えた。

 

 その間に、上空ではソード隊の二機が左右へ分かれている。

 

 ノーブルが右へ、マジェスティが左へ。

 蜻蛉型の側面へ食らいつくように回り込み、短い斉射を浴びせる。

 

 一機、二機、三機。

 

 蜻蛉型が立て続けに撃墜される。

 

 そこへアーサーが合流した。

 

 ブレイブは敵編隊の隙間に機体をねじ込むように突進すると、勢いをそのままにバトロイドへ変形した。

 

 変形と照準。

 流れるような一連の動作。

 ガンポッドが火を噴き、残る三機を撃ち抜いた。

 

 

 だが、爆撃機編隊はそこで終わりではなかった。

 

 後続の敵影が現れる。

 

 ソード隊の反対の方角。

 新たな蜻蛉型の編隊。

 

 既にウェポンベイのハッチが開いている。

 投下は目前だった。

 

「あっちは囮だ!」

 

 ペイジが吐き捨てる様に言った。

 

「間に合わないっス!」

 

「可能な限り撃ち落とす!」

 

 ピーターがそう言って再びリベンジャーを構える。

 

 

 その時だった。

 

 灰色の影が低空で集落を突っ切る。

 

 トールのミョルニル。

 

 アタッカーモードへ移行した機体が、地表すれすれを滑るように進む。

 

 次の瞬間、機体は180度ロールする。

 ウィングチップが砂を掬い上げた。

 

 背面飛行からそのままバトロイドへ変形。

 真上には蜻蛉の編隊、へリベンジャーを斉射する。

 

 一部始終を見ていたクリスが目を見開いた。

 

「何スか、今の!?」

 

 マークも無言でその軌道を追っている。

 

 ピーターが低く言った。

 

「重たい機体でよくやる」

 

 蜻蛉型が一機、真下から撃ち抜かれて爆散した。

 

 その反対側から、白銀の機体が駆けつける。

 

 ソード隊だ。

 

 アーサーは、トールが下から撃っているにもかかわらず、正面から敵編隊へ食らいついていった。

 

 普通なら躊躇する場面だった。

 

 射線が被る。

 進路が交差する。

 

 だが、二人は迷わない。

 

 トールも攻撃を止めない。

 アーサーも退かない。

 

 どこを狙い、どこへ抜けるのか。

 互いに分かっているような動きだった。

 

 その光景に、上も下も一瞬だけ言葉を失う。

 

 ジュールが思わず笑った。

 

「ははは!」

 

 隠しきれない大きな笑い声だった。

 

「おい、見たか!」

 

 誰に向けたとも知れない声。

 

「あの男、隊長と同じで相当のバケモンだぞ!」

 

 その声は、どこか嬉しそうだった。

 

 アーサーは何も答えない。

 ただ機体を次の敵へ向ける。

 

 その後は一方的だった。

 

 ソード隊が切り崩し、トールが下から穿ち、残った兵装は地上のミョルニルが全て落とす。

 増援編隊も瞬く間に数を減らし、やがて最後の一機が爆散した。

 

 集落の上空には、熱核ジェットの音だけが長く響いていた。

 

 戦闘が終わる。

 

 撃墜された敵の破片が、遠く山肌へ降っていく。

 

 

 教授はその空を見上げていた。

 

 

 初めて集落を訪れた時の帰路、蜂型の襲撃を受けたことを思い出していた。

 

 あれから同様の襲撃は起きていない。

 故に今まで強くは考えなかった。

 

 ——不自然だ。

 

 集落の人間はコンポーザと繋がっていると言っていた。

 

 ならば逆もあり得る。

 

 地下と繋がる別の線。

 プロフェット側に通じる者が、この集落の中にいるのではないか。

 

 教授は小さく呟く。

 

「ボクは腹芸が嫌いだって言っているのに……」

 

 その声は、誰に聞かれることもなく、すぐ消えた。

 

 集落の人々が外へ出てきたのだ。

 

 安堵した顔。

 涙ぐむ者。

 助かったと繰り返す声。

 白銀の機体と灰色の機体を見上げ、手を合わせる者までいる。

 

 ソード隊とサンダーストラック隊へ向けられる感謝の言葉が、一斉に広がっていった。

 

 教授は口を閉ざす。

 

 考えは消えていない。

 だが今、それを言う空気ではなかった。

 

 空では、まだソード隊の白銀が旋回を続けている。

 

 地上では、サンダーストラック隊のミョルニルがゆっくりと砲口を下げた。

 

 そして集落には、助かった人々のざわめきだけが残っていた。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

同日 1847時

ニコラ・テスラ 研究区画

 

 

 

 休憩室の照明は落とし気味だった。

 壁際の自動給湯機が低い駆動音を立て、誰も使っていないカップが整然と並んでいる。

 

 ニールは窓際の席に一人で座っていた。

 

 フォルミスの地表から戻ってきてから、どれくらい時間が経ったのか、自分でもよく分かっていない。

 

 目を閉じれば、今日見たものが次々と脳裏に浮かぶ。

 

 十万年前の船。

 フォルミス人の起源。

 セラの出生。

 

 そして、自分自身のこと。

 

 戦士として作り替えられたのだと知った時、少なからず衝撃はあった。

 だが、今となってはそれよりも、セラの方が気がかりだった。

 

 生まれた時から、自分の意志とは関係なく、何かを背負わされていた少女。

 今日になって、その真実をまとめて突きつけられた。

 

 自分より、よほど過酷だ。

 

 ニールは組んだ指先に視線を落とす。

 

 何か言ってやるべきだったのだと思う。

 だが、何も言えなかった。

 

 その時、休憩室の扉が静かに開いた。

 

 顔を上げると、プムが立っていた。

 

 ニールと目が合う。

 

「……失礼します」

 

 遠慮がちな声音だった。

 

「どうした?」

 

 プムは少し迷うようにしてから、休憩室の中へ入ってきた。

 

「ニールさんの様子が、少し気になりまして」

 

 ニールは小さく息を吐いた。

 

「俺は大丈夫だよ」

 

 それは半分本当で、半分は違った。

 

 プムはその返事を聞いても、すぐには頷かなかった。

 金色の瞳が、じっとニールの顔を見る。

 

 それから静かに言った。

 

「ご自分のことではなく、セラのことを考えておられるのでしょう?」

 

 ニールは一瞬だけ言葉を失った。

 

「……分かるのか」

 

「分かりますよ」

 

 プムは当然のように答えた。

 

「あなたは自分のことを後回しにし過ぎです」

 

 ニールは苦笑する。

 

「そう見えるか」

 

「はい」

 

 短い返事だった。

 

 ニールは少し黙り込んだ。

 それから観念したように言う。

 

「何て言ってやればいいのか分からないんだ」

 

「セラにですか?」

 

「心配してる。気にしてる。何とかしてやりたい。そういうのはある。

 でも、軽々しく慰めるのは違う気がする。

 どうすりゃ……いいんだろうな……?」

 

 プムは聞いていた。

 口を挟まず、ただ静かに。

 

 やがて、小さく息を吐く。

 

「私のような女の子に、そんな事聞かないで下さい」

 

 少しだけ、からかうような口調だった。

 

 ニールは眉を下げた。

 

「……悪い」

 

 プムは首を振る。

 

「冗談です、半分は」

 

 それから少し考え、言葉を選ぶように続けた。

 

「ニールさんは難しく考え過ぎです」

 

「ただ、一緒にいてあげるだけでも良いのではありませんか」

 

 ニールはその言葉を反芻した。

 

「それだけ、か?」

 

「はい」

 

 プムは頷く。

 

「何かを言わなければならないとは限らないでしょう」

 

 ニールはすぐには返事をしなかった。

 

 釈然としない部分は残る。

 だが、自分一人で考えていても答えは出そうになかった。

 

 結局、立ち上がる。

 

「……行ってみる」

 

「そうしてください」

 

 プムは静かに答えた。

 

 

 

※※※

 

 

 

 セラの部屋の前に立った時、ニールは一度だけ息を整えた。

 

 扉の向こうに気配がある。

 

 軽くノックする。

 

「セラ。俺だ」

 

 少し間があってから、扉が開いた。

 

 セラが顔を見せる。

 

 目元は少し赤い気もしたが、思っていたほど酷く落ち込んでいるようには見えなかった。

 

「ニール」

 

 意外そうな声だった。

 

「入って」

 

 促されるまま部屋へ入る。

 

 室内はきちんと片付いていた。

 余計なものは少なく、整理整頓されている。

 だが、その中で目につくものがあった。

 

 猫の小物だ。

 

 棚の上。机の隅。枕元。

 小さな置物や、丸いクッション、猫耳の付いた雑貨まである。

 

 ニールは思わず部屋を見回した。

 

「……ずいぶん増えたな」

 

 セラが少しだけ胸を張る。

 

「うん」

 

「気に入ってるんだな」

 

「気に入ってるよ」

 

 それから、少しだけ表情を和らげた。

 

「教授と一緒に集めてるの」

 

 ニールが笑う。

 

「猫はいい、ってやつか」

 

 セラもこくりと頷いた。

 

「猫はいい」

 

 それが合言葉みたいになっているらしい。

 

 ニールは小さく笑った。

 

「最初につけてた翻訳機のデザインも、教授の趣味だったもんな」

 

 セラの口元が少しだけ緩む。

 

 その顔を見て、ニールはわずかに肩の力を抜いた。

 

 心配しすぎだったかもしれない。

 そう思いかけた、その時だった。

 

 セラが珍しく、先に尋ねてきた。

 

「ニールは、どうして来たの?」

 

 ニールは一瞬だけ言葉を探した。

 だが、ここで誤魔化すのは違うと思った。

 

「……心配だったからな」

 

 正直にそう言う。

 

 その瞬間、セラの肩が小さく跳ねた。

 

 やはり平気ではなかったのだと、そこで分かる。

 

 セラは少し俯いた。

 

「……村を出る時、お父さんとお母さんが言ってた」

 

 静かな声だった。

 

「血が繋がってなくても、セラはセラだって」

 

「お父さんはお父さんで、お母さんはお母さんだって」

 

 そこまで言って、セラの声がわずかに揺れる。

 

 ずっと我慢していたのだと分かった。

 

「何も変わらないって……言ってた」

 

 最後の方は、ほとんど囁きだった。

 

「嬉しかった……」

 

 ぽたり、と涙が落ちた。

 

 セラは慌てて拭おうともしない。

 ただ、溢れてくるままに任せていた。

 

「でも……」

 

 声が詰まる。

 

「ずっと、あの2人が本当のお父さんとお母さんだって信じてた」

 

 息を吸うたびに、声が震える。

 

「それだけじゃ無い」

 

「わたしがニールを助けたいって思ったせいで」

 

「ニールの運命も、変えちゃった」

 

 その言葉に、ニールは首を振った。

 

「違う」

 

 思ったより強い声が出た。

 

 セラが涙に濡れた目でこちらを見る。

 透き通ったエメラルドの様な瞳。

 

 ニールは続けた。

 

「こうして俺が今ここにいるのは、セラが助けてくれたからだ」

 

「感謝してる。

 セラが気にする事じゃない」

 

 セラは何も言わない。

 

 ニールは言葉を継ぐ。

 

「それに、セラは言ってくれただろ」

 

「ニールはニールだって」

 

 少し間。

 

「俺は、それだけで十分だった」

 

 セラの目から、また涙が零れた。

 

 次の瞬間、セラが一歩近づく。

 

 そのまま、ニールにしがみついた。

 

 声は上げない。

 ただ肩を震わせ、押し殺したように啜り泣く。

 

 ニールは一瞬だけ体を固くした。

 

 それから、不器用にセラの肩を支える。

 

 抱きしめることはしなかった。

 それは違う気がした。

 

 ただ、倒れないように支える。

 それしかできなかった。

 

 自分は不甲斐ないと、ニールは思う。

 

 涙を拭ってやることもできない。

 気の利いた慰めの言葉も思い浮かばない。

 こういう時に何をすればいいのか、分からない。

 

 だが、ならせめて。

 

 せめてセラがこれ以上涙を流さないように、自分にできることをするしかないのだろう。

 

 

 その時、ふと脳裏に蘇るものがあった。

 

 

 白い空間。

 鈍色の床。

 そして、自分に語りかけてきた小さな蟻。

 

 あれは、自分自身だった。

 

 運命に従うのか。

 それとも争うのか。

 

 答えは、まだ見つからない。

 

 それでも今は、肩越しに伝わるこの震えから目を逸らさないことだけは出来ると思った。

 

 ニールは黙ったまま、セラの肩を支え続けた。

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