マクロス・ディソナンス   作:藻瑠江 嵐

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第26話

降下45日目 0754時

フォルミス地下都市 聖都フォルミカナスト 最下層

 

 

 

 聖都フォルミカナストの最下層は、光が届きにくい場所だった。

 

 巨大な蟻塚のように積み重ねられた地下都市。その基礎部に取り込まれるように広がった居住エリアは、上へ上へと伸びる都市の重みを押しつけられたまま、暗がりの中で息をしていた。

 

 照明は弱い。

 

 壁に埋め込まれた古びた導光管も、天井のあちこちに吊られた小型光源も、必要最低限の明るさしか与えない。

 いや、必要最低限ですらなかった。

 戦時体制に移行してからは、それすら更に絞られている。

 

 もともと、この層は恵まれた場所ではない。

 

 配給される物資は少ない。

 本来、下層へ届くはずのものまで、管理権限を持つ上層の者達が昔から掠め取っていた。

 管理された社会。最適化された社会。

 そう上で暮らす者達は口にするが、ここに住む者達の大半は、それがただのまやかしでしかないことを知っていた。

 

 フォルミス=コアに従えば、皆が等しく生きられる。

 

 そんな言葉を信じられるのは、飢えを知らない者だけだ。

 

 戦時体制へ移行した今、その歪みは更に酷くなっている。

 ただでさえ少なかった配給は削られ、照明も制限され、暖を取る燃料まで減らされた。

 飢えた子供が泣く声は、この層では珍しくもない。

 病を患った者がそのまま衰弱し、静かに息を引き取ることも。

 

 AIを神と崇めた者達が作り出した地獄。

 

 ドルシは、そう思っていた。

 

 狭い通路を歩きながら、彼は灯りの届かない横穴へ目をやった。

 薄汚れた布の下で、子供が二人、身を寄せ合って眠っている。

 いや、眠っているのか、力尽きているのかも分からない。

 近くには干からびた配給食の包み。空の水筒。

 通り過ぎる大人達は、その光景を見ても足を止めない。

 

 止めたところで、どうにもならないからだ。

 

 それでも今回ばかりは、上の連中が下層民を見捨てたに等しい判断をしたことが、好機になった。

 

 戦時体制への移行で、下層の街から衛兵の姿が消えた。

 警備用のタビスもほとんど見なくなった。

 人も機械も、上の防衛に回されたのだろう。

 

 管理そのものが、手薄になっている。

 

 コンポーザは、この時を待っていた。

 

 下層民の街は入り組んでいる。

 上層構造物の基礎部を取り込み、何度も増築と改修を繰り返してできた街路は、外から見れば迷路そのものだ。

 低い天井、歪んだ通路、打ち捨てられた支柱、使われなくなった搬送路。

 知らぬ者が足を踏み入れれば、すぐに方向感覚を失うだろう。

 

 その一角にある倉庫の前で、ドルシは足を止めた。

 

 本来なら、配給物資が保管されているはずの場所だ。

 

 だが、今その中にあるのは食料でも薬でもない。

 

 武器だった。

 

 倉庫の内部には、武装した若者達とコンポーザの構成員がひしめき合っていた。

 下層市民の中でもまだ体力の残っている者、怒りを失っていない者、あるいは守るべき家族のために立ち上がるしかなかった者。

 皆、緊張に顔を硬くしている。

 

 その手にある武器は統一されていない。

 

 衛兵達が使う長い杖状のスタンロッド。

 廃棄されたタビスからもぎ取ったビームガン。

 日用品を改造して作った槍や棍棒。

 金属片を括りつけただけの粗末な刃物まであった。

 

 フォルミスの兵器体系は、基本的にエネルギー兵器が多い。

 環境汚染と資源損失を抑えるためだ。

 質量の運動や化学反応のエネルギーを利用する旧来の兵器より、粒子や光子を用いた熱エネルギーを利用する兵器の方が、この星には都合が良い。

 

 だが、今この場所には明らかな異物が混じっていた。

 

 金属と樹脂で作られた黒い塊。

 見慣れぬ直線的な意匠。

 機械としての美しさより、ただ殺すための道具として磨かれた形。

 

 M55。

 6.8ミリ弾を使用するアサルトカービン。

 船団の第3海兵連隊が採用している銃。

 

 そのほかにも、拳銃、機関銃、ロケットランチャーといった地球側の火器が、クレートに入ったまま積み上げられていた。

 

 その前には、黒ずくめの集団が立っている。

 

 全身を黒い装備で覆い、顔は偏光スクリーンのバイザーに覆われたヘルメットで隠されている。

 もともと薄暗い倉庫の中では、その姿は輪郭すら曖昧だった。

 本当にそこに居るのかと疑いたくなるほど、存在感が希薄だ。

 

 地球人の協力者。

 

 そう聞いている。

 

 海兵隊の特殊部隊。

 名前も素性も不明。

 

 ドルシはその一人の前まで歩み寄ると、短く頭を下げた。

 

「感謝する」

 

 黒い兵士は何も言わない。

 返礼もない。

 ただ、こちらを見ているのかどうかすら分からないバイザーが、静かにこちらを向いたままだった。

 

 ドルシはそれ以上を求めなかった。

 

 この場に必要なのは、礼儀ではなく、武器と沈黙だ。

 

 彼の少し後ろで、ピカスが腕を組んで立っていた。

 壮年の男。かつて衛兵だっただけあって、立ち姿には今も癖のような規律が残っている。

 二十年前の戦乱では改革派に与した過去を持つ男だが、その目つきは昔より遥かに重く、冷えていた。

 

 その隣にはプアンがいる。

 まだ若い女だ。もともとはプムの世話役をしていた非戦闘員で、オラクルの雑務に従事していた。

 だが、プムを連れて脱出して以来、彼女もまたコンポーザの一員としてここに立っている。

 

 二人とも、目の前の地球製火器に視線を向けていた。

 

「確かに助かる」

 

 ピカスが低く言った。

 

「だが、随分と思い切ったものを寄越してきたな」

 

「思い切りが、過ぎます」

 

 プアンが答える。

 声は抑えられていたが、その内側に張りついた警戒心は隠れていなかった。

 

「ここまでやる理由が、善意だけだと思えません」

 

 ドルシは二人を見た。

 

「分かっている」

 

 それから、できるだけ穏やかな声を作る。

 

「だが、彼らはあちら側の友人達が寄越した兵士だ。プム様を匿ってくれている彼らが、おかしな真似をするとは思えん」

 

「思えない、ですか」

 

 プアンはすぐには納得しなかった。

 

「フォルミス人同士ですら争っているんです。彼らだけが違う保証なんてありません」

 

 ドルシは返事をしない。

 

 プアンの言葉は正しかったからだ。

 

 もともとは二つの勢力の争いだった。

 プロフェット達の支配体制と、それに抗う者達。

 だが今はそこに地球人がいる。さらに地球人の中にだって一枚岩ではない思惑があるかもしれない。

 二つだったはずの争いは、三つにも四つにも裂けていく。

 

 先の見えない時代。

 

 プアンはそれを恐れていた。

 

 そしてドルシ自身も、まったく同じ懸念を抱いていないわけではなかった。

 

「それでも」

 

 ドルシは静かに言った。

 

「今は使えるものを使うしかない。

 この機を逃せば、2度目は無いかも知れない」

 

 ピカスが、ゆっくり頷いた。

 

「それはそうだ」

 

 彼の視線が倉庫の中を一巡する。

 

 武器を持った若者達。

 息を詰めてこちらを窺う下層市民。

 緊張と飢えと怒りが入り混じった空気。

 

「もう戻れんぞ、ドルシ」

 

「分かっている」

 

 ドルシは即答した。

 

 プラント破壊作戦の数日前、彼はプムの元を離れ、この場所へ戻ってきた。

 護衛として彼女の傍にいるだけでは、何も動かせないと分かっていたからだ。

 プムは旗だ。希望だ。だが、旗だけでは戦えない。

 

 誰かが泥を踏まなければならない。

 誰かが倉庫をこじ開け、武器を運び、街の底に燻る怒りを集めなければならない。

 

 それが自分の役目だと、ドルシは割り切っていた。

 

 プアンが、ふと黒ずくめの兵士の顔を見た。

 

 正確には、顔のあるはずの場所だ。

 

 偏光スクリーンの向こうには何も見えない。

 ただ、小さな灯りに照らされて、自分の顔だけがバイザーにぼんやり反射している。

 

 怯えたような、怒ったような、疲れた顔だった。

 

 それを見て、彼女はわずかに眉をひそめる。

 

「……本当に、信じていいんでしょうか」

 

 独り言のような声。

 

 ドルシは答えなかった。

 

 答えられなかった、の方が正しい。

 

 信じる。

 疑う。

 そんな選択を、今さら綺麗に分けられる段階ではない。

 

 必要だから手を組む。

 裏切られれば、その時はその時だ。

 

 あまりにも当たり前の、その程度の理屈でしか立っていられない場所まで、彼らは来てしまっている。

 

 倉庫の奥から、武器を受け取った若者達のざわめきが広がる。

 不安に震える声。

 わざと強がる笑い。

 黙ったまま刃を確かめる者。

 

 戦いの前の空気だった。

 

 ドルシは暗い倉庫の天井を見上げた。

 その上には幾重もの層があり、光を独占する街があり、神を語る者達がいる。

 

 そのさらに奥で、きっと今もプロフェット達は静かな顔をしているのだろう。

 

 だが、もう下から火は上がり始めている。

 

 誰の顔にも、その火がどこまで燃え広がるのかは見えていなかった。

 

 猜疑心は消えない。

 不安も消えない。

 それでも、ここで立ち止まることだけはもう許されなかった。

 

 

 

※※※

 

 

 

降下45日目 1304時

アヴァロン艦橋 最上部

 

 

 

 艦長席に座るグラント准将の前には、二つのホログラムウィンドウが開いていた。

 

 一つにはロメロ大佐。

 一つにはクロウフォード大佐。

 

 船団総司令官、海兵連隊長、航空団長。

 三人だけの進捗報告と情報共有の場だった。

 

 艦橋は静かだった。

 通常勤務中のオペレーター達はそれぞれの持ち場にいるが、この会話に割り込む者はいない。

 ホログラムの向こう側も同じだ。必要最低限の人員だけが残され、余計な音は徹底して削がれている。

 

 その沈黙の中で、クロウフォード大佐が昨日の作戦報告を締めくくっていた。

 

「以上が、無人機製造プラント破壊作戦の戦況概要です」

 

 声はいつも通り整っている。

 よく通るが、感情はあまり乗っていない。報告という形式そのものに徹している声だった。

 

「人的被害はゼロ。海兵隊より一時管理替えを行っていた攻撃機一機が大破。

 作戦終了後、一部部隊が独断行動を行ったとの報告が上がっておりますが、現在調査中です」

 

 そこでわずかに間を置き、クロウフォードは結論を述べた。

 

「数字の上では、廃棄予定の攻撃機を一機喪失したのみ。

 全体的に見れば、戦果は良好と言って差し支えないでしょう」

 

 グラント准将は黙ってその報告を聞いていた。

 

 ロメロ大佐も同じだった。

 

 二人とも、その言い回しに一瞬だけ眉を上げた。

 廃棄予定の攻撃機。

 数字の上では。

 良好な戦果。

 

 言葉そのものは間違っていない。

 だが、そこに含まれるものが少なすぎる。

 

 無論、今この場でそれを指摘しても建設的ではない。

 それに、普段ならその種の言い回しに鋭く反応したであろう人物がいない。

 

 ミルズ大佐は、本日不在だった。

 

 グラント准将はその空白を意識しつつも、あえて触れなかった。

 

 代わりに口を開いたのはロメロ大佐だった。

 

「墜落した機体は、こちらで回収する」

 

 クロウフォードが視線を向ける。

 

「海兵隊で?」

 

「ああ」

 

 ロメロは短く答える。

 

「幸い、フレームは生き残っていると聞いている。修理すれば、再び飛べる可能性がある」

 

 クロウフォードは少しだけ驚いたようだった。

 

「そこまで残っていましたか」

 

「ええ。しぶとい機体ですよ」

 

 ロメロの口調は淡々としていたが、その奥にはわずかな実感があった。

 地上で戦う者にとって、ミョルニルは決して不要な機体ではない。

 鈍重で扱いづらく、華やかさにも欠ける。

 だが、泥と瓦礫と火線の中で前に立つには、ああいう機体が要る。

 

 クロウフォードは鼻を鳴らした。

 

「まさに空飛ぶ戦車。雷神の鎚の名は伊達ではなかった。というところですか」

 

 一度そこで言葉を切る。

 

「もっとも、航空部隊としては必要のない機体であることに変わりはありませんが」

 

 その物言いに、今度はグラント准将もはっきりとロメロも反応した。

 ただし、やはり言葉にはしない。

 

 クロウフォードは二人の沈黙を気にも留めず、軽く顎を引く。

 

「お好きにどうぞ」

 

 それだけ言うと、彼のホログラムウィンドウは閉じた。

 

 艦橋の前方に残るのは、ロメロ大佐の姿だけになる。

 

 グラント准将は、肘掛けに置いていた指先をわずかに動かした。

 

「……相変わらずだな」

 

「ええ」

 

 ロメロも苦笑に近いものを浮かべる。

 

「まあ、今回はあの男なりに機嫌が良い方でしょう」

 

 グラント准将は鼻で小さく息を抜いた。

 その程度の言葉で済ませるあたり、二人ともクロウフォードという人物への扱いには慣れ切っている。

 

「それで」

 

 グラント准将は声を戻した。

 

「プラント内部の破壊進捗はどうなっている?」

 

 ロメロは即座に答えた。

 

「正直に申し上げれば、完全破壊の必要は薄れています」

 

 グラント准将は頷く。

 

 予想通りの答えだった。

 

「奏多中尉が管理システム搭載の大型兵器を破壊したことで、プラント全体の機能は停止しました。生産ラインも反応を失っています。現時点では、内部施設を一から潰す意味はほとんどありません」

 

「私もそう思う」

 

 グラント准将は前方の戦術表示を見たまま言う。

 

「むしろ、製造中の無人機や内部装置を可能な限り回収し、解析した方がいい」

 

「同意します」

 

 ロメロが答える。

 

「現場の工兵達も同意見です。破壊するより持ち帰った方が、得られるものは大きい」

 

 そこでグラント准将は、ほんの僅かに口元を緩めた。

 

「……あの教授に文句を言われそうだがな」

 

 ロメロも同じように笑った。

 

「そこは中尉に頑張ってもらわねばなりません」

 

「気の毒な役回りだ」

 

「本人も慣れているでしょう」

 

 短い笑いが交わされる。

 ほんの数秒だけだったが、それはここ数日の中では随分人間らしい時間だった。

 

 そして、教授の名が出たことで、自然と話題は別の若者へ移った。

 

「トンプソン上等兵の件だが」

 

 グラント准将が口にすると、ロメロの表情がわずかに引き締まる。

 

「深夜に上がってきた報告書は読みました」

 

 ロメロが言う。

 

「常識で考えれば、到底受け入れ難い内容でした」

 

「私も同感だ」

 

 グラント准将は率直に答えた。

 

 あの報告書には、常識では説明できないことばかりが並んでいた。

 生体再構築。

 ナノマシン由来の変質。

 巨大な人型兵器とも騎士ともつかぬ戦闘形態。

 どれも、まともな軍人が読む報告書の文体ではない。

 

 だがそれでも、そこに虚偽は少ないのだろうと、経験が告げていた。

 

 ロメロは低く続けた。

 

「それでも私は、あの若者を誇らしく思っています」

 

 その言葉に、グラント准将は視線を上げる。

 

「正気を失わず、仲間のために戦った」

 

 ロメロの声は静かだった。

 だがその静けさの中に、海兵を率いる者の確かな実感がある。

 

「あれだけ悲惨な目に遭っても尚、彼は踏みとどまった」

 

 グラント准将は、ゆっくり頷いた。

 

「ですが、同時に」

 

 ロメロは言葉を足す。

 

「彼の存在そのものが、新たな火種を運ぶ事も危惧しております」

 

「だろうな」

 

 グラント准将も否定しなかった。

 

 若者一人の肉体変容の問題ではない。

 フォルミスと地球人の関係。

 戦力としての価値。

 政治的な利用。

 恐怖。

 羨望。

 排斥。

 

 どれも火種になり得る。

 

 艦橋に一瞬、重たい沈黙が落ちた。

 

 その沈黙を破ったのはロメロだった。

 

「それともう一つ、重要な知らせがあります」

 

 声色が変わる。

 

 雑談の延長ではなく、明確に報告へ戻る声音だった。

 

「連隊のS-4から上がった報告です」

 

 兵站部門。

 補給と装備管理を司る部門だ。

 

 グラント准将は、座席に深く腰を下ろしたまま視線だけを向ける。

 

「ニコラ・テスラの製造工場が稼働し、損失した装備品の補給が始まりました」

 

「そこまでは聞いている」

 

「ですが、異常が起きています」

 

 ロメロの表情は硬い。

 

「補給された火器の数量が合いません。システム上では数字が合っていることになっている。

 ですが、現場の報告では、その補給自体が行われていない」

 

 グラント准将の目が細くなる。

 

「消失を確認している火器は?」

 

「既に二個小隊分です」

 

 ロメロは即答した。

 

「さらに増える可能性も高い」

 

 その数字は軽くない。

 単なる紛失や現場の混乱で片付けられる量を超えていた。

 

 グラント准将は、しばし無言で考える。

 

 その間にロメロが続けた。

 

「私は現場の隊員達を信じています」

 

 その言葉は断言に近かった。

 

「彼らは自分の仕事に誇りを持つ連中です。与えられた銃を粗末に扱うような教育はしていない。

 まして、二個小隊分を揃って消すほど無能でもなければ、愚かでもない」

 

「分かっている」

 

 グラント准将は短く答えた。

 

 兵士の不始末ではない。

 少なくとも、まず疑うべきはそこではない。

 

「システム上では帳尻が合っている、か」

 

 彼は低く繰り返した。

 

「つまり、現物ではなく記録が先に動いている」

 

「ええ」

 

「現場の盗難にしては、手が込んでいるな」

 

 グラント准将は数秒考え、それからはっきりと言った。

 

「海兵隊ではない」

 

 ロメロは黙って頷く。

 

「システムが改ざんされている以上、船団上層部を含めた何者かの手だ」

 

 その言葉が艦橋の空気を冷やした。

 

 兵站記録に手を入れられる者。

 補給の流れを知り、数字の改竄ができる者。

 そして、それだけの量の火器を動かしてもすぐに発覚しない経路を持つ者。

 

 どれも、下っ端では無理だ。

 

 ロメロが低く言う。

 

「船団内部の誰かが、武器を流している」

 

「そういうことになる」

 

 グラント准将は肘掛けの上で指を組んだ。

 

 思い当たることが、ないわけではない。

 だが、今は推測だけで名前を挙げる段階ではない。

 

 確かなのは一つだけだった。

 

 船団の内側に潜んでいた闇が、動き始めている。

 

 しかもそれは、単なる汚職や横流しでは終わらない。

 今この時期に、二個小隊分もの火器が消える理由など一つしかない。

 

 使うためだ。

 

 どこかで。

 誰かが。

 もうすぐ。

 

「警戒を強めましょう」

 

 ロメロが言った。

 

「兵站経路の洗い直し、装備出納の再確認、現場の聞き取りを即時始めます」

 

「頼む」

 

 グラント准将は答えた。

 

「こちらでもシステムアクセス権限を再点検させる。表に出ていない穴があるはずだ」

 

 二人はそれ以上、無駄な言葉を交わさなかった。

 

 十分だった。

 

 何かが起きようとしている。

 しかもそれは、自分達の預かり知らぬ場所で、既にかなり先まで進んでいる。

 

 グラント准将は、閉じられたホログラムの痕跡が残る空間を見つめた。

 

 船団は今、外だけでなく内にも敵を抱えつつある。

 

 そして厄介なのは、内側の敵の方が、しばしば見えにくいということだった。

 

 

 

※※※

 

 

 

降下46日目 1128時 

ニコラ・テスラ 公共区画

 

 

 

 工作艦ニコラ・テスラは、船団の中で最も巨大な艦艇である。

 

 艦種上は工作艦とされている。だが、その実態は単なる工場船ではない。

 ドック艦としての機能まで併せ持ち、中枢艦であるアヴァロンの修理や改修すら行える。

 艦内には日用品から兵器までを製造する工場区画、技研が所有する研究区画、そこで働く者達のための居住区画があり、その他にも様々な設備と空間が収められている。

 

 一隻の艦というより、小さな都市だ。

 

 そしてその都市の一角、公共区画には教育機関群が置かれていた。

 

 移民船団にとって人材の教育は非常に重要だ。

 

 宇宙空間という過酷な環境での生活。

 未知の惑星へ降り立てば、調査し、開拓し、ときに戦う。

 それらに必要な高度な知識と技術を持つ人材を育てるため、ニコラ・テスラの中には複数の教育機関が存在している。

 

 その一つが、VIテスラ分校だった。

 

 ヴィジュニャーナ・インスティチュート。

 OTECの系列企業が独立した際に設立された研究機関。

 その教育部門の一つであり、ゼネラルギャラクシーやトゥリシュナー・ケミカルとも関わりを持つ。

 艦内に置かれた分校ゆえ規模は小さいが、その教育水準は船団内の教育機関の中でも上位に数えられる。

 

 技研の職員はここの卒業生が大半を占めている。

 ハセヤマやハンナも例外ではなく、船団で生まれた彼女達はここが母校だ。

 

 そして、トクタカ教授が身を置く本来の職場でもあった。

 

 ニコラ・テスラの研究区画を占有している異星技術研究所。

 その実態はトゥリシュナー・ケミカルの資本によって運営されているVIの一機関に過ぎない。

 

 その日、トクタカ教授は講義室の教壇の上にいた。

 

 久々に行う講義。

 実に一月半ぶりだった。

 

 内容は、超空間における素粒子の働きについて。

 普段通りなら、学生達は必死にメモを取り、教授の数式と理論を追いかける講義だ。

 だが今日に限っては、教室の空気がどこか上滑りしていた。

 

 理由は単純だった。

 

 学生達が見ているのは、教授の話す内容ではなく、教授そのものだったからだ。

 

 フォルミス降下に伴う非常事態より前。

 最後に講義へ現れたトクタカ教授は、手入れされていない長いぼさぼさの髪を垂らし、よれよれの白衣を着た猫背の女だった。

 非常に見栄えが悪い。

 白衣を脱げば浮浪者と勘違いされてもおかしくない。それが学生達の正直な印象だ。

 

 VIテスラ分校の一年生、レベッカ・ミルズも、その一人だった。

 

 十六歳の飛び級生。

 能力は高い。だが精神的な内面はまだ未成熟な若い少女であり、少し年上の同級生達に混じって、裏でこっそりトクタカ教授を揶揄っていた側の人間でもある。

 

 レベッカは、困惑していた。

 

 見た目が違う。

 髪は整えられ、服装もまともで、何ならうっすら化粧までしている。

 

 身なりなど素粒子レベルですら考慮しなかった人物が、である。

 

 一月半の間に、一体何が起きたのか。

 

 学生達は誰も分からなかった。

 正直、講義どころではない。

 

「──超空間には、未解明の現象がまだ多い」

 

 教授は淡々と板書を続ける。

 

「局所重力波とフォールドカーボンの干渉も、その一つだ。理論的な整合性が取れていても、現象として再現できないものがある」

 

 超空間にはまだ解明できない不思議な現象が多い。

 

 教授がそう言うたび、レベッカ達は心の中で同じことを思っていた。

 

 いえ先生、今まさに実空間で不思議な現象を見ています、と。

 

 

 

※※※

 

 

 

同日 1423時

VIテスラ分校 キャンパス内

 

 

 

 講義を終えたトクタカ教授は、その足で分校長室へ呼び出された。

 

 VIテスラ分校の分校長、カーラ・ウィーブ。

 齢三十の彼女は、研究者ではなく経営者としての才を見込まれて、地球圏から派遣された女だった。

 

 ゼントラーディの混血を示す尖った耳と、鮮やかなシアンの毛髪。

 すらりと伸びた長身に、白いスーツ姿。

 

 スーツが汚れるような仕事は一切しない。

 それが彼女の流儀であり、ある種の誇りでもあるらしい。

 

 トクタカ教授とウィーブの接点は、ほとんど無かった。

 

 理由は単純だ。

 教授が自分の研究にしか興味を持っていないからである。

 

 会議等で何度か顔を合わせたことはある。

 軍部への協力を命じられた際もやり取りはしているが、それは書面とメールの上だけの話だった。

 

 こうして直接呼び出され、一対一で向かい合うのは初めてだ。

 もっとも、教授は呼ばれた理由について大体察していた。

 

 分校長室は、ウィーブという人間そのもののような部屋だった。

 

 無駄がない。整い過ぎている。

 物の配置にも、視線の流れにも、外から見た印象に至るまで、全てが計算されているように思えた。

 

 室内の主であるウィーブは、机越しに教授を見ると微笑んだ。

 

「忙しい中、久しぶりに講義へ出てくれてありがとう」

 

 教授は立ったまま答える。

 

「契約上、出る義務があるからね」

 

 ウィーブはその返答に気を悪くした様子もなく、むしろ面白がるように目を細めた。

 

「一月半ぶりでしょう?」

 

「まだそれしか経っていないのか、という感覚だよ」

 

 教授は率直に言った。

 

「フォルミスへ降りてから、かなり濃い日々だったからね」

 

 それを聞いたウィーブは、労うように頷いた。

 

「それはそうでしょうね」

 

 そして続ける。

 

「でも、貴方は随分変わったわ」

 

 教授はわずかに眉を寄せた。

 

 学生達が授業どころではなかったことくらい、自分でも分かっている。

 だからこそ少し不満だった。

 

「みんな、そこまで驚くことでもないだろうに」

 

 ぼやくように言う。

 

 ウィーブはそれを聞いて、くすりと笑った。

 

「今までの行いの結果じゃないの」

 

 教授はその軽い笑いを受け流し、すぐに話を切り替えた。

 

「ここに呼んだのは世間話のためじゃないんだろう」

 

「ええ、もちろん」

 

 ウィーブは組んでいた指をほどいた。

 

「あなたが見つけたフォルミスのナノマシン技術について、企業側が非常に興味を持っているの」

 

 教授は無言で先を促す。

 

「技研の出資元であるトゥリシュナーは当然として、我々ヴィジュニャーナ、それにゼネラルギャラクシーまで含めてね」

 

 やはり、と思った。

 

 企業がこの技術を欲しがるのは当然だ。

 むしろ今まで表立って食いついてこなかった方が不自然なくらいだった。

 

 今はまだ船団内に所在する支社レベルの話で済んでいる。

 だが、船団が無事生き残り、外部との連絡手段が回復すればどうなるか。

 

 争奪戦になる。

 

 それくらいは容易に予測できた。

 

 ウィーブは教授の沈黙を肯定と見たのか、そのまま続けた。

 

「企業側は、今の危機的状況が逆に独占の好機だと考えているわ」

 

「……商魂逞しいね」

 

「それはそうよ。

 彼らは、フォルミスのナノマシンが“例の細菌”と同質の存在として見ているもの」

 

 教授は、それが何であるか即座に理解した。

 企業側から提供されていた極秘資料の話だ。

 

 惑星ガリア4。

 そこで発見された生物と、その体内に共生する細菌。

 

 そして、フォールド・クオーツ。

 

 三次元空間では生成不可能とされる物質を内包する、異常な存在。

 

 その能力は、つい先日ラクテンスが実戦投入したことで、嫌でも証明された。

 通信技術だけ取っても、既存技術を遥かに凌駕する可能性を持つ物質だ。

 

 教授はそこで、自身の仮説を口にした。

 

「ナノマシンは、その細菌の模倣を試みた結果の産物なのかもしれない」

 

 ウィーブが少しだけ目を見開く。

 

 教授は続けた。

 

「Dr.ノームの論文には、プロトカルチャーがあの生物を神聖視していた可能性が記されている」

 

「更に、その助手が生物の特性を模倣する論文を書いていたはずだ。ボクも一度目を通している」

 

 その論文の印象も思い出す。

 

 フォールドネットワーク化。

 個々を一つの系に組み込む発想。

 

 教授はそれを好まなかった。

 

「アレは悪手だと、ボクは思ったけどね。

 あんなのは進化ではなく退化だ。恩恵があったとしても、せいぜい四半世紀くらいじゃないか?」

 

 書いた人物はきっと、合理性を追求したつもりで、非合理に落ちた類の人間なんだろうと、教授は思っていた。

 

「まぁ、それについては、今はどうでも良い」

 

 少し間を置き、言葉を継ぐ。

 

「重要なのは、これ自体が後発文明である地球人類ですら容易に想像できると言う点だ。

 十万年、あるいは五十万年前の文明社会が考えなかった筈が無い」

 

 そこまで聞いて、ウィーブは素直に感嘆したように息をついた。

 

「さすがね」

 

 だが、教授の話は止まらない。

 

「しかし、だ」

 

「いずれにせよ、ナノマシンの製造元であるフォルミス=コアを解析しなければ、話は進まない。

 我々の技術力では、フォルミスのナノマシンを製造するどころか、完全な解析すら不可能だ。

 一度、蟻型無人機を分解してナノワイヤーへ変換したことはある。だが、それ以上のことをしようとするなら長い時間が必要になる」

 

 ウィーブは「成程」と頷いた。

 

 そして笑みを浮かべる。

 

「そういうことにしておくわ」

 

 その言い方に、教授はわずかに眉をひそめる。

 

 ウィーブは続けた。

 

「でも、AIの解析は近いうちに実現可能になるでしょうね」

 

「……どういうことだ」

 

 教授の声が少し低くなる。

 

 ウィーブは椅子に深く腰を預けた。

 

「地下世界では、コンポーザによる戦いが起きようとしている」

 

「その戦いが終われば、フォルミス=コアに近づく機会にも恵まれるでしょう」

 

 含みのある言葉だった。

 

 あまりに自然に言う。

 まるで、戦いが起きることも、その先の展開も、既に織り込み済みだとでも言いたげに。

 

 教授は胸の奥に妙なざわつきを覚えた。

 

「……早計だよ」

 

 短く返す。

 

 だがウィーブはそれ以上反論しなかった。

 ただ微笑んでいる。

 

 教授は、その笑みが恐ろしいものに思えた。

 

 

 

※※※

 

 

 

同日 1503時

空母スキピオ 第9格納庫

 

 

 

 第9格納庫の奥、整備台の並ぶ一角に、クレーンの駆動音が低く響いていた。

 

 海兵隊が回収した機体が運び込まれてくる。

 

 ライトに照らされ、吊り下げられているそれを見上げながら、ペイジは小さく口笛を鳴らしかけてやめた。

 

「……よく無事だったな、お前」

 

 素直にそう言うしかなかった。

 

 クレーンに吊られているミョルニルは、もはや機体と呼ぶのも躊躇う有様だった。

 残っているのはバトロイド形態の胴体部がほとんどで、四肢は失われ、外装のあちこちが剥がれ、内部フレームと配線がむき出しになっている。

 焦げ跡と裂傷だらけの残骸。少しでも角度を変えれば、どこが元の輪郭だったのか分からなくなりそうなほど無惨だった。

 

 その隣で、トールはしばらく黙って愛機の成れの果てを見上げていた。

 

「俺もそう思う」

 

 やがて、ぽつりと答える。

 

「ミョルニルが頑丈だったのと、運が良かった。多分その両方だ」

 

 ペイジは鼻で笑った。

 

「運だけで済む見た目じゃねぇよ、これ」

 

「だよな」

 

 トールも苦笑する。

 

 だが、その目は機体から離れない。

 

 改めて、自分がどれほどぎりぎりのところで助かったのかを実感しているのだろう。

 あの墜落。あの竪穴。

 壁や構造材にわざと機体を擦らせ、無理やり減速しながら落ちた話はもう聞いていたが、その結果がこれなら、正直よく胴体フレームが残ったものだとしか思えない。

 

 ペイジは少し肩を竦める。

 

「で、海兵隊の親分が、こいつを修理するつもりらしい」

 

 その言葉に、トールがようやく視線をこちらへ向けた。

 

「……は?」

 

「そういう顔するよな」

 

 ペイジは少し笑った。

 

「俺も最初に聞いた時は、あの親父ついに正気を失ったのかと思った」

 

 トールはもう一度、吊られた機体を見る。

 

「修理、できるのかよ。これ」

 

「できるらしい」

 

 ペイジは即答した。

 

「実際に見積もり回してる連中がそう言ってた。フレームさえ生きてりゃ何とかなるんだとさ」

 

 そこで機体を見上げ直し、呆れ半分に吐き捨てる。

 

「ミョルニルを作った連中、やっぱ頭おかしいんだわ」

 

「否定できねぇな……」

 

 トールの口元が少しだけ緩む。

 

 だが、その表情の奥には、はっきりとした安堵も混ざっていた。

 廃棄されると思っていた愛機が、まだ戻ってくるかもしれない。

 その事実は、思っていた以上にこいつの中で大きいらしい。

 

 ペイジはその顔を見て、わざと軽い調子で言った。

 

「ま、残念だったな」

 

「何がだよ」

 

「エクスカリバーに乗れるチャンスだったかもしれねぇのに」

 

 トールは即座に顔をしかめる。

 

「ねぇよ」

 

「アーサーと和解したんだろ」

 

「だからって鞍替えする気は無いって」

 

 返答に迷いがなかった。

 

「第一、あの航空団長が俺達のこと再評価すると思うか?」

 

 ペイジは数秒だけ真顔になってから、堪えきれずに笑った。

 

「しねぇな」

 

「だろ」

 

「あのクソ野郎の下で飛ぶくらいなら、畑に農薬撒いてる方が何万倍もマシだ」

 

「お前それ、農家の息子の前で言う台詞か?」

 

「だから分かりやすく言ってやってんだよ」

 

 そう返しながらも、ペイジは内心で別のことを考えていた。

 

 トールの停まっていた時間が、また動き出している。

 

 五年前の一件以来、こいつは飛んでいてもどこか止まったままだった。

 前へ進むことに、どこかで自分自身が許可を出していなかった。

 

 だが今は違う。

 

 自分でもまだ全部は整理できていないだろうが、それでも確実に、止まっていた針がまた回り始めている。

 

 その気になれば、こいつはまたソード隊に挑める。

 実力だけなら十分だ。

 

 だからこそ、惜しいと思っていた。

 だが、仲間としては嬉しい。どちらも本音で、どちらも少し面倒くさい感情だった。

 

 だから、そのどちらも表に出さないようにして、ペイジはいつもの調子に戻る。

 

「ま、サンダーストラック隊のままでいたい理由は別にあるんだろ」

 

「別?」

 

「教授がいるからだろ」

 

 揶揄うつもりで言った。

 

 いつも通りに、少しは否定するか、照れるか、誤魔化すかと思っていた。

 

 だがトールは、実にあっさり頷いた。

 

「そうだな」

 

 ペイジは面を食らった。

 

「……お前な」

 

「今回のことで思い知った」

 

 トールは、吊られたミョルニルではなく、その向こうの何かを見るような目で言った。

 

「撃墜されて、落ちて、助かった後も、頭に残ってたのはアイのことばっかだった」

 

 それは惚気だ。

 どう聞いても惚気だった。

 

 しかも本人は大真面目で言っている。

 

 ペイジは思わず顔をしかめる。

 

「聞いてるこっちが恥ずかしくなるぜ」

 

「悪いかよ」

 

「まあ、悪くはねぇけどよ」

 

 ペイジはそこで息を吐いた。

 

 そして今度は、少し声の調子を落とす。

 

「ただな。お前さんがそれだけあの女に惚れてるなら、覚悟はしておけ」

 

 トールが目を向ける。

 

 ふざけていないと分かったのだろう。すぐに表情が締まった。

 

 ペイジは、クレーンに吊られた残骸を見上げたまま続ける。

 

「教授の立ち位置は、お前が思ってる以上に危うい」

 

「俺達がフォルミスで見つけた物は、どれも上の連中にとっちゃとんでもなく価値が高い」

 

「技術も、情報も、例のナノマシンも、全部だ」

 

 一拍置く。

 

「当然、教授本人もその中に入ってる」

 

 トールは黙って聞いている。

 

 ペイジは続けた。

 

「これから先、あらゆる連中がフォルミスの技術と教授の知識を奪い合うはずだ」

 

「統合政府の連中だけじゃねぇ。大企業も来る。変な思想を抱えた組織も群がる。プロフェットとやらの宗教王国なんかより、よっぽどタチが悪い連中がな」

 

 そこでようやく、トールの目が鋭くなる。

 

「……ああ」

 

「その中で、お前は教授の傍に立ち続けられるのか」

 

 問いというより、確認だった。

 

 だがトールの答えは一瞬だった。

 

「勿論だ」

 

 迷いが無い。

 

 ペイジは、それを聞いて、半ば呆れ、半ば安心する。

 

 そして次の瞬間、トールが余計なことを言った。

 

「もしもの時は、お前も協力してくれるだろ?」

 

「勝手に巻き込むな」

 

 反射的にそう返したが、声は少し笑っていた。

 

 聞くだけ野暮だった、とペイジは内心で反省する。

 

 こいつがこう答えるのは分かりきっていた。

 分かっていて聞いたのは、自分の中にまだ少しだけ迷いがあったからだろう。

 だが、その迷いももう要らない。

 

 だからこそ、最後に本当に必要なことだけを言う。

 

「……今言ったことは、脅しじゃない。実際に起こり得る未来だ」

 

「だから、本当に気をつけろ」

 

 トールは、今度は少しだけ強く頷いた。

 

「ああ」

 

 短い返事。

 

 だがそれは、ペイジに答えているようでいて、自分自身にも言い聞かせているようだった。

 

 クレーンがゆっくりと唸りを上げる。

 残骸同然のミョルニルが、整備台の上へ下ろされていく。

 

 これから修理が始まる。

 

 壊れた機体の再生。

 止まっていた時間の再始動。

 そして、守るべきものを守るための覚悟。

 

 その全てを重ねるように、格納庫の白い作業灯が、無惨な胴体フレームを静かに照らしていた。




登場人物

 ピカス(50代:男性)
  ドルシのマブダチ。

 プアン(20代:女性)
  昔事務方、今武闘派。

 レベッカ・ミルズ(16歳:女性)
  ミルズ大佐の娘さん。大佐の事はママと呼んでる。

 カーラ・ウィーブ(30歳:女性)
  カンブ◯ア宮殿とかガ◯アの夜明けとかで出てきそう。
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