マクロス・ディソナンス   作:藻瑠江 嵐

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第2章になります。


2.サンダーストラック
第4話(挿絵あり)


 空から大きな船が落っこちてきて、一日経った。

 

 私は生まれて初めてあんな大き物を見たけど、あんなものが本当に飛んでいたなんてとても思えない。


 守護者様だって、あんなに大きければ分解するまでとても長い時間が必要だと思う。

 

 あれは、お婆が言っていた、災いを呼び込む者たちの船なのかな。

 でも、そうじゃなさそうかな。

 

 お婆が言ってた災いを呼び込む者は、仲間を助けることなんてしない悪いヤツだったみたい。

 

 でも、あの人たちは違った。


 倒れた仲間を引きずって、盾になるように前に出て、必死に守っていた。

 

 じゃあ、どうして守護者様はあの人たちと戦っているのだろう。


 あの人達は、どうして守護者様を壊すのだろう。

 

 お父さんに聞いても分からないと言うし、長老に聞いても難しいことばかりで、私にはよく分からない。

 

 分からないけど、私はあの人たちが悪い奴には思えない。

 

 ──だって、今、家で眠っている人は、私たちと同じ形をしているんだもん。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

第3遠征海兵連隊 第302強襲歩兵中隊

第2小隊 第4分隊

上等兵 ニール・トンプソン (生態識別タグ、及び同ログより)

 

 

 

 

 最初に戻ってきたのは、音だった。

 

 水のせせらぎ。
 金属音じゃない。機械音でもない。


 そんな音がこの世にあることを、彼は一瞬忘れていた。

 

 次に匂いが来た。


 湿った土と、乾いた石と、煮炊きの残り香みたいなもの。

 

 ニール・トンプソンはゆっくりと目を開けた。

 

 天井がある。


 けれど船の天井じゃない。


 岩を削ったようなざらついた面が、ぼんやりと視界に入る。

 

 ──生きてる。

 

 その事実が胸に落ちた瞬間、別の違和感が引っかかった。

 

 痛みがない。

 身体は重い、腕も脚も鉛みたいだ。


 でも、骨が砕けた痛みも、内臓が裂ける痛みもない。

 

 撃墜されて、落ちた。


 あの衝撃のあとで、こんなに「形」を保っていられるはずがない。

 

 喉がひりつく。

 声を出そうとして息だけが漏れた。

 

 その時、視界の端で小さな影が動いた。

 

 

 ——少女がいた。

 

 こちらをじっと見ている。


 武器はない。

 身構えてもいない。


 怖がってもいない。

 

 ただ、興味深そうにこちらを見ているようだった。

 

 ニールは反射的に体を起こそうとしたが、思うように動かない。


 少女は一歩だけ近づいた。

 距離を詰めるというより、確かめる動き、そして首を傾げる。

 

 次の瞬間、にこりと笑った。

 

 意味の分からない言葉が、柔らかな声でこぼれる。


 警戒でも威嚇でもない。

 むしろ──見つけた、という顔だった。

 少女は幾つもの言葉を彼に向けるが、その全てが聞いた事のない言葉。

 

 だが、ただ一つ、短い2文字の音の意味だけは分かったような気がした。

 少女は自分を指して、同じ音をもう一度言う。

 

「……セラ?」

 

 彼が真似すると、少女は満足そうに頷いた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 名前だ。


 少なくとも、それだけは通じたらしい。

 

 ニールは息を吐いた。

 まだ何も分からない。


 でも、この子は俺を殺す気はない──そう思えた。

 

 セラは彼の横に置かれた布を指差し、外を指し、もう一度笑った。


 それから軽やかに部屋の外へ駆けていく。

 

 取り残されたニールは天井を見上げ、乾いた笑いを漏らした。

 

「……なんだよ、それ」

 

 

 

※※※

 

 

降下2日目 推定時刻0611時

(カレンデュラ・ダリア船員救助作戦より18時間)

アヴァロン 艦橋最上部

 

 

 艦橋は張り詰めていた。

 

 交戦記録は断片的で、通信は穴だらけ。


 救助も、戦力配分も、まだ決めきれていない。

 

 何もかもが進まない。


 そういう状態だった。

 

「失礼するよ」

 

 グラント准将が状況図を睨んでいるところへ、白衣の女が現れた。

 

「……どうやって入ったのだ?」

 

「ニコラ・テスラから、フツーに」

 

 トクタカ教授は、当然のように言った。

 グラント准将の傍らに立つミルズ大佐が、一歩前に出る。

 

「艦橋への立ち入り許可は──」

 

「取ってない」

 

 即答だった。

 准将は、眉間を押さえた。

 

「用件は」

 

「調査に行きたい。手空きの機体を貸して」

 

「状況が分かっているのですか?」

 

 ミルズの声が鋭くなる。

 

「分かってる」

 

 教授は迷わない。

 

「仮説を証明するには、現地で直接見ないと意味がない」

 

「危険すぎる」

 

 准将が言った。

 

「それに、今は手空きの部隊など存在しない」

 

「あるよ」

 

 教授は、さらりと返す。

 

「全部隊の配備計画は把握してる。


 一つだけ、何もしていない部隊があるよね?」

 

「……それは、左遷部隊です」

 

 ミルズが答える。

 

「知ってる」

 

 教授は頷いた。

 

「飛べるなら何でもいい。


 と言うより、この機体が、ボクのニーズに合ってる」

 

「VA-5か」

 

「そう。脚が遅くて、目立たないやつ」

 

 准将が眉を寄せる。

 

「なぜ、それが必要だ」

 

 教授は端末を示した。

 

「相手は、脚の速いVFが戦術の要であるところまで学習してる」

 

 端末に映るログを指でなぞりながら、続ける。

 

「だから、脚が遅い機体は優先的に落とされない。


 いつでも落とせるから、後回しにされる。


 脅威と見なされにくい」

 

 ミルズが食い下がった。

 

「なぜ、そこまで分かるのです?」

 

「簡単だよ。

 蟻を通して観測されてる」

 

 教授は、言い切る。

 

 

「現に、降下後の“歓迎”から、襲撃はかなり散発的になっている。


 まるで、こちらの出方を伺っているみたいだよね?」

 

 准将が、ゆっくりと頷いた。

 

「……そうだな。


 私も、威力偵察のようにこちらの反応を確認しているのだと思っている」

 

 教授は、その言葉を確認すると、畳みかけるように続けた。

 

「宇宙で、あれだけのことができる連中が、
それでも何とかして、ここに来たボクたちをどう思うと思う?」

 

 一拍置く。

 

「仮に逆の立場だったとして。


 侵略も破壊もしない相手を見て、
統合政府は、何をする?」

 

 艦橋に、沈黙が落ちた。

 教授は、低い声で続ける。

 

「彼方は知りたがってる。


 なら、こちらも知るべきだ」

 

 そして、きっぱりと言った。

 

「最悪の事態だけは回避しよう。


 だから頼む」

 

 准将は、しばらく黙っていた。

 

 やがて、短く息を吐く。

 

「……あの部隊は、愚連隊だ」

 

 教授は首を傾げた。

 

「何それ?」

 

 

 そして、何でもないことのように続ける。

 

「もう一度言うけど。

 飛べさえすれば、問題ないよ」

 

 准将とミルズは、言葉を失った。

 

 

 

※※※

 

 

 

同日 0648時

アウグストゥス級宇宙空母

《CV-789 スキピオ》 第9格納庫

 

 ハンガーは、いつもより騒がしかった。

 牽引車が走り、整備用アームが唸る。


 だがそれは出撃前の昂りというより、久しぶりに「使われることになった場所」のざわめきだった。

 

 第78戦術飛行隊

 通称《サンダーストラック隊》は、雑用の途中で呼び出された。

 

 調査任務。


 撃墜されたアルバトロスの周辺地域を確認せよ。

 

「……俺たちに?」

 

 誰かが吐き捨てる。

 

 サンダーストラック隊は、規則上最低限の訓練以外、艦内の雑用ばかりを回される部隊だった。


 飛べるのに、飛ばされない。


 居場所を失った人間が流れ着き、やがて自分から去っていく場所。

 バルキリー乗り達に、そう言われるような場所であった。

 

 その中でしぶとく居座る男、

 トール・奏多は自分の機体を見上げていた。

 

《VA-5 ミョルニル》

 

 統合戦争よりも昔、人間同士が地球で戦争をしていた時代。

「雷電」や「イボイノシシ」の愛称で呼ばれた、攻撃機があった。


 その設計思想を可変機に落とし込んだのがVA-5である。

 

 思想だけなら、まだマシだったのだろう。


 運用そのものまでが、過去の呪縛に囚われたそれは、大気が存在する居住可能な惑星を低速で飛ぶ以上の性能は無い。

 それならば装備を施したVFを使った方が遥かにマシだった。

 

 一応、防御力と火力は可変機としては破格である。


 だが、それすらVFには後付け装備で代替できる。

 

 この機体がいかに不要な存在なのかは、もはや語るまい。

 

 ──俺たちと一緒だ。

 

 そう思った時、トールは違和感に気づいた。

 コクピット周りが、いつもと違う。

 

「……なんで、俺の機体が複座になってんだ?」

 

 整備員が答えるより先に、背後から声がした。

 

「ボクが乗るからだよ」

 

 白衣、乱れた栗色の髪、場違いな猫背の女。

 

「異星技術研究所、主任研究員のトクタカ。

 教授だよ。

 今回の調査、同行するから」

 

 ハンガーの空気が凍る。

 

「冗談だろ」

「民間人?」

 

 男達が騒つくが、教授は気にも留めない。

 

「現地で直接見たいものがある」

 

「見たいって……

 危ねぇんだぞ」

 

 トールが言う。

 

「知ってる」

 

 教授は即答した。

 

「だから来た」

 

 トールは深く息を吐いた。

 

 ──コイツは、大変なことになってきた。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

推定時刻0836

峡谷地帯(アルバトロス墜落地点付近)

 

 

 

 鈍色の峡谷を、二人は歩いていた。

 

 ニールの少し後ろを、セラが当然のようについて来ている。


 風は弱いのに、岩肌の隙間を抜ける音がやけに耳につく。


 足元の砂利が乾いた音を立てるたび、空気が広いことを思い出す。

 

 閉じた船の中で生まれ育ったはずなのに、外の空気が肺に入ってくるだけで、どこか懐かしい感じがした。

 

 ニールは振り返り、身振りで「戻れ」「危ない」を伝える。

 

 言葉が通じないのは分かっている。


 それでも、やらずにいられない。

 

 セラは一瞬だけ首を傾げ、くすっと笑った。


 分からないのではなく、気にしていない笑い方だった。

 

「……なんなんだよ」

 

 ニールが小さく呟くと、セラは同じ調子で何か言った。


 意味は分からないのに、からかわれている気がした。

 

 彼は、歩きながら思い返す。

 

 自分が目を覚ました場所、そこは「敵地」ではなかった。


 少なくとも──自分は殺されなかった。

 セラが笑いながら名乗ったことだけが、やけに鮮明だ。

 

 それから、集落の大人たちは自分を遠巻きに見ていた。


 怖がっているようにも、怒っているようにも見えた。


 ただ、どうしていいか分からない目だった。

 

 ニールは、アルバトロスを探すべきだと思った。


 通信手段を確保して、状況を伝える。


 それは「軍人として」というより「生存者として」の判断のように思えた。

 

 そして、集落を出た時から、セラがついて来た。

 

 止める親はいなかった。


 追いかけてくる大人もいなかった。

 それが少し、不気味に思えた。

 

 

 峡谷の奥に焦げた匂いが混じり始める。


 地面の色が変わり、岩肌に黒い筋が走る。

 墜落地点だった。

 

 アルバトロスは、そこに“あった”。


 だが形は残っていない。


 骨のようなフレームが散らばり、装甲が剥がれ、配線が砂に埋もれている。

 ニールは息を呑んだ。

 

「……マジかよ」

 

 近づくほど、胸の奥が冷える。

 

 そのとき、違和感が刺さった。

 

 破断面が、きれいすぎる。

 墜落で裂けたにしては、線が揃っている。


 剥がされたように見える。

 

 誰かが、ここに来た。


 誰かが、機体をバラした。

 いや、誰かと言うより「何か」だ。

 

 ニールは喉を鳴らし、銃を握り直した。

 

 砂がざわつく。

 

 視界の端から、蟻型が姿を現した。


 十体前後。

 ばらけて、じりじり距離を詰めてくる。

 

 ニールは後退しながら、セラを見る。

 

「来るな!」

 

 意味のない言葉でも、口に出してしまう。

 

 その瞬間、地面が盛り上がった。

 砂が裂け、岩が押しのけられ、鈍い装甲が露出する。

 

 甲虫型。

 

 重い、大きい、近い。

 逃げ場がない。

 

 ニールは反射的にセラを庇おうとした。

 

 だが遅い。

 

 セラは前に出ていた。

 

「セラ、ダメだ! 

 下がれ!」

 

 叫びは届かない。

 

 

 ——その時だった

 

 

 セラの身体が淡く光った。

 肌に細い光の筋が走る。

 一本ではない、無数の光が幾重にも重なり、交差し、絡み合う。


 血管のようで回路のようで、どちらでもない。

 

 その光は彼女の喉元に集まっていく。

 そして、セラの口が開いた。

 

 出てきた音は──歌ではなかった。

 少なくとも、ニールの知っている歌ではない。

 

 歌詞はない。

 ハミングでもない。


 低い音が地面を震わせるように響き、同時に高い音が空気を切る。


 ひとつの声から複数の響きが重なって聞こえる。


 祈りのようでもあり、命令のようでもあり、ただの振動のようでもあった。

 

 セラ自身は必死でも、楽しそうでもない。


 当たり前のことをしている顔で、そこに立っている。

 

 甲虫型が、わずかに動きを止めた。

 

 砲口が、ほんの少し下がる。

 蟻型の群れも、同調するように動きが鈍くなる。

 

 停止ではない。

 壊れたのでもない。


 ただ、攻撃性だけが抜け落ちていくようだった。

 

 ニールは銃を構えたまま、撃てなかった。

 

 撃つ理由が消えた、というより──
 撃ってはいけない気がした。

 

「……なんだよ、これ」

 

 声が震えていた。

 

 その時、遠くで低い振動が響いた。

 地鳴りのような、重い音。


 空から何かが近づいてくる。

 

 セラの“声”は止まらない。
 機械たちは動かない。

 

 峡谷の底で、理解できない現象だけが進行していた。




登場人物

 ニール・トンプソン (年齢:20)
  海兵隊の若い兵士。
  やりたい事が何もないのでハイスクールを卒業して
  即入隊した若者。


 セラ (年齢:10代前半)
  惑星の原住民の子。
  日々の暮らしに退屈している。
  田舎暮らしって、暇つぶしの手段を見つけるのが至上命題。


 トール・奏多 (年齢:30)
  盛大なやらかしをして、追い出し部屋送りとなったが、
  追い出し部屋に居座っちゃった人。

 
 
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