第4話(挿絵あり)
空から大きな船が落っこちてきて、一日経った。
私は生まれて初めてあんな大き物を見たけど、あんなものが本当に飛んでいたなんてとても思えない。
守護者様だって、あんなに大きければ分解するまでとても長い時間が必要だと思う。
あれは、お婆が言っていた、災いを呼び込む者たちの船なのかな。
でも、そうじゃなさそうかな。
お婆が言ってた災いを呼び込む者は、仲間を助けることなんてしない悪いヤツだったみたい。
でも、あの人たちは違った。
倒れた仲間を引きずって、盾になるように前に出て、必死に守っていた。
じゃあ、どうして守護者様はあの人たちと戦っているのだろう。
あの人達は、どうして守護者様を壊すのだろう。
お父さんに聞いても分からないと言うし、長老に聞いても難しいことばかりで、私にはよく分からない。
分からないけど、私はあの人たちが悪い奴には思えない。
──だって、今、家で眠っている人は、私たちと同じ形をしているんだもん。
※※※
第3遠征海兵連隊 第302強襲歩兵中隊
第2小隊 第4分隊
上等兵 ニール・トンプソン (生態識別タグ、及び同ログより)
最初に戻ってきたのは、音だった。
水のせせらぎ。 金属音じゃない。機械音でもない。
そんな音がこの世にあることを、彼は一瞬忘れていた。
次に匂いが来た。
湿った土と、乾いた石と、煮炊きの残り香みたいなもの。
ニール・トンプソンはゆっくりと目を開けた。
天井がある。
けれど船の天井じゃない。
岩を削ったようなざらついた面が、ぼんやりと視界に入る。
──生きてる。
その事実が胸に落ちた瞬間、別の違和感が引っかかった。
痛みがない。
身体は重い、腕も脚も鉛みたいだ。
でも、骨が砕けた痛みも、内臓が裂ける痛みもない。
撃墜されて、落ちた。
あの衝撃のあとで、こんなに「形」を保っていられるはずがない。
喉がひりつく。
声を出そうとして息だけが漏れた。
その時、視界の端で小さな影が動いた。
——少女がいた。
こちらをじっと見ている。
武器はない。
身構えてもいない。
怖がってもいない。
ただ、興味深そうにこちらを見ているようだった。
ニールは反射的に体を起こそうとしたが、思うように動かない。
少女は一歩だけ近づいた。
距離を詰めるというより、確かめる動き、そして首を傾げる。
次の瞬間、にこりと笑った。
意味の分からない言葉が、柔らかな声でこぼれる。
警戒でも威嚇でもない。
むしろ──見つけた、という顔だった。
少女は幾つもの言葉を彼に向けるが、その全てが聞いた事のない言葉。
だが、ただ一つ、短い2文字の音の意味だけは分かったような気がした。
少女は自分を指して、同じ音をもう一度言う。
「……セラ?」
彼が真似すると、少女は満足そうに頷いた。
名前だ。
少なくとも、それだけは通じたらしい。
ニールは息を吐いた。
まだ何も分からない。
でも、この子は俺を殺す気はない──そう思えた。
セラは彼の横に置かれた布を指差し、外を指し、もう一度笑った。
それから軽やかに部屋の外へ駆けていく。
取り残されたニールは天井を見上げ、乾いた笑いを漏らした。
「……なんだよ、それ」
※※※
降下2日目 推定時刻0611時
(カレンデュラ・ダリア船員救助作戦より18時間)
アヴァロン 艦橋最上部
艦橋は張り詰めていた。
交戦記録は断片的で、通信は穴だらけ。
救助も、戦力配分も、まだ決めきれていない。
何もかもが進まない。
そういう状態だった。
「失礼するよ」
グラント准将が状況図を睨んでいるところへ、白衣の女が現れた。
「……どうやって入ったのだ?」
「ニコラ・テスラから、フツーに」
トクタカ教授は、当然のように言った。
グラント准将の傍らに立つミルズ大佐が、一歩前に出る。
「艦橋への立ち入り許可は──」
「取ってない」
即答だった。
准将は、眉間を押さえた。
「用件は」
「調査に行きたい。手空きの機体を貸して」
「状況が分かっているのですか?」
ミルズの声が鋭くなる。
「分かってる」
教授は迷わない。
「仮説を証明するには、現地で直接見ないと意味がない」
「危険すぎる」
准将が言った。
「それに、今は手空きの部隊など存在しない」
「あるよ」
教授は、さらりと返す。
「全部隊の配備計画は把握してる。
一つだけ、何もしていない部隊があるよね?」
「……それは、左遷部隊です」
ミルズが答える。
「知ってる」
教授は頷いた。
「飛べるなら何でもいい。
と言うより、この機体が、ボクのニーズに合ってる」
「VA-5か」
「そう。脚が遅くて、目立たないやつ」
准将が眉を寄せる。
「なぜ、それが必要だ」
教授は端末を示した。
「相手は、脚の速いVFが戦術の要であるところまで学習してる」
端末に映るログを指でなぞりながら、続ける。
「だから、脚が遅い機体は優先的に落とされない。
いつでも落とせるから、後回しにされる。
脅威と見なされにくい」
ミルズが食い下がった。
「なぜ、そこまで分かるのです?」
「簡単だよ。
蟻を通して観測されてる」
教授は、言い切る。
「現に、降下後の“歓迎”から、襲撃はかなり散発的になっている。
まるで、こちらの出方を伺っているみたいだよね?」
准将が、ゆっくりと頷いた。
「……そうだな。
私も、威力偵察のようにこちらの反応を確認しているのだと思っている」
教授は、その言葉を確認すると、畳みかけるように続けた。
「宇宙で、あれだけのことができる連中が、 それでも何とかして、ここに来たボクたちをどう思うと思う?」
一拍置く。
「仮に逆の立場だったとして。
侵略も破壊もしない相手を見て、 統合政府は、何をする?」
艦橋に、沈黙が落ちた。
教授は、低い声で続ける。
「彼方は知りたがってる。
なら、こちらも知るべきだ」
そして、きっぱりと言った。
「最悪の事態だけは回避しよう。
だから頼む」
准将は、しばらく黙っていた。
やがて、短く息を吐く。
「……あの部隊は、愚連隊だ」
教授は首を傾げた。
「何それ?」
そして、何でもないことのように続ける。
「もう一度言うけど。
飛べさえすれば、問題ないよ」
准将とミルズは、言葉を失った。
※※※
同日 0648時
アウグストゥス級宇宙空母
《CV-789 スキピオ》 第9格納庫
ハンガーは、いつもより騒がしかった。
牽引車が走り、整備用アームが唸る。
だがそれは出撃前の昂りというより、久しぶりに「使われることになった場所」のざわめきだった。
第78戦術飛行隊
通称《サンダーストラック隊》は、雑用の途中で呼び出された。
調査任務。
撃墜されたアルバトロスの周辺地域を確認せよ。
「……俺たちに?」
誰かが吐き捨てる。
サンダーストラック隊は、規則上最低限の訓練以外、艦内の雑用ばかりを回される部隊だった。
飛べるのに、飛ばされない。
居場所を失った人間が流れ着き、やがて自分から去っていく場所。
バルキリー乗り達に、そう言われるような場所であった。
その中でしぶとく居座る男、
トール・奏多は自分の機体を見上げていた。
《VA-5 ミョルニル》
統合戦争よりも昔、人間同士が地球で戦争をしていた時代。
「雷電」や「イボイノシシ」の愛称で呼ばれた、攻撃機があった。
その設計思想を可変機に落とし込んだのがVA-5である。
思想だけなら、まだマシだったのだろう。
運用そのものまでが、過去の呪縛に囚われたそれは、大気が存在する居住可能な惑星を低速で飛ぶ以上の性能は無い。
それならば装備を施したVFを使った方が遥かにマシだった。
一応、防御力と火力は可変機としては破格である。
だが、それすらVFには後付け装備で代替できる。
この機体がいかに不要な存在なのかは、もはや語るまい。
──俺たちと一緒だ。
そう思った時、トールは違和感に気づいた。
コクピット周りが、いつもと違う。
「……なんで、俺の機体が複座になってんだ?」
整備員が答えるより先に、背後から声がした。
「ボクが乗るからだよ」
白衣、乱れた栗色の髪、場違いな猫背の女。
「異星技術研究所、主任研究員のトクタカ。
教授だよ。
今回の調査、同行するから」
ハンガーの空気が凍る。
「冗談だろ」
「民間人?」
男達が騒つくが、教授は気にも留めない。
「現地で直接見たいものがある」
「見たいって……
危ねぇんだぞ」
トールが言う。
「知ってる」
教授は即答した。
「だから来た」
トールは深く息を吐いた。
──コイツは、大変なことになってきた。
※※※
推定時刻0836
峡谷地帯(アルバトロス墜落地点付近)
鈍色の峡谷を、二人は歩いていた。
ニールの少し後ろを、セラが当然のようについて来ている。
風は弱いのに、岩肌の隙間を抜ける音がやけに耳につく。
足元の砂利が乾いた音を立てるたび、空気が広いことを思い出す。
閉じた船の中で生まれ育ったはずなのに、外の空気が肺に入ってくるだけで、どこか懐かしい感じがした。
ニールは振り返り、身振りで「戻れ」「危ない」を伝える。
言葉が通じないのは分かっている。
それでも、やらずにいられない。
セラは一瞬だけ首を傾げ、くすっと笑った。
分からないのではなく、気にしていない笑い方だった。
「……なんなんだよ」
ニールが小さく呟くと、セラは同じ調子で何か言った。
意味は分からないのに、からかわれている気がした。
彼は、歩きながら思い返す。
自分が目を覚ました場所、そこは「敵地」ではなかった。
少なくとも──自分は殺されなかった。
セラが笑いながら名乗ったことだけが、やけに鮮明だ。
それから、集落の大人たちは自分を遠巻きに見ていた。
怖がっているようにも、怒っているようにも見えた。
ただ、どうしていいか分からない目だった。
ニールは、アルバトロスを探すべきだと思った。
通信手段を確保して、状況を伝える。
それは「軍人として」というより「生存者として」の判断のように思えた。
そして、集落を出た時から、セラがついて来た。
止める親はいなかった。
追いかけてくる大人もいなかった。
それが少し、不気味に思えた。
峡谷の奥に焦げた匂いが混じり始める。
地面の色が変わり、岩肌に黒い筋が走る。
墜落地点だった。
アルバトロスは、そこに“あった”。
だが形は残っていない。
骨のようなフレームが散らばり、装甲が剥がれ、配線が砂に埋もれている。
ニールは息を呑んだ。
「……マジかよ」
近づくほど、胸の奥が冷える。
そのとき、違和感が刺さった。
破断面が、きれいすぎる。
墜落で裂けたにしては、線が揃っている。
剥がされたように見える。
誰かが、ここに来た。
誰かが、機体をバラした。
いや、誰かと言うより「何か」だ。
ニールは喉を鳴らし、銃を握り直した。
砂がざわつく。
視界の端から、蟻型が姿を現した。
十体前後。
ばらけて、じりじり距離を詰めてくる。
ニールは後退しながら、セラを見る。
「来るな!」
意味のない言葉でも、口に出してしまう。
その瞬間、地面が盛り上がった。
砂が裂け、岩が押しのけられ、鈍い装甲が露出する。
甲虫型。
重い、大きい、近い。
逃げ場がない。
ニールは反射的にセラを庇おうとした。
だが遅い。
セラは前に出ていた。
「セラ、ダメだ!
下がれ!」
叫びは届かない。
——その時だった
セラの身体が淡く光った。
肌に細い光の筋が走る。
一本ではない、無数の光が幾重にも重なり、交差し、絡み合う。
血管のようで回路のようで、どちらでもない。
その光は彼女の喉元に集まっていく。
そして、セラの口が開いた。
出てきた音は──歌ではなかった。
少なくとも、ニールの知っている歌ではない。
歌詞はない。
ハミングでもない。
低い音が地面を震わせるように響き、同時に高い音が空気を切る。
ひとつの声から複数の響きが重なって聞こえる。
祈りのようでもあり、命令のようでもあり、ただの振動のようでもあった。
セラ自身は必死でも、楽しそうでもない。
当たり前のことをしている顔で、そこに立っている。
甲虫型が、わずかに動きを止めた。
砲口が、ほんの少し下がる。
蟻型の群れも、同調するように動きが鈍くなる。
停止ではない。
壊れたのでもない。
ただ、攻撃性だけが抜け落ちていくようだった。
ニールは銃を構えたまま、撃てなかった。
撃つ理由が消えた、というより── 撃ってはいけない気がした。
「……なんだよ、これ」
声が震えていた。
その時、遠くで低い振動が響いた。
地鳴りのような、重い音。
空から何かが近づいてくる。
セラの“声”は止まらない。 機械たちは動かない。
峡谷の底で、理解できない現象だけが進行していた。
登場人物
ニール・トンプソン (年齢:20)
海兵隊の若い兵士。
やりたい事が何もないのでハイスクールを卒業して
即入隊した若者。
セラ (年齢:10代前半)
惑星の原住民の子。
日々の暮らしに退屈している。
田舎暮らしって、暇つぶしの手段を見つけるのが至上命題。
トール・奏多 (年齢:30)
盛大なやらかしをして、追い出し部屋送りとなったが、
追い出し部屋に居座っちゃった人。