マクロス・ディソナンス   作:藻瑠江 嵐

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第5話

 ——システムログ:タキマ・バイラード・NN113/No.58413

 

 [状態]

 稼働率   : 98.2%
 

 代謝率   : 良好
 

 MFRC   : 良好
 

 装甲状態  : 良好
 

 AIMCB   : 良好

 

 [動体反応検知]

 対象    : 生命体


 数量    : 2


 初期脅威判定: 低

 

 [スキャン実行]

 対象    : 生命体A
 フォル合致率:99.8%

 対象    : 生命体B
 フォル合致率:99.8%


 備考    : 敵性個体との合致率 90.2%

 修正提案  :
 生命体B : 判定: 中

 判定更新  : 実行

 

 [実行プロトコル選択]

 選択    : タビス・バイラード


 展開数量  : 12

 状態更新  : スタンバイ


 状態更新  : コマンドリンク実行

 

 [警告]

 外部入力: 確認

 

 [管理モード変更]

 実行権限  : 無効化


 優先入力  : フォル・キプロ

 

 [確認]

 行動選択  : 待機モード


 状態    : 固定

 解除条件  : フォルに対する脅威判定


 判断基準  : 通常モード

 

 実行    : 確定

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

降下2日目
 推定時刻 08:30
 惑星地表部/峡谷地帯入り口付近

 

 

 

 熱核ジェットエンジンの噴流を吹き上げながら、


 鈍色の荒野の上空を、無骨な塊が五つ進んでいた。

 

 分厚く、大きく、長い直線翼。


 鋭さとは無縁の鈍いノーズ。


 直線的な胴体。


 そこから大きく、上方へ突き出したエンジン。

 

 速さという概念とは、最初から折り合いをつけていない存在。

 

 VA-5。

 

 その可変攻撃機が、


 五機、隊伍を成して飛行していた。

 

 計器類は安定。


 編隊も崩れていない。


 沈黙が続いていた。

 

 後部座席で、トクタカ教授が身を乗り出した。

 

「……しかし」

 

 誰に向けたとも知れない声だった。

 

「これは、遅いね」

 

 コクピット内に、わずかな間が落ちる。

 否定も、弁解もない。

 

「正直に言っていい?」

 

「どーぞ」

 

 トールは前を見たまま返した。

 

「思ってたより、だいぶ遅い。


 いや、誤差とかじゃなくて……思想的に遅い」

 

「思想的? 

 なんだそりゃ?」

 

 無線で誰かが、吹き出す気配がした。

 

「空力も推力も、数字だけ見れば分かるんだけどさ。


 “速くなる気がない”設計だ。


 これ、最初から速さを捨ててるでしょ」

 

「捨てたっつーか……」

 

 トールは、ほんの少しだけ肩をすくめた。

 

「要らなかったって所じゃないか?」

 

「なるほど」

 

 教授は妙に納得した声を出す。

 

「つまり、硬さと火力に全振り?」

 

「ちょっと違うな。

 火力をぶつけやすくするのに全振り。

 硬さ、そのおまけ」

 

「いやあ……」

 

 感心なのか呆れなのか分からない息。

 

「現行VFのオプションで十分って言われる理由が、


 身をもって理解できたよ」

 

 誰も反論しない。

 それも、この機体では日常だった。

 

「ところでさ」

 

 教授は、間を詰めるように続けた。

 

「左遷部隊って聞いてたけど。


 ……君たち一体なにしたのさ?」

 

 今度は、ほんの一瞬だけ沈黙があった。


 

「普通聞かないと思うけど。

 攻めるなぁ、先生」

 

 だが、それもすぐに破られる。

 

 

「……俺から行くか」

 

 一番後方の機体から、落ち着いた声。

 

 ペイジ・ギブソン。


 操縦技量も判断力も申し分なく、


 “問題さえ起こさなければ”将来を約束された男だった。

 

「航空団長を面と向かって罵った。


『主義者のクソ野郎』ってな」

 

 あっさり言う。

 その声に、反省の色はない。

 

「思想が現場を殺すタイプでな。


 我慢できなかった」

 

 

 次に口を開いたのは、少し荒っぽい声だった。

 

「俺は上官をぶん殴った」

 

 ピーター・スティングレイ。


 前線を知り尽くした叩き上げで、
 部下からの信頼は厚かった。

 

「戦死した仲間をな、


 “役立たず”って言いやがったもんだから、

 つい……な」

 

 理由はそれだけだ。

 

「反省はしている。

 だが、後悔はしてない」

 

 

 次は、やけに明るい声が割り込む。

 

「自分は改造ッス」

 

 クリス・D・ハヤシ。


 この中では最年少。


 火器の扱いに、異常な執着を持っていた。

 

「ガンポッドの速度魔改造っス。


 どう考えても遅すぎじゃ無いっスか、あれ」

 

「勝手に?」

 

「モチ、勝手に」

 

 即答だった。

 

「上げたら楽しくて止まらなくなりました。


 で、バレたっス」

 

 

 最後に、控えめな声。

 

「……私はハッキングを少々」

 

 マーク・クロン。


 元電子戦部隊員。


 ゼントラーディ人嫌いの先輩に当たり、

 執拗な嫌がらせを受けていた。

 

「ちょっとした仕返しのつもりでした。


 ほんのちょっと……です」

 

「ちょっと?」

 

「……ちょっと」

 

 言い切れない間があった。

 教授は全員を一度見回す。

 

「なるほど……
 問題行動の博覧会だね」

 

「褒めてます?」

 

「事実確認だ」

 

 誰かが小さく笑った。

 その間、トールは黙っていた。

 

 サンダーストラック隊隊長。


 トール・奏多。


 

「隊長は?」

 

「俺は」

 

 その瞬間だった。

 

 計器の一部が、静かに色を変える。

 

「お喋りはまた後ほど。

 何か反応があります」

 

 マークの声が、低くなる。

 

「フォールド通信……いや、


 これは、妙ですね」

 

 空の先で、鈍い光が瞬いた。

 教授の声色が変わる。

 

「……これは想定外だ」

 

 トールの手が、操縦桿をわずかに引く。

 

「全機、警戒」

 

 雑談の空気は、完全に消えた。

 サンダーストラック隊のスイッチが、同時に切り替わる。

 

 編隊が、わずかに広がる。


 誰も指示を出していない。


 それぞれが、当然のように“位置”を取っただけだった。

 

 高度が落ちる。

 熱核ジェットの噴流が、荒野の砂を巻き上げる。


 灰色の地表が、ゆっくりと近づいてくる。

 

 峡谷の入口が見えた。

 切り立った岩壁。


 陽光を拒むように、深く、暗い裂け目。


 外から見ただけでも、地形の悪さが分かる。

 

「……入るぞ」

 

 トールの声は低く、短い。

 

 応答はない。


 必要がなかった。

 

 五機のVA-5は、速度をさらに落とし、


 重たい機体を“押し込む”ようにして峡谷へと進入する。

 

 レーダーにノイズが混じる。
 通信の遅延が、わずかに増える。

 マークが、淡々と数値を読み上げる。

 

 教授は、もう何も言わない。


 代わりに、モニターを食い入るように見つめている。

 

 鈍重な機影が、岩と岩の間を縫うように進む。

 峡谷の奥で、鈍い光が、確かに瞬いた。

 

 

 

※※※

 

 

 

同時刻 峡谷内部

上等兵 ニール・トンプソン

 

 

 

 セラの声が、空気を震わせていた。

 

 歌……ではない。


 意味も旋律もないのに、耳ではなく骨に響く音。

 その周囲で、無人機が止まっている。

 

 甲虫型も、蟻型も。


 攻撃姿勢のまま、微動だにしない。

 

 壊れてはいない。


 止められている感じでもない。

 

 ただ、


 じっと様子をうかがっているように見えた。

 

 理解できない。


 だが、今は撃たれていない。

 その事実だけが、かろうじて現実だった。

 

 重い音が、空から降ってくる。

 

 見上げると、灰色の可変機が低空を進んでいた。


 機首に統合軍のマーク。

 

「……助かった」

 

 思わず、そう思った。

 人間の機体だ。


 味方だ。


 これで終わる。

 

 ──そう、思った直後。

 

 嫌な感覚が背中を走った。

 

 今は、


 今だけは、


 撃たれない理由がある。

 

 それが壊れたら──まずい。

 

 無人機が、動いた。

 

 まるで可変機のエンジン音に反応したみたいに、


 甲虫型が、ゆっくりと頭部を持ち上げる。

 

 蟻型が、同調するように脚を動かす。

 狙いが、変わった。

 

 一番近い機体に。

 

 ……やめろ! 

 

 声にならない。

 空の機体が、急に大きく見えた。

 

 次の瞬間、甲虫型の砲口が光る。

 

 撃った。

 一直線の火線が、空を切り裂く。

 

 鈍重そうな機体が、見た目に反して素早く翻った。

 寸前で回避。


 外れた光束が峡谷の壁を叩いた。

 

 轟音。

 岩が砕け、砂と石が崩れ落ちる。

 地面が揺れた。

 

「セラ!」

 

 彼女はまだ、立ったままだ。


 光の中で、動かない。

 

 ニールは考えなかった。

 手を伸ばし、セラの手首を掴む。


 引き寄せる。

 

 軽い。

 そのまま抱え込み、岩陰へ走った。

 

 背中で、何かが爆ぜる音がした。

 無人機が、完全に動き出している。

 

 空を見上げた瞬間、


 一機の可変機が、真っ直ぐ突っ込んでくるのが見えた。

 

 一直線。

 逃げる気配がない。

 

 途中で、機体が変形する。

 急降下しながら、バトロイドモード。


 落下の勢いを殺さず、地面ギリギリを滑走。

 

 砂を巻き上げながら滑るように進み、

 ガコン、と巨大な翼が前面に展開される。

 

 翼は機体前面を覆う外套のように見えた。

 雨風を防ぐのでは無い、鉄の嵐を弾き返す強固なやつだ。

 

 ──そのまま、突っ込む。

 

 蟻型を巻き込みながら、装甲の塊がぶつかる。

 

 ——衝撃。

 

 巨体が、横倒しに吹き飛んだ。

 運動エネルギーを全て敵に寄越したバトロイドは、その場で着地。

 腰を落として身構える。

 

 盾となっていた翼が、フレキシブルアームによって肩部に退かされる。

 両腕に抱えられた巨大なガンポッドが姿を表した。

 

 30mm8連重ガンポッド

 GU-XB-08 通称《リベンジャー》

 

 ——スピンアップ。

 

「あばよ」

 

 重金属の嵐が吹き荒れた。

 

 鈍い装甲が、耐えきれずに弾ける。

 弾け、貫き、内部をぐしゃぐしゃに掻き回す。

 巨大な甲虫は断末魔を上げることすら許されず、

 その機能を停止させられた。

 

 ニールは、岩陰からその光景を呆然と見ていた。


 終わった。

 

 腕の中で、セラが身じろぎする。

 光が、消えていく。

 

「……え?」

 

 目を瞬かせて、周囲を見る。

 自分が抱き抱えられていることに気付いて、


 頬が赤くなった。

 

「ち、ちが……!」

 

 ニールは慌てて腕を緩めた。

 その上で、空から別の機体が降りてくる。

 

 ガウォーク形態。

 重く、ゆっくりと、彼らの近くに降り立つ。

 砂煙の向こうに、


 統合軍の機体が、はっきりと見えた。

 

「……助かった」

 

 今度は、


 さっきよりも、ちゃんとそう思えた。

 

 ガウォークがニール達近くに着地し、他の機体も間を取るように降りてきた。

 

 その中で、最初に動いたのは、さっき突っ込んできた機体だった。

 

「……すげぇな、ペイジ」

 

 回線越しの声が聞こえた。

 落ち着いているが、


 ほんのわずかに息が荒い。

 

「隊長さんこそ、よく避けれたな」


 

「まさか、正面からぶっ飛ばすとは思わなかったぜ」

 

「行くって決めてただけだ」


 

 返ってきた声は、軽い。

 

「結果オーライだ」

 

「結果論かよ」


 

 別の声が被さる。


 

「雑に扱ってると、後で整備の連中に絞められるぞ」

 

 笑いが混じる。

 ニールは、呆然とそのやり取りを聞いていた。

 

 ──なんなんだ、この人達。

 

 その時、近くに降り立ったガウォークのキャノピーが開く。

 中から、細い影が身を乗り出す。

 

「──あ」

 

 一瞬、間の抜けた声。

 次の瞬間、その影が足を滑らせた。

 

「ちょっ……!」

 

 落ちる。

 ニールがそう思うより早く、


 もう一人の人影が腕を掴んだ。

 

「危ねえっ!」

 

「……ああ。

 その……助かった」


 

 掴まれた人物──白衣の女性が、少しだけ目を瞬かせる。

 

「おいおい、隊長」


 

 どこか楽しそうな声。


 

「レディファーストって柄じゃねえだろ」

 

「うるせぇ」


 

 隊長らしい声が返す。

 

 助けた男が、白衣の女性を支えながら、慎重に地面へ降ろす。


 軽口を叩き合いながらも、動きは丁寧だった。

 

 足が地面に着いた瞬間、
 白衣の女性は一礼もせず、振り返りもせず──

 

 一直線に、こちらへ歩いてきた。

 いや、走ってきた。

 

「……え?」

 

 セラの前で、ぴたりと止まる。

 距離が近い。


 近すぎる。

 

 白衣の女性の目は、完全に危ない人のそれだった。

 誰か、お巡りさん呼んで。

 

「君か……」

 

 声が低い。

 

「さっきの現象。


 フォールド通信に酷似しているのに、波形が違う。


 いや、通信じゃないな。共鳴か?」

 

 矢継ぎ早。

 

 セラが、一歩だけ後ずさる。

 さっきまでの無表情が崩れ、


 はっきりと“怖い”という感情が浮かんだ。

 ニールは、無意識に前へ出た。

 

「ちょっと!」

 

 声が裏返る。

 

「何なんですか、アンタ!」

 

 白衣の女性が、初めてニールを見る。

 

「……ああ」


 

 少しだけ、焦点が合う。


 

「保護者かな?」

 

「違います!」

 

 即答だった。

 

「違うけど……」


 

 一瞬詰まり、


 

「少なくとも、今は俺が──」

 

「ふむ」


 

 女性は、あっさり頷く。


 

「じゃあ、話は早い」

 

 その背後で、さっきの男──隊長らしい人物が、小さく溜息をついた。

 

「教授、少し落ち着きましょうや」

 

「無理だね」


 

 即答。

 この人──


 さっきの戦闘より、よっぽど訳が分からない。

 

 白衣の女性が一歩下がり、その前に男が出てきた。

 落ち着いた動きだった。


 

「すまないな」

 

 低い声。

 

「俺はトール。

 サンダーストラック隊の者だ」

 

 ──サンダーストラック隊。

 その名前に、微かな引っかかりを覚える。

 

 正式な知識じゃない。


 噂話だ。

 

 問題を起こした連中が集められた部隊。


 古い機体に乗せられてる。


 名前だけは残ってる。

 そんな曖昧な記憶。

 

 目の前の人物とは、どうにも一致しない。

 

 トールは、ニールの反応を待たずに次を聞いた。

 

「他に生存者は?」

 

 その言葉に、ニールは一瞬、言葉を失った。

 

「……分かりません」

 

 喉が、少し詰まる。

 

「俺は……気付いたら、集落にいました。

 原住民に……助けられて」

 

 そこまで言って、息を整える。

 

「墜落した降下艇の場所も、正確には……


 それで、探そうと思って……歩いてました」

 

 自分で言いながら、


 無茶だったことを今さら思い知る。

 

「仲間が……生きてるかどうかも……」

 

 そこで、言葉が途切れた。

 言えない。


 分からないという事実が、重すぎる。

 

 トールは、すぐに頷いた。

 

「了解した」

 

 否定もしない。


 責めもしない。

 

「よく動いた」


 

 トールは続けた。


 

「一人で判断して、一人で生き延びた。

 それは、簡単なことじゃない」

 


 トールは周囲を見回す。


 

「墜落地点の捜索と、周辺の安全確保は俺達がやる。

 お前は、少し休んでろ」

 

 その言葉で。

 張り詰めていたものが、


 静かにほどけた。

 

「……お願いします」

 

 声は、かろうじて震えなかった。

 トールは、短く頷いた。

 

「応よ」


 

 その返事が、噂話よりも、どんな説明よりも、

 ずっと現実的に響いた。

 

 

 

※※※

 

 

 

0928時

峡谷地帯奥 隠れた集落(セラの家)

 

 

 

 セラの母、コンデは、炉の前で手を組んでいた。

 

 祈りだ。

 声には出さない。

 娘の名を呼べば、心が揺れる。

 揺れたら、もう立っていられなくなる。

 

 火は安定している。

 土鍋の中身も、焦げる気配はない。

 いつも通りの朝だ。

 

 ──だからこそ、不自然だった。

 

 父親のトランは入口の方を見たまま、動かなかった。

 外の気配が、わずかに変わっている。

 

 人のざわめき。

 それから──聞き慣れない低い音。

 

「……来たか」

 

 独り言のように、そう言う。

 

 コンデは顔を上げない。

 ただ、祈りの形を崩さない。

 

 トランは続けた。

 

「セラは……」

 

 一度、言葉を選ぶ。

 

「我々の希望だ」

 

 それは、

 親としての言葉であり、

 集落の長としての言葉でもあった。

 

 コンデは、何も言わない。

 否定もしない。

 肯定もしない。

 

 ただ、祈る⸻

 

 

 

 次の瞬間。

 

 風が家の中に吹き込んだ。

 

 壁の隙間から、冷たい空気が流れ込み、

 火が大きく揺れる。

 

 轟音。

 

 地面が、震えた。

 

「外だ!」

 

 二人は、同時に立ち上がった。

 

 扉を開けた瞬間、

 集落の空気が一変しているのが分かった。

 

 人々が、空を見上げている。

 誰もが、立ち尽くしている。

 

 その視線の先。

 

 ──大きな、鉄の怪鳥。

 

 脚を持ち、

 腕を持ち、

 空中で静止している異形。

 

 聞いたことのない音。

 見たことのない存在。

 

 ガウォーク形態のVA-5が、

 集落の真上にあった。

 

 その腕が、ゆっくりと下りてくる。

 

 手のひらの上に、

 二つの影。

 

「……セラ?」

 

 声が、震えた。

 

 間違いない。

 娘だ。

 

 見慣れた小さな身体。

 見慣れない服装の青年に、抱えられている。

 

 異邦人。

 

 集落が、騒然となる。

 

 叫び声。

 悲鳴。

 名を呼ぶ声。

 

 コンデが、初めて動いた。

 

 一歩。

 それだけ。

 

 走らない。

 叫ばない。

 

 祈りを解くには、

 まだ早い。

 

 VA-5が、ゆっくりと降下する。

 砂と埃が舞い、

 風が集落をなぎ払う。

 

 その中心で、

 娘は生きていた。

 

 怯えてはいる。

 だが、確かに生きている。

 

 青年も、必死に彼女を庇うように抱えている。

 

 トランは、その光景を見て、静かに理解した。

 

 ──選択は、実行された。

 

 成功したかどうかは、まだ分からない。

 だが、戻れないところまで来たことだけは、確かだった。

 

 コンデは、そっと目を閉じる。

 

 祈りを終えるには、

 まだ早い。

 

 

 

※※※

 

 

 

 トールは周囲を確認すると、セラとニールをそっと地上へ降ろした。

 

 センサーは稼働。

 FCSの火は入れたままだ。

 

「……思ったより、落ち着いてるっスね」

 

 クリスが、感想とも独り言ともつかない声を漏らす。

 

「あの兄ちゃんを助けた側だからな」

 

 ペイジが短く返す。

 

「少なくとも、

 こっちとやり合う理由はねえ」

 

 ピーターは、集落全体を一瞥して言った。

 

「殺気も、焦りも薄い。

 怖がっちゃいるが、

 追い払う気はなさそうだ」

 

 マークが、淡々と補足する。

 

「人の動きも視線も、

 警戒レベルは低めです。

 ──要観察といった所でしょうか」

 

 トールは、小さく鼻で息を吐いた。

 

「なるほど」

 

 ニールを助けた集落。

 その事実だけで、

 地球人側の警戒は自然と下がっていた。

 

 ──それでも、勝手な判断はしない。

 

 トールは、横を見た。

 

 教授は──

 完全に別世界にいた。

 

 キャノピー越しに、

 集落の家々、通路、人の配置を眺めながら、

 口を動かしている。

 

「……視線誘導……

 いや、違うな……

 動線の分岐点が……」

 

 聞き取れるか、怪しい音量。

 

「教授」

 

 トールが声をかける。

 

 反応がない。

 

「教授?」

 

 一拍遅れて、

 教授がこちらを見る。

 

「ああ……」

 

 焦点が合うまで、少し時間がかかった。

 

「何だい?」

 

「次、どうします?」

 

 教授は、少し考え──

 いや、考えているように見えただけだった。

 

 視線は、もう集落に戻っている。

 

「……もう少し、観る」

 

「……降りないの?」

 

「うん。まだ降りない」

 

「……そーなの」

 

 完全に観察モードだ。

 

 トールは、それ以上聞かなかった。

 

「了解、了解」

 

 そう言って、回線を開く。

 

「全員、そのまま。

 今のうちに煙草でも吸っとけ」

 

「はいよ」

 

 重なる返事は、軽い。

 

 教授は、また独り言を続ける。

 暫くはかかりそうだ。

 一本くらいはゆっくり吸えるだろう。

 もしかしたら一箱かもしれない。

 

 トールは、集落を見回した。

 

 武器は見えない。

 だが、無防備でもない。

 気がつけば、足元集まる人たちが増えていた。

 

 その集団が割れ、数名の老人達が前に出てきた。

 

 数は多くない。

 だが、集落の視線が自然とそこに集まっている。

 誰かが号令をかけたわけでもない。

 

 教授は、それを見てようやく現実に戻ってきた。

 

「……うん」

 

 一度だけ頷く。

 

「降りるよ」

 

 トールは即座に判断する。

 

「ペイジとピーター、マークはここに残れ」

 

 三人とも、異論はない。

 

「クリス」

 

「はいっス」

 

「俺たちと来い」

 

 一瞬、間があった。

 

「へぁ!?

 ……俺っスか?」

 

「そうだ」

 

 トールは、少しだけ口角を上げる。

 

「この中で、一番無害そうだからな」

 

「どういう意味っスかそれ」

 

 即座に抗議が飛ぶ。

 

「俺だって一応──」

 

「冗談だ」

 

 トールは軽く手を振る。

 

「本当の理由は──

 一番、学歴がある」

 

 クリスが、ぴたりと止まる。

 

「……え?」

 

「この中でお前だけ大卒だ」

 

「そりゃそうですけど……

 単位ギリギリ、お情けで卒業したクソ野郎っスよ」

 

「大丈夫だ、教授の言っている事が分かればいい。

 じゃないと、俺が困る」

 

「それ無理ゲー」

 

 クリスは、返す言葉を失った。

 

 三人が、地上に降りる。

 

 教授、トール、クリス。

 

 銃は携行するが、構えない。

 動きはゆっくり。

 

 長老の一人が、前に出て、短く何かを言う。

 

 言葉は分からない。

 だが、身振りははっきりしていた。

 

 来いと言っている。

 

「……家、かな」

 

 クリスが小声で言う。

 

「詳しい話は、

 中で、って感じっスね」

 

 教授は、何も言わない。

 

 ただ、視線を忙しなく動かしながら、

 集落の内部を観察している。

 

 通路の幅。

 人の避け方。

 家と家の距離。

 

 ──やはり、生活している。

 

 案内されたのは、

 集落の中でも比較的大きな家だった。

 

 セラの家だ。

 

 中に入ると、

 空気が一段落ち着く。

 

 火の匂い。

 布の匂い。

 人の生活の匂い。

 

 そこに、長老たちが揃う。

 

 セラの父──トラン。

 母──コンデ。

 そして、長老レジス。

 

 さらに、集落の重鎮らしき者が二人。

 

 全員が、

 こちらを見ている。

 

 教授は、そこで──

 ようやく思い出したように、白衣のポケットを探った。

 

「そうだ」

 

 取り出されたのは、

 ネコミミ付きのイヤーピース。

 

「ばんのうほんやくき〜」

 

 どこかで聞いたことのあるトーン。

 どこか誇らしげ。

 

「万能翻訳機?」

 

 トールが、眉をひそめる。

 

「タカえもん、

 それ、どう見ても──」

 

「機能美だよ」

 

 即答だった。

 

 教授は、自分の耳に装着する。

 

 続いて、差し出す。

 

 長老たちが、

 不思議そうに受け取る。

 

 髪の毛ボサボサの白衣の女。

 シワッシワの老人達。

 聡明そうな夫婦。

 そしてセラ、この中では一番似合う。

 

 ──全員、ネコミミ。

 

 沈黙。

 

 トールが、ぽつりと呟いた。

 

「……凄え絵面だな」

 

「……猫耳会議」

 

 クリスは、必死に笑いを堪えている。

 

 教授は、まったく気にしない。

 

「では、調整開始」

 

 そう言って、

 最初のボタンを押した。

 

 最初に言葉を発したのは長老のレジスだった。

 

「……よそ者、迎える、久しぶり」

 

 教授は、頷くだけで返す。

 

 質問もしない。

 相槌も、打たない。

 

 観察者のままだ。

 

 トールが、わずかに視線を動かす。

 集落の者たちの表情を、順に拾っていく。

 

 敵意はない。

 だが、歓迎とも言い切れない。

 

 ──“判断中”だ。

 

 トランが、言葉を継いだ。

 

「ここ、フォルミスいう、ここ、上の村」

 

 翻訳機の声は、まだ少しぎこちない。

 

「フォルミス、みんな、住んでる、地面の下」

 

「地下?」

 

 クリスが、思わず聞き返す。

 

 トールが、軽く手で制する。

 

 教授は、ようやく口を開いた。

 

「恒常的な居住空間を、

 地下に置く理由は?」

 

 質問は、淡々としていた。

 

 トランは、少しだけ間を置く。

 

「守る、災いから」

 

 短い答え。

 

 レジスが、補足するように続ける。

 

「この星、壊れた、戦いあった、大昔

 だから、もぐる、地下、星、なおすため」

 

 戦い。

 

 その言葉に、

 トールの背筋が、わずかに硬くなる。

 

 教授は、なおも続ける。

 

「防御対象は、外敵か。

 それとも──内部か」

 

 一瞬、空気が止まった。

 

 集落の代表の一人、

 ダイオが、口を開く。

 

「……両方」

 

 翻訳機越しでも分かる、

 棘のある声。

 

「われわれ、いる、神様」

 

 その言葉に、

 教授の指が、ほんのわずかに止まる。

 

「神?」

 

「フォルミス=コア」

 

 その名が、静かに落ちた。

 

「神様、教える、守る、生きる、全部する

 神様、人、違う、考えるだけ。

 大昔の人、神様、作った」

 

 恐らくAIだ。

 

 教授は、即座に理解した。

 だが、口にはしない。

 

 もう一人の代表者、

 イルが、柔らかい声で続ける。

 

「神様、守ってくれた、ずっと」

 

「でも──」

 

 ダイオが、被せる。

 

「今、違う」

 

 トランが、視線を伏せる。

 

「人の心の中、神様、歪む」

 

 レジスが、静かに言った。

 

「神様近い人、チカラ、持ちすぎ」

 

 教授は、ようやく深く息を吸った。

 

「……宗教国家、

 というわけか」

 

 誰も否定しない。

 

 クリスが、喉を鳴らす。

 

「……しかも、導火線に火がついてる感じ、ヘヴィっスね」

 

 トールは、黙ったままだ。

 

 教授は、視線をセラに向ける。

 

 少女は、ニールのすぐ傍にいる。

 少し緊張しながらも、

 じっとこちらを見ている。

 

「彼女は?」

 

 その問いに、

 トランが答えた。

 

「娘、生きる、ここ」

 

 言葉を選ぶ。

 

「セラ、希望」

 

 その言葉は、

 あまりにも自然で、

 あまりにも普通だった。

 

 教授は、まだ──

 その意味を掘り下げない。

 

 代わりに、別の問いを投げる。

 

「ナノマシン技術について、

 聞かせてほしい」

 

 空気が、変わった。

 

 今度は、イルが口を開く。

 

「すごく小さい、の、機械? 

 ああ、グナド・リーベン、機械、すごい、大昔から、我々

 何でも、それ、使う、生きる、グナド・リーベン」

 

「人も、治す、死にかけ、治る

 作り直す、バラバラに」

 

 その言葉に、

 ニールの指が、無意識に強張る。

 

 同時に──

 クリスの表情が、わずかに変わった。

 

 バラバラにして作り直す

 つまり再構築。

 

 その単語が、

 頭の中で、技術として組み上がる。

 

 条件。

 素材。

 量。

 

 クリスは、言葉を発するより早く、

 トールを見た。

 

 ほんの一瞬の視線。

 

 トールも、気づいた。

 

「……ここに居る青年は、君達が助けた。

 その認識で正しい?」

 

「よい、若い人、助けた」

 

「つまり、彼にグナド・リーベンを使ったという事だ」

 

 教授の声は淡々としていた。

 

「確認したい。

 彼は──」

 

「どうやって修復した?」

 

 家の中が、静まり返る。

 

 最初に答えたのは、レジスだった。

 

「……みんな、死んだ、死にそう、若者だけ、嘘無い」

 

 短い言葉。

 

 トランが、続ける。

 

「体、壊れた。

 血、骨、内、外、だめ

 焼ける、皮、無い

 止まる、脳、時間、少し」

 

 翻訳機の声は、感情を削ぎ落とす。

 だからこそ、内容だけが残る。

 

「でも……」

 

 トランは、一度だけ言葉を探す。

 

「なおす、できる。

 グナド・リーベン、使った

 さなぎの中、入れた」

 

 教授は、静かに頷いた。

 

「だが、条件がある」

 

 自分で言葉を補う。

 

「素材だ」

 

 トランは、否定しない。

 

「同じ、人。

 同じ、からだ」

 

 一拍。

 

「いた、たくさん」

 

 ニールは、まだ理解していない。

 

 理解したくない。

 

 教授は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……量が足りなかった」

 

 問いではない。

 

 ダイオが、短く答える。

 

「……足りない。

 グナド・リーベン、なおす、機械

 物なおす、物、必要。

 人なおす、同じ」

 

 それで、十分だった。

 

 教授は、椅子に深く座り直し、

 整理するように口を開いた。

 

 誰かを責める声ではない。

 誰かを救う声でもない。

 

 ただ、

 事実を並べる声だった。

 

「彼の損傷は、

 彼一人分の素材では

 再構築できなかった」

 

 ニールの呼吸が、わずかに乱れる。

 その様子をトールは見過ごさなかった。

 

「教授、待て」

 

 トールが割り込む。

 だが、教授は、止まらない。

 

「だから──」

 

 一拍。

 

「近くにあった、

 同種の生体組織を使った」

 

 もう一拍。

 

「要するに」

 

 その先を言わせてはいけない。

 

「やめろ! 教授!」

 

 トールは声を張り上げた。

 

 だが、教授は完全に、言い切る。

 

「彼は、

 仲間の死体を使って

 復元された」

 

 

 音が消えた。

 

 

 ニールは、動かなかった。

 

 セラが袖を引く。

 

「ニール……いきてる。だいじ」

 

 それが、救いなのか。

 追い打ちなのか。

 ニールには、まだ分からない。




登場人物

 ペイジ・ギブソン(年齢:33)
  愚連隊の副隊長
  メンバー中一番強い
  ガンポッドは低く構えるもの


 ピーター・スティングレイ(年齢:30)
  スキンヘッドのマッチョな黒人
  コテコテ枠
  操縦技術がすごい
  自分を戦闘機だと思っている攻撃機みたいな感じ


 クリス・D・ハヤシ(年齢:27)
  金髪のロン毛
  連射とスケルトンカラーが大好き
  ヘルニアになった事がある


 マーク・クロン(年齢29)
  メガネでオタクで、イケメンのゼントラーディ人という
  属性盛りすぎキャラが嫌がらせの原因だったりする。
  ちなみに、報復はゼントラーディ人の落語家
  星雲亭臣人のゼントラン時そばを対象の端末に
  四六時中延々と流すというやつ
  ノイローゼになったらしい


 トラン(年齢:30代)
  セラの父、フォルミス人初のネコミミ1号

 コンデ(年齢:30代)
  セラの母、ネコミミの母1号

 レジス(年齢:80代)
  長老、玄人向けネコミミ1号

 ダイオ(年齢:60代)
  村人代表A、玄人向けネコミミ2号

 イル(年齢:60代)
  村人代表B、玄人向けネコミミ3号


おまけ
厳正に勤務するサンダーストラック隊の図
左からトール、クリス、マーク、ペイジ
奥の筋肉がピーター



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