何となく感じてはいた。
ここに居るのが、俺だけなのがおかしいという事に。
何となく気づいていた。
あれだけの高さから落ちたはずなのに、
俺だけ無傷なのはおかしいという事に。
だけど考えなかった。
ちがう、考えようとしなかった。
考えちゃまずいと思った。
ティミー、ベティ、リック、ジロー、アフメド……
仲間の連中はみんな死んで、
バラバラにされて、
俺になった。
ティミーは腕っぷしだけは強かった。
ベティは気が短かったけど、世話焼きだった。
リックは太っちょだけど、銃の腕は一番だった。
ジローは、みんなのムードメーカーだった。
そしてアフメドは、任期を終えたら店を持つって言ってた。
みんな死んだ。
死体も残さず、いなくなった。
そして俺だけが残った。
あいつらを使って。
部品みたいに。
俺は、
一体、何だ。
ニール・トンプソン。
それが俺の名前だけど、
今の俺は、本当に俺なのか?
わからない。
どうすればいい。
何を考えればいい。
気持ち悪い……
吐きそうだ……
※※※
惑星フォルミス 1001時(現地時刻)
峡谷地帯 集落 セラの家
ニールの目の焦点が合わない。
頭の中で、さっきの言葉だけが反芻している。
仲間の死体を使って
復元された
胸の奥が、ひゅっと縮む。
息が入らない。
吸っているはずなのに、肺が膨らまない。
喉の奥が熱い。
胃が、ひっくり返りそうに浮く。
「……っ」
声が出ない。
手が震える。
自分の手が、自分のものじゃないみたいに見える。
指が五本ある。
その一本一本が──誰のものだ?
鼻の奥に、鉄の匂いがした。
血じゃない。
記憶だ。
墜落。
燃えた匂い。
砂に混じった肉の匂い。
誰かの叫び。
誰かの手。
──手?
ニールは膝の上の掌を見つめた。
そこに、誰かの指の感触が残っている気がする。
気持ち悪い。
吐きそうだ。
「……ニール」
セラの声が、遠くで揺れる。
袖を引かれているのは分かるのに、感覚が追いつかない。
「ニール、だいじ……」
その言葉が、余計に喉を詰まらせる。
だいじ?
何が?
俺は──
「ッ……!」
息が、乱暴に吐き出された。
そのまま、次の息が入ってこない。
肩が勝手に上下する。
胸が苦しい。
視界が狭くなる。
家の中の人間の顔が、全部、同じ輪郭に見える。
誰だ。
誰だよ。
誰の体だよ、これは。
「……っ、う゛……」
喉の奥が反射する。
胃が、持ち上がってくる。
ニールの身体が前のめりになった、その瞬間。
「やべっ」
軽い声。
だが動きは、やけに速い。
クリスが、椅子から跳ねるように立った。
「隊長、これ──!」
言い終えるより先に、ニールの肩を支える。
手つきが慣れている。
銃でも機材でもなく、人間の扱いに。
「おい、こっち!」
クリスはニールの腕を取った。
乱暴じゃない。
だが、迷いもない。
ニールは抵抗できなかった。
というより、抵抗という概念が消えていた。
立たされる。
足が、床を擦る。
視界が揺れる。
「外、出るっスよ。息、吸って。吸って」
クリスの声が耳元で低い。
真面目な声だ。
ニールは口を開けた。
しかし吸った空気は、熱いだけだった。
「吐くなら外っス。こっち」
クリスはニールを引く。
扉へ向かう。
その動きに、長老たちが一瞬身構えた。
だが、トランが短く何かを言う。
制止の声ではない。
“通せ”の声。
コンデは動かない。
目だけが、娘と青年を追っている。
セラが、立ち上がりかける。
ニールはそれに気づいて、ほんの一瞬だけ首を振った。
いや、振れたかどうかも曖昧だ。
ただ、視線だけで「来るな」と言った。
セラは、止まった。
扉が開く。
冷たい外気が、顔を殴る。
それだけで、少しだけ意識が戻る。
戻ってしまう。
戻った分だけ、吐き気が増す。
「……っ、ぐ……」
ニールは膝を折りかけた。
クリスが、腰を支え直す。
「無理すんな。しゃがむっス。はい、ここ」
家の外、風の当たらない壁際。
そこに座らされる。
ニールは地面を見た。
砂。
石。
この惑星の土。
──違う。
今見えているものが、現実なんだ。
そう思おうとした瞬間、胃が跳ねた。
「ッ……!」
ニールは顔を背け、喉を押さえた。
吐瀉は出ない。
代わりに、乾いたえづきだけが続く。
「……くそ……」
クリスは、ほんの少しだけ歯噛みした。
「教授、言い方ってもんが──」
言いかけて、飲み込む。
この場で、誰かを責めても意味がない。
だが。
家の中から、声が響いた。
「教授、待てっつっただろ!」
トールの声だ。
低い。
今までにないほど低い。
次に返ってきた声は、淡々としていた。
「待つ理由がない。
彼は知るべきだ」
教授だ。
ニールは、外の壁に背を預けたまま、目を閉じた。
中の会話が、薄い壁越しに刺さってくる。
「お前の“知るべき”で、人が壊れる!」
トールの声が強くなる。
「……彼はもう壊れている。
だから、事実だけを渡した」
「言い訳すんな!!」
短い言葉。
刃物みたいに切れる。
「アンタは観察者だ。
観察者が、人の心を踏むな」
一拍。
「……踏んだのは、彼らの選択だ」
教授の声は変わらない。
だから余計に腹が立つ。
トールの足音が鳴った。
椅子を蹴ったのか、床板が軋む。
誰かが息を呑む。
長老達の誰かが、短く何かを言う。
続いて、トランの声。
翻訳機越しに、かすかに聞こえた。
「……今、止める」
その一言だけで十分だった。
コンデが、静かに言葉を足す。
「青年、今、だめ。
話、あと」
長老レジスが、締めるように続ける。
「外の者、心、割れる。
割れたまま、話す、よくない」
ダイオが、不機嫌そうに短く付け加える。
「……神様の話も、今は危ない」
宗教の火種。
互いの信頼。
そして何より──青年の崩壊。
その全てを天秤にかけた結果だった。
トールは、一拍置いて返した。
「そうだな」
声が、少し落ち着いた。
怒りを飲み込んだ声だ。
「一度、落ち着くまで待ってくれ」
謝ったのは、教授にではない。
家の中の人々にだ。
教授は、相変わらず淡々とした声で言った。
「分かった。
ただし、再開は早い方がいい。
情報の鮮度が落ちる」
「黙れ!」
トールが即答した。
短く、はっきりと。
家の中が、一瞬だけ静まり返る。
そして、扉が開いた。
トールが外へ出てくる。
顔だけで分かる。
怒りがまだ消えていない。
だがニールを見ると、目の奥の硬さが少し変わった。
「……大丈夫か」
ニールは答えようとして、喉が詰まった。
声が出ない。
代わりに、クリスが答えた。
「今は無理っス。
呼吸、戻すの優先」
トールは短く頷いた。
「そうしろ」
その視線が、次に教授へ向く。
教授は扉の内側に立ったまま、外を見ている。
トールは、もう一度文句を言ってやろうと振り向いた。
──そこで、止まった。
教授が、立っていた。
頬に、赤い跡。
指でそこを触れて、首を傾げている。
一瞬、思考が追いつかない。
……叩かれた?
誰がやったのかは、考えなかった。
理由も、だいたい分かる。
それより先に、
自分の中の怒りが、急速に冷えていく。
さっきまで確かにあったはずの熱が、
驚きに押し流されるように引いていった。
「……」
トールは、気まずそうに視線を逸らした。
何も叩くことはないだろ、とは思った。
だが、口には出さない。
自分も、ついさっきまで怒鳴っていた。
「……とりあえず」
声が、少し間の抜けた調子になる。
「こっち来い」
命令じゃない。
説明でもない。
教授は首を傾げたが、素直についてきた。
人影のない岩陰まで来て、
トールは立ち止まり、頭を掻いた。
「……さっきは悪かった」
教授が、目を瞬かせる。
「何がだ」
「俺が、キレた」
「気にしていない」
即答だった。
教授は、それよりも頬の方が気になるらしく、
もう一度そこに触れる。
「それより、
なぜボクは叩かれたのだい?」
本気で分かっていない顔。
トールは、思わず鼻で息を吐いた。
「あー……」
言葉を探す。
「仲の良い人がな、あんな状態になってたら、
その原因作ったやつに怒りが向く」
教授は、しばらく黙った。
「……仲の良い人間か、
ボクにはよく分からない感情だ」
「は?」
「知らない」
平坦な声。
トールは、思わず口を滑らせた。
「お前、ゼントラーディの兵士みたいなこと言うなよ」
教授は少し考えてから答える。
「……ボクのあり方は、それに近いかもしれない」
そして、自分の出自を語り始める。
「ボクは研究者として作られた人間だ。
人類の優秀な科学者の生殖細胞を掛け合わせ、
人工子宮によって生み出された」
教授は続ける。
「それからずっとラボの中で生きてきた。
ボクの才能とその性能を向上するために、
色々な事を教えてもらったよ」
「だけど、君たちが言う、家族とか友達とか、
そう言う事については不要な情報として教育された」
「感情なんか最たる部分だ。
自己の感情的なバイアスは、研究を行う上でノイズでしかない」
「だから、ボクは人の感情という概念をよく知らないし、
知る必要は無いと思っている」
一通り聞き終えた頃、
トールは完全に言葉を失っていた。
「……マジかよ」
それしか出てこない。
教授は、首を傾げる。
「だから、人の心が分からない」
その一言で、
トールの中の何かが、ぷつりと切り替わった。
「いや」
突然、指を差す。
「まず、その格好だ」
「……は?」
「白衣ヨレヨレ。
髪ボサボサ。
顔も洗ってねぇだろ」
「関係ない」
「大アリだ。
それにアンタ、研究に没頭しすぎて、ちゃんと風呂に入らないだろ。
最後に風呂入ったのはいつだ?」
「さっきから何なんだキミは。
シャワーなら1週間前に入っている。
それの何が問題なのだい?」
「マジかよ! アリだよ! 大アリクイだよ!
由々しき事態だよ!
閉じこもったキャノピーのこもるんだよ!
アンタの体臭がよ!」
トールは捲し立てる。
「女だったから我慢したけど、
何回イジェクトボタン押そうかと思ったか!」
「な……なんだ、キミはさっきから!
女性に向かってその物言いは、いかがなものかと思うぞ!
異性に体臭の話をするとか、変態ではないか!?」
教授の声が上ずる。
「自分が女性だって思うなら、
もう少し『らしく』したらどうよ、え?」
「その言い方は失礼だ!
あーまーりーに──も失礼だ!
撤回を要求する!!」
教授はとうとう声を張り上る、
普段行わない行動が体力を奪ったのか、
怒りで興奮状態なのか、彼女は息を切らせていた。
トールは、そこで少しだけ笑った。
「ほら」
「?」
「怒ったろ」
教授は、はっとした顔になる。
「……これは」
「感情だろ?」
トールは、指を下ろす。
「ちゃんと、ある」
沈黙。
数秒。
そして、教授が小さく笑った。
乾いた笑い。
だが、確かに笑いだった。
「……あまりにも幼稚な手段で、
本質に気付かされたな」
「ガキで悪いかよ」
「いや」
教授は、どこか納得したように言う。
「研究対象としては、非常に有効だ」
トールは肩をすくめる。
「分かんねぇなら、
研究者なんだから調べりゃいいだろ」
一拍。
「人の心も」
教授は、静かに頷いた。
「……そうだね、新しい課題だ。
個人的な研究でしか無いが、重要度は高そうだ」
「なら、まずはニールのところに行かないとな。
ちゃんと『ごめんなさい』をするんだ」
トールは少し意地悪そうな顔でそういった。
「謝罪の必要性は理解したけど、
侮辱されているのか、ボクは?」
「凄ぇな、もう応用までこなしたか」
教授のじとっとした視線を受け流してトールは笑った。
※※※
ニールは、壁際に座らされていた。
背中に、冷たい岩の感触。
足元の土は固く、乾いている。
呼吸は、まだ浅い。
落ち着いてきたはずなのに、胸の奥がざわつく。
「……無理すんな」
横から、クリスの声。
片膝をつき、距離を保っている。
触れない。
だが、逃げない。
「さっきのは、しゃーないっス」
慰めるでもなく、
評価もしない。
「誰でも、なる」
それだけ言って、黙る。
ニールは、俯いたまま、地面を見ていた。
砂。
小石。
この惑星の土。
──俺は、ここに居ていいのか。
その考えが浮かんだ瞬間、
胃の奥が、きゅっと縮んだ。
自分の身体が、
自分のものじゃない気がする。
使われた。
再構築された。
仲間の死体で。
「……俺さ」
声が、かすれる。
「もう、人じゃないんじゃないかって」
クリスは、すぐには返事をしなかった。
代わりに、
風の音だけが通り過ぎる。
「人じゃなかったら」
ようやく、言う。
「今ここで、こんな気分にはならないっス」
ニールは、答えられなかった。
その時だった。
足音。
軽い。
慎重な歩き方。
顔を上げると、
セラが立っていた。
ニールと目が合うと、
一瞬だけ立ち止まり、
それから、ゆっくり近づいてくる。
クリスが、ちらっと彼女を見る。
何も言わず、
静かに立ち上がった。
「ちょっと、離れるっス」
そう言って、
数歩距離を取る。
残されたのは、二人。
セラは、ニールの前にしゃがみ込んだ。
目線が、同じ高さになる。
何も言わない。
ただ、見ている。
ニールは、耐えきれずに口を開いた。
「……気持ち悪いんだ」
自分の手を見る。
「この手が、
誰のものか分からなくて」
声が震える。
「俺は……
あいつらを使って、生きてる」
セラは、黙って聞いていた。
途中で遮らない。
否定もしない。
やがて、
ゆっくりと首を振る。
「ちがう」
小さな声。
だが、はっきりしている。
「ニールは、ニール」
それだけ。
理由は言わない。
証明もしない。
「……でも」
ニールは続ける。
「俺の中に、
みんなが……」
セラは、少し考えてから言った。
「なら」
一拍。
「ニール、ひとりじゃない」
ニールは、顔を上げた。
セラは、胸のあたりを、
自分の指で軽く叩く。
「ここ」
「みんな、いる」
そして、
ニールの胸を見る。
「でも」
「動いてるのは、ニール」
その言葉は、
慰めじゃなかった。
許しでもない。
ただの、事実だった。
ニールの喉が、詰まる。
「……俺、怖い」
セラは、少しだけ近づいた。
触れない距離。
「こわいなら」
間。
「いきてる」
ニールは、
その意味を考えようとして──
やめた。
考えたら、
また壊れる。
代わりに、
深く息を吸った。
空気が、肺に入る。
ちゃんと、入る。
「……セラ」
名前を呼ぶと、
彼女は小さく頷いた。
それだけで、
胸の奥にあった何かが、
少しだけ緩んだ。
完全には治らない。
忘れられない。
でも──
ここで止まらなくていい。
ニールは、
初めてそう思えた。
少し離れた場所で、
クリスがそれを見ていた。
何も言わない。
茶化さない。
ただ、
「……すげぇな」
小さく、そう呟いた。
それが、
彼にできる精一杯だった。
※※※
会議が、仕切り直されることになった。
重たい空気は、まだ残っている。
だが、さっきまでの張り詰め方とは違う。
バツが悪そうに、セラは壁際に立っていた。
さっきの自分の行動を、どう扱えばいいのか分からない顔。
そこへ──
足音が近づく。
セラは反射的に身構えた。
教授だった。
一歩。
二歩。
距離が近い。
思わず、肩が強張る。
だが、教授は立ち止まり、
ほんの一瞬だけ言葉を探すように視線を彷徨わせてから、口を開いた。
「……きみの」
一拍。
「きみの大事な人を、
ボクは傷つけてしまった」
短い言葉。
余計な説明はない。
「謝罪する」
それだけだった。
セラは、きょとんとした顔で教授を見上げる。
目の前の人は、
さっきまでと同じ人のはずなのに、
何かが、確実に違って見えた。
怒っていない。
詰め寄ってもいない。
──謝っている?
一瞬、理解が追いつかない。
「……?」
間。
そして、
言葉の意味が、ゆっくりと噛み合った。
大事な人。
セラの顔が、みるみる赤くなる。
耳まで真っ赤だ。
「……っ」
何か言おうとして、言葉が出ない。
視線が泳ぎ、
無意識にニールの方をちらりと見る。
教授は、その反応を静かに観察していた。
「……不用意だった」
淡々とした声。
「だが、意図的ではない」
言い訳ではない。
事実の提示だった。
「それでも、
結果として傷ついたのなら、
謝るべきだと判断した」
セラは、しばらく黙っていた。
そして、小さく首を振る。
「……ううん」
声は小さい。
「だいじょうぶ」
言葉を探す。
「ニール……いきてる」
それだけで、十分だと言うように。
教授は、静かに頷いた。
「理解した」
それ以上、踏み込まない。
そのやり取りを、
少し離れた場所からクリスが見ていた。
「……」
(隊長、ちょっとの間で何があったん!?)
セクハラまがいの口喧嘩があったなど、知る由もない。
気持ちを切り替えるように、
クリスは咳払いを一つ。
「えー……」
会議モードに入る声。
「じゃ、仕切り直しっスね」
場の視線が、自然と集まる。
進行は、この中で一番無害そうだった彼に委ねられた。
「今わかってる情報、
一回整理します」
クリスは指を折る。
「まず、この星の名前」
「フォルミス」
セラの父──トランが頷く。
「次。
この星は──」
クリスは、教授を見る。
教授は、ほんの一瞬だけ間を置いてから言った。
「AIによる管理社会だ」
淡々と。
「フォルミス=コアと呼ばれる中枢AIが、
惑星規模で環境、資源、人口を制御している」
「神様って言ってたやつっスね」
クリスが確認する。
「宗教的表現だが、
機能としてはそれに近い」
教授は続ける。
「三つ目」
クリスが、少し真面目な顔になる。
「ナノマシン技術」
「地球のそれとは、比較にならない」
教授の言葉に、
長老たちが黙って頷く。
「医療、環境制御、
無人機の操作、
人と機械のインターフェース」
「全部、
ナノマシン前提の文明だ」
クリスは、息を吐いた。
「……文明レベル、
正直、桁が違うっスね」
「その通りだ」
教授は、セラの方を見る。
「だからこそ、きみは重要だ」
セラは、びくっと肩を揺らす。
教授は、すぐに言葉を足した。
「──能力として、だ」
余計な誤解を避けるように。
セラは、ほっとしたように小さく頷いた。
クリスは、その様子を見て、
心の中でメモを取る。
(教授、
言葉選ぶようになってる……)
サンダーストラック隊にとって、
それは由々しき変化だった。
だが──
悪い兆候じゃない。
会議は、静かに再開された。
フォルミス。
AIによる管理社会。
人を超えたナノマシン技術。
まだ、ほんの入口だ。
だが確実に、
彼らはこの星の“内側”へ足を踏み入れ始めていた。
クリスは、腕を組んだまま首を傾げた。
「一つ、素朴な疑問なんスけど」
視線が長老たちに向く。
「さっきの話だと、
フォルミスの人たちは基本、地下で生活してるんですよね?」
「なのに、
どうしてここに集落があるんです?」
静かな問いだった。
だが、核心を突いていた。
長老レジスが、ゆっくりと息を吐く。
「……ここ、地上の村」
言葉を選ぶ。
「追われた者、集まる」
「追放民?」
クリスが、思わず聞き返す。
レジスは、短く頷いた。
「教義に、背く者」
その言葉に、室内の空気が一段重くなる。
教授が、静かに口を挟んだ。
「フォルミス=コアの教義とは、
どのようなものだ?」
トランが、代わって答える。
「神様、完全
神様の声、疑う、罪」
「神様の示す“最適解”から外れることは、
社会にとって害である」
教授は、すぐに理解した。
「……疑問を持つこと自体が、
排除対象になる」
「そう」
今度はダイオが言った。
「地下、きれい、整っている
でも、息、苦しい」
「神様、全部、決める
仕事、配分、移動、出産」
「疑う者、
混乱の種」
クリスが、顔をしかめる。
「それ、
政争の道具にされ放題じゃないっスか」
「されている」
即答だった。
イルが、静かに続ける。
「教義、解釈、分かれる
神様の言葉、誰が正しく聞いたか」
「地下、争い、静か
でも、深い」
教授は、頷いた。
「AIを“神”とする社会では、
解釈権が権力になる」
「その通り」
トランの声は、疲れていた。
「だが」
「民、ほとんど、疑わない」
「敬虔な教徒、
ただ、よく生きたいだけ」
その言葉に、ニールが微かに顔を上げた。
「……じゃあ」
彼は、かすれた声で言う。
「悪いのは、
上の一部だけ……?」
レジスは、否定も肯定もしなかった。
「良くしたい、思う者、いる」
「地下の生活、
少しでも良くしようとする一派」
「われら、
その一部」
クリスが、ゆっくりと息を吸う。
「……で、
そこから、俺たちに繋がると」
トランは、セラを見る。
セラは、小さく頷いた。
「おととい」
トランが続ける。
「空、燃えた」
「二つ、船、落ちた」
「……カレンデュラとダリアだ」
教授が、即座に反応する。
「二隻?」
「そう」
「そして、
それを探す者たち」
トランの視線が、
トールたちに向く。
「それ、経典、古い言葉」
レジスが、低く言った。
「“星を渡りし者、
二つの傷を伴い降る”」
クリスが、目を見開く。
「……予言?」
「最古の教義」
イルが補足する。
「神様、救い、外から来る
星、再び、動く」
「……だから」
トールが、静かに繋げる。
「俺たちと、
接触しようとした」
トランは、深く頭を下げた。
「そう」
「だが、
近づけなかった」
「よそ者、危険、
守護者様、戦う」
「そこで──」
トランは、セラの肩に手を置く。
「セラ、使った」
ニールの指が、強く握られる。
「若者、助けた」
「守るため、セラ、使った
セラ、何も知らない」
トランの言葉にセラは、動揺を隠せない。
「嘘、それ、信じない」
「本当、セラ」
事実だった。
レジスが、最後に言う。
「だから、頼む」
長老たちが、一斉に頭を下げる。
深く。
地面に近いほど。
「フォルミス、助けてほしい」
「地下、変えたい」
「民の生活、
良くしたい」
沈黙。
話が重すぎる。
現場判断では、背負えない。
トールが、ゆっくりと口を開いた。
「……これは」
一拍。
「俺たちだけで決められる話じゃない」
正直な答えだった。
「案件として、持ち帰る」
長老たちは、顔を上げる。
その目に、
失望はない。
むしろ、
わずかな希望が宿っていた。
トランが、ためらいがちに言う。
「もう一つ、お願い」
「セラを……」
言葉が詰まる。
「一緒に、連れて行ってほしい」
「このまま、
ここにいる、危険」
トールは、セラを見る。
小さな身体。
だが、背負っているものは重い。
「……分かった」
短い返事。
だが、覚悟はこもっていた。
「ただし、準備が要る」
「時間をくれ」
トランは、深く頷いた。
「ありがとう」
だが、その目の奥に、
まだ何かを隠している色があった。
トールは、それに気づいたが、
今は踏み込まない。
「帰還準備だ」
そう告げて、立ち上がる。
フォルミス。
地下世界。
追放民。
予言。
事態は、
もう後戻りできないところまで来ていた。
だが同時に──
彼らは、確かに“選ばれてしまった”。
※※※
1300時
惑星フォルミス 平野部
鈍色の荒野の上を、五機のVA-5が低速で飛んでいた。
直線翼。
分厚い装甲。
重たい機影。
帰還コース。
トール機の後部座席で、教授は通信を切った。
「……以上が、事のあらましだよ准将。
詳細は帰ってから報告する」
短い報告だった。
アヴァロン艦長、グラント准将への直接報告。
フォルミス。
地下社会。
追放民。
セラの存在。
そして──
介入の可能性。
「あの准将は、どう考えるかな?」
教授の声は淡々としている。
トールは前を見たまま頷いた。
「良い方向に行けばいいがな」
他の三機にも、すでに概要は伝えてある。
ペイジ。
ピーター。
マーク。
それぞれが、
この先に起こるであろう面倒事を、
黙って咀嚼していた。
帰りの便の編成はこうだ。
• トール機:教授
• クリス機:セラ
• マーク機:ニール
荒野の上を、
重たい沈黙が流れていた。
その時だった。
「……反応?」
マークの声。
「レーダーに三つ。
速度、速い」
トールは即座に確認する。
「サンダーボルトか?」
通常なら、
ここで合流するはずだった。
だが──
「違う!」
マークの声が一段上ずる。
「IFF反応なし!
高速接近──」
レッドアラート。
「ミサイル!」
「散開!」
トールの声と同時に、
VA-5が編隊を崩す。
フレア散布。
白熱光が空にばら撒かれる。
次の瞬間、
それを追い越す影があった。
「……何だ、あれ」
クリスの声。
巨大な──
蜂。
翅を持つ無人機。
三機。
推進と機動を兼ねた異形の飛翔体が、
VA-5を追っていた。
「蜂型……新型だ!」
教授の声が低くなる。
その瞬間。
「……っ!」
クリス機の後部で、セラが胸を押さえた。
「セラ?」
「……だめ」
苦しそうな声。
「聞こえない……」
能力を使おうとした。
だが、繋がらない。
それどころか──
「……!」
セラの表情が、凍りつく。
「……見られた」
「何だって?」
「わたし……
呼んだ……」
次の瞬間だった。
蜂型の進路が変わる。
三機同時に、
クリス機へ。
「ちっ、俺かよ!」
クリスが叫ぶ。
「隊長!
ロック集中してるっス!」
「分かってる!」
トールが即答する。
「ペイジ! ピーター!
迎撃に回れ!」
「了解!」
二機が速度を上げる。
だが──
VA-5は速くない。
本来、
制空権が確保された空域、
地上の的に対して火力を叩き込む機体だ。
機動戦はそもそも考えていない。
「距離が詰まらねぇ!」
ペイジの声。
「相手、速すぎる!」
蜂型が、
VA-5の死角を取る。
光。
「被弾!」
ペイジ機、右エンジン。
推力が落ちる。
「くそっ……!」
蜂型が、一瞬動きを止める。
次の標的を選別する動き。
──弱った方。
「狙い、ペイジに移った!」
「チッ……!」
トールの脳裏を、最悪の予測が走る。
このままでは、一機ずつ落とされる。
その瞬間。
空が、裂けた。
「……え?」
蜂型の一機が、
何の前触れもなく爆発する。
次いで、
二機目。
三機目が反転した瞬間、
横合いから光が走った。
一瞬で、蜂型が粉砕される。
「……何だ?」
トールが見上げた先。
高速で交差する影。
鋭い。
速い。
無駄がない。
「……ああ」
トールは、息を吐いた。
「ヤツか……」
——ソード隊の駆る、VF-19A
白銀の聖剣が3機。
蜂型を一瞬で全て切り落とした。
クリスが、震える声で言う。
「……助かりました」
ソード隊はその呼びかけに誰も応えない。
「……仲間の次は部下か?
なぁ、トール」
代わりに向けられた声は鋭く冷たい物。
それだけ言うとソード隊は反転。
自らの鞘へと帰っていった。
「大丈夫かペイジ!?」
トールは無線で呼びかける。
「右エンジンがやられたが問題ない、
流石はミョルニルだな、タフさだけは折り紙つきだ」
ペイジはなんて事ない様子で答えた。
トールは、短く息を吐く。
「……全機、帰還続行だ」
編隊が、ゆっくりと再編される。
背後には、もう何もいない。
だが──
教授は、モニターに残る蜂型の残骸データを見つめたまま、
小さく呟いた。
「……人が、動き始めた」
AIによる観測ではない。
人同士による戦いになるだろう。
※※※
降下4日目 1100時
アウグストゥス級宇宙空母
《CV-789 スキピオ》 第9格納庫
帰還から二日。
セラを移民船団の居住区に迎え入れて以降、
惑星フォルミスからの蟻型無人機の襲撃は、ぱったりと止んでいた。
蜂型の再襲来も、今のところ確認されていない。
まるで──
何かが引き金を失ったかのように。
束の間の平和。
その間に、サンダーストラック隊は、
教授を伴った調査任務を一通り終えていた。
異常はない。
新たな接触もない。
結果として、
彼らはまた“いつもの場所”に戻っていた。
荷物運び。
機材移動。
格納庫内の雑用。
左遷部隊としての、平常運転だ。
「……静かすぎっスね」
クリスが、工具を片付けながら言った。
「嵐の前ってやつか?」
ピーターが肩をすくめる。
「やめとけ。
そういうこと言うと、
ロクなことにならん」
ペイジが返した、その直後だった。
──呼び出し。
ハンガーへの集合命令。
理由の記載はない。
一同は顔を見合わせる。
「……嫌な予感しかしねぇ」
誰かが、ぼそっと呟いた。
応じて向かったハンガーの中央。
そこに立っていたのは──
見覚えのある制服。
移民船アヴァロン艦長、
グラント准将の副官。
ミルズ大佐だった。
その姿を見た瞬間、
全員が直感する。
──これは、碌な話じゃない。
ミルズ大佐は、無駄な前置きを一切しなかった。
「辞令を伝達する」
静かな声。
だが、重い。
「サンダーストラック隊は、
本日付けで再編成される」
一同の空気が、わずかに張り詰める。
「惑星調査の専門部隊として、
第3遠征海兵隊隷下部隊に編入」
一拍。
「今後は、
トクタカ教授指揮のもと、
調査任務への同行および護衛を主任務とする」
……一瞬、理解が遅れた。
「は?」
クリスの間の抜けた声。
「調査……部隊?」
「俺たちが?」
ピーターが、眉をひそめる。
「海兵隊って……
航空隊じゃなく?」
マークが、冷静に確認する。
ミルズ大佐は、淡々と頷いた。
「以上だ」
「質問は?」
──あるに決まっている。
だが、その前に。
「部隊長として、
一言挨拶を」
ミルズ大佐が、横に視線を向ける。
足音。
そこから現れた人物を見て、
サンダーストラック隊の全員が──固まった。
「……誰だ?」
本気で、そう思った。
短く整えられた髪。
皺のない白衣。
留められたボタン。
背筋の通った立ち姿。
どこからどう見ても、
“ちゃんとした人間”だ。
「……」
トールも、一瞬だけ言葉を失う。
視線が、無意識に止まる。
教授──
トクタカ教授だった。
「……ああ」
教授は、軽く咳払いをしてから言った。
「今後、君たちの指揮を執る」
間。
「アイ・トクタカだ。
よろしく頼む」
沈黙。
誰も、すぐに言葉が出ない。
「……」
クリスが、ようやく口を開く。
「……別人っスよね?
ってか、教授の名前初めて知りました」
「失礼だぞキミ」
教授は即座に返す。
だが、声の調子はどこか穏やかだった。
トールは、軽く頭を振る。
ぼーっとしている場合じゃない。
「了解しました」
いつもの声。
いつもの姿勢。
「サンダーストラック隊、
任務を受領します」
ミルズ大佐は、満足そうに頷いた。
「では、引き続きよろしく頼む」
そう言い残し、去っていく。
残された一同。
誰かが、小さく息を吐いた。
「……これ、
相当面倒なことになりましたよね?」
クリスが言う。
トールは、少しだけ考えてから答えた。
「……ああ」
そして──
口の端が、ほんのわずかに上がる。
「だが」
一拍。
「悪くない」
面倒だ。
厄介だ。
ろくな話じゃない。
それでも。
トールは、確かに感じていた。
──少しだけ、楽しくなってきたな。
鈍色の惑星フォルミスは、
まだ何も終わっていない。
むしろ──
ようやく、物語が動き出したところだった。
これにて第2章終了です。
次を目指して頑張ります。
何か気になったことなどありましたら
コメントいただけると幸いです。