アヴァロン中央商業区
艦内トラムの窓の向こう、広大なエントランスの光景が広がっていた。
三層分の吹き抜けから人工光が降り、ホログラム広告がゆるやかに色を変える。
多言語のアナウンスが重なり、ゼントラーディ語と地球標準語が自然に混ざっていた。
扉が開く。
セラは一歩踏み出し、その場で立ち止まった。
「……すごいね」
視線が忙しく動く。
上。横。下。
自走式販売ロボットが軽やかに通り過ぎ、清掃ロボットが落ちた包装紙を吸い込む。
規則的に並ぶ観葉樹、その足元には、様々な衣服を着た多種多様の人種。
その人々を相手に露店やキッチンカーなどが立ち並ぶ。
様々な色で溢れていた。
鈍色の惑星とは違う。
峡谷の集落にあった、数少ない自然の色彩とも違う。
セラにとってはその全てが新鮮な風景であった。
「ニール、見て!
空があるみたいだよ」
セラの猫耳型翻訳機は学習を続けていた。
言葉を喋り始めた幼児のようだった辿々しい言葉は、数日で子供のそれに成長を遂げている。
フォルミスの人々とも、もうすぐ自然に話せるようになるだろう。
吹き抜けを見上げ、くるくると回るセラ。
ニールはその横で苦笑した。
「見上げすぎると酔うぞ、セラ」
「うん……」
言った直後、わずかにふらつく。
ニールは自然に肩を支えた。
「人も多いしな。ゆっくり行こう」
その手つきは、戦場のそれではない。
年の離れた兄のような、落ち着いた動き。
少し離れて見ていたトールが鼻で笑う。
「随分板についてきたな、保護者役」
ニールが振り返る。
「からかわないでくださいよ、トールさん」
「褒めてんだ」
横でトクタカ教授が頷く。
「人は、保護対象を設定すると精神状態が安定する傾向がある」
「分析やめてください、教授」
「事実だ」
セラがくすっと笑う。
「ニール、落ち着いてるんだ」
空気が少し柔らかくなる。
「それで……だ」
トールが咳払いした。
「なんで俺を呼んだの?」
昨日の連絡。
ツッコむべき事柄は他にもあったが、
とりあえず、トールは、一番重要そうな部分を尋ねた。
教授は即答する。
「ハセヤマの提案だよ。
その結果、合理的で有用だとボクが判断した」
トールが目を細める。
「……要するに荷物持ちか」
「運搬効率の最適化は重要」
「言い方」
ニールが苦笑する。
「段取りはトールさんに任せた方が安心ですし」
「お前まで何目線だ」
セラが二人を見上げる。
「トール、頼りになるね」
「普通だ」
「普通って、すごい?」
「やめろ、難しい話になる」
教授が真顔で言う。
「普通とは統計的中央値——」
「いーからいーから」
トールが遮った。
「とりあえず……最初は端末の契約だ。
どうせ手続きに時間食うだろうし、
契約だけ済ませて、待ち時間で他を回ろうや」
教授が一瞬目を細める。
「驚いたな、キミにしては随分合理的だ」
「だからその顔やめろ」
ニールが小さく笑う。
「トールさん、意外と計画的な人なんですね」
「お前ら俺を何だと思ってんだ」
セラがぽつりと言う。
「トールって、なんだかお父さんみたいだよね」
「それ、独身男に効くからヤメテ……」
痛烈な一言にトールはガクッと肩を落とした。
※※※
個人用端末のショップは二階フロアの一角だった。
複数キャリアのロゴが並び、半透明のカウンターが淡く光る。
板状、ブレスレット型、アクセサリー型——
そして、ぬいぐるみ型。
セラの足が止まった。
だらんとした黒い猫。
「……ねこ」
ニコラ・テスラの人達と話していた生き物。
柔らかくて、気まぐれで、かわいい生き物。
セラは黒猫型端末を両手で持ち上げた。
「これがいい」
店員が微笑む。
「登録に少々お時間を頂きます」
「帰りに受け取るんで、登録だけ先にお願いします」
トールが手続きを進める。
セラは名残惜しそうに黒猫をカウンターへ戻した。
「あとで、ね」
猫の銀色の目が一瞬だけ淡く光る。
待機モードの演出だ。
その横でニールが振り返る。
「……あれ?」
さっきから一人足りない。
事あるごとに分析をはじめ、
空気を読まずにその結果を述べる人物の声が無い。
「あの……トールさん?」
「なした?」
セラの代わりに手続きを続けていたトールは顔を上げる。
「トクタカ教授がさっきからいません……」
トールが顔をしかめた。
「……あんにゃろ」
セラが言う。
「いなくなっちゃったね」
ニールが肩をすくめる。
「セラの買い物なら、俺でもなんとかできますし、
トールさん、探してきてもらっていいですか」
「なんで俺よ」
「慣れてるでしょう」
「お前、なぁ……」
トールは数秒考え、諦めたように息を吐く。
「しゃーない、これが終わったら探しに行ってくる。
セラの事頼んだぞ」
そう言ってトールは再びカウンターの書類へと顔を向けた。
ニールが軽く息を吐く。
「じゃあ、行くか」
そう言って歩き出す。
セラはトールの背中を見送ると、
一拍遅れて、ニールの隣に並んだ。
「うん」
二人は人の流れに紛れ、ゆっくりと進んでいった。
※※※
CV-789 スキピオ トレーニング室
ピーター・スティングレイの休日
無機質な金属壁に囲まれた空間に、重い金属音が響く。
ガシャン。
プレートの擦れる音。
ベンチプレス台に横たわるピーターの胸板が、大きく上下していた。
シャフトには、明らかに「趣味」の域を超えた重量が積まれている。
「……二十七」
低い声。
押し上げる。
ガン、とラックに戻す。
そのまま起き上がり、汗を拭う。
「三十まで行くか?」
背後から声がした。
振り向くまでもない。
見知った筋肉仲間の声だ。
海兵隊の大親分、
ロメロ大佐が、すでにジャケットを脱いでいた。
「来てたんですか、大佐」
「私も久々の休日だ」
ロメロは自然な動きでベンチ台の反対側に立つ。
スポッターの位置。
ピーターは再び横になる。
「三十、行きます」
「やれ」
持ち上げる。
一回。
二回。
三回。
二十九。
三十。
ラックに戻す。
金属音が空間に反響する。
トレーニングに来ていた海兵たちが、
少し離れた場所からその様子を見ていた。
海兵隊の連隊長と、サンダーストラック隊のパイロットが、無言で筋肉を語り合っている。
——どういう状況なのこれ?
隊員達は困惑していた。
ピーターが起き上がる。
汗を拭いながら、ぽつりと。
「……テセウスの船って、知ってますか」
ロメロはすぐには答えない。
シャツを脱ぎ、軽く肩を回す。
「部品を全て取り替えたら、それは同じ船か、という話か」
「はい」
ピーターはプレートを追加する。
今度はロメロが横になる。
シャフトを握る。
「……あいつは」
押し上げる。
一回。
「仲間を失って」
二回。
「その死体で、再構築された」
三回。
息を整える。
「全部入れ替わったら……同じ人間なのか。
俺ならそう思っちまう」
ロメロは押し上げながら答える。
「それは観賞用の船だ」
ラックに戻す。
起き上がる。
「頭でっかちの連中が、議論するための船だ」
ピーターは黙って聞く。
ロメロはプレートをさらに足す。
「あいつは違う」
今度はデッドリフト。
床から、重りを引き上げる。
筋肉が軋む。
「実用船であり、自分で船を漕ぐイッパシの男だ」
下ろす。
「荒波を進むための」
再び持ち上げる。
「しかもだ」
ピーターも横でプレートを握る。
「彼の血肉になったのは、誰だ」
「……海兵隊員」
「そうだ」
ロメロはシャフトを置く。
「強い連中だ」
鏡の前へ歩く。
自然な流れで、二人は並ぶ。
ダブルバイセップス。
巨大な腕が同時に膨らむ。
海兵が固まる。
今、何の時間なのか分からない。
ピーターが低く言う。
「それでも……」
ラットスプレッド。
背筋が広がる。
「壊れないか、心配になる」
ロメロは横目で見る。
「当然だ」
サイドチェスト。
「だがな、ピーター」
「はい」
「仲間が支える」
腹筋を締める。
「それが海兵隊だ」
数秒の沈黙。
鏡の中で、二人の筋肉が微動だにしない。
ピーターが、ふっと笑う。
「……ロマンチストですね、大佐」
ロメロは鼻で笑う。
「鍛えた肉体は裏切らん。心も同じだ」
ピーターがタオルを肩にかける。
「……あいつが戻るまで、俺らが崩れる訳にはいかない」
ロメロが頷く。
「その通りだ」
二人は無言で再びバーベルの前に立つ。
金属音が、また響いた。
※※※
AR-17 ニコラ・テスラ 研究区画
ハセヤマは休日も研究区画にいた。
資料端末の投影画面を睨みながら、軽くため息をつく。
トクタカ教授は今日、商業区に出ているはずだ。
──うまくいってるのかな。
例の隊長。
トール・奏多中尉
あの二人の空気は、最近ほんの少し変わっていた。
怒りを自覚し、感情を学び始めた教授。
それに振り回されながらも、放っておけない男。
悪くない組み合わせだと、ハセヤマは思っている。
だが。
(……私は?)
思考が滑る。
二十六歳。
研究一筋。
帰宅すればドラマ配信を流し、他人の恋愛を観測することで満足した気になる。
画面の向こうのキスシーンに頬を染め、
翌朝には実験ログに戻る。
(それでいいの?)
ふと、自分の手が止まっていることに気づく。
出会い。
その単語が脳裏に浮かぶ。
──いやいや。
ハセヤマは首を振った。
仕事中だ。
資料を別研究室へ届ける。
それが今の任務。
端末を抱え、廊下を歩く。
その時。
「シャロンきたああああ!」
「バッキュウちゃんそこだ! そこだ!」
男達の歓声。
ハセヤマの眉がぴくりと動く。
研究室のガラス越し。
大型スクリーンに映る、魔法少女。
AI少女ラジカル☆シャロン。
真っ赤なフクロウX9(バッキュウ)ちゃんが空を舞い、
魔女ファミューンが妖艶に笑う。
「イサミさんは渡さない!」
休日とはいえ、施設備品を私用に使うとは何事か。
ハセヤマは無言でドアを開けた。
室内の男達が一斉に振り向く。
研究員オタク集団。
別に差別はしない。
だが恋愛対象ではない。
「何をしているんですか?」
冷ややかな声。
その時。
視界の端に、知らない人物。
背筋が伸びている。
ノータイの白シャツ。
黒のベスト。
チノパン。
細身のフレームの眼鏡。
ゼントラーディ人特有の整った顔立ち。
だが威圧感はない。
むしろ──
理知的。
落ち着いている。
スクリーンの光がレンズに反射する。
「……ファミューンの心理描写は今回が最高潮ですね」
低く、穏やかな声。
ハセヤマの脳内で、何かが弾けた。
(え)
関係者以外まで連れてきたのか、と怒りかけた思考が凍る。
(なにあれ)
ゼントラーディ。
なのに。
執事。
しかも。
オタク。
「ま……マーク・クロンさんですよ。
技研の合同プロジェクト……で」
取り繕ったように誰かが言う。
マークは丁寧に頭を下げた。
「はじめまして」
視線が合う。
ハセヤマの思考が乱れる。
(落ち着け)
魔法少女の変身バンクが流れる。
「シャロン、覚醒モード!」
X9ちゃんが赤く輝く。
(いや今それどころじゃない)
心拍数が上がる。
手に持っていた資料端末が、わずかに震える。
(何で今日に限って)
仕事。
そう、仕事。
ハセヤマは口を開く。
「……音量を下げてください」
声が少しだけ裏返った。
マークが穏やかに微笑む。
「失礼しました」
リモコン操作。
音量が下がる。
その仕草さえ丁寧。
(だめだ)
ハセヤマの脳内は完全に混線していた。
トールと教授の恋路を心配していたはずが。
自分の恋路(未定)が急浮上している。
資料を届ける。
そう、資料。
だが足が動かない。
スクリーンではシャロンが叫んでいる。
「イサミさんは私が守る!」
(守られたいのはこっちなんだけど!?)
ハセヤマは深呼吸した。
仕事。
仕事だ。
だが。
マークが横顔でスクリーンを見つめるその姿が、どうしても視界に入る。
休日は、誰の心も油断させる。
ハセヤマは、完全に仕事どころではなかった。
マーク・クロンの休日
改め、ハセヤマの衝撃
※※※
アヴァロン中央商業区 モール街
セラとニール
別行動を開始して1時間くらいが過ぎようとしていた。
ニールは無言で歩く。
紙袋が、両腕に三つずつ。
買い物は、だいたい終わっていた。
その少し前を、セラが軽やかに進んでいく。
人の流れを読むのも上手くなっていた。
「おい、走るなよ」
「走ってないよ」
振り向いて、笑う。
最初は目を回していた人混みも、今はただの景色だ。
ホログラム広告が頭上を流れる。
甘い匂いのする屋台。
異星人の子供が風船を持ってはしゃいでいる。
セラが、ふと、
何かに気づき、足を止めた。
ゆっくり近づき、やがて食い入るようにそれを見つめる。
「……きれい」
じっと眺めるセラ。
ニールが後ろから追いつく。
ショーケースの中。
光を受けて、色とりどりの装飾品が並んでいた。
アクセサリー店。
小さな宝石。
細いチェーン。
揺れるピアス。
セラは、キラキラと輝くそれに目を奪われていた。
文化も惑星も違うが。
(やっぱり、こういうの好きなんだな)
ニールは内心で思う。
同時に、値札を見る。
(……高ぇ)
一瞬だけ、戦場より緊張する。
装飾品の観察を続けるセラの視線が、
ひとつに止まった。
猫のチャーム。
横を向いた、小さな猫。
尻尾が丸く弧を描き、ハートの形になっている。
地味だ。
装飾も少ない。
だが、セラの目はそこから動かない。
「ねこだ」
小さく言う。
ニールは値札を覗き込む。
(……まあ、これなら)
子供の小遣いでも、少し貯めれば届く程度。
ニールは何も言わず、店員に合図した。
「それ、ください」
セラが振り向く。
「え?」
小さな袋が渡される。
ニールはチェーンを取り出し、少し戸惑いながらセラの前に立つ。
「じっとしてろ」
「う、うん」
背後に回る。
首元に冷たい金属が触れる。
留め具を留める。
「……助けてくれた、お礼だ」
短く言う。
セラは指先で猫のチャームをつまむ。
きらりと光る。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、表情が止まった。
喜びとは違う、何か。
だがすぐに、微笑む。
「……ありがとう」
声は柔らかい。
ニールが覗き込む。
「どうかしたか?」
「ううん」
首を振る。
「うれしいよ」
本当だ。
嘘ではない。
チャームを胸元に押し当てる。
人混みのざわめきが、遠く聞こえる。
ニールは袋を持ち直した。
「じゃ、行くか」
「うん」
セラは、少しだけ距離を詰める。
猫のチャームが、光を受けて揺れていた。
※※※
同時刻
トール
人混みの中を歩きながら、トールはため息をついた。
教授がいなくなる理由は、大体分かっている。
何かに興味を持った。
ただそれだけだ。
ならば。
(あいつが興味持ちそうな場所を探せばいい)
新素材展示。
未知技術デモ。
異星文化の特設コーナー。
頭の中で候補を並べる。
──そこで、ふと止まる。
(……俺、何やってんだ)
足が一瞬鈍る。
自分の行動を客観視してしまった。
探している。
仕事でもないのに。
気付けば、ことあるごとに彼女のことを考えている。
愛機の後部座席に座った、あの日から。
調査隊として再編された日。
あまりの代わり様に、一瞬、目を奪われた自分。
(……馬鹿か俺は)
頭を振る。
今は上司だ。
仕事仲間だ。
変なことを考えるな。
深く息を吸う。
顔を上げた。
——そして。
視界の先に、見知った姿があった。
トクタカ教授ではない。
黒いフライトジャケット。
背筋を伸ばし、無駄な動きのない立ち姿。
かつて、並んで飛んでいた人物。
今は会いたくない人物。
できればやり過ごしたい。
だが。
相手も気付いた。
一瞬だけ、驚いた表情を見せる。
やがて、その男が歩み寄る。
アーサー・ブロードウッド少佐。
第101特務飛行隊、通称ソード隊。
航空団の最強の剣、その隊長だった。
トールは彼に短く言う。
「……久しぶりだな」
アーサーは表情を崩さない。
「左遷部隊から調査部隊へ格上げか」
声は鋭い。冷たい。
トールは肩をすくめる。
「今も似たようなもんだ」
その言葉に、アーサーの眉がわずかに動く。
ほんの僅か。
「そんな気持ちで飛ぶのか」
一歩、距離を詰める。
周囲の喧騒が、遠のいた気がした。
「また仲間の誰かを殺すつもりか」
低い。
幾分か殺気を含んだ声。
トールの喉がわずかに鳴る。
「……もう誰も死なせねぇよ」
彼は冷静を装っていた。
だが、指先に力が入る。
アーサーは目を逸らさない。
人の流れが、二人を避けて流れていく。
ほんの数秒。
睨み合っていた。
その時。
「いやあ、探したよ」
間の抜けた声。
トールの隣に、いつの間にか教授が立っていた。
両手に、見慣れない資料端末。
空気が、完全に崩れた。
「おま……どこほっつき歩いてやがった!」
思わず声を上げるトール。
「興味深いものを見つけてしまってね、見に行ってたんだ。
気がついたら皆いなくなっていたから、探したよ」
「勝手にいなくなったのはそっち!」
アーサーそっちのけで、言い合う二人
「……今のは忠告だ」
アーサーはそれだけ言い残し、背を向ける。
黒いフライトジャケットが、人混みに溶けていった。
教授はその人物の背中を、じっと見つめている。
無表情。
そして、ぽつりと。
「実に興味深い」
それだけ言った。
商業区の喧騒が、再び耳に戻ってくる。
※※※
アヴァロン 民間機離発着エリア
連絡機のりばに、外の涼しい風が流れ込んでいた。
透明な隔壁の向こうに、各艦艇へ向かう小型機が滑り込んでくる。
アヴァロン、ハンニバル、スキピオ、ニコラ・テスラ、その他の艦艇。
船団内を巡回する連絡機は、ほとんどバスのような運行だ。
「次、ニコラ・テスラ行きです」
アナウンスが流れる。
セラはベンチに腰掛け、少しだけぐったりしていた。
「つかれた……」
「初めてだらけだったもんな」
ニールがボトルに入った水を差し出す。
「大丈夫か?」
「うん。たのしかった」
猫のチャームが、胸元で小さく揺れていた。
その二人から少し離れた位置に立つトールは、静かだった。
視線は遠く。
商業区ではない、もっと遠いどこかを見ている。
──また仲間の誰かを殺すのか。
アーサーのあの声が、頭から離れない。
無意識に、拳を握る。
隣で、教授がそれを観察していた。
視線を動かさず。
ただ、じっと。
「……」
着地パッドに連絡機が滑り込む。
扉が開くと乗客が降りて来た。
「ニコラ・テスラ行き、まもなくの出発となります」
ニールが立ち上がる。
「行こう」
セラも立つ。
四人が乗り込もうとした、その瞬間。
「あー。しまった」
教授の声。
三人が振り向く。
「大事な用事を一つ忘れていた。申し訳ないが、先に戻っていてほしい」
今それを言うのか、という沈黙。
トールが眉をひそめる。
「……今か?」
「今だ」
真顔。
あまりにも真顔。
ニールはセラを見る。
「俺とセラで戻ります。さっきも問題なかったですし」
「うん。だいじょうぶ」
トールが溜息をつく。
「俺も戻るぞ」
「いや、君は残れ」
即答。
「は?」
「用事に付き合ってもらう」
あまりにも自然な言い方。
あまりにも怪しい。
だが。
教授は元々、怪しい。
よって、誰も彼女の奇行の真意を探ろうとはしなかった。
連絡機の乗員が促す。
「お急ぎください」
ニールが肩をすくめる。
「じゃ、先戻ってます」
「着いたらすぐ部屋に戻るんだぞ、
寄り道すんなよー」
トールが言う。
「うん」
扉が閉まる。
連絡機がゆっくりと離れていく。
透明な窓越しに、セラが手を振る。
やがて小さくなり、見えなくなった。
静寂。
トールが振り返る。
「……で?」
不機嫌を隠さない。
「何だよ、その用事ってのは」
教授は一拍置いた。
「すまない」
先に、謝る。
それだけで、トールの眉がわずかに動く。
「用事があるのは確かだ」
淡々と続ける。
「だが、
それは君のことだ」
「……は?」
意味が分からない。
教授はまっすぐトールを見る。
逃げない視線。
一瞬、間。
そして。
教授は言う。
「……悪いが、もう少し付き合ってくれたまえ」
連絡機の発着音が、遠くで鳴る。
外から少し冷たい空気が流れていた。
登場人物
アーサー・ブロードウッド(年齢30:男性)
ソード隊の隊長、超エリート。
病みやすいタイプ
シャロンちゃん
ラジカルの権化
林檎アレルギー
X9ちゃん
バッキューと読む
人知を超えた超絶機動