シャボンディ諸島の朝は、本来ならばヤルキマン・マングローブから放出されるシャボン玉がキラキラと舞う幻想的な風景に包まれるはずだった。しかし、第44番ドックの周囲は今、凄まじい「陽炎」によって景色が歪み、空間そのものが熱にうなされている。
アレン「……あ、熱いっす。……熱すぎて、脳みそが沸騰しそうっすわ……」
ヘカテ号のメインデッキ中央で、アレンは膝を突き、荒い息を吐いていた。
彼の全身からは、もはや湯気というレベルではない、真っ赤に焼けた「高圧蒸気」が噴き出している。寝起きに食べた『ドラドラの実(モデル:エンシェント・ドラゴン)』の力が、アレンの体内でゴロゴロの実の雷エネルギーと激しく衝突し、核融合にも似た暴走状態を引き起こしていた。
リース「……アレン。……今すぐそこから動くな。……いや、消えろ。……私のヘカテ号が、溶ける」
背後から、凍りつくような冷徹な声が響いた。
リースだ。普段は感情の起伏が乏しい彼女だが、今はその銀髪を逆立て、狐の尻尾を針のように硬直させている。彼女の視線の先には、アレンが座り込んでいる付近の甲板があった。
ドロリ、と。
世界最強の硬度を誇るはずの特殊合金が、アレンの足元から飴細工のように溶け始め、ドックの海水に触れて「ジュゥゥゥッ!」と凄まじい水蒸気を爆発させていた。
リース「……ん。……許さない。……私の魂であるこの船に、熱ダメージを与える不届き者。……海に沈めて、冷却(スクラップ)してやる」
アレン「ま、待ってくださいリースさん! 俺だって好きで溶かしてるわけじゃ……ぎゃああああ!?」
リースが『蛇尾丸』の柄を叩くと、甲板の構造の一部が「構成組み換え」によって巨大なカタパルトへと変形した。アレンはそのまま、問答無用で海へと弾き飛ばされた。
ドォォォォォン!!
海面に落下したアレンを中心に、直径数十メートルの海水が一瞬で沸騰し、巨大な白い柱となって空を突いた。
エリス「……ふぅ。……少しは冷えたかしら。最低ね、歩く溶岩人間なんて」
エリスが氷の銃を構え、いつでも海面を凍らせる準備をしながら冷たく言い放つ。
しかし、水柱が収まった海面から現れたのは、もはや「人間」のシルエットではなかった。
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アレン「……ガ、ルゥゥゥゥ……ッ!!」
海中から立ち上がったのは、深紅の鱗に包まれ、背中に巨大な皮膜の翼を生やした異形の戦士だった。アレンの意識は半分、古龍の持つ「破壊衝動」に飲み込まれている。
彼の心臓の鼓動に合わせて、体内の電力が赤熱化した。
バチバチという青い火花に、どす黒い赤の閃光が混じり、周囲の海水はアレンが触れる端から蒸発していく。
リース「……マキナ。……アレン、制御不能。……本能だけで、熱を撒き散らしている。……これでは諸島が火の海になる」
リースが淡々と、だが確実な殺意を込めてマキナを見やった。
マキナ「フン……。面白い。真級神とやらが授けた力、どれほどのものかと思えば……ただの荒れ狂うトカゲではないか」
マキナが、マントを翻してヘカテ号の舳先に立った。彼女の持つ槍『灰塵』が、漆黒の覇気を纏って唸りを上げる。
マキナ「アレン! 貴様、いつまでその程度の力に振り回されている! 私の前に膝を突け。さもなくば、その首……龍ごと叩き落としてくれるわ!」
アレン「……マキナ……サマ……。……グ、ガァァァァァァッ!!」
アレンの咆哮。それは物理的な衝撃波となり、シャボンディ諸島のシャボン玉を一瞬で全て破裂させた。
人獣型となったアレンは、背中の翼を羽ばたかせ、足元の海水を爆発させて跳躍した。
『噴火する一撃(ボルカニック・インパクト)』
関節の鱗から噴射される高圧火炎ガスの推進力。そこにゴロゴロの実の電磁加速が加わり、アレンは文字通り「赤い流光」となってマキナへと突っ込んだ。
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ドォォォォォォォォォォォォン!!
アレンの鉤爪と、マキナの槍が激突した。
衝撃波だけで、第44番ドックの周囲にあるヤルキマン・マングローブの樹皮が剥がれ飛び、周囲の海面は円形に陥没した。
マキナ「……ほう。……重いな。以前の貴様とは比べ物にならん」
マキナは片手で槍を支え、牙を剥き出しにして迫るアレンを真っ向から受け止めていた。
マキナ「……だが、無駄だ。殺気と熱だけが空回りしている。……アレン、お前の『拷問』は、相手の恐怖を支配することではなかったか? 今のお前は、自分自身の力に怯えているだけの獣だ!」
マキナの瞳が赤く発光する。
最高位の「覇王色の覇気」が全方位に解放された。
ドクンッ、とアレンの心臓が跳ねた。
古龍の野生本能が、目の前の「女帝」を、自分よりも上位の捕食者だと認識し、本能的な恐怖を覚えたのだ。
アレン「グ……ガ……ッ!? マキ……ナ……様……!」
マキナ「……まだ喋れるか。ならば、その意識を龍の奥底から引きずり出してやる。……来い、死神。ここからは『龍退治』の時間だ!」
マキナが槍を振り上げ、目に見えないほどの速さで連撃を叩き込む。
一撃一撃が、アレンの赤い鱗を砕き、内側の熱を散らしていく。アレンもまた、本能的に雷を纏った拳で応戦するが、マキナの武装色の前には、その熱さえも届かない。
リース「……ん。……私も、加勢する。……船を溶かした慰謝料、体で払ってもらう」
リースが『蛇尾丸』を卍解させた。
「**『蛇尾丸』!!**」
巨大な骨の蛇が、空中を舞うアレンの四肢に絡みつく。
アレン「離せ……っ! リースさん、マジで熱いから離れたほうがいいっすよ!!」
リース「……黙れ。……冷却、開始」
リースが能力を発動させると、アレンに絡みついた蛇の骨が、瞬時に絶対零度の冷気を放ち始めた。赤熱した鱗が急激に冷やされ、ミシミシと悲鳴を上げる。
アレン「ぐ、あああああああ!! 割れる! 全身の鱗が割れるぅぅぅ!!」
エリス「……甘いわよ、アレン! 集中しなさい!」
さらに上空から、エリスの狙撃が飛ぶ。
エリス「**『氷銃・永久凍土(エターナル・フロスト)』!!**」
氷の弾丸がアレンの関節部分、鱗の隙間にある「火炎噴射口」を正確に塞いでいく。推進力を奪われたアレンが、無様に地面へと墜落した。
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墜落したアレンは、地面を抉りながら立ち上がろうとした。
しかし、その胸元――ひときわ大きく、ひときわ赤く輝く一枚の鱗、**『逆鱗』**が露わになっていた。
マキナが静かに、しかし抗いようのない威圧感を持って歩み寄る。
マキナ「アレン。……その実の呪い、『逆鱗』に触れられれば暴走するというな。……ならば、私が今ここで、その逆鱗ごと貴様の魂を叩き直してやる」
アレン「……ま、待って……マキナ様、それはマジでマズい……! 俺、自分を保てなくなる……!」
マキナ「……構わん。暴走するなら、その倍の力でねじ伏せるだけだ」
マキナの槍が、漆黒の雷(覇気)を纏って放たれた。
『灰塵・一点突破』。
ドガァァァン!!
槍の穂先がアレンの胸の逆鱗を直撃した。
その瞬間、アレンの叫びは声にならない絶叫へと変わり、全身から漆黒と深紅の混ざり合った「災厄」のオーラが爆発した。
周囲一帯が、アレンの放つ熱量によって溶岩の湖へと変わる。
**『獣型:絶対領域・焦土の庭』**。
アレンの姿が膨れ上がり、数丈の巨大な赤い龍へと変貌しようとする。その眼に理性はなく、ただ破壊のみを求める虚無が宿っていた。
マキナ「……来たか。……それでこそ、私の右腕だ」
マキナは笑っていた。
彼女は槍を捨て、素手で暴走するアレンの巨大な角を掴んだ。
マキナ「……アレン! 聞け! 貴様は私の奴隷でも、ただの部下でもない! 私の描く『地獄の玉座』へ、共に昇る唯一の男だ! この程度の力に飲まれて、私の隣を空席にするつもりか!!」
マキナの全力の覇気が、アレンの脳内に直接叩き込まれた。
それは「命令」ではない。マキナという一人の女の、「魂の咆哮」だった。
アレンの意識の底。
真っ暗な深海のような場所で、アレンは自分を縛り付ける巨大な龍の鎖を見ていた。
アレン(……あー、だっる。……マキナ様に、あんなこと言わせちゃダメっしょ……俺)
アレンが鎖を掴んだ。
アレン(……俺は、拷問コンサルの息子。……相手を支配するのが仕事っす。……龍だろうが神様だろうが、俺の体の中にいるなら……俺に従えよ、クソトカゲ!!)
バチィィィン!!
アレンの精神世界で、漆黒の雷が龍を貫いた。
現実世界では、巨大化しつつあった赤い影が、急速に凝縮され、元の「人獣型」のサイズへと戻っていく。
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蒸気が晴れた後。
地面に膝を突き、肩で息をするアレンの姿があった。
鱗はまだ赤いが、その瞳にははっきりと、いつもの「だるそうな」理性が戻っていた。
アレン「……はぁ、はぁ……。……マキナ様……。……マジで、死ぬかと思ったっすわ……」
マキナ「……フン。ようやく戻ったか、この馬鹿者が」
マキナは乱れた髪をかき上げ、不敵に微笑んだ。
アレンが立ち上がると、その手足にはまだ鱗が残り、背中には翼がある。だが、先ほどまでの暴走する熱はない。熱は内側へと完璧に収束され、体内の雷エネルギーと完全に調和していた。
リース「……ん。……合格。……ヘカテ号の修理費、アレンの給料10年分で計上しておく」
アレン「リースさん! 厳しすぎません!?」
エリス「……よかったわね、アレン。……あんたがトカゲのままだったら、私が一生、氷漬けにして飾っておいてあげたのに」
アレン「エリスさん、それ絶対『よかった』って思ってないっすよね……」
ユリナがキッチンから、山盛りの「海王類のステーキ」を持って現れた。
ユリナ「ほな、修業再開のお祝いや! アレン、その新しい力で、肉全部一瞬で焼いてくれるか?」
アレン「……あー、いいっすよ。……今の俺なら、ミディアムレアもウェルダンも自由自在っすわ」
アレンが指先を鳴らすと、小さな赤い火花が散り、肉が完璧な焼き色を帯びた。
ドラドラの実、幻獣種モデル:エンシェント・ドラゴン。
その荒ぶる力を、アレンは死神の執念とマキナの覇気によって、ついに己の「道具」へと変えたのだ。
アレン「マキナ様。……残り一年半、今の俺、相当ヤバいっすよ」
マキナ「……ああ。期待しているぞ、アレン。……その龍の翼で、新世界の空を、赤く染め上げてやれ」
シャボンディ諸島の秘密ドックに、再び賑やかな声と、激しい修業の音が戻ってきた。
死神が龍を纏い、雷を操る。
最凶の海賊団が、完成へと向かって最後の加速を始めた。
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