「権力の間」の重厚な扉が、再び静かに開かれた。
中にいた五老星たちの顔は、まるで数十年分の生気を吸い取られたかのように青白く、あるいは屈辱に歪んでいた。世界最高権力たる彼らが、一人の女を相手に、これほどまでの譲歩を強いられたことなど、空白の100年以降、一度たりともなかったに違いない。
しかし、部屋から悠然と出てきたマキナの表情は、まるで上質な紅茶を嗜んだ後のように優雅で、満足げな微笑を湛えていた。
アレン「……あー、マキナ様。お疲れ様っす。ずいぶんと時間がかかったっすね。……じいさんたちの顔、ひどいことになってるっすよ」
廊下の壁に背を預け、退屈そうに指先で霊圧の塊を弄んでいたアレンが、歩み寄るマキナに声をかけた。漆黒の正装に身を包んだ死神は、その佇まいだけで、周囲の衛兵たちを近づけさせない絶対的な結界を張っていた。
マキナ「フフ……待たせたな、アレン。交渉はこれ以上ないほどに円滑に進んだぞ。あやつら、口では大層な正義を謳うが、その実、我がゴッドエデンの軍事力と、リースの科学力が本気で牙を剥くことを何よりも恐れている。……ほら、これを見ろ」
マキナがドレスの袖口から、一本の古めかしい、しかし禍々しいほどの魔力を放つ、黄金に輝く鍵を取り出し、アレンの目の前でヒラヒラと揺らした。
アレン「……ん? なんです、その悪趣味な鍵は」
マキナ「五老星から文字通り『奪い取った』、世界政府直轄の第零宝物庫の鍵だ。マリージョアの最深部に眠る、非加盟国から毟り取った金銀財宝、そして幾つかの珍しい悪魔の実が保管されている場所のな。あやつら、私にこれ以上の条件を突きつけられたくないがために、体裁を取り繕う『供物』としてこれを差し出してきた」
マキナはアレンの頬にそっと指先を滑らせ、その妖艶な紅い瞳を極限まで細めて微笑んだ。
マキナ「さあ、アレン。レベリーの本会議が始まるまで、まだ僅かに時間がある。お前の『月牙』で宝物庫の扉ごと叩き割り、中にあるものを好きなだけ略奪して帰るぞ。我が国の民へのお土産だ」
アレン「……あー、最高っすね、マキナ様。やっぱりウチの女王様は、こうでなくっちゃ。……じゃあ、遠慮なく一番高そうなやつから根こそぎいただくっすわ」
アレンは不敵な笑みを浮かべ、マキナと共に、一時的に世界政府の管理から外れた「神聖な宝物庫」へと足を向けた。世界会議の直前に、その主催者の宝を堂々と盗み出す――そんな狂気の沙汰を行えるのは、世界広しと言えども、この二人だけであった。
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略奪という名の「事前報酬」を終え、アレンの懐(リースの開発した四次元霊子ポケット)が世界の至宝で膨らんだ頃、ついに世界会議(レベリー)の開催を告げる鐘の音が、マリージョア全域に鳴り響いた。
パンゲア城の壮麗な大ホール。
そこには、世界政府に加盟する五十以上の国の王たちが一同に会し、巨大な円卓を囲むようにして席についていた。中央の円卓は「全ての王は平等である」という建前を示すためのものだが、その座る位置や発言力の強さは、国力によってあからさまに序列化されている。
ギィィ……と重い扉が開き、マキナが会場へと姿を現した。
その瞬間、それまでガヤガヤと雑談を交わしていた各国の王たちの視線が一斉に集中し、会場の温度が数度下がったかのような錯覚を呼び起こした。
「……ゴッドエデン、マキナ女王陛下のご入場!!」
案内役の政府職員の声が、心なしか震えている。
マキナは深紅のドレスの裾を揺らしながら、円卓の一角、世界政府が用意せざるを得なかった「最上席」へと歩を進めた。そして、流れるような動作で豪華な椅子へと腰を下ろす。
その左後ろ――影のようにピタリと寄り添うのは、漆黒の礼装を纏った死神、アレン・コルテス。
彼は二振りの斬月の柄に緩く手をかけたまま、微動だにせず、ただ鋭い眼光だけで円卓の王たちを品定めするように見下ろしていた。アレンから放たれる、極限まで圧縮された殺気と霊圧の波動。それに当てられただけで、並の王の護衛兵たちは額から冷汗を流し、一歩も動けなくなっていた。
ワポル「……ふん、海賊上がりの泥棒国家が、偉そうに円卓に並ぶとはな」
離れた席から、不快そうに鼻を鳴らす声が聞こえた。
それは、偉大なる航路(グランドライン)にあるドラム王国の当時の王――**ワポル**であった。
ブリキの身体に、傲慢さと強欲さをそのまま煮詰めたような醜悪な面構え。彼はゴッドエデンの急激な台頭と、世界政府が彼らを特別扱いしている現状が、面白くて仕方がないようだった。
マキナ「……アレン、放っておけ。犬が吠えているだけだ。今の議題は、そこではない」
マキナが静かに制する。アレンは「了解っす」と呟き、深紅の瞳の奥の殺意を一時的に潜めた。
会議の前半は、近年、世界各地でその活動を活発化させている「革命軍」についての議論に終始していた。モンキー・D・ドラゴンという謎多き男が率いるその組織は、数々の加盟国を内側から崩壊させ、世界政府の体制を脅かしつつある。
「革命軍の思想は危険極まりない! 我ら王族の権威を否定し、民衆を惑わす悪魔の思想だ!」
「海軍の兵力を、もっと革命軍の掃討に割くべきである!」
王たちがそれぞれの利害関係から声を荒げる中、マキナはただ黙って、優雅に頬杖をつきながらその様子を眺めていた。彼女にとって、世界政府も革命軍も、どちらもゴッドエデンの覇道の障害、あるいは利用すべき駒に過ぎないからだ。
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会議が一時的な休憩に入り、王たちがそれぞれ席を立ち、歓談を始めた時のことだった。
円卓のすぐ傍らで、一つのいさかいが起きた。
声の主は、先ほども不満を漏らしていたドラム王国のワポル。彼は己の国力と、世界政府への多額の天上金(貢ぎ物)を盾に、他国の王に対して常に横柄な態度を取ることで知られていた。
ワポル「おいおいおい! 邪魔だ! どけ、砂漠の貧乏国家が!!」
ワポルが大きな体を揺らしながら、わざとらしく、アラバスタ王国の国王――**ネフェルタリ・コブラ**に対して肩をぶつけ、挑発的な言葉を投げかけた。アラバスタは由緒正しき大国であり、最初の20人の血を引く王家だが、近年の内情や気候の不安定さを理由に、ワポルは執拗に嫌がらせを行っていた。
コブラ「……ワポル王。ここは世界会議の場です。言葉を慎まれるがいい」
コブラ王が毅然とした態度で返す。だが、ワポルはその態度がさらに気に入らなかったのか、下卑た笑みを浮かべ、コブラ王の傍らにいた小さな人影へと目を向けた。
そこには、まだ幼いアラバスタの王女、**ネフェルタリ・ビビ**が、父の服の裾を握って静かに立っていた。
ワポル「ケッ! 父親が父親なら、ガキもガキだな! こんな神聖な場所に、砂塗れの小娘を連れてくるんじゃねェよ!!」
**ドンッ!!!**
ワポルは、わざと、本当にわざと、幼いビビの体を乱暴に突き飛ばした。
小さなビビの体は床を転がり、冷たい大理石の床に激しく叩きつけられた。
コブラ「ビビっ!!」
コブラ王が血相を変えて駆け寄る。周囲の王たちも一瞬、息を呑んだが、ドラム王国との国際問題や、世界政府への影響を恐れて、誰も助け舟を出そうとはしなかった。
ビビ「……痛っ……」
ビビの小さな膝からは、うっすらと血が立ち上っていた。幼い子供であれば、大声で泣き叫び、大人の助けを求めてもおかしくない、理不尽な暴力。
だが、ビビは、その大きな瞳に大粒の涙を溜めながらも、それを決して零そうとはしなかった。
ビビ(……だめ。ここで私が泣いて、お父様が怒ったら……アラバスタとドラム王国が戦争になってしまう……。そうなったら、国民の皆が悲しむ……!)
幼いながらも、一国の王女としての「覚悟」が、彼女の小さな胸の中で、涙を押し留めていた。
ビビは震える足を無理に動かして立ち上がり、スカートの土を払うと、ワポルに向かって深々と頭を下げた。
ビビ「……ごめんなさい、ワポル王。私が……前をよく見ていなかったのがいけないのです。お怪我はありませんでしたか?」
大人な対応。
自らの痛みを押し殺し、国家間の衝突(国際問題)を未然に防ぐための、完璧な王族としての立ち振る舞い。
コブラ王は、我が子のそのあまりにも健気で、そして誇り高い姿に、目頭を熱くしながら彼女の肩を抱いた。
ワポル「ガハハハハ! 分かればいいんだよ、分かれば! 砂漠のガキの分際で、これからはワシの歩く道を汚すんじゃねェぞ!!」
ワポルは、自分の理不尽な暴力が通ったことに満足し、さらに傲慢に胸を張って、周囲の王たちを見下した。その醜悪な勝利の笑いが、大ホールに響き渡る。
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静寂が、会場を支配していた。
誰もがワポルの暴挙を内心で蔑みながらも、関わり合いになるのを恐れて目を背ける。
そんな「世界の縮図」とも言える生温い空間を、突如として、鋭利な刃物のような声が切り裂いた。
マキナ「――その傲慢な態度を改めろよ? いつか身を滅ぼすぞ?」
声のした方へ、全員の視線が一斉に向いた。
円卓の最上席。そこから一歩も動かず、優雅に脚を組んだまま、冷徹な眼差しでワポルを見据える女。
ゴッドエデンの女王、マキナであった。
マキナの紅い瞳には、怒りすら浮かんでいない。ただ、道端のゴミを見るかのような、絶対的な「無関心と軽蔑」だけが宿っていた。
ワポル「……あ、あァ!? なんだと、新興国家の女狐が! ワシに意見する気か!?」
ワポルが顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
だが、その瞬間――マキナの左後ろに立つアレンが、ほんの少し、本当にわずかだけ、その右手の指先を『天鎖斬月』の柄に滑らせた。
**ゴォォォォォォォォォンッ!!!**
空間そのものが自重で歪むかのような、凄まじい「霊圧の咆哮」がワポルの頭上から降り注いだ。
アレン「……おい。ブリキ野郎。ウチの女王様のお言葉だ。……耳の穴かっぽじって、よく聞いておけ」
アレンの言葉はどこまでもだるそうだったが、その背後に見える「死神の幻影」は、ワポルの首を今すぐ撥ね飛ばさんばかりの凶気を放っていた。
ワポルは、その場に縫い付けられたように動けなくなり、顎をガタガタと震わせた。冷や汗が滝のように流れ、先ほどまでの傲慢さは一瞬で霧散した。
マキナは、ワポルが恐怖で硬直したのを確認すると、視線を、まだ床に立っている幼いビビへと向けた。
マキナ「……ネフェルタリの娘よ。貴様の見事な忍耐と覚悟、少しだけ退屈しのぎにはなった。一国の王たる者が、己の感情で民を戦火に晒さぬその姿勢……あそこのブリキの塊よりは、遥かに王としての価値がある」
マキナの言葉に、ビビは驚いたように目を見開いた。
コブラ王もまた、世界を騒がせるゴッドエデンの女王が、我が子の誇りを認めてくれたことに、深く一礼した。
ビビ「……感謝いたします、マキナ女王陛下」
マキナ「礼には及ばん。私は、ただ事実を口にしただけだ」
マキナは再び、冷たい視線をワポルへと戻した。
マキナ「器の小さな王が率いる国など、歴史の塵となるのも早い。……ワポルと言ったか。次に私の前でその醜悪な声を上げたら、貴様の国ごと、この世界地図から消し去ってやる。……肝に銘じておくことだ」
それは、単なる脅しではなかった。
ゴッドエデンの軍事力があれば、ドラム王国など、一晩で跡形もなく消滅させられるという「事実」に基づいた宣告。
ワポルは、もはや言葉を返すこともできず、ただ小さく「ひ、ひぃ……」と悲鳴を上げて、自身の護衛たちの後ろへと隠れるようにして逃げ去っていった。
周囲の王たちは、マキナの圧倒的なカリスマ性と、それを支えるアレンの「武」の凄まじさに、改めてゴッドエデンという国家の恐ろしさを骨の髄まで叩き込まれていた。世界政府の膝元であるマリージョアで、加盟国の王をここまで堂々と脅し、屈服させる。これこそが、世界の均衡を壊す「第三の極」の力だった。
アレン「……ふぅ。だるいっすね、マキナ様。ああいう小物は、一発で黙らせるに限るっすわ」
アレンが肩をすくめると、マキナはフッと妖艶に笑った。
マキナ「当然だ、アレン。我が楽園の前に立ち塞がる者は、王であれ神であれ、全て等しく平伏せねばならん。……さて、会議に戻るか。退屈な老人たちの話を、もう少しだけ聞いてやろうではないか」
レベリーの喧騒が再び動き出す中、マキナとアレンは、世界の中心で圧倒的な異彩を放ち続けていた。
ネフェルタリ・ビビの胸に、その強烈な「女王の姿」が深く刻まれたこの夜。ゴッドエデンの伝説は、聖地マリージョアの歴史に、決して消えない漆黒の爪痕を残したのである。
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