五つの加盟国が「完全なる無」へと消滅してから数日後。
その日は、新世界には珍しいほどの穏やかな快晴の朝として訪れた。
ゴッドエデンの王宮では、いつものようにマキナが優雅に朝食を摂り、スレナとヴァイパが庭園で軽い組み手を交わし、リースが端末の画面を高速でスクロールさせながら世界の観測データを更新していた。アレンもまた、サンルームの特等席で「今日も一日だるいっすねぇ」と欠伸を噛み殺しながら、斬月の手入れをしていた。
――だが、破滅の刻は、予告も前触れもなく、前触れなき絶望となって世界を襲った。
**ズシャァァァァァァァァンッ!!!!!**
突如として、ゴッドエデンを覆う空そのものが、ガラスのように「割れた」。
澄み渡っていた青空が一瞬にして内側から塗り潰され、見る者を死へと誘うような、底知れぬ「漆黒の闇」が天を覆い尽くす。陽光は遮断され、一瞬にして昼が夜へと書き換えられた。
『警告――警……告――!! エ……ラー……、物理法則の維持……不可能……』
王宮内に響き渡るリースの合成音声が、ノイズまじりに歪む。
「リース!? どうした、何が起きたのだ!?」
スレナが庭園から叫ぶ。
しかし、返答はなかった。
王宮のあらゆる場所に配置されていた最先端のホログラム端末、防衛用のアランカル・ミニ、結界維持装置、さらには照明や水蒸気の供給システムに至るまで、ゴッドエデンの全システムが一斉に「沈黙」したのだ。
「……ッ、リースのネットワークが……途絶した……!?」
リース本人が、自らの頭部に手を当てながら、見たこともない狼狽の表情を浮かべた。彼女の脳内に構築されていた無制限の演算ネットワークが、まるで世界のデータそのものが消去されたかのように、ただの「無反応」へと変わっていたのだ。
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「な……なんだ、これ……っ!? 身体が……重い……っ!?」
庭園でスレナが自身の拳を固く握りしめようとしたが、指先に力が力強く入らない。
彼女の代名詞である『プラプラの実』の紫色のプラズマは、指先から火花一つすら散らなかった。それどころか、体内の悪魔の実のファクターそのものが消滅したかのような、虚無の喪失感が彼女を襲う。
「ウチも……っ! 『カソカソ』の力が、全然出ないよ……っ!? スピードが……上がらない……っ!」
ヴァイパが全開の胸元を抑え、荒い息を吐きながら床に膝を突いた。
「……静まりたまえ」
王宮の玉座から立ち上がろうとした女王マキナ。彼女は不遜な態度で、この異常事態を引き起こした「何者か」を平伏させるべく、王の資質たる『覇王色の覇気』を解き放とうとした。
しかし――何も起きなかった。
世界を震撼させ、五老星すら冷や汗を流させたあの絶対的な覇気が、空間に溶けて消えることすらなく、ただの「呼吸」として不発に終わったのだ。
「……ほう。私の覇気が……通じぬか」
マキナの紅い瞳に、初めて微かな驚愕と、底知れぬ激憤の色が宿る。
悪魔の実、覇気、科学力、ネットワーク。
この『ONE PIECE』の世界において「最強」を定義していたすべての概念が、このゴッドエデンを包み込む漆黒の空間内において、完全に「無力化(無価値)」へと書き換えられていた。
「……だるい、どころじゃないっすね、これ……」
アレンは重い体を叩き起こすようにして立ち上がった。
全身の細胞から、生きるための「生命力(エネルギー)」が、目に見えない無数のストローで吸い上げられているかのように、激しい怠惰と疲労感が身体を蝕んでいく。
見聞色の覇気も、ゴゴロの実の雷も、リュウリュウの実の龍の身体能力も、すべてが機能不全に陥っていた。
(……くそっ、 悪魔の実も覇気もダメ……。なら、俺の本当の根幹……死神の『霊圧』と『斬魄刀』はどうだ……!?)
アレンは最後の望みをかけて、腰に携えた漆黒の大刀――『天鎖斬月』の柄へと手を伸ばした。
自身の魂の欠片であり、数多の死線を潜り抜けてきた相棒。
だが。
**ミシッ……。**
「……っ!?」
アレンが『天鎖斬月』の柄に触れたその瞬間、耳障りな亀裂の音が響いた。
黒く研ぎ澄まされた刃の表面に、白いひび割れが幾重にも走り始める。まるで、この世界の理の外にある異物の空間に触れたことで、斬魄刀という「存在そのもの」の構成データが耐え切れず、崩壊を開始したかのように。
「ア、アレン……っ! 刀が……っ!?」
ヴァイパが悲鳴を上げる。
「くっ……離せっていうのかよ、斬月……っ!!」
アレンは力任せに刀を鞘から抜こうとしたが、引けば引くほどひび割れは深くなり、刀身からパラパラと漆黒の霊子が剥がれ落ちていく。これ以上力を込めれば、引き抜く前に『斬月』自体が砕け散る。
死神としての力すらも、この世界そのものを拒絶する異物『アンノーン』の前には、侵食される対象でしかなかったのだ。
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全システムが落ち、世界を守るあらゆる力が奪われ、全員が生命力を吸われて不快な疲労感に苛まれる王宮のサンルーム。
その中央の空間が、まるで水面に落とした墨汁のように、どろどろと不気味に歪み始めた。
「――フハハハハ!! 痛快だな! 実に痛快だ!!」
歪む空間の開口部から、嘲笑と共に姿を現したのは、漆黒のフード付きコートを身に纏った三人の影。
男が一人の隻眼(男1)。
紫色の爪を妖しく光らせる女(女1)。
そして、幾何学的な数式が走る未知の容器を手に掲げた、冷酷な女(女2)。
彼らは、生命力を吸われて身動きが重くなっているマキナ、アレン、リース、スレナ、ヴァイパの五人を、まるで虫ケラでも見るような見下した視線で見つめた。
「どうだ? 自慢の『楽園』の居心地は! 五老星を脅し、世界政府を平伏させた誇り高き女王も……自然系最強の雷を操り、死神と恐れられた男も……この『アンノーン』の領域の前では、ただの無力で惨めな『生身の人間』に過ぎん!!」
男(男1)が隻眼を狂気に血走らせ、腹を抱えて抱腹絶倒した。
「キャハハハ! 見てよスレナ、ヴァイパ! あんたたちのあの威勢の良さはどこへ行ったのぉ? 覇気も出ない、悪魔の実も使えない……! 服を破られて暴走していた時の方が、まだマシだったんじゃないかしらぁ!?」
女(女1)が、蛇のような舌を出して、身構えるスレナとヴァイパを煽り立てる。
「くっ……! 貴様ら……っ! ワシらを……ゴッドエデンをナメるなァッ!!」
スレナが気迫だけで一歩前に踏み出そうとしたが、肉体から生命力が急速に奪われているため、ガクリと膝を折って床に倒れ込んだ。
「スレ姉……っ! ダメ、身体が……動かない……っ!」
ヴァイパもまた、呼吸を荒くしてスレナの肩を支えるのが精一杯だった。
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「無駄よ」
容器を手にした女(女2)が、冷徹な一言で彼女たちの抵抗を切り捨てた。
「この『アンノーン』は、この世界のあらゆる概念――悪魔の実の呪い、覇気、霊子、科学エネルギーに至るまで、すべての『存在』を否定し、消去する崩壊の触媒。あなたたちがどれほど足掻こうと、この領域の中にいる限り、身体の生命力は吸い尽くされ、最後はあの五つの加盟国と同じように、骨も残さず『無』へと還るのよ」
女(女2)は容器をかかげ、出力をさらに一段階引き上げた。
王宮の床や大理石の柱が、目に見える速さで黒く変色し、ミシミシと音を立てて風化(崩壊)し始める。
マキナは玉座の肘掛けに手を置き、全身を襲う激しい倦怠感と生命力の喪失に耐えながら、不遜な眼光で三人の黒ずくめを睨みつけた。
「……小癪なネズミどもが。この私を……我がゴッドエデンを、そのような不細工な『玩具』一つで滅ぼせると思っているのか?」
「フフ……強がりを。女王マキナ」
女(女2)の薄い唇が、邪悪に歪む。
「あなたのその誇り高い覇王色の覇気も、今や不発の息遣い。後ろにいる死神アレンの自慢の刀も、触れるだけで砕け散るゴミと同然。……この世界において『絶対』だったあなたたちの存在そのものが、今、この瞬間に歴史から消去されようとしているのよ」
「……」
アレンは下を向き、ハァハァと荒い息を吐いていた。
全身が重い。頭が痛い。悪魔の実の能力も、雷も、龍の頑強さも、見聞色の予知も、何一つとして反応しない。
手に握った『天鎖斬月』からは、今も悲鳴のようなひび割れの音が響き続けている。
(……やべぇっすね。マジで、今までで一番の詰み状況っすわ……。覇気もダメ、ロギアもダメ……刀に触れば壊れる……。リースさんのネットワークも死んでて、マキナ様の覇気すら通じない……)
アレンの脳裏に、死の影が色濃くチラつく。
男(男1)が、腰から一振りの凶悪なダガーを引き抜いた。その刃には、アンノーンの漆黒の毒が塗りたくられている。
「さぁ、終わりだ『死神』アレン・コルテス! 貴様がどれほど強いか知らんが、力を奪われた貴様の首を撥ねるのは、赤ん坊の首を捻るよりも易い!! 貴様らの全てを、この世界の歴史ごと――【無】に返してやるァァァッ!!!」
男(男1)が、命を奪うべく、無防備なアレンに向かって一直線に飛びかかってきた。
世界が、完全なる絶望と虚無の闇に包まれる。
能力も、覇気も、武器も奪われた楽園の王たち。
死神アレン・コルテスは、この絶体絶命の『無』の領域から、果たして起死回生の一手を打つことができるのか――!?
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