王宮のサンルームを侵食する、無色の泥と漆黒の霧。
全システムが沈黙し、ネットワークを絶たれたリースが力なく壁に押し付けられ、そしてゴッドエデンの絶対なる女王マキナが、その誇りを血で汚されて泥の上へと伏した。
スレナとヴァイパは、ピクリとも動かないマキナの姿を目にし、声にすらならない悲鳴を喉に詰まらせている。
そして――。
その凄絶な光景を、一連の惨劇を、ただその場で「見ていることしかできなかった」男がいた。
アレン・コルテス。
「……ハッ。……ハッ……」
荒い呼吸の音が、静まり返った絶望の空間に虚しく響く。
アレンは膝を折り、激しい倦怠感と頭痛に苛まれながら、自分の両手を見つめていた。
天鎖斬月に触れようとすれば、相棒たる刀身から悲鳴のような裂け目が走り、崩壊を始める。自然系最強と謳われた雷の火花も、龍の強靭な細胞も、見聞色による未来予知も、何ひとつとしてその指先から立ち昇ることはない。
仲間が、守るべき国が、自分を信頼してくれた「女王」が、目の前で一方的に蹂躙され、血の海に倒れていく。
その事実が、アレンの胸の奥底で、ドロドロとした黒い澱みとなって溜まり始めていた。
(だるい……? ふざけんなよ……。何が『アンノーン』だ……。何が『無』だ……っ!!)
「……けっ」
アレンの口から、いつもなら絶対に漏らすことのない、低く、濁り切った不快な吐息が溢れ出た。
いつも身に纏っている、あの気だるげで、どこか達観した「死神」の面皮が、内側からメキメキと音を立てて剥がれ落ちていく。
かつて前世(日本)の路上で、誰よりも荒っぽく、誰よりも容赦なく、己の拳一つで敵の顔面を砕いて成り上がってきた、一人の【凶暴な不良(ちんぴら)】としての本性が、死の淵でついにその剥き出しの牙を露わにし始めていた。
「……能力が使えねぇ? 覇気が通じねぇ? 刀に触れば壊れるだと……?」
アレンは背を丸め、血走った眼光で床を睨みつけた。
(……だから何だ(・ ・ ・ ・ ・)ってんだよ、ダボが)
(刀が使えなきゃ、拳で殴り殺せばいい。能力がねぇなら、そのまま目玉潰して足折って、生き埋めにすりゃあ終わりだろ……! 綺麗に戦う必要なんて最初ッからねぇんだよ……!!)
「……フハッ、ハハハハハ!! どうした死神ィ!!」
アレンに向かって、漆黒の毒ダガーを握りしめた男(男1)が、腹を抱えて狂ったように笑いながら歩み寄ってきた。
「恐怖で声も出んか!? 刀一本まともに握れん、能力も出ん! 貴様は今や、そのへんのドブネズミ以下の害虫だ!!」
アレンは男の煽りを、完全に無視していた。
意識を集中させ、全細胞から絞り出すようにして「生身の筋肉」だけを強引に弛緩させ、そして極限まで収縮させる。覇気という増幅器(ブースター)に頼り切っていた身体に、かつて路上で叩き込んだ「泥臭い殴り合い」の感覚を無理やり呼び戻していく。
「あーあ! 惨めなもんだなぁ『ゴッドエデン』の偉大な統治者どもはよぉ!!」
男(男1)はアレンの静寂を逃走の恐怖と勘違いし、調子に乗ってさらにその汚い舌を回し始めた。
「あの無機質なメカ女(リース)も、最後は何もできずに壁のゴミになった! そしてあの生意気で傲慢な女王マキナ! ガハハ! 見ただろ、あのざまを!! 泥の中で血反吐を吐いて、ワシらの靴の底を舐めるようにして倒れよったわ!! 楽園の女王? 笑わせるな、ただの無力で惨めな『雌豚』じゃねぇかァッ――」
――**ピツリ。**
アレンの脳内で、何かが明確に、そして決定的に「途切れた」音がした。
「……おい」
アレンがゆっくりと、顔を上げた。
そこにあったのは、気だるい死神の顔ではなかった。
前髪の隙間から覗くその深紅の瞳には、感情というものが何一つ存在せず、ただ通りすがりの害虫を握り潰すためだけの、果てしない「ド黒い殺意」だけが渦巻いていた。
「……今、なんて言った……? 影の薄いブサイク……」
「あぁん……!?」
「マキナ様と……リースを……汚ぇ口で……言ったな、てめぇ……」
アレンの立ち姿が変わる。
脱力していた肩が下がり、腰が低く沈み込み、右拳が相手の顎のラインに合わせて自然に持ち上がる。覇気も霊圧も纏っていない。だが、その佇まいに宿る「暴力の匂い」に、煽っていた男1の背筋が、一瞬で凍りついた。
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「死ねやぁァァァッ!!!」
男(男1)は己の背筋を走った恐怖を打ち消すように叫び、漆黒の毒ダガーをアレンの喉元目がけて突き立てた! アンノーンの威力を宿した一撃。掠るだけでも命を奪える絶対の死。
だが――。
**バシィッ!!**
「なっ……!?」
アレンは踏み込むことすら一歩もせず、ただ最小限の動作で首を傾け、空いた左手で男1の wrist(手首)を、まるで万力のようにガチリと掴み取った。
「な……ッ!? なんだその力は……ッ!? 貴様、生命力を吸われているはず――」
「うるせぇよ、ダボが」
アレンの言葉に、情緒など一切なかった。
**ガキィィィィッ!!!!!**
「ギャアァァァァァァァァッ!!!!」
サンルームに、肉体が折れ曲がる凄絶な破壊音が響き渡った。
アレンは掴んだ男1の手首を、何の躊躇もなく、人間が曲がってはならない方向へと力任せに『雑巾絞り』の要領で捻り折ったのだ。
折れた骨が皮膚を突き破り、男1の手から毒ダガーが力なくポロリとこぼれ落ちる。
「ヒッ、ヒギィ……ッ! 手、ワシの手がぁぁぁっ!?」
「声がけぇんだよ」
痛みに悶絶する男1の顔面へと、アレンの右膝が、容赦ない速度で真下から叩き込まれた!
**ドゴォォォォンッ!!**
「ゴ、ハッ……!?」
鼻骨が砕け、歯が数本弾け飛ぶ。
覇気による強化など、一切ない。だが、アレンが死神となる前、前世(日本)の路上の荒波を生き抜く中で培った「骨を砕き、肉を殺すための打撃術(ケンカ殺法)」の軌道は、過剰な覇気に頼るどの武人よりも正確で、凶暴だった。
「ガハッ……! あ、ありえん……! なぜだ、なぜ能力も覇気もない『生身』の貴様に……ワシが押し込まれる……っ!?」
男1は顔面から血を噴き出しながら、必死に左拳を振るった。
だが、アレンはその拳を顔面で受けることすら拒絶し、体を半身に開いてかわすと、男1の軸足を容赦なく踏みつけた。
**ズガッ!!**
「アガッ!?」
「逃げられると思ってんのか?」
軸足を固定された男1は、逃げることすら叶わない。
アレンは冷酷な無表情のまま、男1の胸元を掴んで至近距離へと引き寄せると、その顔面へ向けて、狂乱のラッシュを叩き込み始めた!
**ドカッ! バキッ! ガキッ! ボカッ!!**
「ひっ……! が……ッ! ぐぁっ……!!」
拳、肘、頭突き、膝。
手加減など一切存在しない。相手が死ぬか、自分の拳が砕けるかという、路上(スラム)の喧嘩そのものの凄惨な暴行。
アレンの荒っぽい息遣いと、男1の顔面が潰れていく肉音が、静まり返ったサンルームに不気味に響き渡る。
かつて「死神」と恐れられた男の根底にあったもの。
それは美しき剣技でも、華やかな雷の能力でもない。ただの『絶対に敵を殺すまで止まらない狂犬』としての本性であった。
安易にアレンを煽り立てた男(男1)は、今や『アンノーン』の優位性など何一つ活かせぬまま、アレンの生身の暴力によって、生きながら顔面を擦り潰されていた。
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「な……何をやっているのよ、あの男は……!?」
倒れたマキナの頭を踏みつけようとしていた女1が、目を見開いて絶句した。
リースを壁に追い詰めていた女2もまた、その冷徹な機械のような瞳を大きく見開いていた。
彼らの算段では、アレン・コルテスという男は「悪魔の実の能力(雷・龍)」と「見聞色・武装色の覇気」、そして「天鎖斬月」という武器があって初めて成立する最高戦力であるはずだった。それらをすべて奪えば、ただの「図体のデカい子供」へと成り下がるはずだったのだ。
だが、現実は違っていた。
能力を奪われ、覇気を封じられ、刀すら使えない状態でありながら、アレンは己の肉体と暴力のノウハウだけで、幹部である男1を一方的に殺害しようとしているのだ。
「ぐ、が……ッ! た、助け……っ! 女1、女2! 助け……がぁぁっ!?」
男1の顔面はすでに原型を留めておらず、アレンの血に濡れた右拳が、彼の喉潰しに向かって振り下ろされようとしていた。
「チッ……! 役立たずのバカがッ!!」
女1が吐き捨て、マキナの頭から足を離すと、漆黒の刃(アンノーン・ブレード)を手に、アレンの背後へと疾走した。
「アレン・コルテス……分析を修正するわ。あなたは『力』に依存した武人ではない……根底にあるのは、ただの異物的な『暴力性』ね」
女2もまた、手に持った『アンノーン』の容器の出力を最大へと引き上げ、アレンの全方位から空間そのものを押し潰す絶望の圧力を展開しながら、アレンの左側へと肉薄した。
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**ズバァァァァンッ!!**
「……ちっ!」
背後からの殺気を察知したアレンは、男1の喉を潰すのを諦め、男1の身体を盾にするようにして後ろへと投げ飛ばした。
飛んできた男1の巨体を、女1は漆黒の刃で一刀両断に引き裂いて払い落とし、そのままアレンの胸元へと刃を突き立てた。
**ズバッ!!**
「くっ……!」
アレンは寸前で胸を反らせたが、生身の反応速度には限界があった。覇気による補正がないため、女1の目にも止まらぬ斬撃を完全にかわし切ることができない。
胸元が大きく切り裂かれ、そこからドクドクと鮮血が溢れ出すのと同時に、大量の生命力が『アンノーン』へと吸収されていく。
「あはははは! なーんだ! やっぱりただの生身じゃない!!」
女1が歓喜の声を上げ、残像を伴いながら連続斬撃を繰り出す。
さらに、左側からは女2が『アンノーン』の漆黒の針を無数に射出してきた。
**シュシュシュシュシュッ!!**
「がっ……、あぁっ……!?」
アレンの右腕、左腿、肩口に、漆黒の針が深々と突き刺さる。
針が刺さった部位から、肉体が麻痺し、急激に腐敗していくかのような凄まじい激痛と倦怠感がアレンの全身を駆け巡った。
「ア……アレン……お兄さん……っ!!」
泥の中で動けないヴァイパが、涙を流しながら叫ぶ。
アレンの強さは本物だった。生身の喧嘩殺法で男1を叩きのめしたその胆力は異常だった。
しかし――相手は二人。しかも、この空間のルールを支配する『アンノーン』の保持者たちだ。
見聞色の覇気で軌道を読むこともできず、武装色の覇気で皮膚を硬化させることもできない。
一撃受けるたびに、生命力が根こそぎ吸い上げられ、アレンの身体のキレは目に見える速さで鈍っていった。
「ハァ……っ、ガハッ……ッ!!」
アレンは膝をガクガクと震わせ、肩を上下させて血を吐き出した。
視界が急激に狭まっていく。全身の筋肉が「もう動かない」と悲鳴を上げ、脳が意識を絶とうと促してくる。
「終わりよ、死神」
女2が、冷静にアレンの目の前へと歩み寄った。その手に掲げられた容器から、これまでにない巨大な「漆黒の虚無の球体」が形成されていく。
「あなたのその泥臭い抗いも、ここまで。この『アンノーン』の最大収束攻撃を受ければ、あなたのその生身の肉体も、存在していたという事実ごと、この世界から永遠に消滅するわ」
「あはは! さようなら、強がりだけの死神さん☆」
女1が横から漆黒の刃を構え、首を撥ねる姿勢をとる。
アレンの左右を、女1と女2が完全に包囲した。
退路はない。手立てはない。
『天鎖斬月』はひび割れて砕け散る寸前。雷も龍も現れない。マキナもリースもスレナもヴァイパも、助けに入ることはできない。
まさに、完全なる死の網(詰み)。
アレンは血に濡れた髪の間から、虚無の球体を掲げる女2と、狂笑する女1を冷ややかに見つめた。
その口元には、血の混じった不快な笑みが、かすかに浮かんでいた。
「……ハッ。……二人がかりかよ……。ダサいねぇ……っ」
「強がりもそこまでよ!! 息絶えなさい!!」
女1の刃がアレンの首筋を裂こうと走り、女2の虚無の球体がアレンの全身を呑み込むべく開放された――その、奇跡すら起き得ない絶望の瞬間。
楽園の崩壊は、まさに最終局面を迎えていた。
転スラの二次創作主人公でやって欲しい種族は?
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