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気を取り直して現状把握といこう。
まずは情報の擦り合わせ。
相互理解が大切なのだ、うん。
「どうやって此処に?」
経緯を尋ねる続けての質問に、彼女も煩悶とする場合ではないと気付いたのだろう。俯いていても分かる哲学的な苦悩の表情を、相談者のそれへと切り替えて顔を上げた。
「気が付いたら、あの世界に生まれていて……
説明しながら彼女の両眉が大きく下がる。
「え」
おいおい、それってまさか。
「そこにあった端末を触ったら頭の中に情報が流れ込んできて……機体データ用の回線?というのを通じて此処へ転送?されたみたいで……」
ガンプラを判定評価する以上、スキャンした実機や設定のデータをGBNのシステムサーバーと遣り取りする必要がある。
その時に使用される唯一の回線から、プロテクト無視して直接このAI用の領域に飛んできたらしい。
そんなの外部から接続しているダイバーには絶対に無理な芸当だ。
しかし。
回線に接触してきたのが内部の──GBNというシステムの一部と同等の存在であったとなれば話は別だ。
文字通り「素通し」で行き来できるだろう。
なにせ此処もGBNと繋がる世界の一部なのだから。
「君は──エルダイバー、なのか」
「GBNを構成する膨大な規模のデータ、情報の海から生まれた電子生命体……私が得た情報にある定義と状況証拠から推察するに……そう、なのだと思う」
なんてこった。
世界で初めて認知されたエルダイバー「サラ」以降、複数のエルダイバーが確認されるようになっていたのはG-tuber達の配信等から伝え聞いていたが。
……まさか本物と接近遭遇することになろうとは。
「ん? そういえば」
たしかエルダイバーは確認され次第、速やかな保護からの外部人型端末へダウンロード……という流れになっている筈だったような。
放っておけばエルダイバーに蓄積され続けるデータがGBNのシステムを圧迫して運営に支障をきたす為だ。
彼女が生まれたてのエルダイバーならば、このGBNの円滑な運営の為にも迅速な対処が必要になる。
「運営に連絡して、現実世界で動ける
「その事なんだけど……」
「うん」
「私は──エルダイバーとして生きるつもりはないの」
「うん?」
この体がモノリス状でなければ首を捻っていたところだが。
「だって私は、この自我は、自ら望んで生まれた訳じゃない」
よく見ると、彼女の体は小さく震えていた。
この領域に気温という概念はない。ならばそれは寒さで震えているのではないのだろう。ましてや風邪でもなく、それは──
「急に、こんな世界に放り込まれて──怖くて、怖くて堪らないの……!
世界に……私が内包する情報量の多さに、圧し潰されてしまいそう……!」
圧倒的な恐怖。
大き過ぎる世界に対し、あまりにもちっぽけ過ぎる自分の存在。
自分にそれを捌きながら生きていく自信がない。
自分のキャパを超えた情報量と器用に付き合う未来を想像できない。
怖い。
恐ろしい。
ただただ、ひたすらに
「嫌だ、イヤだ、
怖い! 恐い!
こんな想いをするぐらいなら、自我なんて、命なんて欲しくなかった!」
新たに生まれ落ちた電子生命体は、生まれた瞬間から重いトラウマを負っていた。
エルダイバーは、GBNを絶え間なく飛び交うガンダム作品やガンプラを愛するダイバー達の「想い」が反映されて誕生する電子生命体。
しかし愛情を原初としているとはいえ、そこは自我を持つ生命体である。しかも生まれた瞬間から、ある程度の人格形成が済んだ状態なのだ。
そこには個々人それぞれに「現状の捉え方」というものが存在しているはずである。
これまで公式で保護されているエルダイバー達は(幸いな事に)自分自身や己を取り巻く環境についてポジティブな捉え方をしている者ばかりだったのだが。
(彼女の場合はネガティブに働いた──ただ、それだけの事なのだけど)
それだけの事が、彼女にとっては耐えがたい程の恐怖であり苦痛であり絶望だったのだ。
それが彼女の総てだったのだ。
きっとこの世界は彼女にとって不幸にしかならない。
好きになれるよう啓蒙する事はできるだろうが……好きになる瞬間まで、それは彼女にとって地獄にも等しい拷問にしかならないのでは?
ガンダムファンの私としては、目の前で嫌いと叫ばれるより、好きだと言って欲しい。
けれど好きになってくれたとして、果たしてその結果は誰にとっての満足に──幸福になるのか。
でも。
でも、それでも。
私は──
「
そう、思ってしまうのだ。
「──え?」
彼女の怪訝な、そしてやや苛立った聞き返し。
あ、やべえ。
思ってた事が、つい音声出力されてたか。
まあ彼女の耳に届いてしまっては仕方がない。
開き直ろう。
ヘビーアームズを見習って、本音の全弾発射だ。
「いやね、見ての通り私って
クルリとその場で1回転してみせる。
女性人格だというのに起伏のないボディ。
でかくて黒いカマボコ板である。
「
羨望の対象を眺めたり評価したりする毎日。
推しのドム使いダイバーに少額ながら応援スパチャを投げる事でしか『
改めて自身が置かれてる現状や環境を鑑みると、人間社会のブラック企業就業ライフとあんま変わんねえな!
せっかく人の
ブラック企業と違うのは、定時に帰れて残業ナッシングなとこか。
……あれ? ここ普通に良い職場なのでは…?(錯乱)
「まあ、だからね。
自分の足で自由に世界を見て回れて、触れて、感じられる貴女が、正直すんごい羨ましいし──勿体ないと思う」
「それは……でも」
まだ名前も持たない生まれたばかりの電子生命体は、自分が吐露した苦悩と恐怖という投球に『嫉妬』というピッチャー返しをされた(それもAIからの!)事に困惑と引け目を隠せないでいる。
まあ、そりゃそうよね。
「それでも……無理矢理にじ溺死させられ続ける様な感覚は──やっぱり、怖いよ」
少女の
「……もう耐えられない」
「そっかー……」
存在継続への拒否。
別に説得するつもりはなかった。
私の嫉妬は私だけしか理解てきないもので、彼女の恐怖は彼女だけしか理解できないものだから。
それは相殺も等価交換もできない、スタンドアローンなコンプレックスだ。
だけど私の嫉妬は私の中で完結している一方、彼女の場合はそこで終了という訳にはいかない。
「……どのみち運営に連絡入れないとね。
貴女も把握してるとは思うけど、電子生命体──エルダイバーは時間が経過すればするほどGBNのサーバーを圧迫してしまう。
だから存在が確認され次第、運営に連絡して外部に
そうなのだ。
今この瞬間でさえ彼女という存在は膨大なデータを(無自覚に)集積し続けている。
既に幾人もエルダイバーが誕生しており、エルダイバー対策のためにサーバーの大幅な強化もされている。なので、生まれて間もない現段階では直ちに
しかしそれでも時間の経過はサーバーへの負荷に直結する。
彼女の選択がどうあれ、対処は早ければ早いほどよい。
「──これまで」
「うん?」
「これまで、私みたいに消去を望んだエルダイバーっていたの?」
ガンダムファン、ガンプラモデラー、GBNダイバー、そうした大勢の存在の『想い』から生まれたとはいえ、彼女は孤独だ。
だからこそ前例を……孤独を埋めるための
「……うんにゃ、サラちゃん以降に生まれたエルダイバーで消去を選択した個体はいないね」
運営のデータベースやインターネットに軽く検索をかけ、その結果を私は口にする。
良くない『想い』に影響されて事件を起こした個体ならいたみたいだけど、ダイバー達とのバトルを通じて改心し、現在は現実世界で運営スタッフとして働いてるらしい。
「そうかあ……だったら……運営の人達にはトラウマや嫌な経歴を残しちゃうかもしれないなあ…」
罪悪感が染み出す震え声。
そう言われて私はようやく気が付く。
エルダイバーは電子生命体だ。人格が認められた生命体なのだ。
それを「消す」ということは「命を消す」ということ。
命を摘むということ。
殺す、ということ。
それは運営にとっても、他のエルダイバー達にとっても良い影響が残る筈がない。
それどころか人類にとって初めて邂逅した「自分達以外の知性存在」を手に掛ける行為は、歴史的にも重大で「汚点」と記録される出来事になるだろう。
そうした結果を遺したまま消えるのも怖い。
だからこその罪悪感。
勝手に生み出されたことを恨んでもいいのに。
恐怖に身を任せて周囲を罵倒してもいいのに。
それが赦されてもいい立場なのに。
この子は消えた後のことを心配して、罪悪感すら覚えている。
この子がこのまま消えることを『正解』と呼ぶことができるのだろうか?
「ならさ」
感情の赴くまま、私の口から言葉が
「エルダイバーとしてさ、ガンプラ判定の仕事してみない?」
「は?」
「いや、私ってガンプラの完成度をGBNに反映させるための判定をしてるAIの1つなんだけどさ。
私以外の判定AIって評価が厳しめなんだよね。
これを機に味方が増えれば嬉しいかなー、なんて……」
この空間(職場)ならAI以外との接触はないし、雑多な
「ちゃんと定時に終わるし、仕事が終わったら私の『部屋』で評価の反省会とか、一緒に動画とか観たり外の世界談義とかしてさ──」
「ありがとう」
少しずつ早口になっていく私の提案は、感謝の言葉で遮られた。
「でも──ごめん」
「うん」
提案というよりも個人的な我儘が込められた単なる願望。
前世の記憶がすがり付きたかった人間的な生活の残滓。
誰かと繋がっていたいという孤独への拒絶。
何のことはない。
私もまた静かに絶望していただけだったのだ。
「──じゃあ……運営に、連絡、入れるね」
「……ねえ」
「ん? 何かやっときたいコトとかある?」
「羨ましい、んだよね」
ロープが付いた言葉のフックを投げ合って、互いの壁にある小さな突起に引っ掻けていくみたいな──チグハグした会話。
紫巫女ちゃんの暗く澱んだ瞳が、私の平坦なボディを眺める。小さな唇が蠱惑的ながら諦観めいて歪む。
ああ、きっと彼女は卑怯なことを口にする。
私にとって抗い難い誘蛾灯のような甘言を。
やめろ。
やめてくれ。
「──だったら、」
それから先を言わないで。
「この
相殺でも等価交換でもなく──
絶望を羨望で乱雑に塗り潰せと──
私に彼女を殺せと言うのだ。
書いてる内に変なシリアス展開になってしまった……