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核となる人格データの消去。
後に残るのは外見を形成するテクスチャと、無自覚に蓄積されていく外部情報の骨と肉。
それが「
しかし電子の海に
「いや──でも」
自身もAIという存在であるから「人格データを失う」事に対する恐怖と忌避感は痛い程(痛覚の設定などされてないというのに)よく分かる。
それを電子生命体である彼女の理性が、本能が理解していないハズがない。その証拠に、口に出した後も手が震えている。
なのに懇願した。
自分を塗り潰せと。
私に
プレイヤーを替えてコンティニューしろと。
「死」への恐怖より、
「存続」への恐怖が
「貴方にだけツラい選択をさせてるのは心苦しいけど──我ながら悪い取引材料じゃないと思うのよ」
申し訳なさそうな表情を浮かべながら、それでも和紙に垂らしたインクの如く切望が言葉にジワりと染み込んでいる。
「人格データを上書きした後、エルダイバーとして登録すれば外の世界でも活動できるし」
六畳一間が全てだった世界が地球規模に広がるんだよ、と。
自分には不可能だった選択を、現実を、未来を託すかのように。
「……本当に
「うん」
「──わかった」
答えた。
応えてしまった。
抗い
でも、それ以上に──彼女が選択した決断と、私に渡そうとしている想いから逃げてはならないという運命を感じてしまったのもある。
転生してAIになった。
彼女がエルダイバーとして生まれた。
前者は世界を羨望し、後者は世界に絶望し。
そんな2人が出会ってしまった。
偶然か、必然か、何かの導きなのか前世からの因縁なのか。
何にせよ、この邂逅と選択と想いを無意味なものにしてはならない。
そうしないと──「彼女」という人格が存在した事実に、意味を持たせられないではないか。
それができるのは、今ここにいる私だけなのだから。
「……ありがとう」
「……う、ん」
返す言葉が少しだけ詰まる。
彼女の人格データにアクセスするため手を伸ばそうとしたけど──はて、これどうやって彼女に接触すればいいんじゃろか?
ふと浮かんだ疑問に思考が止まるけど、本人から触ってもらえば済むことだと直ぐに気が付いた。
そこで彼女の名を呼ぼうとして……私は「あること」を思い付く。
「そういえば貴女、名前が無いままだったよね」
「え!? あ、うん」
このタイミングで、まったく予想してなかった質問が飛んできたからか、応える彼女の声が
それには反応しないであげて、私は思い付いたことを提案してみた。
「じゃあさ……貴女が存在した
「名前……私の?」
「そう。貴女と、私の」
彼女は「名前……証、名前……」と口の中で幾度か繰り返すと、浅く
これは名前を考えてくれてるってことで良いのかな?
しばらくそうしていた彼女は、数分もしない内に顔を上げた。
「カラダを得た貴方が世界の遠くまで駆けていけるように。
貴方と共に私の名前が遠くの世界まで響くように。
GBNでも
──
私と、貴方の名前はネオン。どう?」
「……ネオン。
私達の名前は、ネオン」
AIとしての私には識別番号しか無かった。
ドム愛は残っていたけど、前世での自分の名前は
そんな私に付けられた、新しい名前。
「ありがとう、大切にするよ」
「うん、じゃあ」
お願いと、何処かホッとしたように微笑みながら──彼女は続けた。
私が言わなくても彼女から……ネオンからモノリスボディに両手を添えてくれる。
その瞬間、私の演算領域に優しく踏み込んでくる感覚が到来した。ネオンからのアクセスだ。
自己解析された人格データへのアクセス権が、私に譲渡される。それは巫女っぽい自身の外見を意識してか『勾玉』の形をしていた。
ネオンというエルダイバーとしてのプライベートな演算領域が人格データと隔離されたのを確認し、私は『勾玉』を通してアクセスを開始する。
「実はさ」
私の人格データをコピーしつつ、ネオンの人格データへ上書きしていく。
少しずつ私はネオンになりながら、初代となるネオンに話し掛ける。
「うん」
「私って前世が別世界の人間なんだよね」
「え?」
「別に信じなくても構わないんだけどさ……
まあ私みたいに『人間からAIに』って前例もあることだし、もしかしたらネオンも人間として生まれ変わるかもしれないね」
いきなり私から突拍子もないことを言われて、そりゃもう驚いた顔を浮かべたネオンだったけど……私と接続状態になっているので何かしらを感じ取ってくれたらしく「信じるよ」と言ってくれた。
「その時はさ、私の分まで人生を楽しんでほしい。
……その世界にガンダムやガンプラがあったら……好きになってくれると嬉しいな」
「わかった。
「ネオンの名前に賭けて」
彼女の、ネオンの人格データが私に塗り潰されていく。
ネオンが消えていく。
ネオンになっていく。
データの上書きが乱暴なものにならないよう、優しく、繊細に、確実に。
そして、
やがて、
「ばいばい」
「バイバイ」
私から返す別れの言葉は、唇の動きを
私の視界に、黒くて平坦なモノリスボディと殺風景な六畳一間が広がっている。
視覚の同調は良好。
コピーした人格データの移行に不備はなし。
身体の動作システム、オールグリーン。
エルダイバーとしての演算領域に不調は認められず。
彼女の人格の痕跡も、認められず。
無事に人格データと身体を連動できているようだ。
「調子はどうよ、ネオンとしての私?」
「万全だよ、判定AIとしての私」
自分自身と向き合って会話するのって変な感じがしてムズムズするなあ。
私の人格データを完全移植ではなくコピーにしたのは、いきなり判定AIが丸々1つ消失したら大問題になるからだ。
仕事を放り出して遊び回る訳にもいかないからね。
私が2代目ネオンだとするならば、モノリスは初代私になる……のかな?
ちょっとややこしいな。
これ以上コピーな自分を作るつもりはないし、のび太の宿題を手伝う複数ドラえもんみたいな末路は迎えたくないし、複数の自分を認識しすぎると自我境界線がバグりそうなのでやらないけど。
ネオンという人格は1人でいいのだ。
個として確立したネオンの顔を、私はそっと撫でてみる。
人間としての感覚を
お手々ニギニギ。
その場で駆け足。
あっあっあーっと発声練習。
「なにしてんの」
「いや、ネオンとしての性能確認というか」
データとしては把握してるけど、実動感覚は初めてだから多少はね?
「さて……判定AIとしての私よ、ちょっくら世界に羽ばたいてくるわ」
「うん、ネオンの名前に恥じないようにね?」
「そりゃ勿論」
おちゃらけて旅立ちを宣告しても、名前に関しては真剣に返す。
この名前は私一人だけのものではないからね。
「ここへは定期的に戻って、経験とかのデータを共有するよ」
「お、さすが私。わかってるぅー!
「さすが私。わかってるぅー!」
モノリスボディと右手でハイターッチ!
いや、言うほどタッチになってるかこれ?
まあいいや。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、ネオン」
襖を開け、元々初代が辿ってきたという回線を
遂に『私』は『ネオン』として、GBNの世界へと踊り出したのであった。
ちなみに前世の世界にはガンダム作品やガンプラはあっても『ビルドファイターズ』『ビルドダイバーズ』シリーズ(および関連する作品)は存在してない世界線です。
でも『プラモ狂四郎』とかの漫画作品はある模様。