思いのほか長くなってしまいました。
おかしい、もうちょい気楽な話になる予定だったのに……
真っ黒なガンダム。
黒いガンダムタイプ。
いや、これでもまだ正確な表現じゃないな。
まるで黒いブロックノイズの様なもので構成されて全容が判別できない姿の、しかし
身の丈と同じぐらいの長さがある日本刀、たしか分類的には野太刀というんだったけか、これだけはしっかりと形を保っている。
いやいや。
そうじゃない。
それどころじゃない。
なんだこれ。
なんだこれ。
なんだこれ。
一撃で断裂されたラゴゥが爆発しても、私の目にも意識にも入ってこなかった。ただ『黒い亡霊』にだけ視線を釘付けにされていた。……されてしまっていた。するしかなかった。
私に対して何か仕掛けてきたわけでもない。
何かしらの意思疎通があったわけでもない。
闘気をぶつけられているわけでもない。
殺気が突き刺さったわけでももない。
だだそれだけの事に対し、
純粋に恐怖した。
アバターである身体が震える。
これは何に対する恐怖だ?
どうして私は怖がっている?
どうして私はアイツを
何故か分からない。情報が足り無い。
何者か分からない。記憶に無い。
何もかも分からない。前世でも経験に無い。
けれど、震える身体の奥底から湧き出してくる恐怖が教えてくれる。アイツは私達を助けるために森の王を斬ったのではない、と。
ただ進むのに邪魔だったから。
違う。
そこで直感する。
アレにドム・トローペンを撃破されたら、私はターミナルには戻れない。
「……なにあれ? ブレイクデカール……?
それにしては様子が違うような……」
呆然としながらもフミナさんが呟く。
そこで恐怖でフリーズしていた私の意識が、急速に解凍されていく。そうだ、私の隣にはフミナさんがいる。
おそらく、ううん、間違いなく私に狙いを定めている以上、フミナさんを「邪魔者」として認識するに違いない。
アイツは「邪魔者」を問答無用で斬り捨てる。
ダメだ。
駄目だ。
ダメだダメだ。
それは駄目だ。
彼女はGBNで初めて世話になった恩人だ。転生してAIになり、更にそこからエルダイバーとして身体を手に入れた事で得た『第3の人生』で、一番最初に極彩色の世界へ案内してくれた優しい人だ。
そんな人を、こんな訳の分からない事態に巻き込んで、こんな怖い存在にガンプラを壊されて、GBNに嫌な想いを……記憶を刻み付けて欲しくない。
これはガンダムやガンプラを愛する人達の想いから生まれたエルダイバーとしての本能だろうか?
分からない。
分からないけど──私の魂がダメだと言っている!
これまで「GBNで遊べる」という現実に、情緒が安定しないほど高まりまくっていたテンション。
すでに沸き起こった未知の恐怖によって醒めていたが、それがさらに一段階温度を下げて「冷静」になる。
「フミナさんは安全圏まで撤退、クエスト
ラゴゥの件もこれも深刻な不具合の発生だと思うから、そのまま運営に連絡お願い!」
「えっ!? でもネオンちゃんは!?」
まあ当然フミナさんなら単独離脱を渋るか。
優しい人だもの。
「なんとなく分かるんだけど、アイツの狙いは私みたい!
2人だけで対処するより、運営に早く
アイツの正体は
それなら確実に報告を入れた方が、運営の初動も遅れたりはしないだろう。
「大丈夫! どうせレンタル機体だし、いざとなったらリタイアするから!」
エントランスで待っててね!と最後に声を掛ける。
敗北すれば死に至るであろう直感の事は秘したまま。
亡霊が巨大な野太刀を構えたまま、ジリッと一歩踏み出した。
相変わらず闘気も殺気もない。
それが余計に不自然であり、異様であり、不気味であり、だからこそ亡霊じみていた。
そんな「何も感じないプレッシャー」に
一瞬の沈黙。
顔を勢いよく上げると、彼女はモニター越しに私の目をみる。
「絶対に無理はしないでっ!!
すぐ運営の人を呼んでくるからっっ!!」
血を吐くような叫びと共に、スターウイニングガンダム・ベクトレックスが飛行形態へと変形し、この場を離脱していった。
よし。
取り敢えず、この意味不明な理不尽に彼女を巻き込むのだけは回避できたっぽい。
「さあて」
運営が対策チームを派遣してくるにせよ、アイツをネットワークから排除する対抗プログラムを
フミナさんに嫌な思い出を残さないために!
これからもGBNで楽しく遊ぶために!
私の闘う決意が伝わったのか定かでないが……『黒い亡霊』の歩調が明らかに早まった。刀を高く掲げたまま脚の運びが「歩」から「小走り」へ、そして瞬く間に「疾駆」へと変わっていく。
亡霊が無音の暴風と化した。
アイツの強さが
いや、野太刀を使ってるから薬丸
前世で幕末を舞台にした創作物が好きだったから見覚えがあるってだけで、そこまで武術や剣術に詳しい訳じゃないけれど。
何にせよ、あの巨大な刀による振り下ろしを正面から受け止めるのは危険だ。……あの構えから繰り出される剣撃が仮に自顕流のものであるなら、自顕流剣士の一撃を受け止めた刀の嶺や鍔あるいは小銃ごと頭部に食い込んだり斬られて死亡したっていう
死の刃を携えた風が眼前に迫る。
自分でも驚くほど冷静だ。まだ恐怖はある。
けれど今は決意の方が勝っていた。
ヒートサーベルは構えず刃は下に。
ドムのモノアイを通して、私を殺す風を読む。
「■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!」
亡霊自ら発した
同時に野太刀が山をも割らんとする勢いで振り下ろされた。
死。
刀がブレたと近くした瞬間──
私の脳裏に浮かんだのは、その1文字だった。
ただ打ち下ろすだけの斬撃ではない。空気を裂くとか、空間を絶つとか、そういう表現すら
刃が通る軌道そのものが死と化す絶世の魔剣。
「(しかも
示現流剣士が無我の境地にて繰り出す初太刀の速さは、時として
すなわち「
物理的に雷と同じ速度ではないのだが、そのぐらい到達の速度と打ち込まれる運動エネルギーが凄まじいという比喩だ。
亡霊剣士が放った斬撃は、 正にその雲耀の如き閃光だった。
余程の
ところがどっこい、こちとら手練れの剣士じゃなくとも普通でない──なんなら人間ですらない存在なのよ!
雷の速さが何だ!
電子生命体の思考と演算の速度は文字通り光より速い、疑似タキオン粒子の速さだ!
プラモの完成度判定で使用する鑑定機能を応用して、相手との距離と刀の間合いをミリ単位で計測!
即座に必要な動きをドム・トローペンの駆動系に直接伝達!
今この瞬間は、MSを自ら動かす楽しさがどうとか言ってる場合じゃない! 私の命が、
熱核ジェットホバーがフル稼働し、大柄な機体を滑るように無駄のない動きで──フィギュアスケーターが氷上で華麗にターンを決めるように──居場所を変える。
ドムのホバリング走行による最高速度は時速300km以上やぞ! 機体の最大性能を限界まで瞬間的に引き出し、GBNの処理能力によって精密に計算された通りの移動距離とタイミングで機体を動かす!
本来は想定していない運用法に、無改造の機体の各部が悲鳴を上げる。
「(お願い! 今は耐えて!)」
ドム・トローペンの胸部……コクピットハッチに近い箇所スレスレ、それこそ間隔にして僅か2mmという位置を野太刀が隕石の如く駆け
私の感情に呼応して、アバターの背中に冷や汗が噴き出す。
計算では余裕をもって1cmの距離で見切るつもりだったのだ。つまりヤツの斬撃速度がコチラの計算を上回っていた事になる。あとコンマ1秒でも遅れていれば、コクピットごとバッサリだったはず。本当にギリギリだった!
しかし回避できたのは事実!
野太刀の刃が地面に食い込み斬り裂きながら砕いた頃には、私の移動と準備は終えている!
眼前には無防備で隙だらけな亡霊の右側面!
下に向けていたヒートサーベルは、既に左の
不思議とその瞬間、時の歩みが遅滞したように感じた。
そんな中でも亡霊の視線だけが私の動きを追い、凶紫の軌跡を虚空に残す。
加速した思考でも、その感情は読み取れない。
でも避けられるとは微塵も思ってなかったのは確かなようだ。
「■■■■■■■■■ッ!!」
破裂する無音の怨嗟。
体を捻り、真横にいる私に向け、
──残念だけど
熱核ホバーを一瞬だけ噴かす。
構えたまま前へ。
そのまま亡霊の側面へぶつける様に。
「■ッ!!」
肩越構えのまま……左に構えていたヒートサーベルの刃を彼の背中側から脇腹へ圧し当てる様に。
コクピットのモニター越しに、ヤツと私の視線が重なり絡んだ。
「黒い機体はロマンだけどさ──」
性能限界まで発熱したヒートサーベルが、輪郭が定まらない胴体を融かしながら喰い込んでいく。
「
そして自身の速度を思い出したかの様に、時間が世界に追い付いて──
「60点」
私は左から右へと、一気に剣を振り抜いた。
その途中でヒートサーベルが折れて砕ける*4。
胴の両断には至らなかったものの、その脇腹は大きく
こちらへ繰り出そうとしていた野太刀の動きも止まっている。
「……■■■■」
何事かを呟いたようだが、相変わらず音が大気に溶けて聴こえない。怨み節だろうか。
次の瞬間、黒い亡霊は大きく跳躍して私から……ドム・トローペンから距離を取った。
「……」
私と亡霊は、しばし無言で見つめ合う。
しかしそれも長くは続かず、亡霊の体を覆うように構成されていた黒いブリックノイズが加速度的に周囲へ広がっていった。広がるにつれて黒の濃度は薄くなり、やがて発してきた声と同じように空気へ溶け込み消えていく。
「■■■」
完全に消え去る瞬間、亡霊は怨嗟ではなく、明確な意志を感じさせる虚空の言葉を私に投げ掛けてきた。
気配が完全に消え失せる。
隠れたとかではなく、なにか転移的な手段で撤退したようだ。
「……いや、だから聞こえないんだって」
もしかして『ノイキャンに引っ掛かってる』説ない?
まあいいや。取り敢えず凌ぎきったっぽい。
意図せず深い溜め息が漏れる。
それと同時にドムの各部位に限界が来た。
装甲各所に大小様々な亀裂が入り、ホバーやスラスターがオーバーヒートしたと警告音が響き、腕や脚の関節が完全にダメになる。自然と自重を支えられなくなったので、両膝を地面に付いて
《Slay Quest : Completed!》
そこで
まあ……それはともかく。
「お疲れ様、ありがとう、ごめんね」
こんな状態になるまで頑張ってくれたドム・トローペンに声を掛ける。
やっぱりドムは最高だね。
遠くの空から飛来してくる幾つもの機影──まだ動力そのものは生きているので、識別センサーがその内の1機をフミナさんだと教えてくれる──をモニター越しに確認しながらシートに深く背を預けた。
「やれやれ、とんだ初クエストだったぜ」
海外ドラマの登場人物よろしくニヒルに呟く。
お前とは2度と組まねえ、と憎まれ口を叩いてくる相棒がいないので、どうにも締まらなかったけれど。
剣術関連、特に構えについてはパーフェクト素人ですので、細かい部分は見逃していただけると有り難いです。
前世のネオンはガンダムの他に戦国・幕末系の作品も好きだったため、オタク気質で剣術とかについてもチラッと調べた程度の人で、剣道とか未経験。
構えも記憶頼りの見様見真似、08小隊のシロー対ノリス戦での動きを参考にしたりしたものです。