常勝球団でレギュラーを取れずトレードの駒にされた俺は最弱球団で自分の強さを証明する 作:鋼鉄の山本
第二十一話
「おぉ、幸村スタメンだ」
「百瀬さんの予想ズバリですね」
試合開始まで、今シーズンが始まるまであと僅か。
慌ただしくなるベンチ裏とは対照的に、開幕投手である俺はその輪に加わらず、1人集中を高めていた。
それにしても、まさか開幕戦でいきなり戦えるとは。
あいつの名前を聞いて思い出すのは昨年の11月、日本シリーズの最終戦。0対2で迎えた8回。先頭への出塁を許すも4番5番を連続で三振に取りツーアウト。
打席に立った相手は今季1本塁打、一発は無い。だが、しぶといアベレージヒッター。三振を取りに行くのは悪手と判断し、全力で打ち取りに行った。油断は微塵もない。最後の気力を振り絞り、投じた
そして――俺たちの希望は打ち砕かれた。
プロ野球の試合は必ずアウェイ側が先行。
つまり、1番バッターのアイツに、いきなりリベンジの
だめだ、だめだ。気持ちの昂りをなんとか抑え込む。モチベーションを高く保ちつつ、それが焦りにならないように深く、息を吐く。
昨年、開幕投手に抜擢された時も、尋常じゃないほど気持ちが昂った。だが、今はその時以上だ。
プロ7年目にして、ここまで良い形で試合に、そしてシーズンに入れることはない。
「
「おう」
呼びにきた後輩捕手に連れられ、最後の準備へ入る。
正直、ペンギンズは恐るるに足らない。いつも通りにプレーができれば間違いなく勝てる相手。ただ勝つだけではこの鬱憤を晴らせない。
「早くて交流戦まで持ち越しかと思っていたが……ハハッ、待ち侘びていたぞ。」
今日の、今年1年間のペンギンズ戦の目標はただ1つ。アイツを全力で抑え込む。
「首を洗って待ってろよ……幸村早南也」
「……なぁ、急に笑ったり、空に喋ったり……百瀬さんどうしちゃったんだ?」
「気にしないで、あの人しょっちゅうあれだから」
――――
「そんでこの前会った子ガードめっちゃ硬くてさぁー」
「今日あの店でいいだろ? ほら、いつもの焼肉屋。そう、店員さん可愛いとこ」
「蔵田さんどこー? もうすぐ整列なんだけど」
「多分喫煙所」
試合開始直前、しかも大事な開幕戦だというのにこの惨状は一体なんなんだ。
試合開始前に、女と酒の話にタバコ。注意をすれば、試合前のルーティーンだとかリラックスのためだとか、低次元な言い訳を並べられる。
試合に集中していないどころか、それが終わった後のことばかりを話す。
選手会長である石田は不在、影響力のある郡は部屋の隅でじっと集中力を高めている。中堅やベテランが幅を効かせる中、
(どうして、こうなっちまったんだろうな)
いくらうちが、15年連続Bクラスの弱小チームと言われても、数年前まではここまで酷くは無かったはずだ。
いつからだろうか、試合前のロッカーで関係のない話を延々とするようになったのは。
いつからだろうか、試合前の緊張感と集中力が見えずに試合へと挑むのようになったのは。
いつからだろうか、このチームから勝利への執着が無くなったのは。
「……なぁ、お前ら」
「神田さんも来ますよね! 今日の反省会! いつものとこ予約してますよ!」
「……おう」
こんな惨状を何年も目にして、動かなかった俺が今更何を伝えられる? なんで開幕戦直前まで動けなかった?
そんな邪魔な思考が、俺のあと一歩を押し留める。
……いつからだろうか。せめてチームの形だけでも保つために何も言えなくなってしまったのは。
「あの、じゃあ俺からいいですか?」
不意に、この喧騒の中で幸村が手を挙げる。
まだ、少し騒々しい空気の中、次の一言が周りの空気を凍らせる。
「ずっと黙って見てましたけど……あんたらプロ野球選手じゃないでしょ」
――それはきっと、ずっと俺が言うべきことだったのだろう。
――――
「なんだテメェ? 開幕スタメンだからっていきなり調子乗ってんのか?」
まだ、少し騒がしいロッカーが完全に沈黙した。
それは、思うところのある人間の思考停止か。それとも急にこんなことを言った俺への呆れか。
とりあえず、真っ先に反応した畑さんにとっては、激怒の前の静けさか。
「事実じゃないですか。あと数分で試合するチームの空気じゃないでしょ」
「はぁ? じゃあギスギスしてる方がいいチームだって言うのかよ! サラマンダーズではそうかもだが、これがペンギンズなりのルーティーンなんだよ!」
「じゃあ、なんで京水とか千葉は部屋の隅にいるんすか」
畑さんにはピンとは来ていないが、奥の神田さんなんかは思うところがあるのか少し反応を見せる。
例え意見の衝突があったとしても、周りに関係のない話をしていたとしても、1人で黄昏ている奴がいても、普通は試合前特有の空気感ができるものだ。
だが、このチームには全くと言っていいほどそれがない。
騒ぐ
こんなものが、チームであってたまるか。
「俺たちはプロ野球選手、ただ野球が上手くなることだけで生活させてもらっているんです! その支えになってくれているファンの人たちや家族、本気で勝ちたいペンギンズのスタッフさん達……。たくさんの人たちの期待に応えなきゃいけない立場なんだ」
「はっ! じゃあお行儀よくお手々繋いで真面目に練習してれば良いってか? そんなんで勝てたら苦労しねぇんだ――」
「それ以前の話だ!」
……この人には本当に話が伝わらない。勝つとか負けるとか、そう言う次元の話を今はしていないんだ。
「まずは目の前の敵を見ろよ! 今のあんたらは戦おうとすらしていない。勝負の舞台にすら立ってないんだよ。今のままだと、今日の試合……いや、ペンギンズ戦はこの先ずっとプロ野球として破綻するんだよ」
「……マジで良い加減にしろや。お前みたいな奴が言っても説得力がねぇんだよ。大事な試合前にあんま舐めたこと言ってんじゃ――」
「そこまでにしろ、畑」
激昂する畑さんを止めたのは、まさかの神田さん。……彼も怒る側の人だと勝手に思っていたが。
我ながら、あまりに強い言葉を使った。入場10分前に言うべきことではないだろう。自分でも決して、正しい行動ではなかったと思う。
実際俺の発言に面食らっていた層も畑さんほどではなくとも、憤慨しているだろう。
……それでも、今以外で言うタイミングは無いはずだ。
『このチームの心臓になれ』、GMから聞かされた、俺に求められる役割。
ならばたとえ嫌われても、間違ってでも、なんとかしてこのチームに変化を加えたかった。
「ペンギンズのみなさん、時間になりましたのでベンチの方に移動をお願いします」
どうやら時間はギリギリのようだった。空気は悪くなってしまったが伝えたいことはとりあえず言えた。
……これで、本当に良かったのだろうか。こちらを睨みつけながら移動する彼らを見送ると、今さらながら後悔の念が湧いてくる。
――そんな俺の行動を肯定してくれるかのように、ビタンと背中に強い衝撃が走る。
「よく言った」
先ほどまで黙って集中をしていた郡さんが、そう短く呟く。
その直後、郡さんの張り手よりも目一杯の力を込められた一撃が背中に走る。
「よく吠えた! 幸村ぁ!」
今年プロ16年目の40歳。しかし、見事に開幕1軍に選ばれた大ベテランの
「だが、すまんな。お前にこんなこと言わせちまって……本来なら俺とか
「いや、そんな……!!」
ベテランの2人に囲まれながらグラウンドへ。
牛山さんからは謝られてしまうが、たとえ誰かが先に言っていたとしても俺は追撃をしていただろうし、自分の判断で責任だ。
それに誰かがやってくれるのを待つなんてこと、今はしたくない。
「だが、畑も言っていたが今のお前に説得力がないのは確かだ」
「おい、リュウシ」
……でも結局、郡さんの言うとおりだ。何の実績も信頼のない今の俺の言葉なんかを聞き入ってくれる人は少ないだろう。
それでも、そんなものを積み重ねるのを待てないほどに、このチームの意識は低い。
「だから――この試合だな、幸村」
「えっ……?」
途中でブルペンへ行く直前に、一度足を止めた郡さんから予想外の言葉をかけられる。
「この試合、死んでも結果出せ。あんな奴らより、なんてもんじゃない。誰の目から見てもわかるようにチームを勝たせろ。あいつらに何も言えなくさせてやれ。今日だけは、ヒーロー譲ってやるよ」
そう言い残すと、今度こそブルペンへ。
性格なんかは全く違う。それでもその立場が同じ故か、どことなく吉城さんの姿がかぶって見える。
「いい人ですね、郡さん」
「当たり前だ、俺らのエースだぞ」
もとより、負ける選択肢はない。それでも、気合が入る。
今日の相手は東京ギャロップス。サラマンダーズで最後に戦った相手。リ・リーグ屈指の強豪。相手にとって不足はない。