常勝球団でレギュラーを取れずトレードの駒にされた俺は最弱球団で自分の強さを証明する 作:鋼鉄の山本
興奮冷めやまぬ……といったところか。珍しく、上機嫌だ。
今日はずっと難しい顔をしていたことも含めて、そのギャップに皆が驚いている。
その理由は明確。先ほどの打席、百瀬による空振り三振だろう。
「あの……なんで点とった時よりテンション高いんすか」
「ん……いや、なんというかあいつとは同い年だし色々と意識してる選手だからさ。そいつが、俺のこと全力で抑えに来てくれるってのはなかなか嬉しいもんだな、と」
京水の質問に答える幸村の表情は、やはりどこか嬉しそうだ。だが……。
「だが現に抑えられているだろう? 打ち取られて喜ぶのはお前のいうプロ野球選手としてどうなんだ?」
少しだけ、嫌がらせ込みで問いかけてみるが幸村のやつは即答する。
「屁理屈っぽくなりますけど、別に打ち取られたのは嬉しくないですよ。ちゃんと次は打ちますし、この試合にも勝つつもりですよ」
「というか、分かってて聞いてません?」
「まぁ、さすがにな」
深く帽子を被り直し、守備位置へと駆け足で向かう。
……ところで、俺たちが会話するたびにざわつくのはやめてほしい。
――――
と、気合を入れ直してみたところで、打てないものは打てない。
6回時点で10奪三振の百瀬はさらにギアを上げていく。8回時点で被安打1 四球0 失点1 奪三振13と圧巻の数字。
とはいえ、郡さんも7回119球 被安打6 四球1 失点1の堂々たるピッチング。
8回にはチームのリリーフエースである杉さんが危なげない四者凡退で締める。
何も進展がないまま9回表。マウンドにはいまだに百瀬千尋が立ち塞がる。
『バッター橋本に変わり……ピンチヒッター
9回、代打攻勢を仕掛けるべくウォーミングルームでは立ち替わりで選手がバットを振っている。
その一番手は、畑さんと同じく神田派の筆頭である蔵田さん。パワーだけならチームでも屈指の選手。バットにさえ当たれば何かが起きそうではある。
だがそんな甘い考えで打てるような投手ではない。外、外でカウントを有利に進められ2ストライク。
1球ボール球を挟み4球目。ジャイロスライダー。制球が効かないと思っていたそれは、ゾーンにさえ投げ込まれると、うちの選手では太刀打ちできない。
蔵田さんは見事に引っ掛けてしまいボールはセカンドへ。1アウト。
『バッター杉に変わり……ピンチヒッター黒田ー! 友喜ー! 背番号44』
代打二番手には黒田が入る。頼む、なんとしてでも塁に出てくれ。
そんな思いが通じたのか、黒田の集中力は凄まじい。
わずか4球で追い込まれるも、5球目のストレートをカット、6球目のフォークを見逃しフルカウント。
7球目、スローカーブ。俺の第二打席で引っ掛けさせられたボール。しかし、冷静にくさい所と判断しカットする。
8球目。百瀬の128球目。おそらくジャイロスライダー。だったが制球が大きく乱れる。今日初めてとなる百瀬のフォアボール。これにより4回以来のランナーが出る。
「タイム!」
ここでギャロップスは一旦間をとる。疲労か、それとも単なる投げミスか。どちらにせよ、好調のエースが突然乱れたのだ。こちらとしては最大のチャンス……だが、百瀬千尋が逃げるわけがない。
こちらの準備は万端だ。今日最後の勝負だ……ん? マウンドで揉めている?
完投まであと2人の場面。ここでギャロップスが動く。……投手交代、か。万雷の拍手の中、それに応えるように手を挙げて堂々とマウンドを去っていく。
8回と3分の1、128球も投げているのだ。妥当と言えば妥当な判断だが……
「くっそ……勝ち逃げかよ」
開幕戦、お前を打って勢いをつけたかったが完璧に抑えられた……!
――イライラ終了だ。切り替えろ、俺。
打席に立つ前に大きく、短く息を吐き気持ちをリセットする。
リリーフピッチャーには昨年40試合登板の南川がコールされる。
確か右の技巧派。ストレートは150キロにも満たないが、カーブとシンカーで翻弄してくる投手。
なら、いつもの……よりもこっちの方がいいか。
打席に入ると、いつものように大きく伸びをして、バットでヘルメットのツバ、というより
初球、カーブから入ってくる。ボール。落差はあるが郡さんほどではない。
2球目、ストレートがインコースに。2ボール。3球目、もストレート、指が引っかかったのかベースの手前でワンバウンドする。3ボール。
ん? ……歩かせること前提での勝負か? 四球出しても前にランナーいるから走れもしないって? その通りだなちくしょう。
だが黙って歩くのも癪に触る……。
4球目、ウイニングショットのシンカー。手元で沈む……というよりも右バッターからすると自分の足元へと落ちてくるような軌道。インコースギリギリ、だがボールになるだろう球。
それを狙う。体の回転は縦気味。大きく足を開いたオープンスタンス、下半身の力でボールを外野へ運ぶ。
ショートが懸命に追いかけ、タイミングを合わせて飛び上がる。そこにいるのがうちの京水であれば間違いなくショートライナーだっただろう。だが、
打球はショートのグラブにかすりもしない。転々と左中間を転がる。黒田は二塁を蹴って三塁へ到達。俺も悠々と二塁到着。
1アウトランナー二三塁。投手の枚数的に延長戦には行きたくない。さて、どうするか。
――――
「ふぅーー!」
大丈夫、先ほどマウンドへ集まってみたが南川さんは至って冷静だ。それにしても幸村のやつ、あんなボール球を打ちやがって……。
「ふぅーーーー!!!!」
いかん、落ち着け。神田さん……というか幸村以外は完璧に抑えられている。相手は1点がほしい。なら警戒すべきはゴロ……もしくはスクイズ。外野フライもアウトだけれど、今の神田さんならそっちの方が確率が高い。理想は三振。守備シフトは内野前進守備。
初球、カーブを内角ギリギリへ。ボール。2球目、ストレートを外角低めへ、これに手を出されるもファール。
3球目、スクイズを警戒してウエスト。2ボール1ストライク。
4球目、三塁ランナーが走る。やはりスクイズが来る。だが、サインは外角へのボール球。バントは不可能――
視界に大きな影ができる。そしてコツンという音と、どさりといった音が目の前から聞こえる。
なっ、くっそ! この場面で成功させやがった! 勢いは弱い、転がしただけ、でもホームは無理! 一塁に投げる――「バカ! 投げるな!」……えっ?
誰の声だったか、でももう止まれない。
黒田がホームを踏む、一塁を踏んだブライズがホームへと送球、だが……高い。くそっ!
送球が浮いた分、最短距離でタッチに行けない。……これが、致命傷になる。
「うぉぉぉ! ペンギンズの2ランスクイズ!」
「まじか! 開幕戦で決められるか!」
「嘘だろ3対1!? まじかよ、この試合落としちまうのか!」
やられた……やられたやられたやられた!!
またこいつに、なんでこいつに、よりにもよってこいつに!
この悔しさを今はぶつけることはできない。それでも精一杯の抵抗で、ユニフォームについた土埃を払う幸村を睨みつける。
それに気がついたからなのかどうか、意外にも向こうから話しかけてくる。
「チヒロに言っといてよ。お前が投げてりゃよかったのにって……。あと、次はリベンジするから覚えてろよって」
「……はぁ!?」
リベンジってなんだ。こっちはお前にどんだけやられてると思って……!!
…………今百瀬さんのことチヒロって言った?
皮肉にも、元凶のおかげで冷静にはなれたけど……。いや、なれたならいい。
この回を抑えて、攻撃に備えよう。大丈夫だ、向こうにはもうろくな投手は残っていないのだから。