常勝球団でレギュラーを取れずトレードの駒にされた俺は最弱球団で自分の強さを証明する   作:鋼鉄の山本

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第三十五話

7回表ノーアウトランナー無

湘南シープス1―大江戸ペンギンズ4

 

 珍しく……実に6試合ぶりに勝ち越しした状態で試合終盤を迎える。

 ドクドクドクと心臓が鳴る……うるさい、落ち着け! 俺は今日は投げないだろう!

 頭に響くこのけたたましい鼓動音を振り払うように腕を振るう。……なんてボールだ。受けてくれるキャッチャーの本来の背丈ほどまで外れる。

 

「なんて顔しとんのや当覇(トーハ)! リラックスリラックス」

「カキ……」

 

 ピリピリとしだしたこのブルペンの中で、唯一いつも通りを貫く男……柿田が声をかけてくれる。

 

「そんな顔しとったら、今から投げる千葉のやつも緊張してまうで」

「……千葉もうマウンドだろ」

 

 せやったな、とケラケラ笑う彼のおかげで少しホッとする。

 同い年ながら、高卒からずっとこのチームにいるからか、すでにブルペンでの中心にいる柿田。

 俺とは違い、その精神力は本当にすごい。

 

 さて、話は戻るが現在マウンドには最近好投を続ける千葉が上がる。

 

 現在抑え投手のいないうちは苦肉の策として、昨年までのリリーフエースである杉さんをクローザーに抜擢。

 今日のプランでは7回に千葉。8回にはオープン戦で結果を出した伊東さん。万が一のアクシデントでは柿田が登板する予定だ。

 

 そうだそうだ、俺は点差がついた時にだけ投げるはずだもんな。よくよく考えてみれば、今日俺に出番が来る可能性は低いだろう。

 

 ……ずきり、と胸の辺りに痛みが走る。投げてもあんな風になるくせに、なんで――

 

「ぐぅあああ!!!」

 

 ――突然横からの叫び声で、一気に現実に戻される。

 

「何! どうした!?」

「見とらんかったんかい! 千葉がヒット打たれたと思ったら次のバッターにホームランうたれよった!」

 

 まさかの一点差に迫られる2ランホームラン。だがまだ7回だ。なんとかなる、なんとでもなる……。

 

 しかし、続くバッターの打ち上げた打球が、不運にも内野の頭をポトンと超える。

 

「伊東! 柿田! 作戦変更だ! 千葉が次の左打者(バッター)を抑え次第伊東! 8回は柿田だ」

 

 ……なんとか次のバッターを抑えるも、千葉は0回と2/3を投げて降板。代わりにマウンドに上がるのは伊東さん。

 オープン戦でこそ結果を残しているが、直近では2試合連続で失点をするなどピリッとしない。

 

 そして、よりにもよってリ・リーグ屈指の……シープス(羊の群れ)と言った名前からは想像もつかない強力打線が彼を待ち構えている。

 

 代打で出た選手にいきなりフォアボール。その後1番、2番打者に連続でヒットを打たれ、さらに一点が入ってしまう。2アウトランナー一塁二塁。そして、同点。

 

 打席には3番桐間。……あとアウト一つが遠すぎる。

 伊東さんの持ち味は変化球を低めに集められるコントロールだ。長打を避けるためにも必死に投げ込む。

 

 ――3ボール2ストライク。フルカウントまで追い込むも桐間は一度もバットを振らない。何を考えている、何を狙っている? 俺ならどこへ投げる――

 

「がんばれ……伊東さんがんばれ……」

「いけるよ伊東さん! ファイト!」

 

 周りのみんなはそれぞれの投球練習をやめ、たとえ届かなくとも必死に声援を送っている。

 ……それに比べて俺は自分のことを考えてばかりだな、くそ。

 

『ボール! フォア!』

 

 結局一度もバットを振らない桐間を歩かせてしまう。これで満塁。さすがに伊東さんは限界か――「石崎!」……えっ?

 

 突如名前を呼ばれる。……待って、だって今日は出番……、今こんな状態で出ても、なんで、俺!

 

――――

 

『投手の交代をお知らせします。ピッチャー伊東に代わり……ピッチャー石崎 当覇(いしざき とうは)背番号56』

 

「おいおい、こいつこの前の満塁打打たれたルーキーじゃねーかよ!」

「もう試合捨てたのかよ!」

 

 2アウト満塁。チームは同点に追いつかれて現在4対4。打席には4番。いつもより遠く感じるマウンド、うるさい鼓動、けたたましい声援。

 

 ダメだ、ダメだ、まただ! マウンドに上がった瞬間にすぐに頭が真っ白になる!

 

「……ハ、トーハ!」

「えっ! はい!」

「よし、今度は反応したな」

 

 いつの間にかマウンドに内野手が集まっている。……タイムがかかっているのにも気づかなかった……。

 

「とりあえず、反応するだけこの前よりはいいんじゃないか」

「ガンガン攻めろよ! ちゃんと投げればお前の球はそうそう打てん! あと二つ、きっちり取るぞ!」

「はっ……はい!」

 

「とりあえずクロに謝んなよ。この前は無視されたって気にしてたんだから」

「今じゃなくていいだろうが!」

 

 ベテランの神田さん、森谷さんに励まされ、ユキ、クロの同級生二人を見るといつも通りで安心する。

 

 ……呼吸をしろ、石崎当覇! 監督に言われたことをおもいだせ!

 

『いい、当覇ちゃん。誰だって最初はうまくいかないものよ! 私だってハジメテの時は何も知らない生娘のみたいに慌てふためきながら、それでいて何もできないまま呆気なく終わってしまったの……(※初打席のことです)。だからこの前のことはあまり気にしないで! 少なくとも初登板よりは緊張に慣れてるはずよ。あの日の屈辱をやり返してきなさい! リベンジマッチよ!』(※通訳済み)

 

 ……なんか変な情報も入っていた気がするけど、まぁいい。

 

 心臓はまだうるさい、声援がまだ頭に響く、相手バッターはまだ怖い。

 でも、この前のようにミットは遠くない。視界はクリアで、声援は音ではなく、ちゃんと声で聞こえる。

 

 初球、サインは外角低め。頷き、腕を振るう。187センチの身体を脱力させて投球フォームはコンパクトに、それでいて最後のリリース時、ボールの回転に全神経を集中させる。

 

「ストライク!」

 

 うまくコーナーに決まってくれる。我ながらいいボールが行った。チラリ、と電光掲示板を見上げると球速は154キロ。

 

「フゥゥゥ……」

 

 浮かれるな、浮かれるな、まだ一球だ。……でもこういうボールを投げたかった。

 森谷さんからボールを受け取り2球目、今度はフォークボールのサイン。俺の決め球。

 

 理想は2ストライクに追い込むこと。見逃されても視線を変えさせる。自信を持て、俺! 今度こそプロでやっていけると証明するんだ!

 

 ――ぐしゃり、と聞こえた気がする。硬式球と木製バットから聞こえるはずがない音。だが、確かに聞こえた。

 

「ファール!」

 

 打球はかろうじてレフトポールの外側を超える……でも!

 この前のように、投げ損じたわけでもない。きっちりと低めに投げ込んだ一球。それをほぼ完璧に打たれた。

 

 ……さっきまで、意識できないほどに落ち着いた心音が、一気にぶり返す。

 やばいまずいこわいやばい!

 

「落ち――! 大丈――まず――!」

「追い――!」

 

 き、切り替えろ! 助かったんだ。追い込んだんだ。

 ……サインは見える。インコース、ボールになるストレート。

 

「ボール!」

 

 大丈夫だ、球は走っている、要求通りに投げられている。あの時とは違う。

 4球目、今度は外角高めに。ボールになるが151キロ。そして5球目。

 

「っ……!」

 

 サインはフォーク。……いきなり打たれた球、それに後ろに逸れると点が入る状況。……首を横に振る。

 次のサインは外角低めにストレート。初球と同じコースに。

 

 これは決して逃げじゃない。打たれたからビビっているわけでもない。大丈夫、俺なら投げ切れる。強気で行こう!

 指の掛かりは良い、むしろ今日一の手応え――

 

 ――大下 凱(おおした がい)、今年で8年目、30歳を迎える選手。

 昨シーズンは31本塁打でリーグ2位、打点も90打点でリーグ2位のスラッガー。

 

 今日は未だノーヒットながら、2球目の特大ファールのようなあたりは出ているので不調、といったものではないだろう。

 

 さて、石崎当覇の投げた外角低め、152キロの直球。別に失敗のリードといったわけでもない。

 ましてやボールに勢いがあった、打ちやすいコースというわけでもなかった。

 

 何が原因か、何がダメだったか……色々と考察はできるが、1番シンプルで明白な回答をすると――実力差がありすぎた。これだけである。

 

「嘘だろ! この回2本目! ペンギンズを絶望に突き落とす満塁ホームラン!」

「外角低めをバックスクリーンまで持っていった!」

「というか、石崎は2試合連続で満塁打被弾! まだ一軍は速かったか!?」

 

 悠々とベースを回るランナー達。それをガックリと項垂れ、見ることしかできない。

 

『投手の交代をお知らせします。ピッチャー石崎に代わり――』

 

 逃げたい、消えたい、ここに居たくない。それでも、試合はまだ終わらない。

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