常勝球団でレギュラーを取れずトレードの駒にされた俺は最弱球団で自分の強さを証明する 作:鋼鉄の山本
『遠く! 高く! 光輝く! 星を掴め桐間!』
口ずさみやすく、ハイテンポで明るい曲調。余計な歌詞がなく、下手に重厚感が感じられないのは
敵ながら思わず口ずさみそうになるな、なんてことを考えながらセカンドで打者のことを観察する。
もっとも桐間がファンから愛されるのは、性格以上に普段からファンを何よりも大事にする男だからなのだから。
最近聞いた話だとキャンプ中、翌日も練習があるというのにサインや写真を求めるファンのために2時間近く対応していた、なんて話もある。恐ろしいのは、その噂に信ぴょう性があることなのだが。
『湘南のこの空に! 勝利を呼ぶ一打!』
それが、ひとたび打席に立てば印象ががらりと変わる。身長はそれなりにあるが、体格自体は割と細身な印象。だというのにグラウンドには息をするのも忘れてしまうほどの緊張感が張り詰めている。
……せっかく一点差に詰め寄ったというのにまた引き離されてたまるか。
なにより、高卒で先にプロでやっていたとはいえ同い年。嫌でも意識する相手。バチンと両頬を強くたたき気合を入れなおす。
初球、インコース高めの速球。長打を避けたい、なんなら外野フライすら避けたい場面でいきなりどうなんだそれは。
だがうまく意表を付けた、あの桐間がボールを空振りする。
2球目、インコースひざ元へのスライダー。これを見逃してカウント1-1。
3球目、続けてミットはインコースに構えられる。
……というか伊東さんも首振れや!!
案の定、はじき返された。バットの真芯でとらえられたそれは流れ星に見間違うような弾丸ライナー。
……けれど幸運にも、タイミングが少しずれていたのかファールになってくれる。
結城のやつ、もう少し考えてリードしてくれよ。伊東さんもそうだ、普段投げている球は他のチームの投手に見劣りしないんだからもう少し余裕をもって――
「腕振れてないぞ伊東。少しいいか?」
ピリピリしだしたこの空間の中で、少し作った明るい声。神田さんだ。タイムをかけているわけではないけれど、グラブで口元を隠しながら伊東さんのもとに近づく。
あの人の声は何だか安心できる。長年このチームにいる安定感だろうか、それとも元の人柄のおかげだろうか。
いずれにせよ伊東さんの顔色が少しだけだがら見れるようになる。
二人にしか聞こえない声量。タイムをかけない短い時間とはいえその効果はすぐに表れた。
「ストライクツー!」
前の回のように力強く腕を振る。気持ちがいい破裂音をキャッチャーミットが奏でる。いつもの伊東さんのボールが戻ってきた。
5球目、低めに構えられたミット。サインはカーブ。勝負に行く。
ボールの軌道は完璧。大きな弧を描き捕手の要求通りのコース。桐間はスイングするがタイミングが少し速い――
――瞬間、激痛。
「っげっふ!!」
自分の体のもの全部口から……いや! そんなことより、体が思うように動かない、ボールどこだ、視界が安定しない、気持ち悪い――
「
右手を必死に伸ばすと確かにあるボール。それを声のする方へ。
痛みで頭を下げると、ちょうど上を通過するように風を切る音がする——
「大丈夫か、クロ」
わざわざ幸村がこちらに来て背中をさすってくれる。……ああ、なんか落ち着いてきた。幸村がここにいるってことは一度プレーが途切れたってことだよな。
スクリーンには先ほどのプレイ映像が映し出されている。その様子を見るに桐間の打球が俺の鳩尾に直撃したらしい。
手探りで投げたボールは幸運にもベースカバーに入った京水のもとに。
そして、先ほど頭を通過した正体。一見ただ放り投げたようにも見える手投げ。だというのに、それは美しい線になりファーストへ。
今、様々な角度で、かつスローモーションで桐間と送球どちらが先に一塁に到達したかが見比べられている。
でもここから見えたそれは……!
ペンギンズ側の応援席が激しく盛り上がる中、一連の確認を終えた主審が一塁のアウトを改めて宣言する。
ダブルプレーの成立。何とかこのピンチを押さえきった。
「っゴッホ! ……なあ、今の一連のアウト、俺の体を張ったトリックプレーってことになんねぇかな」
「ファインプレイにしてもらったくせに、最初に言うことがそれかよ。……悔しいけど、京水がショートでよかったな」
まあ、だよなぁ。ごちゃごちゃと考えすぎて集中を欠いた俺の大失態だ。
……ただ、一つ言わせてほしいのは。
「それにしても打たれるのはいつものこととして、結城のリード結構ひどかったろ。あんなリードならそりゃ簡単に打たれちまうだろ」
「……おっ前そんなこと考えてたのかよ」
「伊東さんも伊東さんだぜ。せめて首振るなりすりゃいいのによ」
「――じゃあなんですぐに言わなかったんだよ、クロ」
……この急にきた吐き気は、きっと打球があたった痛みのせいではない。——自分の失言に気が付けないなんてどこまで阿呆なんだ、俺は。
キリキリと痛む胃痛。先ほどまで軽口を叩いていたはずの友人の顔を見ることができない。
「神田さんが止めたタイミングにでも言えたよな。そのせいで集中欠いてたならふざけんなよ。……そういう精神でよくここに立っていられるな、お前」
ドクン、ドクンとやけに心音が重く聞こえ、異様に冷たい汗がまるでナメクジのように背中を這う。少し困った顔をしていたはずの幸村は、一瞥もせずに奥へと引っ込んでいく。
……きっと、昨日の柿田もこんな気持ちだったんだろう。
「黒田、代打行クヨ。遠藤、are you OK?」
「OKっすボス。いつでも」
「……っ! 待ってください、俺はまだ!」
まだ何も、何もできていない! のに……続く言葉を絞り出せない。幸村の言葉が、グワングワンと反響する。
スタメンに抜擢された2試合。それなのに7打数でノーヒット、それにエラー1つ。
いくらこのチームが弱いといってもライバルは当然多い。それなのにせっかく手にしたチャンス。
……なのに、俺は !!
誰かが俺の背中をやさしくたたく……けれどもう振り返る余裕がない。……ペンギンズの応援席側がさらに盛り上がる。ちょうど遠藤さんの打席。ヒットでも打ったのだろうか。
悔しい、悔しいな、クソが。自分の未熟さを叩きつけられただけでここまで傷つく自分に、何よりこの状況でチームを応援できない自分に嫌気がさす。
——————
7回裏ノーアウトランナー無
本来ならば8番打者の黒田からの打席ではあるが選手が変わる。
ピンチヒッターは遠藤。プロ6年目の長距離砲。開幕戦こそ5番打者として出場していたが、練習中に膝を痛めて欠場続き。今日が4試合ぶりの実戦である。
そんな打席、代わったばかりのセットアッパーの初球を叩く。力強い打球はレフトの前に。
代打攻勢は続く。2イニングを投げてくれた伊東に変わって森谷が代打で立つ。
「なあ、ユキ。クロにまであんなに言わなくても……」
「俺だって…………いえ。今更、無理です」
「いや、言っていることはまだしも、もっと丸い伝え方というかタイミングというか――」
せっかくのノーアウトのランナー。けれども、今の黒田の姿を見てしまったからには何も言わずにいるわけにはいられない。
ただでさえチームの状態が悪いなか、これ以上チームの雰囲気だけでも乱したくはない。
「ユキ」
モーリス監督も同じ考えだったのだろう。神妙な面持ちで自らこちらに歩いてくる。いくら正しいことを言っていたとしてもこのチームが壊れるぐらいならば――
「今日、スイングヘタクソヨ。バットSleepシスギ、ピッチャーニ合ワセスギ。ソレジャStrongナヒット無理ヨ。……打テナイユキ、イラナイ。OK?」
「OKです、ボス」
――だが、その考えは違った。一言二言伝えると幸村は打席の準備へと移る。……いやいや。
「おい待てユキ、俺の話はまだ!――」
その、声をかけようとしたタイミングでグイっと、腕を強く引っ張られる。
「いい加減にしろよ神田。お前はそんな、見苦しい奴じゃなかっただろ」
そこにいたのは、珍しく青筋を立てている牛山さん。あの温厚な彼が見るからに怒りを隠せていない姿に驚く。だって見たことがないから。
じゃあ、なんでそうなっているんだ。……俺の、せいで、だよな。
「
「幸村は間違ってねぇ。間違ってんのはお前……いや、このチームの方だろ」
そう、短く、力強い言葉。……幸村にも言われた言葉。
あの時よりも、ずっとずっと心臓が跳ね上がるのはきっと、深く深く突き刺さるのはきっと、俺も自分で何を思ってしまったのか自覚できてしまったからだろう。
「お前が守りたいチームは、とっくに壊れてんだろうが!」
——俺はいったい、何をやろうとしてたんだよ。
――――
7回裏2アウトランナー二塁
代打で出場した森谷さんは内野ゴロだったものの、上手い具合に進塁打となってランナー二塁。
打順は先頭に戻って石田さん。その第四打席はサードフライ。これで2アウト。
現在のランナーは遠藤さんの代走で出た俊足の選手。ピッチャーは平均球速150キロ越えの速球派セットアッパー。
回転数がいいのか、浮き上がってくるストレートが魅力の投手。
……さっきはライン際の守りが薄いと思ったら回り込まれた。その前の打席は桐間の守備範囲に気持ちよく打たされた。
バットの感触がよかっただけに、余計にしてやられた感が強い。
次はどこに打つ、その前にまた打たせてもらえるか、この投手の癖はなんだ、こいつらは何を企んでいる。
(いや、こんなに考えさせられた時点で俺の負けか)
打席に立つ前、いつものようにルーティーン……その前に一度、短く息を吐き頭に浮かんでいた情報を一度捨てる。
考えることが俺のノイズになるのならば考えるな。来た球を打ち返す。打者にとって一種の理想を目指してきたはず。
……それに元々、駆け引きは苦手だ。だというのに、下手にそれをやろうとして何度調子を崩してきたことか。何度レギュラーを取り損ねたことか。
(……だめだ。今度は余計な事考えてんな、俺)
打席に集中しよう。バッターボックスに入り、首の右側、右肩、右肩甲骨をバットで順番に叩く。その後ゆっくりと、形だけはいつもと同じフォームで相対する。
初球、フォークボールが低めに外れる。二球目はスライダー。今度は外に大きく。カウント2-0。
……ここで、勝負してくれないのか。その可能性も出てくる。
歩かせても2アウト、むしろ塁を埋めるのだって戦略だ。
「ストライク!」
……っつぅ! バカか俺! 余計な思考で簡単に見逃すなんて、これじゃ黒田のことをなにも言えないだろ!
「タイムお願いします」
「タイム!」
落ち着け、集中しろ、表情に出ていないよな。あの時……去年の後半までは出来ていただろ。
だから今年こそはサラマンダーズで勝負できると思っていたんだろ。
一度、打席から離れて呼吸を整える。思考を捨てろ、無我になり切れ。できないことに挑戦しているわけじゃないはずだ。
祈るようにバットに縋るが、何も変わらない。
目を見開くが見渡すグラウンドに何も変わりはない。
どうすれば打てる、どうすれば勝てる、どうすれば――
――偶然、と言ってもある意味真っすぐ前、グラウンドの中央にいるのだから目に付くのは当然だと思うが。それでも、シープスの中堅手と目が合う。
(……なんで忘れていた。……というより思い出せなかったんだろう)
その表情からすべては読み取れない。けれど少なくとも、本塁打を打って宣戦布告してくれたあの桐間では間違いなく、違う。
今なら、宣戦布告の理由もはっきりとわかる。そんなこと言わなくても、今はお前の方が遥かに上へいるのに。
4年前、シーズンの始まるほんの直前。もう誰も覚えていないような2軍の試合。ちょうど今みたいに追い込まれていたあの時。