常勝球団でレギュラーを取れずトレードの駒にされた俺は最弱球団で自分の強さを証明する   作:鋼鉄の山本

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第四十九話

 

 よく晴れた3月中旬。数日前まであった肌寒さはすでになく、徐々に春めいてきた今日はまさしくお出かけ日和だ。

 

「う、うぐぅ、げ剣持選手(げんぼちぜんじゅ)、……坂田(ざがた)、えっぐ、マーベラズゥっ!」

「いやほんっっとうに、お父さんがもっとちゃんと調べればよかったね! ごめんね!」

「いやそのたまには面白いんじゃないかな……じゃないね! 剣持さんとかに会いたかったんだもんね! じゃあ違うね、ごめんね! え、えっと、僕のサインでよければ(?)……ああ、違うね、ごめんね!」

 

 まあ、一言で言えば地獄だよね。べそべそと泣く弟、おどおどと謝ることしかできない父、そんな父と一緒に必死に励ます球場のスタッフさん(赤の他人)、興味がないのにつれてこられ、こんな光景を見せられる私。

 

 人混みを嫌い、誰もいない自宅でドラマの再放送を見ているであろう母が羨ましいというか、恨めしいというか……。

 いやはや、まったくどこから話せばいいのやら……。

 

 

――――

 

「今週の日曜日、サラマンダーズを見に行きます」

「え! なんで!!」「えぇ、なんで?」

 

 仕事帰りの父が急にそう宣言したのは2日前の金曜日。あまりの唐突さに、来月から小学二年生になる弟と息が合う。意味は180度違うけれど。

 

「せっかくの春休みだっていうのにどこにも連れていけないのは申し訳なくてさ……本当は開幕戦に! とも思ったけどチケット取れなくてね……。でもオープン戦? っていうのがこの辺でやるらしいし、せっかくなら見に行こうと思ってね」

「行く、行く! 行きたい! え、どうしよう、何着ていこう……! あ、おかあさん剣持のタオル出して!」

 

 なるほど、今調べてみると家から車で30分ぐらいの球場で試合をするらしい。春休みに入ったばかりの弟にとってはナイスタイミングだ。

 

 小学校で人気だとかで、いつの間にかサラマンダーズファンになっていた弟。行くと決まっただけでこのはしゃぎよう……だいぶうるさい、ちょっとうざい。

 

「あー、じゃあ楽しんできてね。私留守番してるから」

「いやいや、お姉ちゃんも行こうよ。受験終わって春休み暇してるでしょ。高校生になったら部活に学業にで忙しくなるんだから、今のうちにさ!」

「えー、でも私野球あんまり知らないし……」

 

 とまあ、そんなやり取りもありながらも、せっかくならと行くことを了承。暇なのは本当だったし、別に嫌というわけでもなかったし。

 

 ……そう、この時割と父は思いつきで動いていた。私もこの時どこでやる、ぐらいしか見ていなかった。何なら二人とも野球に詳しくなかった。

 

 ――野球風に言うと、もう3アウトだったということだろう。

 

 

――――

 

 さて当日。弟は友人から借りたという背番号20のユニフォームを身にまとい、おろしたてだという『剣持 雄介(大好きな選手)』のタオルを手に持ち準備万端。真っ赤な……というと緋色だ! と怒られる球団の帽子をすっぽりとかぶった完全装備で、今か今かと球場入りを待ちわびる弟。

 

 その様子をバックミラーで確認する父は、きっと連れてきたことに対する喜びをすでに感じていたと思う。

 

 ……でも、それとは対照的に私にはなぜか嫌な予感を覚えていた。

 

「ねえ、お父さん。私あんまり野球詳しくないんだけどさ。もう少しで球場なのにこんなに道路って空いてるの?」

「えー、そう? 割とこんなものじゃない?」

 

 そう、あんまり混んでいないのだ。もちろん車通りは確かにあるし、結構信号につかまるが……以前ここを通った時と何ら変わらない気がする。

 

「……なんか、結構すんなり入れたけどこんなものなの?」

「えー、そう? 試合開始の一時間前だからこんなものじゃない? 今13時だからまだお昼食べてるとか。それに電車で来る人も多いだろうし」

 

 次にすんなり駐車できたこと。もちろんそれなりに混んではいるのだけれど……サラマンダーズ戦はいつも満員! といったイメージが先行していたからか拍子抜けするほどすんなり入れたことに違和感を覚える。

 

 ――正直この時点で気づいていたとしても、もうどうしようもないのだけれど。

 

「……あれ?」

 

 この時は、まあそんなものかと納得してしまっていた自分が愚かしい。せっかくだから物販を見ようか、自分用のユニでも買おうか、なんて言っていたころ。

 ここで真っ先に弟が気付いてしまう。サラマンダーズの緋色のユニフォームに紛れて、若草色のユニを着ている人たちが何人も並んでいることに。

 

「……ねえ、お父さん。あの人たちなんでシープスのユニフォーム着てるの?」

「ん? ああ、あれが今日の対戦相手の人たちかな。確か神奈川だっけ。遠いのに大変だね」

「……お父さん、今日の相手って大江戸ペンギンズでしょ?」

 

 今にも決壊しそうなダムのように、涙を溜め込んだ弟がなぜかそんなことを聞いてくるが……どこを見渡しても湘南シープスの名前はあれど大江戸ペンギンズの名前はない。

 

 というか、対戦相手の違いがなんだというんだ。お前の目的はサラマンダーズだろう。そんなことを思いながら一応スマホでも調べてみると……なになに、13時試合開始。球場は日本製菓スタジアム。対戦相手は大江戸ペンギンズ……っと。

 

 ……だらだらといやな汗が流れる。父の顔を見ていないが同じようなものだったと思う。

 ……現在13時なのに試合開始はまだで? ここは福岡の別に何の変哲もない市民球場で? 何なら対戦相手は湘南シープスで?

 

 スマホから視線を上げると、真っ青な顔の父と目が合う。こんな父、この前仕事の研修と銘打ってキャバクラへ遊びに行ったのが母にばれたとき以来だ。…………割と最近だな。

 

 いや、現実逃避をしている場合じゃない。小さく、声を必死に押し殺すも漏れ出る嗚咽が聞こえる。

 

 ……ああ、だめだ。下に目を向けられない。さっきまで、あんなにはしゃいでいた弟が、あんなに楽しみにしていた弟が、静かに絶望する姿なんて見たくない。

 

「あ、あの大丈夫ですか? その子迷子とかですか?」

「え、ああいやこの子息子です! こっち娘です! いやその迷子で泣いてるのではなくてその……」

 

 おおっと、そんなこんなしていたらジャージに身を包んだスタッフさんが、迷子と保護した一般人と勘違いしたのか声をかけてくれる。

 

 ――この時私は、そんなことはあり得ないと思いつつも一縷の望みをかけて質問した。

 

「あ、すみませんつい……。あの、何買えなかったとかですかね。もしよければ残ってないか聞いて――」「あの!」

 

「あの、……今日って剣持選手とかって出る方の試合ですか」

「……ええっと今は春季教育リーグって言って、……わかりやすく言うと、2軍のオープン戦……だね。剣持さんとかは今、東京だね……」

 

 このお兄さんが事情を知ったのが先か、弟のダム決壊が先か。

 さて、場面は冒頭に戻るのであった……。

 

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