常勝球団でレギュラーを取れずトレードの駒にされた俺は最弱球団で自分の強さを証明する 作:鋼鉄の山本
さて、場面は少しだけ進み、一度湘南サイドに入る。
試合開始20分前。柄にもなく緊張しているのか、ただでさえ悪くなった目つきが余計に圧を出している。だが、そんな程度で怯んでしまえば指導者失格だろう。
二軍投手コーチの中野……ちょうど先日桐間を叱っていたあのコーチが今日の先発に最後の宣告を告げにくる。
「桐間……わかってるな。今日の先発で結果残せなかったらその時点で投手はクビ。今シーズンは外野手の練習に専念してもらうぞ」
「……わかってます。必ず結果出すんで見ててくださいよ」
あの後、桐間を納得させてコンバートさせるため、球団は最後のチャンスを用意した。
ファーム開幕直前の試合。そこで結果を残せば、しばらく投手として専念させる。ただし、残せなければ問答無用で野手転向だと。
しかし、だ。
「結果と言っても、5回3失点とか試合を壊さず勝利に貢献……みたいな先発及第点の内容だったら当然アウト。球団からのお前の信頼はそのぐらい低い。条件、覚えてるな?」
「最低で7回2失点のHQS。しかも勝利投手の権限を持って降板しないとダメ……ですよね」
はっきり言ってこの条件は今の桐間には不可能と言ってもいい。
ただでさえ二軍の試合でも6回以降の登板経験に乏しく、さらに言えば今日の相手は二軍とはいえ二年連続完全王者の福岡サラマンダーズ。
たった一人を除いて、誰もがこの挑戦が不可能だと……桐間藤という選手が終わることを感じ取っていた。
「……すみません、集中したいのでもういいですか」
「おう、頑張れよ」
その態度は緊張からか……いやそれ以上に今の歪んだ精神のせいか。あんまりにもな言動でコーチを追い払うと再び誰も近寄れない空間が生まれる、はずだった。
コーチ陣はともかく二軍の投手で彼に近寄れる存在は誰も居ない。――のちに湘南シープスのエースとなる一ノ宮櫂斗は除いて。
「おい、いい加減にしとけよお前。中野コーチがどんだけ気にかけてくれてんのかわかってんのか?」
「…………」
自覚があるのかないのか反応はない。もはや会話すら遮断するつもりだろう。そんな態度にもう声を荒げることすらできない。
集中している……と言うよりも必死に現実から目を逸らしているようにしか見えない。そう感じた一ノ宮はどうしても聞きたかったことだけを残して再び投球練習に戻っていった。
「なあ、答えなくていい。ただちょっと考えてくれ。お前、何のために野球やってんだ?」
答えはない。考える気もない。いくつも聞こえるピッチング音の中、桐間はただ一人目を瞑っていた。
――――
「藤くーん! こっち見てー!!」
「宮下ー! 今日は頼むぞ! 今シーズンこそ覚醒だー!!」
「山岡ー!! お前の支配下待ってるぜぇ!!」
――二軍と言えども福岡サラマンダーズの人気を侮るなかれ。
このチームの最大の強み……それは他11球団を寄せ付けない圧倒的な育成力。
親会社であるヒヒイロガネグループは日本屈指の総合商社。特に自動車メーカーとして国内外で高いシェアを誇りその潤沢な資金力をチームの強化に充てている。
しかも恐ろしいことに、チームはその資金を安易な補強ではなく選手育成に投資しているのだ。
アメリカの最先端の器具や指導法をいち早く導入。さらにそれらを元に独自で進歩させたチーム独自の育成論。
これにより継続的に日本球界屈指の選手たちを一軍に送り込んでいる。
ともすれば、これはされど二軍戦ではなくなる。
コアなファンこそ、
――まぁ、そんなことは知ったこっちゃないんだけれども。
「……うっ、ぐずっ!」
「はいはい、いい加減泣き止みな。もう一回表終わっちゃったよ」
「そうそう、せっかく来たんだから楽しまないと」
「元はと言えばお父さんが!」
「ごめーん!! 今度は……今度こそはちゃんと剣持選手に合わせるからね!!」
まーーったくもう! いつまでもずーーっとぐずぐずぐずぐず……。
父はともかく、巻き込まれたお兄さんがとにかく可哀想だった。何をやっても、何を言っても泣き止まない弟に二人揃ってタジタジ。しかも最終的に、自腹でアイスを買わせてしまった。
なにかお礼を……と思ったところでお兄さんは退散。もう一人のスタッフさんに怒られながら別のところに引っ張っていかれた。
せめて名前さえ聞いておきたかったのに……あっという間にいなくなってしまった。
試合が始まってしまい今は忙しいだろうし、終わってからでも探しに行くべきだろう。
そのためにもまず弟の機嫌を直して、できれば楽しんだ感想の一つでも用意してもらいたいのだが……。
「えっ! 待って相手投手ってもしかして……やっぱり桐間藤だ!!」
「何で
「だって桐間藤だよ!? 知らない? あの甲子園決勝は伝説なんだよ!?」
まだ不機嫌な弟と色々考えている私を横目にのほほんと
ただ、その名前はさすがの私だって知っている。3~4年ぐらい前何度もテレビで流れていた名前。
令和の怪物だとか甲子園のスターだとかで、一時期桐間フィーバーなる現象が起きていたような。私みたいに野球が詳しくなくても、誰だって名前ぐらいは知っていることだろう。
そして案の定というか、私たちの席の反対側……満員というほどではないけれど緑色に埋め尽くされたスタンドから桐間選手への応援の声がすごい。
「お父さんプロはそんなに知らないけど、甲子園は大好きだからさ……プロに入ったのは知ってたけど、そうかぁ。今湘南で頑張ってたか」
「……あれ? そんなにすごい選手なのに今二軍なんだ」
「高卒の選手が出てくるのには時間がかかるからね。たぶん今年で3年目だろうし、彼はここからここから」
「さっきまで居ることすら知らなかったくせに……」
「……お姉ぢゃんだちは、どっぢの、味方なの!」
お父さんが勝手に盛り上がっていただけで別に……。
というか、実際に試合を生で見て気持ちを切り替えたのだろう。もしくは、今日は諦めたのかグズりながらも弟はすっかり観戦モードである。せめてアイス貰う前にそうなっとけ。
でも弟もこういう状態になってくれたわけだし、とりあえず私もこの試合を楽しもう。お兄さんの件は……余裕があるときに考えよう。
さて、試合の方だけれどピッチャーの桐間選手は、父が騒ぐだけあって勢いのあるボールを次々と投げ込んでいく。
「おぉ! いきなり150キロ付近を連発! しかもフォームはあの時のままのダイナミックなワインドアップ……!」
「ふぅうん……あ、でも打ったよバッターの人」
なんか一人で盛り上がっているおじさんがいるが、思ったよりあっさりと打たれる。打球は高く高く上がって……もしやホームランってやつ!?
「まさか、普通の外野フライだよ。高く上がっただけ」
……あっそ! さっきまでめそめそしてたくせにご丁寧にどうも!
「はっはっは! 大丈夫、僕も最初のころはちょっと高く打っただけでそう思ってたよ。誰しも通る道さ。 ……あ痛っ!」
こっちのおじさん、すっごいうるさいな。誰のせいでこうなってると……。と思っていたら思わず手が出てしまった。失礼失礼。
「お父さん、さっきからうるさい。サラマンダーズの応援してよ!」
「ごめんごめん、つい知ってる選手でテンション上がっちゃて……。今からはちゃんとサラマンダーズを応援するよ」
「どうだか。……あ、じゃあ聞きたいんだけど今のバッターはどう?」
別にうんちくを聞きたいわけではないが、試す意味も込めて今のバッターのことを聞いてみる。
最初のバッターは一回しかバットを振っていないが、今の人は何回もバットを振っている。
ただ、何度もボールに当てているものの、前に飛ばすどころか後ろに飛んで行っている。
「うーん、幸村……? どっかで聞いたことあるけれど……ごめんよくわかんないや」
「期待してないよ」
そして案の定知らなかったらしい。たはは、と笑ってごまかしているが、元々私に毛が生えた程度の知識しか持っていないことは知っている。
父はでも、と付け加えるとなんとかそれっぽいことを言おうと言葉をひねり出す。
「今あの選手は必死にファールで粘ってるでしょ? ああいう、なんとしてでも塁に出たいって気迫はすごい好きだなぁ」
「あっそ……あ、また打ち上げちゃった」
「あれぇ? あんまり興味ない?」
試合に集中……いや、それ以上に
また外野フライだろう。さっきより気持ち高いような気もするがそろそろ落ちてきた。
そのままボールの行方を追う……日差しのせいで見えづらいが、白い点がどんどんこちらに向かって落ちてくる。……こちらに、向かって?
べこん、とプラスチック特有の大きな軽い音がしたのは誰も居ない目の前の席。落下してきたボールはワンバウンドし、そのまま弟の手の中に……。
「う?」 「へ?」 「お?」
「ホ、ホームラーーーン!!??」
「ええええ、誰? 幸村? 打てるの!?」
あまりの出来事にサラマンダーズ側は驚愕の声を次々と叫びだす。あと、かすかに聞き取れる範囲だと、ホームランに驚くというより幸村という人が打ったことに驚いているようだった。
「お、お姉ちゃんやばい! 見て! とったよ、ホームラン!」
「――あ、待って! 今の衝撃で思い出した。幸村ってあの幸村か! あの神崎仁一郎の同級生! そういや見たことある!」
ただ一つ言えるのは、目の前でこんなことが起きた私たちが一番びっくりしていることだろう。自慢げにボールを見せる弟、聞いてもいないのに語りだす父。
「……えぇ、嘘でしょ……」
……でも私が一番驚いているのはそこじゃなかった。
あくまで遠目から見ての判断だし、そもそもそんな状況ありえたわけがないとも思う。
そもそも、さっき会ったばかりの人。顔だってまじまじと見ていない。ましてやこの二人は何も感じていないのだから。
「さっきの……お兄さん?」
悠々とダイヤモンドを回る姿に、あの時に感じた少し頼りないけど優しげな青年の面影はない。けれど、その背格好と遠目から見た顔立ちは、まさしくあの人と瓜二つだった。