常勝球団でレギュラーを取れずトレードの駒にされた俺は最弱球団で自分の強さを証明する   作:鋼鉄の山本

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第五十一話

「ナイバッチユキ!」

「さっすがユッキー! え、もしかしてプロ初?」

「はい! 高校生ぶりです! ……あ、それよりもストレート、思ってるより伸びてきます。気をつけて」

 

 まさかの一発に驚いたのは何も観客だけではない。チームメイトたちもまた、彼の予想外の一発に盛り上がっていた。

 チーム内外での幸村の印象はよく言えば俊足巧打のユーティリティ。長打よりも出塁を意識し、攻撃的な走塁でチームの得点に貢献できる選手。

 

 一方で非力なイメージも強い。身長はそれほど高くなく、体重だってそんなにない。昨年のアウトのほとんどが詰まった打球の内野フライ。遠くに飛ばす力がない……というより、そもそも二軍、三軍の投手にも力負けすることが多かった。

 

 はずなのにこの一発である。いくら近年不調気味の桐間相手とは言え、150キロのインコース高めをレフトスタンドへ持っていった。

 

 こういう投手に対して今までならば、逆らわずに逆方向へ流したり、たたきつけての内野安打を狙うなど……そういうバッティングをしていただろう。

 

 しかし今回は違う。ちゃんとプロのボールに真っ向から打ち勝って見せたのだ。言われてみれば上半身が大きくなっている気もする。さすがに今回は出来すぎだとしても、力の勝負の土台に立てることを証明してみせた。

 

「どれもこれも剣持ブートキャンプのおかげです!」

「はは、いつの間に仲良くなってたんだよ」

「オフの時ですね。元々筋トレ頑張ってたつもりでしたけど、やっぱり一人分の頭じゃ全然ダメダメだったって実感させられました」

「よく剣持さんとオフに練習できるなって聞いたつもりなんだけど……まぁいいや」

 

 ただ、本人もわかっていることだがやはり本塁打まではさすがに偶然の力も大きい。

 強いボールの中で、あの一球だけ質が明らかに低かった。

 

(……結果は出せたけど、これだけじゃまだ足りない。次も打って、今度は足でアピールしてやる)

 

 試合はさらに動く。四番のツーベースヒットから五番のタイムリーヒットでサラマンダーズはさらに一点を追加。

 六番打者も外野の深いところまで打球を飛ばす……があらかじめ深くに守っていたレフトがつかんで3アウト。二点を先制し、いい流れで二回表へと向かう。

 

 こちらの先発は幸村の親友、宮下。

 先日一軍で先発のチャンスをもらったものの3回5失点と乱調。そのせいで二軍調整を言い渡されての登板。彼もまた、汚名を返上するため今日にかけている選手である。

 

「……丁寧な説明ありがとよ!!」

「急にどうしたの宮ちゃん?」

 

――――

 

(……クソ、クソっ……なんでいつもこうなんだ。なんでこうなるんだよ!)

 

 初回2失点、最後の登板になるかもしれない最初の回ははっきり言って最悪だった。約束の条件にこそ首の皮一枚つながっているがそれももう時間の問題だろう。

 

「しかも内容もひどいときた。無名の奴に本塁打、その後気持ちを切り替えられずにタイムリー。……もっと言うとアウトの全部が外野フライ。初回なのにしっかり飛ばされてんのは印象悪いな」

「……っつ!」

 

 ベンチの隅で一人うずくまる自分に声をかけてくれるのは、いまや中野コーチしかいない。と言っても決して励ましの言葉をかけてくれるわけでは無いだろうが。

 

 だが、そんなことなんて言われなくったって、とっくに自覚している。

 自分の全てが通用していないこと。自分の実力がこの舞台ですら不相応なこと。

 何より、自分の選手生命はここで終わると言うことを。

 

 思えば、『甲子園のスター』『令和の怪物』などと言われ持て囃され、随分と不相応なものを背負わされた。

 

 あの夏は本当に自分が自分じゃない様な感覚だった。思った通りの場所に自由に投げられた。思っている以上にボールが走っていた。……思っていたより、甲子園(あそこ)は美しい場所だった。

 

 でも、その後は? しっかりと腕を振るっているはずなのにあの夏のボールは戻ってこなかった。あの時のように投げているはずなのに自分でも……他人から見ていたとしても何かが足りない。

 

 最初はドラフト1位、それも好きな球団に期待されたからには必ず活躍してやろうとがむしゃらにやってきたつもりだった。

 ……でも、どんなに努力をしたつもりでも結果が出なければその時間はゴミと同然だった。

 

『桐間6失点www』

『同じ高卒の百瀬、神崎とすでに雲泥の差』

『スターとか言われて調子のってるからダメなんだよ。もっと練習しろ!!』

『桐間期待してたのに全然ダメじゃん』

 

 試合で打たれるたびに、いやでも目に入る書き込み。下に見ていたわけではないのが、同い年の投手に次々と差を広げられていく毎日。

 ……いつの間にか、周りの仲間たちすら、俺の悪口を言っているんじゃないかと感じる毎日。

 

 練習に意味がないと何度投げ捨てようとしたことだろう。

 野球をやめようと何回考えただろう。腹の底から湧くグツグツと煮えたぎる思いと、地の底からまとわりつくような気持ちの悪い感情をすべて吐き出してやろうと何度思ったことか!

 

 それでも、自分自身に負けないように何とか必死に食らいついてきたはずだった。

 

 それなのに、その俺の最後がこれなのかよ! これから何点取られるのだろうか。いや、そもそもあと何球投げさせてもらえるんだろうか。

 このままいけば間違いなく、未来の主力選手達の足がかりにされてしまう。

 

 さっき打った無名の彼だってそうだ。実力がどのくらいあるかは知らないが、この一打をきっかけに次のチャンスもすぐにもらえるんじゃないか?

 他の選手たちも、そんな彼に続こうと鼻息を荒くしながら俺に襲い掛かってくるんじゃないか?

 

 こんなあっけのない、誰も見ていないこの場所で一人、みじめに散っていくためだけに俺は必死で頑張ってきたのか……?

 

「……なんで俺が怪物なんでしょうね」

「桐間……」

 

 すでに2回の表はツーアウト。先発の宮下の前に誰も出塁できずにいる。……そういえば彼も俺と同学年。同じ年の高校生投手として何度も名前を聞いたことがある。

 

 けれど、実際に見る彼の姿に圧倒される。

 球速だけなら俺とそう変わりはないのに次々とうちのバッターたちが打ち取られていく。でも見入ってしまうのはそこじゃない。

 

 2軍の試合だというのに鳴り響く彼の名前。その中心で……堂々と威を纏う立ち姿に、世代の真の怪物の姿が浮かび上がる。

 

 ……なんでこいつが今一軍にいないんだ。

 

「いいなぁ」

「……桐間!」

 

 ほぼ無意識に出た言葉だった。……でもきっとそれが俺の本音。

 

 俺もあんな風に楽しく腕を振れていた時があったんだろうか。チーム一体でアウト一つに感動を分かち合うIfがあったんだろうか。

 スタンドからの声援を一身に受けて、それを力にマウンドに雄々しく立つエースになりたかった。

 

 こんなにも苦しいのはなぜだ。俺だけうまくいっていないのはなんでだ。

 

 ……甲子園ノーヒッター、優勝投手、競合ドラ一。……かつて掴んだはずの栄光は今や、捨てることすらできない重荷となっている。

 

 いや、違うなもっと根底。この地獄の原点はきっと……。

 

「……野球なんかを好きになったから。こんな競技、大キ――」

 

 

 それ以上は言えなかった。強い衝撃と生暖かい鉄の味。アドレナリンのせいか、ぶたれたはずなのにジンジンとした熱を持つばかりで、痛みはまだ来ていない。

 

「中野、コーチ」

「それ以上は言うな。これ以上、桐間を傷つけるのはこの俺が許さん……」

 

 なんで殴ったこの人が泣きそうな顔をしているんだろう。さすがに手を挙げるとは何事かと、今まで静観を決め込んでいた奴らまで乗り出してくるが、俺たちの様子にあと一歩で踏みとどまる。

 

「お前はずっと苦しんできたんだよな……ごめんな、ずっと力になってやれなくて」

 

 その言葉に俺は何も返せない。何を答えればいいんだろうか。……幸か不幸か、残酷にも試合がこの程度では止まらない。

 

 永遠にも思えた数秒は所詮数秒。審判にせかされるように、もしかしたら最後になるかもしれないマウンドへと向かう。

 

 そんな、情けなく逃げる背中に中野コーチの声が届く。

 

「桐間、俺は信じてるんだ! たとえどんな理由だったとしてもお前以上に頑張れる奴を知らない。だから断言できる。そんなお前は必ずエースに、日本一の投手になれるって信じている。……きっとお前の人生は、俺の想像を超えるような絶望がたくさんあっただろ? 今もその中にいるんだろ!? でもな、思い出してくれ。お前の人生に奇跡なんてものはきっと――きっと無かったはずだと!」

 

「なんてこと、言ってんですか……」

 

 あまりにも頓智気なことを言うもんだから思わず足が止まる。……困ったな、一度留まった足はなぜか動かない。……あぁ、早くマウンドに行かなければいけないのになぁ。

 

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