常勝球団でレギュラーを取れずトレードの駒にされた俺は最弱球団で自分の強さを証明する   作:鋼鉄の山本

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第五十四話 かつてのスター

 

「コーチ、宮下は!?」

 

 調子を取り戻す桐間につられるように雰囲気の良い湘南ベンチ。それに対して福岡のベンチは、途中降板の宮下圭のことで重苦しい空気に包まれていた。

 

 そんな中で、ついに病院に付き添ったスタッフから連絡がきた。宮下とは仲の良い投手がそれを聞こうと身を乗り出す。

 

「落ち着けお前ら、まだ病院についたって連絡がきただけだ。検査をしてみないと良いも悪いもわからん」

「でも、あいつ()()肘を抑えてたんですよ。……ようやく投げられるようになったんですよ! それなのにまた――」

「だからまだわからんから落ち着け! 今は心配するよりも目の前の試合に集中しろ!」

 

 その言葉がただの気休めだということはベンチにいる誰もが思った。大粒の汗と唇を噛み千切ろうとも見えたあの表情、素人が見たとしても明らかな異常であると理解できる。

 

 3年目にしてすでにエース吉城を彷彿とする才覚と、実直で仲間思いの性格。

 昨年からすでにブルペンの中心にいた男の離脱は想像以上にチームの動揺を誘った。

 

6回表1アウトランナー二塁

 

 そんな重苦しい雰囲気の福岡と守備で勢いづく湘南。

 この試合はどちらの勢いか。もはや火を見るより明らかだろう。

 

 ノーアウトで先頭バッターがヒットで出塁。次の打者が犠打を成功させ勝ち越しのランナーが得点圏に。

 ここで湘南ベンチは、さらに畳み掛けるように代打のカードを切る。

 

 代打の選手は今年10年目になる中堅の外野手。毎年一軍と二軍を行ったりきたりの選手ではあるが、長年プロで鍛えられたその打棒は本物。

 

 こちらの投手はこのイニングから今年のルーキー左腕に変わっている。コントロールの良い横投げの選手で、左右の変化球が売り。

 

 本来ならば外内の出し入れだけでも素晴らしい武器だが、経験豊富なバッターに対しては怖さが足りない。

 初球のスライダーを簡単に当てられる。強振された打球はグングンと左中間へ。

 

 レフトフェンス直撃の一撃。レフトがボールを処理している間に、二塁ランナーは三塁を蹴ってホームへ向かう。

 湘南シープス待望の勝ち越しタイムリーヒット。

 

「ぐわぁぁ、ここに来て打たれ始めるのかよ!」

「あの宮下って選手が降板してから一気に流れがシープス (こっち)に傾き始めたね」

「お父さん……いや、いいや。でも、流れは完全にシープスだよね。逆転されちゃったし」

「お姉ちゃんもサラマンダーズ応援してよ」

 

 彼女はそんなつもりは毛頭なかったが弟には父と同じで裏切りの疑いをかけられてしまう。

 だが、その必要は全く無い。彼女の瞳はずっと、一人の選手だけを写しているのだから。

 

 1アウトランナー二塁。八番打者が左打席に入る。初球の入りはインコース、ストライクゾーンギリギリのストレート。

 打たれたばかりだというのに強気に入ってくる新人投手に一段階警戒心を高めるバッター。

 

 そしてもう一度、相手の守備を確認する。外野は定位置だが、内野はいつもより前進気味。

 

 ——狙いは対角線(アウトコース)を三遊間へ。この投手ならば、どこかで必ず投げてくる。そういった核心からバットを握り直す。

 

 その2球目。アウトコースのスライダーが早速やってくる。待っていたボール、狙い通り逆方向へと打ち返す。

 強い打球は三遊間を抜ける。だが、当たりが良すぎたためランナーは帰ってこれない。

 

 ——はずの打球だった。誰もいない、追いつけないと思っていたそれは、福岡の遊撃手の守備範囲内。鋭いグラウンダーに合わせてグラブを引きながら補球すると、すぐに一塁へ送球。ランナー三塁ながらこれで2アウト。

 

 この一連のプレーで落ち着けたのか、冷静に最後のアウトを取るルーキー。逆転されたものの最小失点でこの回を切り抜けたサラマンダーズ。

 

 一方でヒット1本分の損失。いや、それ以上にあそこで止められたせいで流れに乗り切れなかった八番打者は唇を強く噛み締める。

 あと二点は取れたはず……皆、そういった空気があったからこそ逆転したばかりのチームにしては雰囲気が重い。

 

 なぜあそこに打ってしまったのか、なんでわざわざ難しいボールを狙ってしまったのか……思考が深く沈むなか、ぽんっと背中を叩かれる。

 

「逆転できたから充分だよ。切り替えて切り替えて! その分守備で助けてね」

「桐間……おう、任せろ! って俺先輩やぞ!」

 

 その姿は決して、今までのような強がりではない。

 無理に明るく励ましているわけでもない。むしろ本心、いやこれこそが桐間藤の本質とも言おうか。

 

 少しずつゆっくりと、それでいてこの試合だけで急速に本来の自分を取り戻していく。その彼の姿に誰もがそれを感じ取るだろう。

 かつて嘱望され、叶わないと言われてしまった球団の、本人の夢。

 

「中野コーチだけでしたね。俺達はもう諦めてましたよ。桐間のこと」

「まだまだだ。まだ、あいつの立場が絶望的なのは変わってない。……でも、そうだな。ようやく見れそうだよ、あいつがエースになるところを。一軍のマウンドでチームを勝たせる湘南の絶対的エースを」

 

 続く6回裏。三番打者から始まる好打順だったが先頭を抑えて1アウト。しかしそこから四番にヒット、五番に余計な四球を与えてしまう。だが、ピンチを招いたとしても後続の六、七番を危なげなく抑えて見せる。

 

 もはや多少のイレギュラー如きで揺らぐ隙はない。下手をすれば一軍にも劣らない気迫を持つ彼らに太刀打ちする術を、今の福岡サラマンダーズは持っていないだろう。

 

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