常勝球団でレギュラーを取れずトレードの駒にされた俺は最弱球団で自分の強さを証明する 作:鋼鉄の山本
(本当にそうなんだろうか)
球場はもはやどちらのホームかわからない。それほどまでに湘南のペース。それはわかっている。
「すごいな、桐間……今日、来てよかった……。あ、ごめんわざと来たわけじゃなくてね! ごめんね!」
「うぅ、もしここに剣持選手がいれば、逆転ホームラン打ってくれるはずなのに……」
「いやいや、二軍の試合にいちゃダメでしょ。一軍でガンガン打たないと」
「それはわかってるけど! 勝ってほしいの!」
二人は今ここにいる選手、いない選手で盛り上がっている。父はもちろんであるが、ここまで感情移入している弟もなんやかんやで楽しめていそうで何よりだ。
……それよりも、二人の口から一向に私の聞きたい名前が出てこない。
それも当然なのかもしれない。確かに本塁打こそ打っているが、宮下の降板と桐間の覚醒で印象が薄れている。
それ以上に、初回以降はいい意味でも悪い意味でも目立っていない。けれども——
(いや多分、きっと気のせいだよ。だってこの二人が気づかないことに私だけが気づくわけがない)
——けれども私が目を離せないのは、おにいさんにそっくりだからと言った理由では、
(先制ホームラン、6回の最後のアウト。なんなら宮下選手が降板した後に打たれた時のゲッツー。そういう大事なシーンに必ず幸村選手が絡んでいる気がする……気のせい、かな)
確信があるわけではない。なんなら私より詳しい二人が何も言わない時点で勘違いかもしれない。
それでも彼のプレー一つ一つに鼓動が高鳴る。打席に入るだけで今までにない高揚感が湧き上がる。
次は何を見せてくれるんだろう。次はどうするんだろう。……本当は暇つぶしに来ただけなのに。
7回の表が終わる。この回はシープスに得点は無し。サラマンダーズがしっかりと守り切った。
そしてその裏、サラマンダーズの攻撃。先頭が出塁する。
だがこの桐間投手というのはランナーこそ出しているけれどここからがしぶとい。簡単に点が取れないのはこの試合を見ていればわかる。
けれど、これで回ってくる。二番打者の幸村選手の打席が。
——————
7回裏1アウトランナー一塁
高めのスライダーがすっぽ抜ける。理想の軌道と大きくかけ離れたそれはかろうじて捕手のミットの届く範囲。
コントロールが悪くなってきたな……。疲れ? まぁ、あるっちゃあるが許容範囲、むしろ7回と言わず最後まで投げ切ることだってできる。今日の、これからの俺ならば。
痛み? むしろ今日は調子がいいぐらいだ。……なるほど、調子がいい、からか!
こんなにいいボールを投げれた試しがなかったからな……だから制御できないのかも。
だったら、もっとシンプルでいいよな。
キャッチャーのミットに対して、力配分はそのままに、狙いはいつも以上に大雑把に。
唸りを上げるストレートはそのまま空振りを奪う。
三球目、インコースのボール。四球目、ほぼど真ん中。だったが空振りを誘ってカウント2-2。
一球スライダーを挟んでフルカウント。
最後はストレート。力目一杯に投げたボールはど真ん中。その指先に確かな手応え。
(そうか、下手に駆け引きするよりも、真っ向からでも勝負できるのか俺は)
一球もバットに当てさせずに空振り三振。ついに2アウトまで漕ぎ着ける。
アウト一つ。そのラストバッターは——
(今日の俺にとって最も相応しいやつ。打順を調整したつもりはないけれど、最高の相手だ)
今日一の集中力。先制の本塁打を打たれた屈辱は、今日彼から取ったアウト3つ程度では精算できない。
数字では埋められない。唯一埋められるとするならば彼を圧倒したという事実のみ。
セットポジションから、左足を高く上げて踏み込む——
——その一方で。
(ダメだ、遅い!)
大きく胸を仰け反ったフォームから、突然浮き上がってくるストレート。キレか、緩急差か、そもそもの技術の問題か。
初回よりも遥かに増した……というより、回を追うごとに凄みを増す桐間のピッチング。
その急速な進化に、幸村早南也は取り残されていた。
(確かにホームラン打てた、守備は広くミスなくってところだけど、会心の活躍ってわけじゃない。結局
幸村早南也にとってもこれはラストチャンス。
この春季教育リーグで今まで与えられた出番は3試合。打席数にするとたった2打席。
最終試合にのみ、ようやく訪れたスタメンの機会。この機会を逃せば次はいつか、さすがの幸村でも、ゆっくりと焦りが心身に広がっていく。
(いや、次なんて無い! ここで打てなきゃ俺は終わる。意地でも喰らいつけ!)
だが、思ったところで実力は埋まらない。傍から見れば明らかなボール球、けれども勢いとキレの鋭さでバットを振らされる。
カウント0-2。簡単に追い込まれてしまう。
一度空気を変えるためか打席を外れ、素振りをする。
(くそ、ここで負けたら俺に先はない。のに、どうしても打てるビジョンが湧かない。違う、諦めるな。考えろ、考えろ、考えろ!)
だが、それだけでは終わらない。視界の端でサインを確認しようと向いたベンチ。
サインは先ほどと同じ……だがその奥。投手の一人が胸の前で小さくバツを作っている。
それだけで幸村は察する。親友、宮下圭が今どういう状態かを。
(——ごめん、宮ちゃん。俺、いつも心配してくれた宮ちゃんのこと、何にも感じてなかったよ)
そして、自分の状態をようやく理解する。友人を気にかけるどころか頭の隅にすら置いていなかったことに。
(そんで、ごめん。俺はお前が誰なのかも知らずに打席に立っていた)
相手投手が同年代の桐間ということにすら、今はっきりと気がついた。結果を出すことに焦りすぎて周りのことを気にすることをしていなかった。
きっと最初に結果を出したこともその一因だったかもしれない。
——————
『お前は俺に似ているな。俺にも時間がなかったからよくわかる』
それはいつかの自主トレの休憩時間。ただでさえチームの顔として忙しいというのに、その合間を縫って指導してくれる師匠がぽつりとこぼした言葉。
『体格に優れているわけでもない、特別な技術があるわけでもない。悔しいことに、いくら練習したって周りの奴らの方がどんどん成長していく。下手くその俺たちが、ただがむしゃらにバットを振っていたって一生彼らには追いつけない』
同年代の活躍、監督からの実質的な構想外。傍から見ても順調と言えないキャリア。
そこから来る焦りを感じ取られていたんだろう。
『でも、そのまま行けよ。成功する可能性は何パーセントとないだろうが、お前が生き残る道はそこしかない。……いつも言っているが——』
『一振りに十の思考を載せろ……ですよね
分かってるなら良い。そう、言うと剣持さんは無造作にそのゴツゴツとした手のひらで頭を撫でくり回す。
とっくに成人していたはずなのに、胸が弾んだのをよく覚えている——
——————
「……っ」
誰もが勝利を願って声を振り絞っている。
それはきっと、ゲームセットにはまだ速いがここが最後の分岐点だと誰もが感じとっているから。
私なんかですらそう思うんだ。弟だってそれはわかっているはずだ。
けれども、サラマンダーズを愛しているはずの弟は、背もたれに隠れるように頭を落とし、ぎゅっと強く瞼を閉じている。
この緊張感に耐えられないのか、それとも打てない現実を直視しないようにしているのか。
どちらにせよ、その姿に……呆れを通り越して怒りすら覚えてくる。
ため息一つつくと、手刀を叩き込んでやる。
「ちゃんと見なさい、このおバカ。勝手に諦めるんじゃないの」
ようやく顔を上げた弟の瞼は真っ赤に腫れている。
色々あって疲れてもいるんだろう。
ここには間違えて来てしまった。大好きな選手に会えなかった。父が急に裏切り始めた。
「それでも、楽しかったんでしょ? ドキドキハラハラしているんでしょ? 今日、来れてよかったよね」
「……うん!」
だったら私達もやるべきことをやらなきゃいけないよね。
弟のカバンから、大事にしまったボールを取り出してその手に持たせる。弟を……それ以上に私を虜にさせたホームランボール。
「そのきっかけは、どうして? この手元のボールは何? 今日何も見てなかったの? がんばれって言おうよ、打てって言いなよ。いない剣持選手より、目の前の幸村選手をみなよ!」
「…………うん! がんばれ、幸村ぁ!!」
ようやく素直に声を出し始めた弟。私だって負けていられない。
今更声を出した弟に負けないように、必死に幸村へと声を届ける。
——————
(……ただのファームでこれなんだ。一軍だとどうなるんだろうな)
その応援を一身に浴び、マウンドで深く深く堪能する桐間。
思い出すのは試合前、一ノ宮から言われた一言。
(何のために野球やってるか……このためだよ。仲間の想いも、スタンドの願いも、チームの勝利を全部全部俺にかけて欲しい。このマウンドのど真ん中で主役になりたい。チームを助けたいとか仲間のためとかそんな綺麗な理由じゃないけど……それでも誰かの人生の中心になりたい。名前の知らない、誰かを照らす
遠くから見ればほんの数秒。だが長い時間そうしていた桐間はようやくセットポジションに入る。
外角高め、大きく外れるストレート。あっさりと2ストライクに追い詰めたというのに無駄なボール球。いつもならよく見るボールではあるが今日に限っては珍しい。
甘いコースも多かったとはいえ、ストライク先行のピッチングで三振を量産。四球はそこそこ出しているが、投球数はまだ100球を超えたところ。
(汗で滑ったか? それとも疲労? ……問題ない、気をつければ良いだけのこと)
最後は変化球で仕留める? あとはボール球を振らせる? そんなことはしない。仕留めるボールは決めている。
もし、打たれたとしても頼れる仲間たちが守ってくれるだろう。けれど、自身の投球により沸き立つグラウンドで、その決着を望まない。
ノータイムで構えられた
しなやかな腕の振り、全身で弓引く渾身のストレート。
狙いはインハイ、幸村早南也の最も苦手とするコースであり、ホームランを打たれた屈辱のコース。
迷いなく右腕を振り下ろす。——最後のボールは自己最速を更新する154キロを記録した。
——————
———そのほんの数秒前。
高めに大きく外れたボール球を見逃し、カウント1ボール2ストライク。
今日の桐間の内容からすると、次が最後のボール。おそらくゾーンにくる何か。
(桐間基準で考えれば、外角高め。今日はこのコースで三振を取りまくっている。俺に合わせるんだったら、内角高め。俺が最も苦手にしているコース。……でも裏をかいて変化球だってあるし、何なら投げミスする可能性だってある。……こんなに考えている時点で俺の負けってことだろう)
それでも、ここが最後の分岐点。
今の自分じゃあいつに勝てない。一軍のボールを俺は打てない。それは、よくわかった。……ならばもう諦めよう。
拳で胸を3回叩く。お前なら大丈夫だと言い聞かせるように、少しでもいつも通りのスイングを貫けるように。
桐間のボールは特と見た。クセだって頭に入っている。
……今、ようやくセットポジションに入る桐間。これで決めるつもりだとはっきりと顔に書いてある。
……あとは、全部委ねる。
渾身のボール。俺が最初に打った球とは大違いのボール。山を張っても打てないボール。
だから、委ねた。自分はただ、飛ばすためのスイングをするだけ。どこを狙うか、何を打つかは全部任せた。
……誰に? 決まっているだろう。
今まで積み重ねて来たスイングとその十倍積み重ねて来た思考……ずっとずっと育てて来た、
——————
『レフト
ラストのボールはインコース高めの速球。思い出したのも関係しているんだろうかあの日とよく似た弾道。宣戦布告には丁度いい。
二塁ベースを回るタイミングでセンターにいる桐間に指を指し、そのまま胸をドンと叩く。
随分先を行かれてしまったが、ようやくここまで来たんだ。声はきっと届かない。けれどしっかりと言霊に出す。
「次こそ、俺が勝つ」
初めてゆっくりと回る、ホームグラウンド。
その余韻に浸るよりも先に、覚悟を決める。
一度、スタンドに向けて手を挙げすぐに自軍ベンチに視線を向ける。
本塁打という結果に沸き立つが、純粋に喜んでくれるのは一部の後輩と監督ぐらいか。
俺に懐疑的な目を向けてくるやつ、それどころじゃ無いやつ、そもそも勝負に興味のないやつ。
このバラバラなチームを変えないと永遠に勝てない。
だから——
「俺がこのチームの吉城暁になる」
湘南シープス3—大江戸ペンギンズ4