常勝球団でレギュラーを取れずトレードの駒にされた俺は最弱球団で自分の強さを証明する   作:鋼鉄の山本

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第五十七話 それぞれのエピローグ/桐間藤

 

———4年前

 

「タンカ! 早く持って来い!」

「……大丈夫です、中野コーチ。自分で歩けます」

 

 最高の景色だった。

 鳴り止まない喝采。それをかき消す敵の怒号。背中からくる味方の頼もしい圧。俺に向けられた打者の殺気。

 あの頃に戻れたかのような、夢の時間。

 

 渾身の一球だった。

 球速が、じゃない。ボールのキレも、投げたコースも、リリースポイント、体重の乗せ方。全てが満点。

 あんな球、もう二度と投げられないような……それほどまでの、生涯で一番と言って良いほどの一球。

 

 ——そして、夢は醒めた。

 

 待っていた現実は残酷だった。

 マウンドに酔っていたせいで気づかなかったが、俺の腕もとっくに限界を迎えていた。

 今日この日のせいじゃない。むしろ、今までコーチやチームメイト以上に迷惑をかけてきたのだ。その報いが今来てしまった。

 

「なんでですか! 今日の桐間のピッチングを見て何も感じないんですか!」

『元からそのような約束だっただろう?』

 

 それだけで精算は終わらない。

 病院へ向かうタクシーの中で声を荒げるコーチ。

 電話の先は……うっすらと聞こえる声からしてシープスの編成部部長。

 

「今日の桐間は……確かに最後は打たれましたが、7回までに三振10! ピンチでの開き直り! 間違いなくエースの階段を登りましたよ!」

 

 今日は確かに、最高の日だった。……けれど、プロに入って3年目にして、初めての最高なんだ。

 

『はぁ、君のそのセリフをあと何回聞けば良いんだい? それに、投手コーチである君にこんなことを言いたくないんだが……三振をたくさん取ったからって試合に勝てるのかい?』

「そ……それは……」

『私達がなぜ条件に勝利投手をつけたかはわかるだろう? 確かに今日の出来は素晴らしい。けれど、3年間チャンスを与えて、たった一回ぽっちの好投だろ? 偶然良い結果を残したとしても勝ちに繋げられなければ意味がない』

 

 ——こんな風にずっと庇ってもらっていたんだろうな。

 それなのに、ずっと裏切ってしまっていたのか。

 なんで、気がつけなかった。……いや、見ようとすらしていなかったんだ。

 

「ファームの試合、それに福岡での開催だというのに今日の客入りはどうですか! みんな桐間に期待してるんですよ! それをたった数年で投手剥奪だなんて……内外に大きな影響を与えてしまいますよ!」

『それは、育てきれなかった君の責任だろう。……それに良いかい? プロはファンの消費(応援)があって初めて成り立つビジネスだ。だからこそ我々は最大限のパフォーマンスを持って応えなければならない。確かに、華のある選手というのは魅力的だ。タイトルを取れる選手だって欲しい。……けれどね。結局、一番ファンが求めてるものはチームの勝利なんだよ』

 

 なんとかして一縷の望みを繋げてくれようと頑張って貰える……けれど、ことごとく反論されて言葉が詰まっていく。

 本当に感謝しかない……だから——

 

「ありがとうございます、コーチ……でも、もう大丈夫です」

「桐間……でも悔しいだろ! こんな終わり方で甲子園の英雄桐間藤が死んでいいわけがない!」

「納得できるできないじゃなくて、俺はあの頃の俺じゃない。ようやく、わかりました。……それ、編成部長ですよね。代わってください」

 

 そう言って、コーチから電話を受け取る。

 久しぶりに聞く彼の声は、電話越しでも相変わらず有無を言わせない圧を持っている。

 

『なんだい? どんなに頼みこまれても、君のコンバートは覆らないよ』

「わかっています。投手桐間は今日、死にました。俺にあったくだらないプライドなんて、木っ端微塵に踏み潰されました」

 

 後悔や未練は……正直めちゃくちゃある。

 けれどそれ以上にもう一度……いや、今日のあの景色(最高)を日常にするために。

 

「もし、一年で結果残せなかったら……引退します。それ以上チームに迷惑はかけさせません。だから……だから! あと一年、俺に時間をください。俺に野手をやらせてください! 今度は……絶対に逃げません!」

『……どういう、心境の変化だい?』

 

 冷徹な声が初めて揺らぐ。明らかな困惑、今までの俺を踏まえると当然だ。

 それぐらい、俺にとって意味のある一日なんだ。あれを知ってプロを辞めるのは……俺には選べない。

 

『……そうか。では、まずは怪我をしっかり治したまえ。軽傷と……我々の期待を超えることを願っているよ』

 

 電話が切れる。携帯越しの声……今ならわかる。俺は本当に恵まれていた。

 もう、裏切ってたまるか。

 だから、今誰よりも泣きそうな大恩人に……まずは感謝を。

 

「ごめん……ごめんな。お前の最後を預けてくれなんて言っておいて結局——」

「いいんです。むしろありがとうございます……コーチがいてくれたからあのピッチングが出来た。今日がなければ、間違いなくプロ野球選手としての俺も数年で消えました」

 

 そして、決意を。俺の新しい夢を。

 

「俺、不思議と絶望してないんです。ずっと出口の見えない迷路にいたのに、ようやく進むべき道が見えたっていうか……そんな感じで。とにかく今日投げて……いや、あの場所に立てたおかげで思い出せたんです。俺の原点を」

 

 夢を見る時間は終わった。ここからは現実の時間。今まで逃げてきたツケを払うとき。

 そして、今度こそ夢を叶えて見せよう。超満員のスタジアムを、俺の野球で沸かせてみせる……そんな夢を。

 

「俺は結局、この生き方しか選べない。だって俺は根っからの目立ちたがり屋なんで。…………見ててくださいよ。今度は結果出すんで」

 

 試合開始前に交わした言葉。

 今度は強がりじゃない。もう、俺は大丈夫だ。例えまた迷ったとしてもら今度は俺の心に揺るがないものを見つけたから。

 

 目標設定はありがたいことにしやすかった。俺より先をいく同年代のエース達。まずは奴らを打てる打者になること。

 そして、俺を終わらせたあいつを……数年後に出てくるであろう幸村早南也を超えること。

 

「俺は泥に塗れた一等星(スーパースター)。少しの汚れぐらい、気にならないぐらいド派手に輝いて見せます!」

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