常勝球団でレギュラーを取れずトレードの駒にされた俺は最弱球団で自分の強さを証明する 作:鋼鉄の山本
身長192センチ。プロでもなかなかお目にかかれない長身を持つ瀬戸内モンキーズの裏エース
昨シーズンはルーキーイヤーながら後半戦だけで4勝。今季初登板となった湘南シープス戦では、桐間、大下両名を見事に抑えきり7回2失点で勝利投手。
勝ち運もさることながら、裏エースの名に恥じない活躍を見せている。
そんな彼の最大の特徴はリ・リーグ屈指の変則フォームにある。
「ストライク!」
(嘘だろ、今のインハイでストライク取られんのかよ!)
高い身長からは考えられないほど深く沈み込むアンダースロー。その長い腕をピンと伸ばし、地面スレスレから投げ込む独特の軌道。それこそがこの投手の武器。
(それでも、俺が今日2番の理由はわかる。変則のアンダースローは確かにボールの軌道を読みづらいけれど……相手は右利き、
——だというのに、打てるビジョンが湧かない!
二球続けてのインコース。130キロにも満たないながら、浮き上がりながら左バッターの胸元を抉るストレート。
審判はボールを宣言するが、堀江は見送ったわけではない、完全に手が出せなかった。
(ありがたいよ。このレベルのバッターを2番に置いてくれて。……遠慮なく利用させてもらう)
その様子に捕手・八重樫はほくそ笑む。この男を完全安牌にするために、三球続けてインコースに構える。ただし、要求するのはストレートではなくウィニングショット。
(来いよ、インコース! 俺はタイミング合ってないだろ!)
そんな中、打者堀江はインコースに山を張る。
確かにさっきの二球で腰が引けてしまった。だからこそ、同じコースを攻めてくる理由になるだろうと。
せめて、ファールで粘ってやろう。そう思い、バットを短く持ちつつも強くグリップを握りしめる。
三球目、投じられたインコース。なんとか当てる、そう思いバットを出そうとするも……死の予感が脳裏を過ぎる。
スイングどころではない。避けるために、大袈裟に倒れ込み尻もちをつく。明らかな危険球。
「なっ……! 今、顔狙って……」
「大袈裟だぜ、堀江クン。初球と全く同じコースだ」
「ストライクツー!」
「は……!?」
しかし、そう判断したのは堀江のみ。
審判の右腕は高く挙げられている。どんなに抗議しようと判定は変わらない。
……しかし、恥ずべきではない。彼と対峙した左打者は皆こうなっているのだから。
(近年メジャーで話題になったアンダースロー特有の変化球……ライジングスライダー。スライダーっていうのはピッチャーの利き腕とは逆方向に逃げながら落ちていくもの。他の変化球だって……なんならストレートだって必ず重力に従って落ちてくるものなんだけどな)
だが、と心の中で付け加えると今度は外角にミットを構える。
四球目には外角のストレート。コースは甘くなってしまったが、関係ない。なにせ、堀江はもう踏み込めないのだから。
最初の三球で植え付けた死の恐怖が正常な判断を奪い、危険信号が過剰に反応を示す。
(でも、女川のスライダーはゲームですら見たことがない。噂のライジングスライダーよりも変化小さくスピードが出る。……ただ、カットボールとも違う。クロスファイアーで左打者の喉元を襲いかかる軌道。もはや
八重樫の狙い通り、堀江は今まともな状態ではない。甘いコースであるはずなのに、石田の打席のリプレイのようなサードゴロ。
女川はわずか六球で二人の打者を終わらせてみせる。
(これであと2つ……代打出されなかったら3つはアウト取れるかな? 願わくば、こいつには最後までいてほしいぜ)
そんな皮算用をしつつも、リードは大胆かつ冷静に。続く三番のマシューズにも、僅かに三球しか使わない。
いきなり結果を出せるわけではないが、想像以上に手応えがない。
一方で瀬戸内モンキーズは守備で勢いをつけたまま初回の攻撃を迎える。
——————
「よっしゃ、行こうぜ
「……ぶっちゃけ、お前より森谷さんかウシさんの方がよかった」
「そんな寂しいこと言うなよ!」
ペンギンズ対モンキーズの裏ローテ対決。その一番手、連敗ストッパーとして抜擢されたのは今季5年目の加藤。
その相方は、相性を考慮してなのかインサイドワークに不安の残る結城。
さて、相手に守備でリズムを作られたばかりの初回。
モンキーズの先頭打者は三塁手の
守備に定評のある選手ではあるが、打者としては今年苦戦している……そんなイメージの選手。
その一球目だった。
「!? セーフティー!」
いきなりの奇襲。データにない行動故、シフトをとっていない。ちょうどマシューズと加藤が重なる位置へ勢いの死んだゴロ。
処理が間に合わずにノーアウトでランナーが出てしまう。
「今のは事故だ、切り替えろ。……ただ、こういうパターンもあるって忘れんなよ」
「うっす、神田さん」
ネクストボックスにて、振り回すバットの音が明らかに周りと違う。
ここまで下位に沈んでいるチームといえど、ここからのバッターには要注意。
開幕から十戦、その間固定されてきた二、三、四番。左の強打者がずらりと並んでいる。
『二番 センター
左投手対左打者の対決、そんな中でもバッテリーに焦りはない。
結城のミットはインコース。それにすぐさま頷くと左腕を高く上げる。
女川がリーチの長さと沈み込む低さで勝負する投手ならば、加藤は190センチの長身をフルに生かした縦の振り下ろしが武器。
左から角度のある一球。しかし、初球は外れてボール。
二球目に要求するのはストライクからボールになるスライダー。
……だが、変化が甘い。外に逃げるはずの変化球にバットが届いてしまう。
強引に引っ張った強烈な打球、……であったがセカンドの神田のほぼ正面。そのまま二塁へ——
——否、エンドラン気味に飛び出していた海のファインプレー。普段ならゲッツーを取れる打球だったが間違いなく二塁に間に合わない。
神田はすぐさま不可能と判断し、二塁を諦めて一塁へ送球。まずは1アウト。
『三番 レフト
1アウトで得点圏にランナーを置いて打席にはアルダマイヤ。中南米出身の選手であり、打率でいえばウィーゴーの方が上。
それでも彼がクリーンナップに抜擢されているのはそのパワー故か。
四球目の外角低め。ボールともとられてしまうような球を外野の奥まで飛ばされる。
だが、これも間一髪。あらかじめ深く守っていた石田が捕球して2アウト。しかしタッチアップでランナーは三塁まで進まれる。
『四番 ライト 春川 背番号61』
(ああ、嫌だなこいつら。2アウトで有利なのはこっちのはずなのに。打球は強いし、タダでアウトになってくれないから、してやられたって印象しかない)
ランナー三塁で四番。その状況の中、加藤は心の中で悪態をつく。
先頭の海には意表を突かれた。ウィーゴー、アルダマイヤにはボール球を打ち返されてランナーを進められてしまった。
加藤は自分のことをパワーピッチャーだとは思ってはいない。それでも150キロを超える自分の直球に自信を持っている。
だというのに外角のボール球を引っ張って打たれたという事実に少なからず屈辱を覚える。
まずは初球、変化球のサインに首を振る。
投げたいのはリベンジ。四番を相手でも、同じ入り方で良いとアイコンタクトで伝える。
セットポジションから投げるのはアウトローへのストレート。春川のバットが空を切る。
今日初めての空振りを見て満足そうに頷くと、次のサインにはしっかりと首を縦に振る。
低めへのカーブ。これは見逃されてボール。
三球目、四球目と際どいコースのストレートでファールを打たせ続ける。
これでカウント1-2。投手有利の状況でバッテリーが選んだ勝負球は……フォークボール。
これがうまく刺さった。完全に別のボールを待っていた春川の体勢が崩れ、膝を付かせる。
それでもバットに当ててくるのはさすが四番と言ったところ。
ふらっと上がった打球はショートの頭上。センターも前進している。深めのショートフライ……の、はずだった。
「落ちたぁぁぁ! 守備範囲の広い
「加藤にとっては不運なヒット……でも、どんな当たりでもヒットはヒット! 四番春川の先制タイムリー!」
「どんな状況でも点をとってくれる漢! やっぱり瀬戸内の四番はお前しかいない!」
偶然の力もあったとはいえ、初回を完璧に抑えた後での先制打。下手な本塁打よりも、こういった泥臭い一打の方が盛り上がる時がある。
なんとか後続を打ちとるも……その程度で収まる勢いではない。
「クッソ、完璧に打ち取ってただろ!」
「ドンマイドンマイ! 偶にはこういう日もあるよ」
「——んだと? なんでそんな緩いんだよ! 連敗中の公式戦だぞ」
だが、熱くなるのは何もモンキーズ側だけではない。
加藤に声をかけたのは同じ郡派の選手であったのだろう。しかし、完全にかける言葉を間違えている。
ただでさえ、打たれているストレスがある中で、……さらにいうと、連敗中で気が立っているはずのベンチで、ヘラヘラと緊張感もなく声をかけられては、沸点の低い加藤ではなくとも頭に来る。
「あ……いや、そういうつもりじゃなくてよ」
「落ち着け加藤。別に少し声をかけようとしただけだろ?」
「……っち、すんません」
試合に出ている者と出ていない者、闘志のある者と無い者のギャップが、ありありと出ているベンチ。
神田や牛山が間に入り、この場はいったん収まるが……それでも、このチームの根幹すら腐り切っている現状。また、いつ同じ騒ぎが起こるかもわからない。
(いつもと同じような会話ではあるけれど……昨日の神田さんから言われたことを思うと悲しくなってくるな。……くだらなすぎて)
このチームの派閥争いには正直関わりたくない。それにまた下手に首を突っ込んでしまうと話がややこしくなる。
幸村はそう思うと、そそくさとネクストボックスへと逃げていく。
(けれど、苛立つ加藤の気持ちはよくわかる。不運な当たりではあるし、俺にミスがあるとも思えない。——でも、捕れそうな打球だった。なら、捕れないなら俺の負けだろう)
いつもの喧騒から離れて一人、幸村早南也はただひたすらに感覚を研ぎ澄ましていた。