常勝球団でレギュラーを取れずトレードの駒にされた俺は最弱球団で自分の強さを証明する 作:鋼鉄の山本
——女川投手にとって八重樫選手はどういった選手ですか?
——運命の相手……は大袈裟ですかね。でも、人生を変えてくれた大恩師です。
——昨年10月
俺のプロ野球人生の滑り出しは順調そのものだった。
大卒で入団しているが、指名順位は5位と下の方。正直、最初は上がれるチャンスは少ないだろうと覚悟していた。
けれど思っていたよりもチャンスは早く、オールスター明けに初昇格。
先発、中継ぎと便利屋的に使われながらも一度も二軍に落ちることなくシーズンを走り切る。そして運も絡んで4勝をあげ来季は先発一本で勝負……なんて話まで出てきていた。
九月は先発ローテーションに入っていたし、来季の年俸は1000万……は無理だとしても、その一歩手前ぐらいはもらえるんじゃないだろうか。なんて淡い期待をしていた。
……だから、こんな屈辱を味わうとは思ってもいなかった。
「行ったぁぁ! 先発の女川、今日3イニングで2つ目の本塁打!」
「しかも相手は独立リーグの選手だぞ!?」
九州秋季教育リーグ。毎年10月に九州の各地で行われているそれは、若手の実戦経験を積ませるためのもの。
日本シリーズの裏側では、来季に向けてプロの12球団が海外や独立リーグのチームを相手に、またここでしのぎを削っている。
——そんな中で俺はというと、独立リーグの選手を相手に蹂躙されていた。
「うーん、独立リーグのチーム相手に3回5失点か……。長身でアンダースローだなんて面白い投手だと思っていたんだがなぁ」
「対右打者からすれば見たことない軌道なんでしょうが、左打者からするとリリースポイントがバレバレなんですよね」
監督、コーチが俺に伝えるのは学生時代から言われ続けてきた弱点。
そもそもアンダースロー投手の宿命とも言えるものだけれど、俺は特にその対抗策を持っていなかった。
「でも逆に言えばこの段階でわかってよかった。秋季キャンプでビシビシ鍛え直すからな!」
「わ、わかりました」
ボロボロの秋季リーグでの結果を受けて始まった猛特訓。
その目的は元々持っていたボールの強化。
「女川の投球割合の8割がストレートとスライダー……その代わりシンカーの割合が極端に少ない。せっかくのアンダースローなんだ。この球を磨いていこう」
ストレートもスライダーも左打者の懐に入ってしまう軌道。
なら、逃げるボールを強化するべきだというコーチ。
俺も特に異論はなかったため特訓を開始したが……驚くほどに上手く行かなかった。
そして、ただただ時間が過ぎて2月、春季キャンプでの紅白戦。
4回表 ノーアウトランナー二塁
この回からマウンドに上がったものの、早速長打を浴びてピンチにしてしまう。
(くそっ……シンカーが抜ける)
元々投げていたシンカーよりも、曲がりを大きくするために握りを改良。……実際に変化量は増したが、その分制球が効かずにさらにすっぽ抜けも増えてしまった。
それだけならばシンカーの封印だけで済んだ。けれど問題はここから。
次のバッターは右打者。昔から、右には打たれるイメージは自分の中にはない。
……なのに三球目。スライダーが甘いコースに抜けていく。
昨年まで右バッターから空振りを取れていた自慢のウィニングショット。しかし、シンカーを練習し始めてからこのボールのキレが、制球が急に悪くなってしまった。
タイムリーツーベースを打たれて点差は一点。
同点のチャンス、ここで紅組は代打を出してくる。
その打者は今年からサラマンダーズから移籍してきた八重樫さん。
代打で出てきたが、インサイドワークはともかく、打てないタイプのキャッチャーで右打者。
絶対に打たれてはいけない相手……そのファーストストライク。
スライダーが、しっかりと投げきれたはずのスライダーが痛打される。三者連続のツーベースヒット。
……この日はさらに一点を取られて降板。まだキャンプは始まったばかりとはいえ、屈辱の一日。
その日は印象がものすごく悪いまま、マウンドを譲ったのを覚えている。
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「お前さ、なんでスライダーにこだわらないの?」
そんな、最悪に襲われている中。試合が終わってすぐに声をかけてもらえたんです。
これがなかったら俺は一体どうなっていたか……とにかく、本当の意味でこの時初めて八重樫桜加さんに出会ったんです。
——俺の運命を変える、最高の出会いに。
——————
2回表 ノーアウトランナー無
「ストライク!」
相手は四番の遠藤さん。とはいえ、あんまり怖くない。
アウトハイのストレートを見逃してくれて1ストライク。
二球目はインコースのボールでファールを打たせる。
そして一球外し、最後にスライダー。相手打者は簡単に三振してくれる。
『アンダースローがシンカーを投げなきゃいけないなんて先入観は捨てろ。スライダーが死ぬくらいなら、そんなボールはもう二度と投げるな』
『でも、それだと俺は一生左に弱いままです。それに、スライダーだけでプロの世界を戦っていけるとは思いません』
『いけるだろ、お前なら』
あの日、言われた言葉が一生頭から離れない。
『メジャーにはカットボールだけで三度のセーブ王に輝いたピッチャーがいる。日本で1番ホールドを記録しているピッチャーなんか、150キロにも満たない直球とスライダーだけでそれを成し遂げているんだぞ?』
その言葉を俺は黙って受け取っていた。
心臓が熱い。クラクラするほどの高揚感が俺を支配する。
なぜなら、彼の言葉は夢でも理想でもなく、ただの現実的な目標に聞こえたから。
『そりゃ、理想は吉敷暁みたいに150キロ後半のストレートと七色の変化球を持つピッチャーだよ。けれど投げれるボールの種類なんて関係ない。たった一つの切り札だけで何百試合と戦える選手はそれと同じぐらいに貴重だ。……お前はそういうタイプのピッチャーだと思うよ』
これが分岐点。きっと同じチームにならなければ、俺は八重樫さんと出会えなかった。
この日がこなければ俺の道は一生拓けなかった。
その日からシンカーを封印して、スライダーの感覚を戻す日々が始まった。
それと同時に八重樫さんと共に左に強いスライダーの開発。
シーズン開幕前にようやく完成したそれは、狙い通りに左打者への必殺のボールとなり……そして、このスライダーは思わぬ副産物があった。
2回表1アウトランナー無
右打者の幸村を相手に三球で追い込んでみせる。
四球目にインコース低めのボール球を見せ、これで仕込みは完了だ。
左打者に対しては一番低いところから、クロスファイアーで相手の顔を目掛け、打者の顎をかちあげる軌道。
そして右打者にとっては、打者の足首からマウンドの手前で急にアウトハイへ抜けていく魔球へと変わる。
長身アンダースローの利点……俺のボールはただ低いんじゃない、
左に強くて、右には負けない俺だけの軌道……アッパースライダー。
理想の軌道を描き、俺が信じる八重樫さんのミットへと進んでいく。
幸村のバットが、空を斬る——
——幸村早南也に、初見は通用しない。
大江戸ペンギンズ1-瀬戸内モンキーズ1