常勝球団でレギュラーを取れずトレードの駒にされた俺は最弱球団で自分の強さを証明する 作:鋼鉄の山本
最後は必ずアウトハイの変化球だと思っていた。ヤエさんなら出し惜しみ無しで勝負するだろうと。
それでももう少しフェンスが高ければ入らなかった。まあでも、誰もここで打つとは思っていなかったのか、相手チームのどよめきの方が大きい。
その中を気分良く走り、ダイヤモンドを周り切る。
そしてベンチに向かい次第、まずはチームメイトにすら苛立つ加藤の元へ。
「とりあえずこれで同点な。すぐに追加点取るから落ち着けよ」
「……は、はい! よろしくッス!」
右肩にポンと叩き、打たれてもまず大丈夫だと伝えて落ち着かせる。
こいつは短気な方だけど、一度火が落ち着けばしばらく大丈夫なくらいの冷静さはある。
今日はボールが走っているんだ。よっぽどのアクシデントがなければ、大量失点はまずないだろう。
言いたいことだけを伝え、ゆっくりと腰を下ろすと突然後ろから、ベチンと頭に一撃入れてくる悪い顔。
「ちょっとユッキーさぁ、あっさり打たないでよね。俺の立つ背がないじゃん」
「いや、あっさりって……結構頑張りましたよ石田さん。あのピッチャー出所わかんないですし、上に伸びてくるスライダーとか初めて見ましたよ」
「でもちゃんとスタンドまで持っていってるじゃん。……どうやって打ったの?」
いつも通り、本気かどうかもわからない喋り方で絡んでくる石田さん。
けれど最後の一言でその本心が伺える。まぁ、左打者なのに、彼のことを苦手なのがよっぽど応えているのだろう。
……あと、ちゃんとこういうこと聞いてくれるのは嬉しいな。
「俺が意識したのは——」
——————
「すまん、勝負焦った」
「いえ、俺も不用心すぎました!」
いきなり、しかも初見で決め球を打たれた女川を心配してマウンドに来てみたが意外と落ち着いている。
なんでも出会い頭の事故だと割り切っているらしい。よしよし、その考え方は素晴らしいな。……ただ——
「でも俺としては防げた事故なんだよ。ぶっちゃけ、当ててくるとこまでは読めてたんだ」
「……
「お前俺をなんだと思ってんの? 普通にあるわ!」
幸村は昔から当てるのは上手いタイプだった。その割に去年までは大体2割5分行かないくらいの成績だったのは、難しいボールを打ちに行きすぎたせいと、打者として想定外の対処が苦手だったせい。
……だったんだけどなぁ。アウトハイのスライダー……しかもボールゾーンで勝負したつもりだったんだが、しっかりと逆方向押し込まれた。
下投げで球威がそんなにない女川相手とは言え……あとは多分俺のリードも読んでたんだろう、それでも弾丸ライナーでライトスタンドまで運ばれるとは思ってもみなかった。
……全く、まだ春先だぞ。福岡時代そんなバッティングしたことないだろ。
「とりあえず、この回はいつも通り終わらせる。右バッターが続くからって油断すんなよ」
幸村を少し見くびった代償は大きい。それでも今は2年目らしからぬ落ち着きを持つ女川に救われる。
一呼吸置いてから、信頼しているとグラブで胸を叩き伝えて再びマスクを被る。
——その視界の端でペンギンズのベンチを覗き込む。
ベンチの端で石田と話し込んでいる後輩の姿を目に映す。
(懐かしいな……去年はあんな感じで剣持さんと志波の三人で話し込んでたもんな。——にしてもクリーンアップ抜擢のうえ、好きに打たせてもらえるとかよ……良い監督さんに会ったんだな)
今は敵とは言え、一瞬足が止まってしまう。ポジションは違うが常に縁の下で戦ってきた戦友だったのだから。
(……お互いよかったな、幸村。サラマンダーズで今と同じパフォーマンスなんて、できやしないのだから)
——————
あそこで同点弾を打てたのはラッキーだった。……二つの意味で。
2回の裏から急速にゲームスピードが上がる。
二人の若きエースが本来の実力を発揮し始めたせいで、スコアボードに無情なゼロが陳列されていく。
初回苦しんだ加藤は2回から本来の投球を取り戻す。高角度から繰り出される140後半のストレートで打者を追い込むと、ウイニングショットであるカーブで三振の山を築いていく。
だがそれ以上に女川が厄介だ。アンダースローだから、見慣れない軌道だからで打てないレベルではない。
スライダーのキレと種類、制球力、打ち取れるストレート……ちゃんと一軍のエースクラスの実力を持っている。
そんな中での4回ツーアウト、俺の第二打席。
四球出てた遠藤さんを一塁に置いた中、初球は曲がりの大きいスライダー。二球目は外角いっぱいの速いスライダーでカウント1-1。
この投手がスライダーだけなのは知っている。けれど、それだけで3〜4種類ぐらいの
だからといったって、一球もストレートを使わずに追い込まれるとはな。
三球目は二球目と同じコースのスライダーでファールを打たされてしまう。
四球目、外角高めへの
八重樫さんのリードなら、ここまでくると直球は無い。ストレートは捨てて低めへの変化球を狙う。狙いはバックスクリーンからややレフトよりの中〜下段。
五球目、女川の体が大きく沈み込むと、視界から彼の右腕が消える。
緩くても、速くても関係ない。視界に入り次第、変化の終わり際を叩く——
——違う、低めじゃない、インハイ!?
予想外の一球にバットを止められない。ならせめてファールを打ってもう一度——
……俺の予想は半分外れたが、半分は当たっていた。
このバッテリーは最後まで変化球での勝負を選択してきた。
「ストライク! バッターアウト!」
——フロントドアへの高速スライダー。高めのスライダーは外角だけと思い込んでしまったことが敗因だろう。
大江戸ペンギンズ1 —瀬戸内モンキーズ1
——————
(……俺は感動した。あの幸村さんを変化球だけで打ち取るだなんて)
捕手・結城照貴は未熟者だ。打撃だけならば一軍でも通用すると言われ続けた5年間。実際にここまで打撃での手応えは良い。
(昨日は先発の斉藤さんが森谷さんを指名したから俺は代打で出ただけ。冗談っぽく言われたけれど、加藤の本音も俺じゃないキャッチャーの方が投げやすいと思っている)
胸の奥がチクリと痛むが、悔しがる暇なんてどこにもない。
それに今がダメでもここから成長していけば問題ない。それこそ、今日の八重樫のリードを吸収してみせる。
(
ところで、意気揚々とサインを出す結城ではあるが、そんな直向きな彼のことを世間ではなんと呼ぶだろうか。
——『単純』『猿真似』『厚顔無恥』……どれでも正解にしてくれても良い、要するに碌なものではないということ。
5回裏ノーアウトランナー一塁
(ふざけんなよ照貴!! 変化球でカウントを稼ぐ器用なピッチングなんて出来ねぇんだよ! というかそのせいでヒット打たれたし。……さっさと諦めて今までのリードに戻せや!)
「……oh、テル、
「なんとなぁくあいつの考えてることわかりましたよ……。結城ー!! 八重樫のリードの真似すんなー!! つうか、
「アッ打タレタ」
一、二番の連続安打でノーアウトランナー一塁二塁。
4回まで順調にことを進めていた理由は結城が小手先の技術を使おうとしていなかったから。
アウトコースのストレートと緩急を中心にカウントを整える。そして最後は低めの変化球か、高めのストレートで空振りを奪う。……そんな投球が続いていたのだ、4回までは。
——割と強めの手刀が結城の脳天を襲う。
一度タイムを取り、内野陣も含めてマウンドに集まったとき、加藤が最初にかましたのだ。
「お前、俺が首振ったら別のサイン出せや! バカの一つ覚えみたいにナックルカーブのサインだけ出しやがって……俺そんな器用な投手じゃないの知ってるだろ!」
「……それでも、もしここで出来たらまた一つ壁を越えられる。そう思わないか?」
「思わねーよ! お前の言ってることって、京水にホームランバッターになれとか、マシューズに二十盗塁しろって言ってるのと同じなんだよ!」
あれー? などと頭をかく姿がさらに頭にくるのだろう。余計に捲し立てる様子にはベンチのモーリスと上谷ヘッドもウンザリだ。
「…… マウンドで揉めてますけど、結城代えますか?」
「…………イエ、任セマショ。私達ダッテ、覚悟シテ使ッテルンダカラ」
リ・リーグにはDH制度がないため
そんな中で打てない捕手、守備だけの選手をスターターに入れてしまえば他のチームよりも得点機会が少なくなってしまう。
それで言うと現時点でも結城はかなり打てる捕手……その貴重な存在を育てるために、無理をしてでもキャッチャーの経験を積ませたいのがチームの総意。
……とはいえ。
(現状あいつを任せられる先発って、
そんな親心を知ってか知らずか。ここで動いてくれるのは、やはり年長者である神田。
感情を爆発させる加藤を引き離すと同時に、結城の方へは優しく問いかける。
「気持ちは痛いほどわかるけれど、マウンドの上では落ち着け。……そんで照貴、新しいことやろうとすんのは良いけど、バッテリーってお前だけで戦ってるわけじゃないってわかってるよな」
「もちろんっす! 投手と捕手は一心同体。気持ちを一つに戦うべきっすよね!」
「…………あー、うん。そう思っているなら、この回のリードが独りよがりなものだってわかるな」
「……はっ、確かに!」
「それにお前は、考える頭はないかもしれない。けれど、今までの練習の積み重ねをまっすぐぶつけられる強さがある。加藤は強いピッチャーだ、しっかり導いてやれ」
「了解っす!!」
導くっていうか俺が引っ張ってるんだけど……と小さく呟く加藤はともかく、なんとかこの場を収めるのはさすがといったところ。
少し間が空いたとはいえ、神田のおかげでノーアウトでのピンチに集中力を切らすメンバーはここにはいない。
——しかし、その仕切り直しを狙われる。初球、アウトローへのストレートを弾き返される。
(……この
そう唸るのも仕方がないほど、理想的なセンター返し。低い弾道のまま加藤の頭を超えて二遊間を抜けていく。
二塁ランナーは三塁を蹴り、そのままホームへと突っ込んで——
「アウト!!」
強肩外野手・幸村を相手にホームを狙うのは間違いだと判るのはすぐ。
傾きかけてた流れを断ち切る
その立役者はというと、両掌を何度も胸の前で上下させている。
(はは、マジでこの人すげぇや。でも、とりあえず言いたいことは伝わったぜ幸村さん。……今日の後ろは守備上手い人たちばっかなんだ。大丈夫、投げ抜くぞ)
続く四番の春川を相手に、150キロのまっすぐ2つで追い込んでみせる。
一球インハイのボール球を見せ、仕留めは低めへ変化球……今日すでに4つの三振を奪っているウィニングショット、ナックルカーブを投じる。
左の長身という恵まれた体格から、プロでも稀有な変化球であるナックルカーブ。
この二つが合わさることにより、女川のアッパースライダーにも負けない魔球が出来上がる。
「ストライク! バッターアウト!」
三番、四番をアウトにして勢いが出てきた加藤は、そのまま五番打者をライトフライに打ち取ってこの回を無失点に押さえてみせる。
「ナイスピッチだ加藤!」
「あざっす、神田さん! 助かりました。幸村さんも——」
「ユッキーさんナイス強肩! ドンピシャレーザーカッケェっす!」
「照貴も最初意外は悪くなかったぜ。……ちなみにだけど、俺が三振したから似たリードした?」
「はい!」
「オーケー、今日の夜はお説教な」
まさか、今日一の窮地を無失点で凌ぐとは誰も思ってもいなかったのだろう。
ようやく試合の半分が終わったばかりだというのに、九死に一生を得たバッテリーと神田、幸村は周りの目など気にせずに喜びを分かち合っている。
「——ユキさんもあざっす。あそこでアウト取れなかったら、多分気持ち切れてました」
「……! ああ、この後も頼むぜ」
加藤の差し出した拳に幸村も合わせる。
彼らの雰囲気に引っ張られ、この勢いのまま試合が進められれば……というのは甘い考えなのだろう。
(……まずいまずい! このままじゃ、センターどころかスタメン落ちだってあるんじゃないか!?)
なぜなら、加藤の好投。幸村の本塁打とバックホームに感化されるどころか、自身の保身しか考えられない選手がまだ残っているのだから。