常勝球団でレギュラーを取れずトレードの駒にされた俺は最弱球団で自分の強さを証明する   作:鋼鉄の山本

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第六十八話 堀江凛之介

 

 吉城暁、桐間藤のドラフト指名で揺れていた7年前のドラフト会議。

 地元の強豪高を卒業後、社会人野球の名門『サイコー食品』でプレイしていた堀江 凛之介(ほりえ りんのすけ)

 強肩巧打の外野手として名を馳せていたその選手は、2巡目に神戸タウロスから指名を受けていた。

 

 与えられた背番号は『52』。当時のGMから『51』を超える活躍を見せてほしいと渡された番号。

 

 目標は不動のリードオフマン。数年後にはゴールデングラブ、ベストナインを何度も取る選手だと注目をされていた。

 

 ……だが、期待の選手の芽が出ないなんていうのは、悲しいことによくある話。

 

「トレード……ですか?」

「ああ、相手は大江戸ペンギンズのピッチャー。左の中継ぎがどうしても欲しくてな、わかってくれ」

 

 当時4年目のシーズン途中。一軍での出場は、通算でも100試合を超えず、通算打率も一割台。いつクビを切られるか分からなかった彼にとって、それは渡りに船といったところ。

 

(トレードにはびっくりしたけどクビになるよりは全然良い! それにペンギンズぐらいのチームならすぐにレギュラー取れるだろ)

 

 ……そんな楽観的な予想は当たってしまう。

 

「よ〜堀江〜! お前さんなかなか才能あるやんけ!」

「堀江いいね。思ったよりコンタクト能力があるし、意外とパワーもある。次の試合、早速一番で使ってみるか」

「期待の救世主現る、だな」

 

(えぇ、こんなに騒がれんのかよ……)

 

 堀江が困惑するのも無理はない。移籍して最初の練習でこれなのだ。

 別に試合で活躍しているわけでもない。いつも通りノックを受け、初日だからと少し張り切って打撃練習に臨んだだけのこと。

 

(いやいや、慢心するなよ俺。周りのレベルが下がっただけで、俺自身が野球上手くなったわけじゃない。まずはスタメンを奪うところから始めよう。——このチームには石田さんとか、最近だと畑やら蔵田なんて名前も聞く。外野手の層はそんなに薄くないはずだ)

 

 だが、待ち受けていた現実はとても甘美なもの。

 

『堀江、移籍後初出場三安打で打線牽引!』

『二夜連続猛打賞! 【信越の安打製造機】はリ・リーグで覚醒か?』

『移籍後、さらに自身プロ初本塁打! 新一番打者堀江が躍動!」

 

(……あれ? なんでか全部上手くいく……。俺ってリ・リーグの方が合ってるのかな)

 

 かつての注目選手といえど、堀江は連日スポーツ誌に名前が上がり続ける経験などしたことがない。

 数字を見ても、出場試合数がまだ少ないとはいえ打率は四割。一軍に上がれず、二軍の帝王と化していたタウロス時代(数日前)から、考えられないほど上手く行き過ぎている。

 

「今日もヒーローだな! よっしゃ、せっかくホーム(東京)に戻ってきたんだ。堀江の歓迎会兼祝勝会やるぞ!」

「本当ですか!? ……あー、でも、今日の試合感覚を忘れたくないから少しだけバット振りたいかなー、なんて」

「おいおい、そんなん明日でいいだろ!? 働きすぎだよお前。それよりもチームの親睦を深めて、この勢いのまま最下位脱出と行こうや。今日ぐらいゆっくり休んで、明日からまた爆発してくれや。頼むぜ、不動のリードオフマン!」

 

 ——誤解を招いたかもしれないが、堀江は少し楽観的なだけで、本来は努力家で実直な人間である。

 

 社会人を経験しているというのもあるが、そもそも練習をしない不真面目な人間がプロに……ましてや、ドラフト2位(上位)で指名されることなどないのだから。

 

(……この先輩の言う通りかもな。俺はまだ移籍してきて日が浅いからまだチームメイトのことを何も知らないし。それにせっかく誘ってくれたんだ、ちょっとぐらい休んだっていいよな)

 

 だが、協調性の高い性格故……否、正しくは周囲に流されやすい性格が災いしてか、生まれて初めて自分の練習をサボってしまう。

 

 ——ここが分岐点だった。

 

 翌日より、堀江のバットから快音がピタリと止まる。

 打率はいつの間にか3割になり、2割5分を切る。2割前半まですぐに下がり、そのまま上がることはなかった。

 

 結局そのシーズンは、300打席以上に立ちながら打率.220、本塁打3本、11盗塁と期待されていた数字とは大きくかけ離れている。

 

 しかし、念願のレギュラーはあっさりと手に入ってしまった。彼以上に守れる外野手がおらず、彼以上に打てる外野手がいなかったからだ。

 それに年俸だって、昨年よりも大きく上がって2000万円。

 

 堀江凛之介は移籍以降一度も2割5分を超えたことはない。15盗塁以上もないし、規定打席到達だってない。

 それでもこの3年間、彼が二軍に落ちることはなく、年俸も2000万を切ったことはない。

 

 彼に待ち受けていた現実はとても甘美なもの……甘くて、緩くて、一度味わうと誰にも抜け出せない現実(もうどく)

 仮初の栄光は、かつて期待されていた堀江凛之介を日に日に蝕んでいた。

 

——————

 

六回裏ノーアウトランナー無

 

「加藤チャン、コノ回マデヨロシューネ」

「うっす!」

 

 加藤の現在の投球数は97球。まだ球威は充分あるが無理をさせる状況でもない。

 弱小と呼ばれるペンギンズではあるが、セットアッパー二人の状態は良い。八回までなら問題なく試合を進められる、という判断。

 

 それでも確かに疲れはある。

 制球が乱れ、この回の先頭打者を歩かせてしまう。

 

 モンキーズは一塁ランナーの笠松に代わり代走の選手を送り出す。そしてバッターは七番八重樫。

 

(今日はまだノーヒットに抑えられてる。けれど、最近は下位打線にしては打ってるってイメージあるんだよな、この人。それに盗塁、バント、エンドラン……なんだって仕掛けてきそうだし。……いや、下手に考えんなって言われてるしな。まずはアウトローにストレート。四球の次だし初球狙われるぜ。厳しいとこにこいよ)

(オオケイ、制球重視な)

 

 ここまでペンギンズバッテリーが一失点で抑えている最大の理由は、加藤の調子が良く直球変化球ともにキレがあること。

 次点で、テンポの良い投球リズムも大きい。

 

 だが、疲労によるパフォーマンスの低下。また、コントロール重視で投げた一球。

 

(やっぱり無難に入ってきたな。確かにコースはいいかもだが、さすがにこれは打たなきゃ——)

「——ダメだろ!」

 

 そのまま逆らわずに逆方向へと打ち返す。強烈な打球は、大きくスライドしながらライトファール線の真上へ。

 

「ライト!」

(いや結構深いところに落ちたな! これはちょっとまずいでしょ)

 

 瞬足のランナーは一塁から一度もスピードを緩めることなくホームへ突っ込む。

 ペンギンズの守備陣も石田(ライト)から神田(セカンド)への中継プレーで刺しにいく。

 

「……セーフ!」

 

 打ち返した方向が左右が逆とはいえ、六回表と似たファウルラインギリギリへの長打。

 モンキーズの守備と同じくペンギンズの守備にもミスはなかった。

 

 それでも結果は真逆。七番八重樫のタイムリースリーベースヒットで一点差へと迫る。

 

『ペンギンズ、シフト交代のお知らせです』

 

 ノーアウト三塁という状況。ここでペンギンズベンチはバッテリーを入れ替える。

 

『ピッチャー加藤に代わり千葉 キャッチャー結城に代わり牛山。九番ピッチャー千葉 背番号24 六番キャッチャー牛山 背番号27』

 

「すまん千葉っち……同点にされたくねぇ」

「わかってる。あとは任せて」

 

 加藤とて、本当ならば降りたくないというのが本音だろう。

 けれども、本来七回を投げる千葉を前倒しで登板させることの意味は理解している。

 だからこそ、唇をきつく噛み締めながら親友に後を託す。

 

「くっそ、なんで最後の最後にあんな入り方を……!」

「大丈夫だ、うちはまだ負けてねぇ。監督さんだって、その辺はわかっててお前を使ってんだ。……まっ、俺からすればたまにしかない出番。しっかり仕事してくるからよ、ちゃんとベンチで見てろよな」

「……うっす! 勉強させてもらいます!」

 

 結城は深々と頭を下げて、大先輩に場所を代わる。

 このタイミングで捕手ごと交代される意味を分からないほど、結城はバカじゃない。自分の力不足が招いたピンチ。その悔しさは加藤の比ではない。

 それでも、ベンチに戻りレガースを外すと、ベンチの最前線で誰よりも食い入るように投球練習を見つめる。

 

「ノーアウト三塁! 一点もやらん、バック頼むぞ!」

「打たせてこい千葉!」

「Came ON!」

内野(俺ら)で止めましょう!」

 

 そんな彼らの失敗を敗因にしたくない。グラウンドに立つ皆がそう思うからこそ、牛山の指揮に神田、マシューズ、大清水が次々と応えていく。

 

 一打同点の場面。モンキーズは八番に代打を送らない。元々対左投手(加藤)用に今季初スタメンを勝ち取った選手(右バッター)

 

 その初球、まずは右バッターの胸元へのボール球。千葉が得意とするクロスファイアー。

 そのボールに少し反応したのを牛山は見逃さない。

 

(なるほど、一球待ったって感じじゃないな。つまり、打つって選択肢もあるってわけだ)

 

 だが、千葉のリリースの瞬間に八重樫が動く。

 二球目は外へのボール球。枠内をギリギリ外れるボール。

 スクイズ……だが、構えを見せるだけでバッターはすぐにバットを引く。

 

(動くフリで揺さぶるのうめぇなあいつ(八重樫)。……でも谷重(八番)でやったのは失敗だったな。表情はいいが動きが少しぎこちない。頑張って隠している感が拭えてないぞ)

 

 三球目は同じコース。外角を少し外れるストレート。

 余裕を持って見逃そうとするも……ベースの手前で鋭く変化しストライクゾーンへ。

 

「ストライク!」

 

 バックドアのカットボール。変化量は小さいがキレのあるボールに手を出させない。

 

 四球目も同じコース。直球か、カットか……否、関係ないと踏み込む。

 狙いはセンターから右方向。そう思い振る打者を嘲笑うかのようにボールは外へ逃げる。

 

 同じコース、同じ球速帯からのシュート。これでカウント2-2。

 2ストライクからスクイズ成功の可能性は薄い。それもあり、依然として谷重へのサインは右方向へゴロを打て。

 

(最後はインコースに投げてくるかも……いや、確かチェンジアップも持ってるんだよな)

 

 そんな迷いを抱いた瞬間に勝負は喫した。

 アウトローいっぱいの142キロ。捕手のミットを動かさない抜群の制球力が。最高の結果を呼ぶ。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 見逃し三振でアウトを奪う。内野ゴロすら打たれたく無い中での思考の四球。

 しかし、未だランナー三塁。モンキーズは投手女川に代打を送る。

 

(このピッチャーはコントロールが良いから耐球の意味はない。なら、多少ボール臭くても初球から振っていく!)

 

 代打の選手は、本来右の大砲候補と呼ばれている選手。今季は10打数2安打の打率2割……ただ、打った2本のヒットはどちらも長打。アウトだとしても、打球のほとんどを外野まで飛ばしている選手。

 

 しかし初球、高めのボール球を不用意にファールにしたせいでその積極性を見抜かれる。

 

 二球目、外角を外れるストレートを打たせる。

 確かに千葉に球威はないが、難しいコースを無理に打ったせいで飛距離は出ない。

 それでも外野まで飛ばしてくるのは流石だが——

 

(——浅いセンターフライ! くそ、俺の足じゃ帰れない!)

 

 初回、幸村のレーザービームが頭にあるせいでタッチアップはしない。否、できない。

 打順は3巡目に入りトップバッターの海。

 粘りを見せるバッターに苦戦するも最後はシュートを打たせてファーストゴロ。

 

 終盤の危機をベテランの頭脳とそれに応えた若き中継ぎエースの奮闘で同点のピンチを防いで見せた。

 

大江戸ペンギンズ3-瀬戸内モンキーズ2

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