ミステリアス美少女(予定)のアーカイブ   作:むめい。

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たぶん、絶対、十中八九続くと思う!。


1話 揺るぎない信念

 

 トラックに撥ねられた瞬間のことは、痛みよりも願いのほうをよく覚えている。どうせ終わるなら、次は美少女にしてくださいと情けないほど必死に神様へ縋っていた。あの一瞬に込めた熱量だけなら、たぶん人生で一番だったと思う。

 

 目を開けたとき視界に広がっていたのは病室でも空でもなく、見知らぬ街並みと頭の上に輪っかを浮かべた少女たちの後ろ姿だった。肩に銃を提げたまま、楽しそうに話しながら歩いている。周囲の誰もそれを特別なことだと思っていない。

 

 女の子しかいない。ヘイローが浮かんでいる。みんな銃を持っている。

 

 そこまで揃えば、さすがに理解できる。ここはキヴォトスだ。

 

「……神様っているんだね」

 

 思わず笑ってしまった。混乱よりも先に、妙な納得がくるあたり、自分でもだいぶ毒されていると思う。画面越しに何度も見てきた世界の空気を今は肺で吸っている。興奮しないほうがおかしい。

 

 ただ、一つだけ。とても大きな問題があった。

 

 自分のデリケートゾーンにブツの感覚があることに、俺はしばらく言葉を失った。

 

「……神様っていないんだね」

 

 男だ。

 

 ここまで完璧に揃っておいて、なぜそこだけ外すのか。神様は最後の最後で致命的な聞き間違いをしたらしい。俺は確かに、美少女にしてくださいと何度も言ったはずなのに。

 

 この世界に転生させてくれたことには感謝しよう。けれど肝心の自分が男というどうにもならない食い違いが、胸のあたりに妙な空白を作っている。

 

 それでも、落ち込むほどではなかった。むしろ、この状況をどう扱えばいいのかを考えるほうが先に来る。物語の世界に放り込まれたのならだいたい役割というものは決まっている。

 

 俺はきっと、何かに巻き込まれる側だ。

 

 ヘイローを揺らしながら歩いていく少女たちの背中を眺めながら、静かに息を吐いた。

 

「うん、今日も平和だ」

 

 美少女を守りたい気持ちもあるし、できれば自分もそれなりに目立っていたい。欲張りだけど、きっとキムヨンハは許してくれるよね。

 

 そう思うと、少しだけ肩の力が抜けた。

 

 

 ■

 

 

 とりあえず状況を整理することにした。ここはブルーアーカイブの世界で、見渡す限り美少女しかいない。にもかかわらず、俺の体には余計なものがきっちり付属している。つまりこれは、最高と最悪が同時に成立しているという、たいへん贅沢で理不尽な状態だ。

 

 さて、どうしたものか。もし俺が願い通り美少女になっていたのなら、いくつか現実的な生存ルートを思いつけたのだけれど、美少女になりたかった男にこの世界での需要があるとは思えない。誰か事情を察して拾ってくれませんかと天に向かって問いかけたくなるが、まあそれは半分冗談だ。

 

 この世界で生きていくための最短距離を考えるなら、頼るべき相手は一人しかいない。先生だ。

 

 ちなみに先生とは、生徒のためなら文字通り何でもすることで知られる存在である。何でもと聞いて一瞬よからぬ想像をした自分を即座に叱りつける。頭の隅にいる脳内コハルに叱られてしまう。

 

 ……いや待て。

 

 俺、生徒じゃない。

 

 今の俺はヘイローもなく、制服もなく、所属もない、ただの不審者の極みである。キヴォトスにおいてこれはかなり危険な立場だ。むしろ職務質問待ったなしと言ってもいい。

 

 そこで、ふと思い至る。

 

 なるほど。

 

 生徒になればいいんじゃないか。

 

 キヴォトスには、事情さえ合えば比較的すんなり入学できる学園がいくつか存在する。設定としても、世界観としても、それはわりと自然な流れだ。

 

 よし。

 

 まずはどこかの学園に潜り込もう。そしてあわよくば美少女ニウムを摂取しようじゃないか。

 

 そうと決まれば、向かう先は一つしかない。アビドスだ。

 

 アビドス高等学校。生徒数は五人。借金は億単位。もはや学校というより、根性論で立っている概念に近い。毎日利息だけをどうにか払い続けている姿は、涙ぐましいを通り越してちょっとした奇跡の部類に入る。

 

 だからこそ、そこには隙がある。

 

 誰も入学してこない。増える見込みもない。未来が薄い。つまり、前例も警戒も少ない。

 

 そこに、住居なし、戸籍なし、金なし、そして極めつけに男という不審者が「入学したいです」とやってきたらどうなるか。

 

 ……うん。

 

 俺が向こう側だったら、迷わず撃つ。

 

 わりと真顔で撃つ。

 

 この世界の住人は基本的に優しいけれど、同時に銃火器の扱いに一切の躊躇がない。判断が早い。実行も早い。治安が独特すぎる。

 

 つまり、正面から行ってはいけない。

 

 俺は深く息を吐いて、思考を切り替える。

 

 大事なのは不審者にならないことだ。不審者が不審者として入学を希望するから撃たれるのであって、撃たれない不審者になればいい。

 

 つまり──

 "保護対象"になればいい。

 

 アビドスの連中は、困っている相手を見捨てられない。これは設定とか関係なく、あの五人の性格の問題だ。桃色のやつは警戒心強めだが……。

 

 だから俺は、入学志願者として行くのではなく。

 

 "行き倒れ"として行こうと思う。

 

 計画は単純だ。アビドスの校門近くでそれっぽく倒れていればいい。あとは勝手に話が進む。たぶん。きっと。お願いだからそうなってほしい。

 

 ここまで来て気付いたが、俺は転生して最初に立てた作戦が"倒れたフリ"だった。

 

 情けなさに少し笑いながら、俺はアビドスへ向かって歩き出した。

 

 

 ■

 

 

 アビドスは、思っていたよりずっと静かな場所だった。

 

 ゲームで見たときは砂漠化が進んだ荒れた街でヘルメット団が闊歩してる印象だったけれど、実際に歩いてみると風の音と砂の擦れる音だけがやけに耳に残る。もちろん建物はある。校舎もある。アビドスの旗も立っている。けれど、人の気配が薄い。まるで死んだ街のようで少し胸がきゅっとした。

 

 この場所で、あの五人は毎日を過ごしている。

 

 借金の利息を払いながら。

 

 学校を守りながら。

 

 みんなで笑いながら。

 

 俺は足を止めて、遠くに見える校門を眺めた。

 

「えぇ……ここで倒れるのか、俺」

 

 改めて口に出すと、作戦の情けなさが二割増しで襲ってくる。もっとこう、転生者らしいムーブとかないのか。知識チートとか。未来予知とか。そういうの一切なしで、初手が行き倒れってどういうことだ。

 

 だが、他に手がないのも事実だ。

 

 男、ヘイローなし、身分なし、所持金ゼロ、故に最弱。

 

 この状態で正面突破を試みるほど、俺は自分を過信していない。

 

 深呼吸を一つして、俺はふらふらと歩幅を乱しながら校門へ近づいていく。演技とかではなく、普通に暑いし、普通に疲れている。砂漠を歩くってこんなに体力削られるんだなと妙な感心をしながら、俺は視界を少しぼやかした。

 

 よし、ここだ。

 

 校門の手前、いかにも「ここまで頑張ったけど力尽きました」みたいな位置取りを確認して、その場にゆっくりと膝をつく。

 

 そして、ぱたりと倒れた。

 

 砂の感触が頬に伝わる。ちょっと痛い。というか普通に痛い。思ったより地面が硬い。

 

「……」

 

 目を閉じる。

 

 ここからは運だ。

 

 この世界における善意と、アビドスの五人の性格に、俺の人生を委ねる時間である。

 

 数秒が、やけに長く感じた。

 

 風の音だけが耳に入る。

 

 誰か来てくれと祈りながら、俺は薄く目を閉じたまま、息を浅く保った。

 

 そのとき。

 

「……え?」

 

 かすかに、美少女(断定)の声が聞こえた。

 

 足音が近づいてくる。砂を踏む軽い音。複数人いる。

 

「ちょっとみんな、あれ……」

「ん、また不法投棄?」

 

 おいおい、人をゴミみたいに言うなよ

 

 聞き覚えのある声色に、心の中でガッツポーズをする。

 

 来た。

 

 対策委員会メンバーだ。

 

 だが、ここで安心してはいけない。まだ撃たれていないだけで、警戒はされているはずだ。

 

 俺はゆっくりと、いかにも意識が戻りかけの人間みたいな動きで、まぶたを震わせた。

 

「……だ、誰か…………み、水を──」

 

 かすれた声が、自分でも驚くほど自然に出た。

 

 よし、俺。名演技だ! 勝ったな! 

 

「え!? えぇ? ど、どうしようシロコ先輩!?」

「本当に死にかけか、一発撃って確かめてみよう」

「ちょ、シロコちゃん! そんなことしたらホントに死んじゃうよぉ!?」

「ヘイローも無いようですし、どうやら外から来た男の子みたいですね?」

「み、みなさん! そんなこと言ってないで早くお水を!」

 

 順にセリカ、シロコ、ホシノ、ノノミ、アヤネだろうと声から推測する。

 

 影が差す。誰かがしゃがみ込む気配。

 

 俺は薄く目を開けて、逆光の中に揺れるヘイローを見た。

 

 ああ、これだ。

 

 画面越しに何度も見てきた光景が、今は目の前にある。

 

「……天、使?」

 

 俺の口から、わりと素でそんな言葉が漏れた。

 

 たぶん今の俺、演技とかじゃなくて、本気で感動している。

 

「あらあら、もしかして私天使に間違えられてしまいました☆」

 

 誰かの手が俺の肩に触れる。柔らかい。温かい。たぶんノノミだ。たぶん。願望込みで。

 

「シロコちゃん、お水を」

「ん」

 

 ぱしゃ、と冷たい感触が頬にかかる。

 

 俺はカッパじゃないんだが? 

 

 容赦がない。優しさの中に実用性が混ざっている。ありがたいけど、わりと容赦ない。

 

 俺は咳き込みながら、ゆっくりと目を開けた。

 

 視界いっぱいにヘイロー。五つ。揺れている。輝いている。尊い。

 

 俺は一瞬本気でここが楽園なんじゃないかと思った。いや、そうに違いない。

 

「……はっ!? 水!?」

「ん、生きてた」

「よかったですねぇ☆」

 

 声の並びで、位置関係がだいたいわかる。俺の顔の正面にしゃがんでいるのがシロコ。少し後ろにノノミ。横にホシノ。立ったまま見下ろしているのがセリカ。最後に、少し離れた位置で見守ってるのがアヤネだろう。

 

 完璧だ。推し配置だ。死んでもいい。

 

「……あの」

 

 俺はゆっくりと体を起こそうとして、普通に力が入らず、そのまままた砂に手をついた。演技じゃない。ガチで疲れている、だってここ暑いもの。

 

「無理をしないでください、まだ横になってて良いんですよ?」

 

 アヤネが慌てて支えてくれる。天使だ。さっきの発言は正しかった。だけどねアヤネちゃん……アビドスの太陽に照らされたアスファルトに横になれって言うのかな? 。

 

 俺はかすれた声のまま、ゆっくりと周囲を見回した。

 

「ここは……」

 

「アビドス高等学校の前ですけど……貴方は、どこから来たんですか?」

 

 来た。質問だ。

 

 ここで変なことを言えば、即座に不審者レベルが跳ね上がる。慎重に、しかし弱々しく。俺は喉を鳴らしながら答える。

 

「……わかりません」

「わからないってどういうことよ!?」

「あっご、ごめんなさい……」

 

 自分でもびっくりするくらい、雑な回答だ。だが今はこれでいい。弱っている人間に、そこまで詰めた質問はしない。人は優しい。

 

「セリカちゃんもっと優しくね〜」

「で、でもちょっと怪しくない……?」

 

 正しい。とても正しい。セリカは正しい。美少女の言うことは全て正しい。

 

 ホシノが小さく息を吐く気配がした。

 

「まあまあ。見た感じ、ほんとに行き倒れっぽいしさ。とりあえず中に運ぼうよ」

「でもホシノ先輩……」

「ヘイローもないし、武装もなし。もし何かあっても、おじさんたちならどうとでもなるでしょ?」

 

 この人、言ってることがわりと物騒なのに、声のトーンがゆるすぎて全然怖くない。安心感がすごい。

 

 俺は内心で全力のガッツポーズをした。

 

 勝った! 第3部、完! 。

 

「立てますか?」

 

 ノノミが優しく聞いてくる。俺は小さく首を振った。これは半分演技、半分本気。

 

「う〜ん、ここにずっといるのも体に悪いですし肩貸しますね〜?」

 

 やめろ! 

 

 そんなことされたら、俺の理性が死ぬ。

 

 けれど断れるわけがない。俺はされるがまま、ノノミに支えられて立ち上がった。やわらかい。あったかい。なんかもうすごい。

 

 歩きながら、俺はぼんやりと考える。

 

 転生してからここまでの流れが、あまりにも情けなくて、あまりにも完璧だ。

 

 転生特典もない。

 

 能力もない。

 

 あるのは、ブルーアーカイブの記憶と、美少女になりたかったという未練だけ。

 

 なのに今、俺はアビドスの校舎へと運ばれている。

 

 これはもう、奇跡と言っていい。

 

「お名前、聞いてもいいですか?」

 

 アヤネの声に、俺は少しだけ顔を上げた。

 

 名前。

 

 そういえば、考えていなかった。いずれ美少女になる予定なのだ、どうせなら中性的な名前がいい。

 

 俺は一瞬だけ悩んで、それから口を開く。

 

「はい、俺の名前は──」

 

 ここからが、この世界での俺の始まりだ。

 

 美少女ではない。

 

 けれど、美少女に囲まれて生きることを選んだ男の物語が、ここから始まる。

 

「わ、わかんないです・・・」

「「「「「え?」」」」」




名前・・・考えてねぇ!
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