ミステリアス美少女(予定)のアーカイブ   作:むめい。

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名前決まりました!(早い)


2話 よし、あいつのせいにしよう!

 

 両側から肩を支えられたまま、俺はゆっくりと歩いていた。

 

 片側はノノミ。もう片方はアヤネ。柔らかい腕に挟まれているせいで、さっきまでの行き倒れムーブが急にとんでもなく申し訳なく思えてくる。いや違うんだ。本当にちょっと疲れてただけなんだ。倒れたのは九割作戦で一割ガチだ。

 

「大丈夫ですか?歩けます?」

「……なんとか」

 

 前を歩くセリカが何度もこちらを振り返ってくる。警戒半分、心配半分みたいな顔だ。シロコは無言で俺を見ている。たぶん、俺が突然暴れたりしないか警戒しているのだろう。正しい判断だと思う。ホシノは最後尾で欠伸をしながら歩いている。こう見えて一番警戒しているのは彼女だろう……。

 

「いやー、今日は運が良いねぇ?まさか新しい子がやってくるなんて〜」

「えっ、ホシノ先輩!?まさか……」

 

 そんな会話を聞きながら、俺はアビドスの校舎を見上げた。画面越しに何度も見た建物が、いま目の前にある。胸の奥が妙にざわつく。ここで、この五人は毎日を回している。借金の利息を払いながら、学校を守りながら、笑いながら。

 

 対策委員会の部室へ通されると、生活感の塊みたいな空気が迎えてくれた。古い机。書類の山。壁の地図。借金の返済方法を記したホワイトボード。ああ、間違いない。ここだ。

 

 ノノミとアヤネがゆっくり肩から手を離す。俺は椅子に座らされる。

 

「お水、飲みますか?」

「いただきます……」

 

 コップを受け取り、喉を鳴らして飲む。生き返る。五人の視線が、一斉に俺へ向いた。いよいよ、事情聴取の時間だ。

 

 机越しに、まるで面接でも始まるみたいな空気になっていて、俺は思わず背筋を伸ばした。いや違う。これは事情聴取だ。しかも相手は対策委員会……いや、実質ホシノ一人だな。彼女の機嫌さえ損ねなければなんとかなる。

 

 目の前にいるのは、画面越しに何度も見てきた五人だ。その中心に、俺が座っている。状況だけ見れば、最高に羨ましい。冷静に考えると、最高に危険だ。

 

「えーっと……男の人、ですよね?」

 

 最初に口を開いたのはアヤネだった。やわらかい声なのに、言葉の運びはやけに慎重だ。ていうか見て分からないか!ち〇こ付いてるのが!

 

「え、はい」

 

 俺が不思議そうにしていると、セリカが口を開く。

 

「女の子って言われればそう見えるし……男の人って言われれば……」

「そう見えますよね〜☆」

 

 ノノミがふわっと笑いながら続ける。悪意は一切ない。ただ純粋な感想だ。それが一番刺さる。俺はコップを持ったまま固まった。

 

 いや待て。もしかして俺、可愛いのか?股間しか見てないからわからん。

 

 ここでようやく重大な事実に気付く。俺、自分の顔をまだ見ていない。冷静な自己確認どころではなかった。つまり俺はいま、他人の評価だけで自分の見た目を推測していることになる。

 

 それ、めちゃくちゃ重要では?

 

 ホシノが半目のままこちらを見ている。

 

「なんか変なこと考えてない?」

「いえ全然」

 

 即答。反射。これは嘘だ。めちゃくちゃ考えている。

 

 アヤネがメモを取りながら視線をこちらへ向ける。……なんのメモ?。

 

「もう一度聞きたいんですが……自分の名前がわからないんですよね?」

 

 アヤネの声はやわらかいのに、言葉の置き方がやけに慎重で、俺は思わず姿勢を正した。責められているわけじゃないのに、なぜか「ちゃんと答えなければ」という気持ちになる。こういうところが、たぶん彼女が事務を任されている理由なんだろう。

 

「はい……わからないです」

 

 自分で言っておいてなんだが意味がわからない。名前がわからないってなんだ、転生ってそこまで初期化されるものなのか。いや、違う。これは俺がテンパって考えていなかっただけだ。

 

 もちろん前世の名前はある。しかし、せっかく転生したのに名前が同じなのは面白くない。そういう理由で俺は名前だけ失ったわけだ。

 

 セリカが両手を机に叩きつける。

 

「いやいやいや!おかしいでしょそれ!名前忘れるって何!?そんなことある!?」

 

 あるんだよなぁ。いま目の前で起きてるんだよなぁ。

 

「でもセリカちゃん、ほんとに困ってる顔してますよぉ?」

「ノノミ先輩は甘すぎますって!」

 

 シロコは腕を組んだまま、じっと俺を見ている。観察されている。たぶん、呼吸のリズムとか目の動きとかそういうのを見られている。野生動物か何かだろうか。

 

 ホシノが椅子にもたれたまま、言う。

 

「記憶喪失、ってやつかもねぇ」

 

 その言葉が、部室の空気をすっと落ち着かせた。

 

 ああ、なるほど。そういうことにしてくれるのか。

 

 俺は内心で深々とホシノに土下座した。この人、ゆるい顔して場をまとめるのが異様にうまい。多分本人は真面目にそう思ったんだろうけど。

 

「記憶喪失……ですか」

 

 アヤネがメモに何かを書き込む。ほんと何のメモだそれ。

 

「自分のこと、どこまで覚えていますか?」

「えっと……ここがキヴォトスだってことと……皆さんがアビドスの対策委員会ってことは、わかります」

「なんでそこはわかるのよ!?」

 

 セリカのツッコミが鋭い。俺は一瞬言葉に詰まる。しまった。これは失言だ。完全に失言だ。

 

 だがここで慌てると怪しい。

 

「聞いたんです、通りすがりの……怪しい人に」

 

 よし、黒服のせいにしよう!。

 

 すまんな、いつかこの身体実験に使わせてやるから!。

 

 俺が怪しい人という単語を言った瞬間、ホシノの眉がぴくりと動く。

 

「怪しい人って何よ」

「いや……その……黒いスーツ着てて、なんかこう、やたら落ち着いてて……」

「ホントに怪しいじゃない!」

 

 そうだね。俺もそう思う。

 

 だがここで引き下がるわけにはいかない。俺は弱々しさを維持したまま、必死に言葉を継ぎ足す。

 

「でも、悪い人ではなさそうで……いろいろ教えてくれて、それで……」

 

 ホシノが小さく「あー」と声を漏らした。

 

「都市伝説みたいなやつかなぁ。たまにいるよね、そういう変な大人」

「ぇ、そんな軽く流していい話!?」

 

 セリカが頭を抱える。今日一番忙しいのはたぶんこの子だ。

 

 シロコは相変わらず黙っているが、視線だけは外さない。俺の呼吸のタイミングに合わせて瞬きをしている気がして、なんだか余計に緊張する。

 

 アヤネはメモを取り続けている。もうこの子のメモ帳が一冊埋まるんじゃないか。

 

 ノノミが優しく微笑む。

 

「でも、そのおかげでここに来れたんですよねぇ?」

「はい……たぶん」

 

 ここで肯定しておく。黒服、ありがとう。知らないところで俺の人生の整合性を取ってくれている。

 

 部室の空気が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。疑いはまだある。でも、敵意はない。これは大きい。

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 さっきからずっと、頭の片隅で考えていることがある。

 

 俺は、いま、この五人の目の前に座っている。

 

 ゲームで何度も見た光景の中に、自分が入り込んでいる。しかも、NPCではなく、完全に「イベントの中心」にいる。

 

 転生者冥利に尽きるというやつだ。

 

 そして同時に、これ以上一歩でも踏み外したらゲームオーバー……極限の綱渡りでもある。

 

「とりあえずさ」

 

 ホシノが机に頬杖をついたまま言う。

 

「名前ないと不便だよね」

 

 来た。

 

 俺は内心で姿勢を正す。

 

「なんか、呼び名決めよっか。仮でいいし」

 

 仮の名前。

 

 この世界で、最初にもらう呼び名。

 

 俺は一瞬だけ考える。ここで変なことを言えば終わる。かっこつけすぎても怪しい。地味すぎても覚えてもらえない。

 

 セリカが腕を組んだまま言う。

 

「どうせ記憶喪失なら、私たちが決めちゃえばいいんじゃない?」

「セリカちゃん楽しそうですねぇ☆」

「別に楽しんでない!」

 

 楽しんでる顔だ。

 

 アヤネがこちらを見る。

 

「何か、呼ばれて違和感のない名前とか……ありますか?」

 

 違和感のない名前。

 

 俺の中に、ひとつだけ浮かんだ言葉があった。

 

 太陽。

 

 この砂漠の学校に、やたら似合う言葉。

 

 けれど、それをそのまま言うのは、なんだか違う気がした。

 

 俺は少しだけ考えてから、口を開く。

 

「……アテナ、とか」

 

 言ってから、自分で少しだけ首を傾げる。あまりにも唐突だ。でも不思議と、しっくりきた。

 

「アテナ?」

「女の子の名前じゃない!」

 

 セリカのツッコミが飛ぶ。正しい。完全に正しい。

 

 ノノミが楽しそうに笑う。

 

「でも、似合ってますよぉ☆」

「え、似合ってるんですか?」

 

 俺は自分の顔を見ていない。だから何もわからない。ただ、みんなの反応だけが材料だ。

 

 ホシノがにやっと笑う。

 

「いいじゃん、アテナくん。なんか強そうだし」

 

 くん、がついた。

 

 男扱いだ。よかった。まだ大丈夫だ。

 

 シロコが小さく頷く。

 

「ん、覚えやすい」

 

 アヤネがメモに書き込む。

 

 ──アテナ(仮)

 

 それを見た瞬間、俺は妙な実感を覚えた。

 

 この世界での俺の名前が、いま決まった。

 

 まだ仮だけど。

 

 それでも、確かに俺は、この場所に存在している。

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