神様に虚飾の権能と+α貰ったから取り敢えず旅する 作:供給が足りない
ちょっと長くなりました。
すっかり日が落ちて、暗くなった。
山の端に残っていた薄橙の光も、気づけば藍色に飲み込まれ、町には夜が降りている。糸守町の住宅地は、この時間になると音が少ない。遠くで犬が一度だけ吠え、用水路を流れる水が、規則正しく石に当たる音を立てていた。
ユキちゃん先生の家に着いて思う。前世ではなんの馴染みも無かったような田舎なのに、三葉に着いて行って都会にいた時より全然こっちほうが落ち着くな。田舎パワーなのか、人間の慣れなのか。どっでもいいか。
目の前の引き戸の向こうから、明かりが漏れている。
「……お帰りなさい」
戸を開けると、雪野先生の声が、静かに迎えた。
エプロン姿で、台所から顔を出す。
「ただいま戻りました」
居間には、低い卓と座布団。
壁際の本棚には、国語や古文の参考書、民俗学の本が並んでいる。窓の外には、虫の声が重なり合い、夜が深まっていることを知らせていた。
「寒くなってきましたね」
雪野先生が、湯のみを差し出す。
湯気が立ち、ほうじ茶の香りが、室内に広がった。
「ええ。……秋ですね」
本当に寒くなってきたな。10年とちょっと時代が違うだけだというのに、こんなに早く寒くなるのか。11月でも暑かったような覚えがある。そう考えると本当に秋なんて一瞬で終わったな1週間もったか?
まぁそんなことは置いとこう。ユキちゃん先生が夜ご飯を作ってきてくれたしな。冷めないうちに食べよう。うまっ。
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とうとうだ。10月4日金曜日。今日、星が降る。今日、街が消える。今日、500人が死ぬ。
この世界線は、死ぬ世界線だ。奇跡が起きる世界線じゃ無い。
俺は奇跡が起こる世界線には、居ない。実のところ世界線や世界間の移動の目処は立っている。確証もある。だけどどうしてだろう。向こうに行っても俺の事を覚えてる人は居ない。いやべつにそれは良いんだ。…そうだ、俺はこの町の人達に死んでで欲しくないんだ。無くしたくないんだ。深くは関わっては居ないが、優しく受け入れてくれた、この町を。
でもせっかく決めた目標を達成できないのは、あり得ない。
使うか、権能。町の人は助けて。原作も見る。どちらもやらなきゃならないのが原作知識持ちの辛い所だよな。
具体的にはそうだな。
割れた彗星は思ったより小さく、大気圏で燃え尽きた事にしよう。町はこれでいいな。
だが、これでは記憶の継承が行われないため。奇跡が起きた世界線が死ぬ世界線になってしまう。それでは原作の最後のシーンで記憶を蘇らせるという目標が達成できない。
その問題は
世界線を渡る→両名に、原作通り三葉が死んだ世界線の記憶を継承した、と世界を改変する→後は原作通りに進む。
…記憶を書き換えた、と感じてしまうな。予知夢と思っておこう。どちらも幸せだ。どちらかの世界は死ぬ、なんて俺は嫌だ。
ここの人達とは今日でお別れってわけ。別れの挨拶は…しなくてもいいか。みんな忘れるし。
俺はこの世界に居なかったことにしよう。世界を渡れる事に気づいた時から、思っていた。もっといろんな世界を見て回りたい、と。旅をしたい、と。そう思った。だから頻繁には戻ってこれない。なら後腐れなく飛び立とうって思ったんだ。
やる事を決めたなら後は進むだけ。さぁいくぜ!
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「今日は彗星が見えるみたいですよ」
ユキちゃん先生に声をかけられた。今は16時頃、彗星が降るまで後少しだ。
「そのようですね。わたしも散策中に町の人が話しているのを聞いて、知りました」
「知っているなら話しがはやいです。今から見にいくために移動しますよ」
「わかりました、行き先は神社ですか?」
「いいえ、わたしのお気に入りの場所です」
「?」
神社じゃないのか。今日は神社でちょっとした催しがあるからそこに見にいくもんだとてっきり。
そして、着いたのは神社からある程度離れた場所にある。山の中腹。見晴らしも良く。ほどよく開けた、眺めのいい場所。原作では登場しなかった場所だ。
「こんな場所があったのですね…」
「ええ」
「ですが、少し早くないですか?まだ16時30分暗くもなってきていません」
「…ちょっと話したいことが、あって」
「?なんでしょうか」
ユキちゃん先生は改まって様子でこちらを見つめる。どうしたんだ?一体。何かあったのか?
「…その、シイちゃん…どこかに行っちゃうのよね?」
「?!っっえ?……なぜ…それを」
なんで分かったんだ?そんな素振りを見せた記憶はないぞ?見せたとしてもどこかへ行くだなんて、ピンポイントで分かるか?
「何故か今日起きてから、そんな気がしたの。何処か遠い所、もう会えないんだろうなって気がしたから。話しをしようと思ったの」
「…そうですか」
「それに、泣きそうな顔してるから」
っ……ははっスゲーな普通分からないだろ。演技は結構得意なんだぜ、俺。
「…よく分かりましたね、その通りで「喋り方」…えっ?」
「喋り方、それ演技でしょう?私、昔からそういうの分かるのよ。初めて会った時から少し違和感は感じていたの。長い時間をかけて、本当の喋り方を引き出せるかな?と考えてたのよ。でも今日、いなくなる気がして、ね?」
はぁ〜本当に敵わないな、俺の全部が引き出されそうだ。
「…よくわかったな、そうだな。あの喋り方は演技だ。さすがユキちゃん先生だな。」
「あら!シイちゃんそんな喋り方だったのね!…容姿とのギャップが凄いわね」
「そんな事俺も分かってるわ!」
「……さて、シイちゃん、お話をしましょう。貴方は今日居なくなるのよね?」
「はい」
「どうして?」
「それは…」
「今日で、最後なんでしょう?なら、ちゃんと説明してほしいの。初めて会ったあの夜に私に貴方の事を説明してくれたように」
「………」
「お願い…説明して?何も分からないのは悲しいの…」
ユキちゃん先生の声は掠れていた。いつものような冷静な大人としての姿は見る影もなく。美しい糸守の景色に溶けていく。
「あ…」
思わず声が漏れる。ユキちゃん先生の頬に伝うその雫は、涙は、止めどなく溢れ出て、拭ってもダムが決壊したように、次の一粒は止まらなかった。
…こんなに想ってくれてたのか。2週間も、経っていないのに。まるで俺が馬鹿みたいじゃないか。
「ユキちゃん先生。俺は一度死にました」
「…え?」
「死んで、まんじゅうみたいな神様に会いました。そこで好きな能力を貰って、この姿になって、この世界に転生してきました」
俺は、全てを説明する事にした。全部、吐き出す事にした。俺は、存外苦しかったらしい。まぁ当たり前だよな。中身はただの男子高校生だ。全てを知りながら、誰にも話せないってのは結構辛かったみたい。ユキちゃん先生ははじめは困惑していたが、すぐに冷静になり、はなしを聞いてくれた。まったく優しい人だよ。
全てを話した俺は、もう暗くなってきている事に気づいた。時間を確認する。移された時間は19時半。3時間も経っていた。経ちすぎだろ。まぁ説明に時間がかかったしな。この世界のこととか。能力のこととか。違う世界に行って、旅に出る事とか。改めて、よく理解できたな。俺なら、は?で終わりだわ。ともかく時間だ、そろそろ星が降る。
「ユキちゃん先生、そろそろ彗星が落ちてきます。落ちてきた彗星を消滅させた後俺は、行きます。大丈夫です、また、会えますから」
この世界に、俺がいたことを無かった事にするのはやめた。ユキちゃん先生にまた会う約束をしてしまったし、居なくなった後、上手いこと事情を説明してくれるらしい。そんなことしなくていいといったんだが、聞かなくてな。
お、来たな。彗星が、ゆ〜っくりと、頭上を跨いでいく。そして、ついにその時はやってきた。音はない。だが割れた。割れた彗星が赤く染まり、ゆっくりと落ちてくる。
「ユキちゃん先生!貴女の事!忘れませんから!それでは、また会う日まで!」
「っっ…ええ!また会いましょう!」
俺はユキちゃん先生に、背を向け彗星を消滅させ、大気圏で燃え尽きた事にした。そして、涙の気配を背後に感じながら、俺は、この世界からまるで何も無かったかのように、姿を消した。
──── 一粒の、涙を溢して。