生徒に色々する反応集(段階分け)   作:曇りのち晴れ男

4 / 13
ケース4 マリーの前でバチバチに祈る

 

『3秒』

 

 大聖堂の重厚な扉を開け、モップがけをしているマリーを見つけるなり、私は滑り込むように祭壇の前に進み出た。

 そのままの勢いで大理石の床に膝をつき、両手を組んで目を閉じる。そして心の中で「いっち、にっ、さん」と数え、弾かれたように立ち上がった。

 

「あ、えっと……先生? ふふっ、お祈りですか?」

 

 突然の奇行にも近い素早い動作に一瞬目を丸くしたマリーだったが、すぐにふわりと優しく微笑みかけてくれる。

 

「短い時間でも、祈りを捧げるそのお心はきっと神様にも届いていますよ。今日も一日、先生に神のご加護がありますように」

 

 聖母のような温かい笑みで見送られ、私は清々しい気持ちで大聖堂を後にした。

 

 ■■■

 

『30分』

 

 静寂に包まれた大聖堂。私は祭壇の前に膝をつき、祈りの姿勢のまま一歩も動かずに30分が経過していた。

 背後から控えめな足音が近づいてくる。

 

「……先生? あの、とても熱心にお祈りされているところ申し訳ないのですが……」

 

 マリーが背後から、こちらの集中を削がないよう小声で、しかし少し心配そうに声をかけてくる。

 

「その……大理石の床に直接膝をついていると、痛くなってしまいませんか? よろしければ、こちらのクッションをお使いくださいね」

 

 マリーは私の傍らにそっとフカフカのクッションを差し出してくれた。

 私が無言で首を横に振り、そのまま祈りを続けると、彼女は私の信仰心の深さに少し感心したような、敬意を込めた眼差しを向けてきた。

 

 ■■■

 

『1時間』

 

 私が微動だにせず祈り続けて、とうとう1時間が経過した。

 先ほどまで静かに見守ってくれていたマリーも、さすがに落ち着かない様子で私の背後をウロウロし始めている。衣擦れの音がせわしなく響く。

 

「せ、先生……? まだ、お祈りを続けていらっしゃるのですね……」

 

 マリーの声には、先ほどの余裕と感心の色はすっかり消え去っていた。

 

「あ、あの……シャーレのお仕事は大丈夫なのでしょうか? ユウカさんから怒られたりしていませんか? 祈りを捧げることは素晴らしいことですが、日々の責務を果たすこともまた、大切なことだと私は思います……」

 

 遠回しに「そろそろ仕事に戻りませんか」と優しく促してくるが、私は石像のように固まったまま、一切口を開かずに祈り続けた。

 

 ■■■

 

『12時間』

 

 夜の帳が完全に下りた大聖堂。ステンドグラスから冷たい月光が差し込む中、私は変わらず膝をついて祈り続けていた。

 カツカツと慌ただしい足音が響き、ついにマリーが私の肩をガシガシと揺さぶり始めた。

 

「先生!! もう夜ですよ!? 半日も飲まず食わずで、トイレにも行かずに何を祈っているんですか!?」

 

 シスターとしての清楚な落ち着きは完全に消え去り、その声には明らかな焦燥が混じっている。

 

「お願いですから立ってください! 膝! 膝がどうにかなってしまいますよ!? もう休んだって神は赦してくれます! 私が保証しますから!!」

 

 涙目になりながら私の腕を引っ張り上げようとするが、私の下半身は完全に大理石の床と同化しているかのように、テコでも動かなかった。

 

 ■■■

 

『1日』

 

 翌朝。朝の礼拝に訪れた他のシスターたちが異様な光景に悲鳴を上げる中、私は24時間前の姿勢から1ミリも動かず祈り続けていた。

 

「うわぁぁん! 先生ぇぇ! 死なないでくださいぃぃ!!」

 

 マリーは完全に泣き崩れ、私の背中にすがりついてボロボロと涙をこぼしている。

 

「サクラコ様! ヒナタちゃん! 誰か助けてください! 先生が石像になっちゃいました!! 脈はありますけど目が完全に虚ろです!!」

 

 普段の温厚なマリーからは想像もつかない悲痛な叫びが大聖堂に反響する。

 

「どんな大罪を犯したのか知りませんが、私が全部許します! 懺悔なら何日でも全部聞きますから! だからもうやめてぇぇ!!」

 

 ■■■

 

『1週間』

 

 ──1週間後。

 もはやそこは、神聖な祈りの場ではなく完全な「特異点」と化していた。

 救護騎士団のセリナによって強制的に点滴ルートを確保され、栄養剤を流し込まれながらも、私は1週間ぶっ通しで膝をつき、両手を組んだまま虚空を見つめている。

 

 あとバチクソに膝が痛い。やるんじゃなかった。

 

 そんな私の激しい後悔の念など知る由もなく、マリーはもはや、神ではなく「私」に向かって祈り始めていた。

 目の下には酷いクマができ、げっそりとやつれたマリーが、私の正面に正座して両手を組んでいる。

 

「先生は……ついに解脱されたのですね……。肉体の枷を外し、精神のみの高みへと至ってしまわれた……。ああ、なんという慈愛……なんという狂気……」

 

 焦点の合わない瞳でブツブツと呟きながら、マリーは私の頬にそっと冷たい手を触れる。

 

「ダメです……私を置いていかないで……。戻ってきてください先生……! シスター服でも、体操服でも、なんだって着ますから! 悪いことだって一緒にしますから! だから現世に帰ってきてぇぇぇぇぇ!!!」

 

 大聖堂に、堕ちかけたシスターの悲痛な絶叫がこだました。

 

 ■■■

 

 終わり

 

 

「何か言い残したいことはあるっすか?」

 

「膝をナデナデしてほしいな」

 

「……先生がどうしようもないバカってことはよく分かったっす」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。