『一流に教わった淹れ方』
穏やかな午後のティータイム。私はティーパーティーの優雅な空間にふさわしい振る舞いをすべく、ナギサから直伝された完璧なメソッドを実行に移した。
ティーポットとカップをあらかじめ湯で温め、1グラム単位で正確に計量した最高級の茶葉を投入。完全に沸騰した直後、100度の熱湯を勢いよく注いで茶葉をジャンピングさせ、砂時計で正確に蒸らし時間を測る。
最後の一滴、いわゆるゴールデンドロップまで丁寧に注ぎ切り、澄んだ琥珀色の液体をセイアの前に差し出した。
「ほう……。美しい水色に、芳醇な香りだ。手際の良さに見惚れていたが、先生がここまで紅茶の作法に通じていたとは驚きだね」
セイアは目を閉じ、カップから立ち上る湯気をゆっくりと楽しんだ後、上品に一口含む。
「……うん、素晴らしい。茶葉のポテンシャルが最大限に引き出されている。君の思いやりと敬意が伝わってくる、至福の一杯だよ。ありがとう、先生」
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『一般的な淹れ方』
数日後のシャーレの執務室。仕事の合間の休憩時間に、私は市販のティーバッグを使い、給湯室の電気ポットから直接お湯を注いだ、ごくごく一般的な紅茶を淹れた。
特別な作法は何もない。マグカップの縁から垂れたタグの紐を軽く揺らし、適当に色が出たところで引き上げるだけのごくありふれた一杯を、書類仕事を手伝ってくれているセイアに出した。
「ふむ。先日のような洗練された感動はないが……これはこれで、気取らなくて良い味だね」
セイアは少しぬるめの紅茶をすすり、ふわりと微笑んだ。
「格式張ったお茶会も良いが、こうして先生と肩の力を抜いて語り合う時間には、これくらいがちょうどいいのかもしれないな。日常の側に寄り添う、ささやかな安らぎといったところかい。悪くないよ」
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『雑な淹れ方』
さらに別の日。私はマグカップにティーバッグをダーツのように放り投げ、電気ケトルから勢いよくドバドバと高い位置からお湯を注いだ。
お湯が少しテーブルに跳ねるのも構わず、わずか数秒しか経っていないティーバッグをスプーンに巻き付け、親の仇のように力任せにギュッと絞って引き上げた。そして、その雑な一杯をセイアの前にドンと置く。
「……先生? 少しばかり、所作が乱暴ではないかい?」
セイアはテーブルに散ったお湯の飛沫を見て訝しげに眉をひそめ、渋々といった様子で濁った紅茶を一口飲んだ。
「ティーバッグをそこまで強く絞っては、茶葉のエグみと渋みが出てしまうよ。……ほら、やっぱり渋いじゃないか。先生も忙しいのだろうが、もう少し心に余裕を持ちたまえ。お茶は心を映す鏡なのだからね。これでは君の心が荒んでいるようで心配になるよ」
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『水鉄砲で遠くからお湯を注ぐ』
また別の日。私はセイアの前に空のティーカップと茶葉をセットすると、無言で数メートル後ろに距離を取った。
そして、熱湯を限界まで詰めた大型のポンプ式水鉄砲を構え、ライフルのようにスコープを覗き込んで、カップの縁を狙撃した。
「なっ……!? 先生、急に何をしているんだい!?」
水圧でカップの中の茶葉が竜巻のように暴れ回り、周囲に熱い飛沫と茶葉の欠片が情け容赦なく飛び散る。
「お湯が! 私の服にもお湯が跳ねているよ! なぜ遠距離から武装してお湯を注ぐ必要があるんだい!?」
容赦なく連射される熱湯の水鉄砲から逃れるように、セイアは羽ばたく鳥のように両手をバタバタとさせ、テーブルから慌てて距離を取った。
「淹れ方が雑という次元を超えているよ! 部屋も水浸しじゃないか!!」
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『セイアで作る』
そして今日。私はセイアの真正面に立つと、無言で彼女の顎に触れ、上を向いて口を大きく開けるようにジェスチャーで指示した。
「ん? 上を向く……こうかい? あぁん……?」
素直に口を開けた彼女の口腔めがけて、私はポットから「ぬるま湯」を直接トクトクと注ぎ込んだ。
「んぐっ!? んんっ!?」
驚いて目を丸くするセイアを制止し、私はさらに、開いたままの口の中に直接パラパラと乾燥した高級茶葉を投入した。ぬるま湯の張られた彼女の口内に、茶葉がぷかぷかと浮かぶ。
私は手で自分の頬を膨らませ、彼女に「うがい」をするよう指示を出した。
「んがっ!? ぐるるる……がらうぇっ!?」
困惑しながらも必死にうがいをするセイアの顎下に、私は空のティーカップをスッと差し出した。
吐き出せ、という合図だ。
「……ペッ!! ゲホッ、ゴホッ!!」
カップに吐き出された、唾液混じりのぬるい茶色の液体。
私はそれを受け取ると、完璧な仕事をした職人のように、ビシッと親指を立てて「完成」を告げた。
「~~~~ッッ!!」
セイアは口元を手で覆い、歯の隙間にへばりついた生の茶葉の強烈な渋みと青臭さに顔を激しくしかめた。
「(なんだ……これは。私は今、何をされたんだ……?)」
彼女の頭の中で、これまでの人生で培ってきた哲学や知性がガラガラと崩れ去っていく。
「(人間の……いや、知性ある生命体の口をティーポット代わりにするなど……狂気の沙汰だ。しかも茶葉が……歯茎の裏に……渋い……泥水をすすっているかのようだ……)」
セイアの目は完全に虚無を映していた。
「(先生は、私にこれを飲めと? 私がうがいした、このぬるい液体を? ……だめだ、理解できない。理解したくもない。気持ち悪い……無理だ、本当に無理だ。怖い……)」
先ほどまでの信頼に満ちた眼差しは完全に消失していた。
セイアは声を発することすら忘れ、ただただ両腕をさすりながら、私という得体の知れない生物に対して、底知れぬ恐怖と、絶対的な『ドン引き』の感情を抱き、小刻みに震え続けるのだった。
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終わり
「やっほー☆ 何してたの?」
「やぁミカ、紅茶飲むかい?」
「うーん、喉乾いてないんだよねー。……セイアちゃんはなんでぐったりしてるの?」
「(ミカ……絶対に呑んではいけない……)」
「でも先生が淹れてくれたみたいだから、飲もうかなっ☆」
「やめろぉぉぉぉミカアァァッッッッッッ!!!!!」