ヤニカスがVRMMOにログインしました(旧題:ニコチン・オンライン) 作:ジュネープ
見切り発車なんで悪しからず
ニコチン・スタート
ソードアート・オンライン。
天才・茅場晶彦が生み出した、フルダイブ型VRMMOだ。
現実と見紛う世界で、プレイヤーは剣を振り、モンスターを倒し、クエストをこなす。
ゲーマーなら一度は夢見る体験が、ついに仮想空間で実現した。
俺は当初、このゲームを買うつもりはなかった。
だが、あるプロモーション映像の一瞬が、俺の目を釘付けにした。
画面の端に映ったプレイヤーキャラクター。その胸元に・・・タバコが見えたのだ。
プロモーション映像で喫煙シーンを強調する事は無いだろう。
しかし、別のプロモーション動画でSAOには味覚再現システムが搭載されている事を知った。
つまり、タバコの味も再現されている可能性がある。
俺はヘビースモーカーだ。
タバコ税はとうに50%を超え、最近の国会で更に課税することが決まり、現実世界で気軽に吸える代物ではなくなった。
【ここが最後の希望かもしれない】
そう思い、俺はSAOに手を出すことにした。
ナーヴギアとソフトは高価だったが、運良く抽選にも当たり、自宅に届いた。
セッティングを終え、起動コマンドを発声する。
「リンク・スタート」
視界が暗転し、キャラクターエディット画面が表示される。
若作りはしない。タバコが似合うよう、実年齢より少し上に設定し、渋めの外見に整えた。
ログイン完了。
大広場に転移した俺は、思わず呟く。
「ここが、ソードアート・オンラインの世界か」
周囲では、他のプレイヤーたちが声を上げ、走り出し、自分の身体を確かめている。
だが俺が向かったのは、武器屋でも防具屋でもない。
売店だ。
カウンターの向こうに立つNPCが声をかけてくる。
「いらっしゃい。何をお求めで?」
「すまない。タバコは売ってないか?」
「タバコ? 何を言ってるんだ?」
一瞬、視界が暗くなりかけた。
だが、店主の背後の棚・・・・確かにそれは並んでいた。
(言い方の問題か。)
「・・・・この世界では、葉巻って呼ぶのか? 葉巻はあるか?」
「ああ、葉巻ならある。1箱300コルだ」
「じゃあ、2箱くれ」
「合計600コルだよ」
次の瞬間、所持金からコルが引かれ、インベントリに葉巻が追加された。
安い。現実より遥かに安い。
このゲーム、買って正解だった。
「兄ちゃん、葉巻を買ったならマッチも要るだろ?」
「確かに。いくらだ?」
「1箱10コル」
「2箱くれ」
即座にウィドウから1箱取り出し、そこから葉巻を咥え、箱はズボンのポケットにしまってマッチで火をつける。
久々のマッチに少し手間取ったが、火は無事に灯った。
その瞬間。
《喫煙は、他プレイヤーのいない路地裏、または指定喫煙エリアで行ってください》
警告ウィンドウが表示される。
仕方なく奥まった路地で一服し、煙を肺に流し込んだ。
肺に満たされるタバコの煙の感覚
脳に染み渡るニコチン成分
俺が思った通り、タバコの味も再現されていることが分かった。
しかし1つだけ難点がある。
「・・・まずい」
そう、不味いのだ。
驚くほど不味い。
こんな味で300コルとは。だが現実より安いし、これなら経済的かもしれない。
吸い終えた葉巻を地面に落とすと、粒子となって消えた。
ポイ捨てを気にせず吸える。最高だ。
そう思った、その時。
鐘の音が響いた。
ゴーン、ゴーン、と重低音が世界を震わせる。
次の瞬間、俺の身体は強制的に広場へ転送された。
周囲を見ると、他のプレイヤーも同じ状況だった。
ざわめきが頂点に達したその時
空に、巨大な影が現れた。
この日を境に、
俺はこの世界に閉じ込められることになった。
広場に現れた巨大な存在
それはモンスターではなく、このゲームの開発者、茅場晶彦だった。
彼は淡々と、事実だけを告げる。
曰く、この世界で死ねば、現実の肉体も死ぬ。
曰く、プレイヤーたちの肉体は、すでに現実世界で医療機関へ緊急搬送されている。
曰く、浮遊城アインクラッドを攻略すれば、全員が解放される。
だから安心して、このゲームをクリアしてほしい。
そんな言葉で締めくくられた宣告は、当然ながら安心とは程遠かった。
広場は絶望と混乱に包まれ、悲鳴と嗚咽があちこちから聞こえてくる。
その中で、俺はひとつの考えに至っていた。
(・・・・もしかして、これは)
体からニコチンを完全に断ち切る、絶好の機会なのではないか。
俺の肺は長年の喫煙でタールにまみれている。
現実の肉体は病院で眠り、いつ目覚めるかも分からない。
このデスゲームはおそらく年単位で現実と隔絶されるかもしれない。
その間、タバコは吸えない。
ならば・・・肺が一旦綺麗になる可能性もある。
「他のプレイヤーには悪いが」
俺にとっては、朗報かもしれない。
そう独りごちたが、周囲の混乱の中で誰の耳にも届かなかった。
もし聞かれていたら、間違いなく殴られていただろう。
「諸君。最後に、一つだけプレゼントがある」
再び茅場の声が響く。
次の瞬間、俺のインベントリに見慣れないアイテムが追加された。
手鏡のようなそれを取り出し、覗き込む。
映っているのは自分の顔だ。瞬間、光が走り視界が揺れる。
気づけば、キャラクターエディットで作った渋い顔は消え、そこにあるのは見慣れた現実の顔。
・・・・現実世界の俺の姿だった。
「・・・・どういうことだ?」
周囲を見渡すと、他のプレイヤーたちにも同じ変化が起きていた。
美男美女ばかりだった広場は、年齢も容姿もばらばらな、雑多な人間の群れへと変貌している。
鏡に映る俺は、ただの青年だった。
しばらく自分の顔を見つめていると、
中性的な顔立ちの少年が、急ぐように広場を飛び出していくのが見えた。
俺もそれに倣い、人混みから離れ適当な小道へと移動する。
腰を下ろし、深く息を吐いた。
(・・・・とりあえず)
俺は、タバコを吸うことにした。
主人公
プレイヤー名:yanny
本名:増田祐一
年齢:24
ただのヤニカス。学生時代はゲームにどっぷりのめり込んでいたからか、ゲームについてはある程度の知識がある。
好きな銘柄は昔はあったが今は安けりゃ何でもいいと思ってる