ヤニカスがVRMMOにログインしました(旧題:ニコチン・オンライン) 作:ジュネープ
森の中を、一人のプレイヤーが必死に駆け抜けていた。
息は荒く、肺が焼けるように痛む。
それでも足を止めるわけにはいかなかった。
【アイツら】から、逃げなければならない。
安全圏の街まで、あと少し。
そう思った瞬間だった。
「あっ・・・」
恐怖で狭まった視界が、足元の木の根を捉えきれなかった。
足を取られ、地面に叩きつけられる。
「に、逃げ、逃げないと・・・・!」
必死に体を起こそうとした、その時。
「逃がさない」
低く、冷たい男の声が背後から響いた。
瞬間、男の体は自分の意思とは無関係に震え出した。
ザシュ、ザシュ、ザシュ。
湿った土を踏みしめる足音。
一つではない。
左右からも、同じ音が近づいてくる。
そこでようやく、男は理解した。
自身が囲まれている事に。
「た、頼む!! 命だけは・・・命だけは!!」
情けない声で叫ぶ男に、軽薄な声が重なる。
「うるさいなぁ?そんなに殺されたくないのかなぁ〜♩」
ふざけた調子。
だが、その声に慈悲はなかった。
「それならさぁ〜?君の持ってるアイテム、全部くれたら殺さないよ〜?」
「は、はい!!渡します、渡しますから!!!」
藁にもすがる思いで、男は頷いた。
道化のような口調に誘導されるまま、
所持していたアイテムを次々と地面にドロップしていく。
「こ、これで全部です・・・だから、殺さないください!」
「おぉ〜!結構持ってるじゃ〜ん」
満足そうな声。
「約束通り、殺さないであげるよ」
その言葉を信じた男は、腰が抜けたまま立ち上がり、無様な姿勢で走り出した。
だが、数歩も進まぬうちに。
ザシュッ。
背中に、一本。
ザシュッ。
二本目。
ザシュッ。
三本目。
「が・・・・っ・・・・!」
「嘘なんだけどねぇ〜!!!!!」
甲高い笑い声。
麻痺毒を塗られたナイフが突き立ち、
男はその場に崩れ落ちた。
フードを深く被ったプレイヤーが、
倒れた男を無言で、何度も、何度も刺し続ける。
「や、やめて・・・くだ・・・・」
その言葉が最後まで発せられることはなかった。
男の体は粒子となり、
SAOの世界から完全に消え去った。
「いやぁ〜大量大量♩」
「この手口、もう飽きたな」
「でもさぁ〜?コレ、一番絶望した顔を見られる王道なんだよねぇ」
男たちは、残されたアイテムを漁り始める。
不要なものは脇へ。
価値のあるものだけを、淡々とストレージへ。
「・・・・ん?」
その中で、一人が手を止めた。
「これは・・・・タバコ?」
拾い上げたのは一本の紙巻き。
《ボーロ》
どこかのプレイヤーが作ったタバコだ。
興味深そうに眺めた男はマッチを取り出し、火をつける。
一吸い。
「・・・・なにこれ」
目を見開く。
「めっちゃ美味いじゃん?」
「そんなにか?」
「NPCが売ってる粗悪品とは比べ物にならない。ヤバいくらい美味い」
その言葉を聞き、
奥に立っていた男・・・・この場のボスが手を伸ばす。
「貸せ」
受け取り、吸う。
ゆっくりと煙を吐き出し、低く呟いた。
「これは・・・・現実のタバコとほとんど変わらんな」
その日から。
彼らはプレイヤーを襲う際、
必ずこう問いかけるようになった。
【タバコを、持っているか?】
「それで、俺に何の用があるんだ?」
聖竜連合のギルドホーム。
その執務室で、俺はディアベルと向かい合っていた。
彼の背後には、幹部のリンドが控えている。
どこか張り詰めた空気の中、ディアベルは口を開いた。
「早速だが、ラフィン・コフィンというPK集団は知っているか?」
「知ってるも何も、あいつらは俺の今のギルドメンバーを襲撃したことがある連中だ」
その答えに一瞬だけ驚いた様子を見せたが、すぐに表情を引き締め直す。
「それなら話は早い。ヤニーさんは、あの集団をどう見る?」
「俺にとってはどうでもいい存在だな。ただし、安全な商売の邪魔ではある」
率直に答えると、ディアベルは小さく頷いた。
「実は最近、ラフコフの手口に共通点があることに気づいたプレイヤーがいる」
「共通点?」
「彼らはプレイヤーを襲う前、必ずこう聞くらしい。『タバコを持っているか』と」
「タバコ?なんでまた・・・」
思わず眉をひそめる。
ディアベルは続けた。
「ラフコフのメンバーは殺人を行ったプレイヤーばかりだ。街に入れない以上、ヤニーさんの作るタバコを購入できない」
その話を聞き、俺は内心で納得していた。
最近、いつもタバコを買いに来ていたプレイヤーの何人かが、急に姿を見せなくなっていた。
売り上げの微減については、すでにオッタルに分析を任せていたところだったが、予想外のところで理由を知ってしまった。
「それで、俺たちに何をしてほしい?」
「ヤニーさんのギルドがラフコフに狙われるのは時間の問題だ。特に、ボウさんが危険だ」
「あぁ。あいつは最前線まで行商に行くし、素材採取で単独行動も多いからな?」
ディアベルは深く頷く。
「今から言うことは内密にしてほしい。攻略会議では、ラフコフ討伐作戦を進めている。近々実行される予定だ」
「それまで、ボウを一人で動かすな・・・ってことか」
「その通りだ」
そう言って、ディアベルとリンドは揃って頭を下げた。
「・・・ってなわけだ」
場所は変わり、YSMのギルドホーム。
緊急招集で集まったメンバーを前に、俺は事情を説明していた。
「今後しばらくは、俺かオッタルがボウの護衛につく」
その言葉を聞いて、ボウが勢いよく立ち上がる。
「ヤニーはん。コレでもワイ、パンチングマシーン言われとった二つ名持ちやで?そう簡単にやられはせんよ」
「ラフコフを甘く見るな。あいつらは対人特化の化け物集団だ。徒党を組まれたら、お前でも危ない」
「わ、私は・・・ボウさんに死んでほしくありません」
リリィのその一言に、ボウは一瞬固まった。
「リリィちゃん、男心くすぐること言うやないか・・・」
頭を掻きながら、苦笑する。
「分かった。今後はヤニーはんか、オッタルはんと一緒に動くようにするわ」
俺とリリィの言葉に押される形で、彼は了承した。
俺はオッタルに視線を向ける。
「しばらくはお互い負担が増える。辛抱してくれ」
「心得た。地上におった頃は、これ以上に働かされておったからな。これしき、容易いことよ」
「オッタルはん・・・あんた、現実ではどんな仕事してたんや」
若干呆れた視線を向けるボウ。
それを横目で確認した俺は、話はここまでだと言わんばかりに席を立った。
部屋を出る直前、俺は一度だけ振り返り、全員に目線を向けて言った。
「しばらくの間、フロストミントの採取は禁止だ。ラフコフ討伐が済み次第、再開する」
その一言が、俺たちが思っていた以上の影響を及ぼした。
ギルドの販売所には、ほどなくして張り紙が掲げられる。
『メンソール系タバコ
当面の間、生産自粛につき在庫限りの販売』
それを見たメンソール愛好家たちからは、即座に盛大なブーイングが巻き起こった。
迷宮で行っている行商でも同様の反応が出たが、事情を察した一部のプレイヤーが宥めに回り、大事には至らなかった。
だが、問題は別のところで発生した。
【在庫が少ないなら、買い占めればいい】
そう考える連中が現れたのだ。
転売目的のプレイヤーが一気に増えた。
一人当たりの購入数を制限しても効果は薄く、彼らは1層に留まっているプレイヤーを使い、分散購入を行い始めた。
そうして集めたメンソールを、法外な値段で売りさばく。
現実と、何一つ変わらない光景だった。
1週間後。
「にしても、SAOでも現実と大差ないことが起きるもんなんだな」
「ホンマやで。人間の欲がある限り、転売は無くならんっちゅうことや」
行商の帰り道。
俺とボウは、最近横行している転売の話で愚痴をこぼしていた。
「趣味で作ったもんを売って、少しでも利益になればいいって思ってただけなんだがな。こうやって転売されてるのを見ると、無性に腹が立つ」
「その気持ちは最もや、ヤニーはん」
学生時代の記憶が、ふと蘇る。
リーク情報を信じて貯金をはたき買おうとしたVR機器が転売で跳ね上がったあの日。
幸運にも抽選に当たったから良かったものの、それ以来、転売という行為に対して強い嫌悪感を抱くようになった。
「こんな状況も、あと少しで終わる」
「・・・・ヤニーはん。【あの話】はいつ実行されるんや?」
【あの話】
言うまでもなく、ラフコフ討伐の件だ。
だが、俺自身も正確な日程までは知らされていない。
答えられることは何もなく、俺は黙ったまま歩き続けた。
「・・・・来たかもしれんな」
「・・・・?!この気配は」
背筋をなぞる、嫌な感覚。
言葉にするより先に、身体が警戒態勢に入る。
「ボウ。街までの距離は?」
「全力で走って、十分くらいや」
「なら、今からでも距離を稼ごう」
「それがええな」
合図もなく、俺たちは同時に駆け出した。
背後の気配は、徐々に、確実に近づいてくる。
追われているという確信が、肌に張り付くように伝わってきた。
横目でボウを見る。
息は乱れていない。
俺自身も、タバコを咥えたまま走れる程度の余裕はあった。
だが、その余裕を切り裂くように。
ザンッ
空気を裂く音と同時に、数本のナイフが視界を横切る。
俺とボウは、ほぼ同時に左右へステップを踏み、直撃を回避した。
「街まであとどのくらいだ?」
「走って四分ってとこやな」
俺たちは示し合わせるまでもなく、それぞれの獲物を取り出す。
背後からの気配に、完全に意識を向けた。
「確定やな」
「あぁ」
声に出さずとも、同じ認識で一致していた。
【ラフコフが、来た】と
2024年8月ごろの話です。いつラフコフが討伐されたかわかりませんがコレで主人公サイドも討伐に一枚噛めます