ヤニカスがVRMMOにログインしました(旧題:ニコチン・オンライン) 作:ジュネープ
Side:ボウ
「――というわけで、聖竜連合は三つに割れてるらしい」
ヤニーの報告を聞き終え、場に沈黙が落ちた。
「怖いですね……早く仲直りしてほしいです」
リリィが不安げに呟く。
「残りの階層も僅かじゃというに、この時期の内紛は痛いのぉ」
腕を組んだオッタルが低く唸る。
「俺たちは普段通りでいい。開発と販売を続けるだけだ」
ヤニーの声は淡々としていた。
「確かに……巻き込まれる心配はないですよね?」
「絶対にないとは言い切れんぞ?」
リリィが恐る恐ると言った様子で質問する。それに対してオッタルが真面目くさった顔で呟くと、リリィは小さく悲鳴を上げた。
「怖いこと言わないでくださいよぉ!」
「ガハハ!弄りがいのある女子よの!」
和やかな空気が流れかけたところで、ヤニーが咳払いする。
「今回はPK集団とは違い攻略組の内情だ。襲われはせんだろうが、巻き込まれるなよ?……特にボウ、分かってるな?」
鋭い視線が突き刺さる。
「はいはい、分かっとるわ。ワイ一応ネームドやで?襲われたらやり返すだけや」
ヤニーがこめかみを押さえた。
「多分分かってないな。俺が言いたいのは――」
「あー分かっとる分かっとる!もうええって!」
「……本当に分かってるんだろうな?」
「男に二言はないで!……おっと、そろそろ行商の時間や。ほなまた!」
返事もそこそこに席を立つ。実際はまだ余裕がある。長話になる前に逃げただけや。
「おい待て!……ってもう行きやがったか」
背後でヤニーの溜息が聞こえた気がした。
「へい、かけお待ち!」
「うひょ〜ええ匂いやな。いただきます!」
街外れの裏路地。人通りの少ない一角にひっそり佇む蕎麦屋の屋台。ワイはそこで一人、湯気立つ蕎麦を啜っていた。
「にひしてもオッチャン、こんなへんひな場所でよう商売しとるなぁ」
「食うのか喋るのかどっちかにしろ。喉詰まらすぞ?」
「だいじょ――グフゥ!ゲホッ!」
「ほら言わんこっちゃない。ほれ水だ」
差し出された水を一気に流し込む。
「ぷはぁ!生き返るわ!ありがとなオッチャン!」
「本当に変わっただな」
「こんな人通りない場所で屋台やっとるオッチャンに言われとうないわ!」
「違いねぇ」
この屋台の主であるフジタはマーテン商工会の会合で知り合ったんや。
SAOには各層ごとに商工会があり、それを束ねる《アインクラッド商人連合議会》――AUCが存在する。物流や価格調整、流通管理を担う組織や。
YSMは本来加入する必要はないんやが、おもろそうだと思ったワイが押し切ってマーテン商工会に参加して、その時の縁が今でも続いてるわけや。
現実でも蕎麦屋を営み、息子に店を譲ってから暇を持て余したからこの世界に来たらしい。なかなか豪胆なオッチャンや。
そんな事を思いながら蕎麦を啜っていると、フジタが声を落とした。
「そういやボウ。聖竜連合の話、聞いたか?」
「何や藪から棒に。知っとるわ。ワイら攻略組と繋がりあるしな」
「ここだけの話だがな。近々AUCが緊急会合を開くらしい」
「ほぅ……」
自然と背筋が伸びる。
「まだ確定じゃねぇが、俺は経済制裁の線を疑ってる」
「経済制裁……プレイヤーメイド品の販売停止か?」
「可能性はある。大手ギルドが揉めて攻略が滞るのは困る。外から圧力をかけて早期解決を図る算段だろうよ。組合外の個人商人は知らん顔で物を売るだろうがな」
(……なるほどな)
「ほなら今のうちに売れるだけ売っとかなあかんな」
蕎麦を平らげ、立ち上がる。
「また来いよ」
「おう。次は天ぷら付きをサービスしてくれや」
「図々しい奴だな。約束はしねぇぞ!」
「はいはい」
屋台を後にし、足は自然とダンジョンへ向かう。
内紛やら制裁やら、風向きはきな臭い。
せやけど、風が荒れる前こそ商機や。
ワイは口元に笑みを浮かべ、歩みを速めた。
side out
同時刻
マーテン層の一角にある料亭。その大広間には、数十人の商人プレイヤーが集められていた。
卓上には高級食材を使った料理が並び、香りだけなら祝宴そのものだ。だが、場の空気はどこか落ち着かない。突然の緊急招集。理由を知らされぬまま呼び出された連中は、料理に箸を伸ばしながらも隣と小声で囁き合っている。
俺もその中にいた。
ここはマーテン商工会御用達の会合場。50人以上を収容できるらしいが、ここが使われたのは初めての事だ。普段は各々が好き勝手に商売をしているからこそ、この場の空気がどこか不気味だった。
「そのタバコ……もしかしてヤニカスのヤニーさんですか?」
声をかけてきたのは、額を光らせた中年の男。
「……あぁ。そうだ。お前は?」
「申し遅れました。FDSのマキンと申します。お噂はかねがね」
頭に脂汗をテカらせてにこやかな笑みを浮かべているが、彼の目はどこか落ち着かない様子。
「この件について何か知ってるか?」
「この件……聖竜連合のことでしょう?確証はありませんが、嫌な噂は」
「聞かせろ」
食い気味に詰め寄ると、マキンは喉を鳴らし――
「いやぁ、皆さん。急な招集にも関わらずお集まりいただき感謝します」
扉が開き、声が割って入った。
場の視線が一斉にそちらへ向く。
小綺麗なスーツ、古風なオールバック。穏やかな笑みを浮かべながらも、場を支配する存在感。
マーテン商工会会長――タシム。
「こんな大層な場は滅多にありません。どうか肩の力を抜いて」
軽く手を広げるが、誰も気を緩めない。
「本題に入りましょう。聖竜連合の件です」
その一言で、空気が凍る。
「つい先ほど、AUCの緊急総会にて決議が下されました。聖竜連合に対し、当面の間、全ての物品販売を禁止する制裁を課します」
ざわめきが一気に膨れ上がるが、彼は片手を上げ、それを制した。
「効力は本日18時から。本会合に不参加の組員へも既に通達済みです。規則の遵守を願います」
「待て!」
「攻略組相手に商売してる連中はどうなる!」
「補償はあるのか?!」
怒号が飛ぶ。
タシムは笑みを崩す事なく続ける。
「もちろん配慮はあります。AUCより、ギルド単位で月額30万コルの補償を用意します」
一瞬の沈黙。
「少なすぎる!」
「それじゃ給金も払えん!」
「ふざけるな!」
だが、タシムは取り合わなかった。生活水準を落とすのなら30万コルでも生きていけるが、複数人で動くギルドで、下手したら数十人規模のところもあるのにたったの30万コルしか補償されないとなると、商人にとっては死活問題だ。
「以上です。本件は決定事項の為遵守をお願いします」
それだけ告げると、会合は事実上の打ち切りとなった。
怒号と困惑の渦の中、俺は一本、火を点ける。
立ち上る煙を見つめながら数年前のことを思い出す。そう、あのサービス初日、茅場の宣言を聞いたあの時と似た、息苦しい空気。今この場にすぐ巻くものはそれと似ている。
……経済制裁。
下手したら攻略組全体に波及する話だ。
「これは……ボウに連絡しないとな」
煙を吐き、静かに呟いた。
ちょい役が何人か出てきてますが、一部除いてこの話以降は出ません。