ヤニカスがVRMMOにログインしました(旧題:ニコチン・オンライン) 作:ジュネープ
わたしは、歌が好きだ。
小さい頃から歌手になることに憧れて、自由に世界中を羽ばたきたいと思っていた。
2024年5月。
ある昼下がり。
思い思いに日々を過ごしていたプレイヤーたちの耳に、ひとつの歌声が届いた。
視線を向けると、広場の中心にひとりの少女が立ち、気持ちよさそうに歌っていた。
スローテンポのメロディ。
どこか心をほどくような優しい歌声。
穏やかな気温も相まって、その場には不思議な居心地の良さが満ちていく。
気づけば、誰もが足を止め、静かに目を閉じていた。ただ、その歌に耳を傾けるために。
喧騒に満ちた街も、この時ばかりは時間が止まったかのように静まり返る。
だが、そのひとときも永遠ではない。
やがて、歌が終わった。
次の瞬間、観客たちは万雷の拍手をもって――私、ユナの歌に賛辞を送った。
「さて、次はどこで何を歌おうかな〜♩」
そんなことを口にしながら歩き出した、その時、目の前に大柄な男が立ち塞がった。
「……どちら様でしょうか?」
「何とも素晴らしい歌じゃった! 吾輩、幾月も生きていて、これほど感動したことはない!!」
「は、はぁ……」
ヒゲに覆われた顔立ちに、ヴァイキングのような風貌。見た目は完全に外国人だが――意外にも流暢な日本語で褒めてくる。
ふと視線を巡らせると、彼の仲間らしき人たちがこちらを見ていた。
「オッタルが知らん奴を褒めるなんて、珍しい事もあるもんだな」
「せやんな? オッタルはん、一体どーゆー風の吹き回しや?」
海賊風の厳つい顔の男。
西部劇に出てきそうな服装の、飄々とした男。
そして、そのやり取りに無言で首をぶんぶん振っている幼さが残る女の子。
……なんというか、癖の強い面子だった。
「吾輩、こやつに興味が湧いてきたわ。お主の名は何と申す?」
「ユ……ユナです」
「ユナ……唐突じゃが、ワシらをそちの音楽仲間に加えてくれんかの?」
「え……?」
あまりにも突然の申し出に、思わず言葉を失う。それは私だけでなく、彼の仲間たちも同じだったようで――
「「はぁ!?」」
声が重なった。
どうやら、本当に初耳だったらしい。
(見た目は怪しいけど……悪い人ではなさそう)
それに、音楽は自由だ。拒む理由もなかった。
「……いいわよ。仲間に入れてあげる」
「誠か?! よろしく頼む!!!」
見た目に似合わないほどキラキラした瞳で頭を下げられ、少しだけ引いてしまう。
けれど、気を取り直して問いかけた。
「ところで……あなた達は?」
その問いに応えるように、厳つい顔の男が一歩前に出る。
「俺たちはYSMだ。このアホが迷惑かける」
それが――
SAOにおいて重要な役割を担っている――彼らYSMとの出会いだった。
それから数週間後。
ある日の夕方。
人々が、今日の夕食を何にするか真剣に悩んでいる中――
透き通った声が、広場に響き渡った。
「みなさん! 今日は私の新しいバンドメンバーを紹介しまーす!!」
いつもひとりで歌っている姿が定番となっていた彼女の言葉に、周囲からどよめきが広がる。
だが、それを気にする様子もなく、彼女はノリノリで紹介を始めた。
「まず、サブボーカルのリリィちゃんです!」
「よ、よろしくおねがいしましゅ……あ、噛んじゃったぁ……」
人前に出るのが苦手そうな少女。
なぜ彼女がサブボーカルなのか疑問は残るが、その必死な自己紹介に、観客の何人かは生暖かい視線を向けていた。
「次に、リズム担当のオッタルさん!!」
「うぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「っ!? うるさ……!」
何を勘違いしたのか、戦場の雄叫びのような声を上げる男。彼女はそれを軽く受け流し、さっさと次へ進む。
「ベースのボウさんです!!」
「よろしゅうよろしゅう! ……あ、君かわええなぁ。連絡先交換せぇへん?」
――自己紹介中である。
観客のひとりをナンパし始めた彼の横で、リリィが無言のローキックを叩き込んでいるのが見えた。
「……そして、ドラムのヤニーさん!!」
ドンドン、バンバン、パーン!!!!
……それっぽい音を鳴らしているが、どう聞いても不協和音の集合体だ。
観客の何人かは、静かに耳を塞いでいる。
「…………今後はこのメンバーで演奏するので、みなさんお楽しみに!!」
必死に笑顔を作る。
ちゃんと笑えているのか、自分でもわからない。観客たちは――まるでヤバいものを見たかのような目で、新しいメンバーを見つめていた。
完全に、ドン引きである。
「ではさっそく! 歌っていきましょう! ミュージック、スタート!!」
――その後の記憶はない。
気づいたときには、自室に戻り、ひとり涙を流していた。
ただひとつ、確かに覚えていることがある。
あの時、あの場所で――
『悪魔の祭典』が開かれていた、ということだけだった。
翌日。
昨日の演奏のせいか、頭が重い。
気怠さを引きずりながら、私はYSMの面々とのミーティングのため、初めて招かれた彼らのギルドホームへ向かっていた。
「うぅ……頭が痛い……それにしても、あの人たちギルドホームを買う余裕あったんだ……」
そんなことを呟きながら歩いていると、前方に見慣れた少女の姿があった。
周囲をきょろきょろと見回している。
「リリィちゃん。こんにちは」
「あ、ユナさん! 昨日はどうもありがとうございます!」
なんとか普通に会話できる程度には距離が縮まっている彼女に案内され、ギルドホームへと足を踏み入れた。
「さて、ユナ殿。昨日の反省会とミーティングを開こうではないか」
やけに興奮した様子のオッタル。
「まぁ? ワイらの演奏でみんなメロメロになってたんや。手応え充分やで!!」
どこから湧いてくるのか分からない自信を胸に、ボウが鼻を鳴らす。
「…………」
そして、無言で満足げな表情を浮かべるヤニー。
(……いや、なんか言いなさいよ)
「さて、昨日のライブですが……」
そこで言葉を区切り、メンバーを見渡す。
全員が、目をキラキラさせてこちらを見つめていた。
(ああ、ダメだこれ。我慢できない)
「なんなんですか!? あの演奏は!!」
SAOにログインしてから初めての怒声。
場の空気が凍りつく。
まず、オッタルを指差す。
「オッタルさん!! リズムの意味、知ってます!? ただ叫べばいいってものじゃないんですよ!!」
「……うむ」
次に、ボウへ
「そしてボウさん!! あなたのせいでメロメロになったんじゃないんです! ヘロヘロになったんです!! そこ、勘違いしないでください!!」
「は、はい……」
腕を組んで呆然としているヤニーを指差す。
「そしてヤニーさん!!!! 何ですかあのドラムは!? ただ激しく叩けばいいってものじゃないんですよ!? 猿でももう少しマシな演奏しますよ!?」
「…………」
最後に、リリィへ。
「そしてリリィちゃん!! ……声が小さい」
「ふ……ふぁい……」
潤んだ瞳でこちらを見てくる。
だが、今の私は情けをかける気はない。
「スコア表も読み方も渡しましたよね? この体たらくは目に余ります……」
一歩、踏み込む。
「これから毎日、みっちり練習しますからね!!!」
「あ、あのぉ……」
「なに!?」
「ヒィ!?」
おずおずと手を挙げたボウが、情けない声を漏らす。それでも意を決したように言葉を絞り出した。
「ワイらにも仕事があるんや……せめて、仕事終わりからでも……ええですか?」
「ええ。24時間ぶっ通しでやるつもりはありません」
そこで、言葉を切る。
「――睡眠と最低限の食事以外は、人間を捨ててもらいます」
こうして――
YSMの内部史において、『地獄の黙示録』と呼ばれる日々が始まった。
意味のない叫び声を矯正。
不協和音を矯正。
小さすぎる声を矯正。
ズレたベースを矯正。
矯正、矯正、また矯正。
泣き喚こうが、逃げ出そうが関係ない。
いい年をした大人が涙を流しても、その手が止まることはなかった。
そして――
気づけば、季節は巡っていた。
「なぁ、アンタがユナはんか?」
「……どちら様でしょうか?」
YSMのギルドホームへ向かう途中。
気づけば、数人のプレイヤーに囲まれていた。
「怪しいもんちゃうで。ワイはキバオウっちゅうもんや」
そう名乗られ、私はすぐに思い当たる。
「ウニ頭……ああ、確かにキバオウさんですね。初めまして、ユナです」
「しばいたろかテメェ?」
こめかみに青筋を浮かべた彼に、私は慌てて本題を促す。すると返ってきたのは、予想外の話だった。
――私の歌。
その最中に発動しているスキル詠唱が、周囲のプレイヤーにバフ効果を与えているらしい。
「ワイらかて、伊達に大手ギルド名乗っとるわけやない。オマエの力が必要なんや」
真っ直ぐな眼差しだった。
けれど――
「申し訳ありません。お断りします」
「……理由を聞いてもええか?」
「私は……モンスターと戦うのが怖いんです。クリアのためとはいえ、命を危険に晒すのがどうしても……」
つい言葉を濁す。
「……みなまで言わんでええ」
「ただな?覚えといてほしい。近々、ワイらはダンジョンボスと戦う」
「……っ!」
「その時、もう一度答えを聞かせてくれへんか?」
「…………」
その言葉の重みを理解するより先に返事はできなかった。
キバオウたちはそれ以上何も言わず、その場を去っていった。
翌日
「いい? 昨日の話し合いで決めた通り――今日はあなた達の練習の総決算よ。私が必死に宣伝して、商工会から正式な許可まで取ったライブなんだからね!」
「任せときぃ! 現実だったら指に豆できるくらい弾きまくったんや! みんなに見せたるで!!」
「き、緊張します……」
「…………」
ボウ以外の面々は、見るからに緊張している。
――いや、よく見ればボウの指先もわずかに震えていた。どうやら無理に平静を装っているらしい。
「よし。それじゃあ一旦解散。開始10分前にここへ集合ね」
そう告げると、その場は一度解散となった。
だが――
「ユナ殿」
呼び止めたのは、オッタルだった。
「……何か、吾輩たちに隠していることがあるのではないか?」
「――っ!?」
心臓が跳ねる。
昨日のことを、すべて見透かされているようだった。
透き通る水色の瞳が、逃げ場を与えない。
まるで、内側まで覗き込まれているような感覚だった。
「……もし」
ようやく絞り出した言葉はとても弱々しいものだった。
「みんなを……この地獄みたいな日々から解放できる力があるとしたら……オッタルさんは、どうしますか?」
オッタルは、しばらく黙っていた。
そして――
「……吾輩に、そのような力があるのならば、惜しみなく使うであろうな」
静かに、言葉を紡ぐ。
「……じゃが」
再び、こちらを見る。その瞳は先ほどとは違い――どこか柔らかく、包み込むような色を帯びていた。
「それを使うかどうかは、お主が決めることじゃ」
「……」
「自らの志のために使うのも良し。使わぬのもまた良し。それは、お主の人生じゃ。他人が口出しすることではない」
「好きに、生きるがいい」
それだけ言うと、オッタルは背を向け、その場を後にした。
残されたのは、私ひとり。
「……どうすればいいんだろう……ノーチラス」
つい、唯一の友の名を呼ぶが
答えは、返ってこなかった。
顔を上げる。
しかし、差し込む光はどこにもなかった。
ライブ10分前。
会場となった闘技場風の広場には、すでに多くの観客が詰めかけていた。
ざわめきの中、それぞれが思い思いに言葉を交わしている。
そこへ、私が姿を現す。
――瞬間、歓声が上がった。
だが、それは長くは続かない。
私の後ろに続く面々が視界に入った途端、空気が変わった。
『悪魔の祭典』
数ヶ月前の惨劇を思い出したのだろう。
観客の表情が歪み、露骨なヤジが飛び始める。
「えらい歓迎されてますなぁ」
「然り。練習の成果を見せる甲斐があるというものじゃ」
軽口を叩くボウとオッタル。
その横で、リリィは肩を震わせている。
そして――
「…………ふぅ」
ヤニーさんは短く息を吐いた。
(……多分、緊張してる)
各々が楽器の準備を進める中
私だけが、まだ迷っていた。
みんなの力になれるなら、身を挺してでも戦うべきだ。
でも――私は、ただ歌っていたい。
相反する想いに押し潰されそうになる。
その心を映すかのように、空は重く曇っていた。
「ユナさん、準備できました」
「ワイもOKやでー!」
「吾輩も問題ない」
「…………OK」
深く息を吸う。
すぅ――ふぅ――
吐き切ると同時に、目を開き、メンバーと視線を交わす。
全員が、頷いた。
「今日は私のライブに来てくれて、ありがとうございます!!」
場が静まるが――次の瞬間、罵声が飛び交った。頬が引きつくが、何とか声を張り上げる。
「天気はあいにくですが!それでも、精一杯歌います! 聴いてください!!」
曲名を叫ぼうとした、その時。
――空に、赤い文字が浮かび上がった。
『Defense Event』
「防衛イベントやと!? こんな街中でか!!」
「何ですかそれ!?」
「本来はフィールドで起きるもんや! モンスターが湧くで、気ぃつけや!!」
ボウさんがそう言い終えると同時に、大量のモンスターが出現して観客席へなだれ込み、無差別に襲いかかる。
「……ぁ……」
声が出ない。
身体が震える。
――オマエの力が必要なんや
キバオウの言葉がよぎる。
無理だ。
こんな私が戦場に立てるはずがない。
――お主の人生じゃ
オッタルの言葉も、重なる。
「どうしたら……どうしたらいいの……私……」
膝から崩れ落ちるが、状況は止まらない。
「ユナ殿」
声が響き、顔を上げる。
「悩むのなら、ぶつけよ。我ら戦士は剣でぶつかる……そなたは歌でぶつけてみせよ」
その言葉がすとん、と落ちた。
迷いも、恐怖も消えさり、ふと後ろを振り返る。
ボウが頷く。
リリィが震えながらも、前を向く。
ヤニーが、静かにスティックを構える。
【行け】
そう言われた気がした。
マイクを、握る。
「――私の歌を、聴けぇ!!!!」
マイクから殺人級の声が、爆ぜた。
その直後、ベースとドラムが轟く。
今までとは違う、確かなリズムは紛れもなく【ロック】だった。
HOO-RAH! HOO-RAH!
Steel! Blood! Stand the line!
オッタルの咆哮が響く。
Boots in the blood-red sand
Banner torn from my hand
We march on, we endure
Spine to spine, we are sure
音に呼応するように、プレイヤーたちの動きが変わる。
ねぇ聞こえる?
その鼓動まだ消えてない
その鼓動まだ消えてない
繋いでその意志を
私はここにいる
逃げるだけだった傍観者達が、武器を握る。
「やるぞ!!」
「ウォォォォォ!!!!!」
波のように押し寄せるモンスター。
対するは1人の戦士となったプレイヤー達。
激しいぶつかり合いからあぶれた数体のモンスターが私たちめがけて走ってくる。
「ここはッ!!」
「ワイらにッ!!」
「「任せろ!!」」
ボウとオッタルが前に出る。
両手斧と体術により敵を弾く。
その手を離さないで
私は光になる
あなたとなら怖くない
この声で導く
数体のモンスターが背後へ回り込む。
「……集中してるんだ。死ね」
ヤニーが、モンスターを一瞥すると、飛びかかってきたその口にスティックを突き刺して倒す。
この声が届く限り
私は消えない
共に進もう
どこまでも
最後の一音が、響き渡る。
空が開け――同時に光が差した。
『Congratulations!!』
「……終わった……」
思わず私達はその場にへたり込む。
近づいてくる足音。
顔を上げると目の前にいるのは観客たちだった。
拍手が、広がる。
ある者は笑い。
ある者は涙を流し。
ある者は、拳を握り締める。
万感の想いを込めた拍手。それを受けて
私は、初めて心から笑った。
「カンパーイ!!!」
ライブ終わり。
YSMのギルドハウスでは、打ち上げが盛り上がっていた。
笑い声と喧騒に満ちたその光景を、私は少し離れた場所から目を細め、静かに眺めていた。
「……答えは出たみたいじゃな」
気づけば、隣にオッタルが座っていた。
「……はい。おかげさまで」
そう答えながら、手にしていたお茶を一口含む。
ふと窓の外に目を向ける。
揺らめく陽炎を、ぼんやりと見つめる。
私は、攻略組に入れるような人間じゃない。
でも――必要な時は、こうして歌える。
誰かが前へ進むために。
それが私の、戦い方だ。
ちまちま書いていく予定が、お気に入り100超えるの早かったなり。
急ピッチで描いたもんだからすげー詰め詰めキツキツになっちまった。
あ、ちなみに歌部分ですが、AIで出力した歌をもとにしてます。
曲調はSABATONに近いですかねぇ。蛇足ですか私はSABATONのLast Standが好きです
ユナの生存について
タバコのおかげです。攻略で死者が発生してない状況に途中参入プレイヤーが参戦していく事で攻略組の規模は膨れ上がってます。
史実で死ぬ予定のキャラが死んでないのも攻略に余裕があるほど人材が豊富だからです