ヤニカスがVRMMOにログインしました(旧題:ニコチン・オンライン) 作:ジュネープ
ギルドハウスの吹き抜け。
静まり返った空間で、一人の男が煙をくゆらせていた。
手にしているのは新聞。リラックスした様子で紙面に目を落としている。
人の少ない時間帯なのだろう。 普段は賑わいを見せるこの場所も、今は彼以外に人影はない。
「……ファントムスパイダー?」
ぽつりと声が漏れる。
視線は、新聞の片隅に載った小さな記事へと釘付けになっていた。
曰く――ラグーラビット級のレアモンスター。
曰く――遭遇しても、素早く逃走する。
曰く――討伐すれば、武器を大幅に強化するアイテムをドロップする。
階層が解放されるたび、タバコの原料を求めてモンスターや植物を調査してきたヤニーにとっても、初めて聞く存在だった。
「……これがあれば、作れるかもしれねぇな」
煙を吐き出す。
「究極のタバコが」
その独り言は、立ち上る煙と共に静寂へと溶けていった。
第69層。
この階層は、各地に点在する洞窟で知られている。 そして――件のモンスターの目撃情報が、最も多く報告されている場所でもあった。
街から少し離れた洞窟の前。
俺はそこに立っていた。
装備はいつもの海賊風ではなく、機動力を重視した暗殺者のような軽装へと切り替えている。
その姿は、傍から見ればPKプレイヤーと見紛うほどだった。
「初手で出てくれりゃ楽なんだがな……」
小さく呟き、洞窟へと足を踏み入れる。
内部のモンスターを処理しながら探索を続けるが――
レアモンスターというだけあって、気配すら掴めない。
場所を変える。
不気味に暗い洞窟。
光苔でやけに明るい洞窟。
さらに別の洞窟へ――
だが、結果は同じだった。
「……リリィの弁当でも食って帰るか」
ぽつりと呟き、適当な岩に腰を下ろす。
アイテムボックスから弁当箱を取り出し、蓋を開けると――
《頑張って^_^》
海苔に似たもので描かれた、そんな文字が目に入った。
「……ふっ」
思わず、口元が緩む。
普段ならあり得ない反応だが、これは仕方ないだろう。
箸を伸ばし、一口。
「……タバコで味覚が鈍ってても、美味いな」
誰もいない空間に、余計な一言が漏れる。
頬張るようにして弁当を平らげ、最後に残ったカットフルーツへと手を伸ばした――その時。
「……チッ、落としたか」
果物が地面に転がる。
ため息をつき、拾おうとした瞬間――
ゾクリ、と背筋が粟立った。
「――ッ」
反射的に身を引き、近くの岩陰へ滑り込む。
息を殺し、気配を消す。
スキル《気配察知》が、明確な反応を示していた。
(……この動き、この階層のモンスターじゃねぇな)
じっと様子を窺っていた次の瞬間――
カサカサ、と。
何かが猛スピードで地面を這い、視界の端を横切った。やがて、その影は落ちた果物の前で動きを止める。
警戒するように、周囲を探る気配。
「……見つけたぞ」
小さく呟く。
「ファントムスパイダー」
無言で《スモーキング・リーパー》を展開。
狙いは鎌投げによる即時仕留め。
1本外しても、即座に次を投げられるよう構えを整える。
「……っ!」
振り抜く。
ギィィィィィッ!!
放たれた鎌が命中し、対象は鋭い悲鳴をあげ、地面へと縫い付けられる。
岩陰から飛び出し、そのまま間合いを詰める。
「終わりだ」
振り下ろした一撃により、ファントムスパイダーは粒子となって四散した。
夜、ギルドハウスの作業部屋。
椅子に腰を下ろし、卓上に一つのアイテムを置く。 ファントムスパイダーからドロップしたアイテム《奇跡の目》
結局、あのモンスターから得られたのはこれ一つだけだった。 だが、記事に記されていた通り、その効果は破格だった。
アイテムボックスから2本の葉巻を並べる。
オッタルにしか作れない《海賊の葉巻》。
そして、俺が現状作れる最高品質の葉巻《革命家の葉巻》。
「……さて、素材は揃った」
小さく呟く。
「失敗はできねぇな」
一度でも失敗すれば、またあの探索をやり直しだ。
絶対に成功させる必要がある。
ダイアログを呼び出し、クラフトスキルの《解体》を選択。 2本の葉巻を分解し、素材として取り分けていく。
「……問題は、配分か」
腕を組み、目を閉じる。
一般的なタバコは、紙・葉・フィルターで構成される。
だが葉巻は違う。紙と葉のみで構成される、高密度な嗜好品だ。
そんな高品質同士を、単純に混ぜたらどうなるか。
好奇心から過去に一度、試したことがある。
結果は惨憺たるものだった。
吸えたものではない、工場から排出されるガスみたいな味だった。
そこから高品質同士の掛け合わせは破綻すると学んだ。
「……なら」
思考を巡らせる。
「媒介が必要か」
別の素材を挟めば、安定する可能性がある。
そして今回はその仮説を試す絶好の機会だった。
「……よし」
目を開く。
「とりあえず、5対5でいく」
慎重に葉を取り分ける。
ミリ単位で調整し、ブレンドしていく。
混ぜ終えた葉を紙に乗せ――次に、《奇跡の目》を取り出す。
ヤスリで削り、粉末をふりかける。
その瞬間――
《奇跡の目》が砕け、光の粒となって散った。
「……っ」
一瞬、思考が止まり葉を見ると、ところどころが微かに発光していた。
「……成功、か」
最後の工程を丁寧に行う。
指先に神経を集中させ、形を整え……
「……できた」
小さく息を吐く。
「骨が折れるな、これは」
完成した葉巻の情報を開く。
そこに表示された文字を、俺は黙って読み上げた。
《The Cigar》
神が作りし、究極の葉巻。
これを吸った者は、それ以降どんなタバコでも満足できなくなる。
依存性は、あらゆる葉巻を凌駕する。
【効果】
10秒間、以下効果を付与。
・フレームレート10倍
・全ステータス+20
・1人のプレイヤーにつき、1本しか製作できない
「……は?」
思考が止まる。
この世界はゲームだ。それが10倍になるということは……
「……ナーブギアの処理速度そのものが上がるってことか」
これを吸えば、相手の動きが遅く見え、どんな敵でも勝ててしまう。
「…………」
しばらくの間、葉巻を見つめ続ける。
そして――
「……封印だな」
静かに呟く。
せっかく完成させたそれを、口にすることなく、俺はアイテムボックスへと仕舞い込んだ。
時期的にはアスナとキリトがユイと遭遇したタイミングです。